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知らない時間

77:することを決めたら練習あるのみ

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馬に乗れるとは言ってもそれは移動手段として最低限できるというだけで、日々乗りこなしているクイエテに敵うはずもなく、見栄えがする形にするには練習が必要だった。
「しかしルサルカ様、馬に乗ってどのように催し物にするのですか?」
「それは私も気になった」
2人に質問された私は、満を持してと言うように勿体ぶって話をし出した。
「よくぞ聞いてくれたわ!馬に乗りながら、的を言ったりすれば良いと思ったのよ!」
「的?ですか。私はてっきり馬に乗って障害物を避けたりしながら、舞うのかと思いました」
セールビエンスの発想は私のアイデアよりも難しそうね…。でも面白そう。
そっちの方が良いかしら?でも弓矢で私を狙って来るかもしれないから私も弓で応戦したいのよね…。でもカエオレウムって女性が武器を持つのはダメなのかしら。


「両方やってしまえば良いのよ!その方が目立てるもの!!」
クイエテは歯を見せて笑った。
なるほど~、目立つのは大事よね。ネスキオ氏のコラムにもあったし、セールビエンスやクイエテの昨年の話を聞いたら涙が出るもの…
と私が自分のことでもないのに悔しく思うのが、2人の去年の境遇なのだ。
セールビエンスが花びらを散らせる係だったのは以前に聞いていたが、クイエテに至っては個人で剣舞をしようとしたところ剣が届かなかったそうだ。活動的なクイエテがそれで黙っている訳もなく、色々調べたところ『令嬢が剣を持って独りで踊っていると私の娘が心配していたから』という理由でテンペスタス子爵が検問でクイエテの剣を没収していたらしい。

「ーーあまり身分の話はしたくないのだけど、クイエテ様の家は辺境伯家でしょう?子爵が何かを言えるものなのかしら?」
辺境伯ちちが知っていたら勿論そんなことにはならなかったでしょうけど、丁度昨年は祭りの時期に、国境で異民族が来たりしてその対応をしていたのです。そして私に連絡が来たのも出番の30分前でしたからどうしようもなかったわ」
「まぁ…言ってくれればエッセ侯爵家うちにある剣を持って来たのに」

セールビエンスも知らなかったようで驚きの声を上げると、クイエテは首を横に振っている。
「連絡が来てすぐにあなたに会えれば良かったのだけど、セールビエンスあなたを探しに、あなたのグループの方へ行ったら、テンペスタス子爵令嬢に『女性が剣で踊るのは危険だ』と懇々と言い聞かされてとうとう時間になってしまったのよ」

諦めてような乾いた笑いをするクイエテに対して、私は『それって、確信犯なのでは?』との言葉を必死で飲み込んだ。
クイエテは私たちにそんな去年の残念な思い出を今回の催しで消し去る!と軽快に笑ってみせてくれたので、私たちは難しそうだけども、『障害物を避けながら的を射る』という催しを秘密裏に進めることにしたのである。


◆◆◆◆◆◆

そんな感じで私たちは練習を重ね、とうとう本番まで2週間となったところで、私の部屋にサラがやって来たではないか。サラがここに来るのはカメオ騒ぎがあって以来のことで、思わず身構えてしまうも、彼女が今来ていると言葉にするのをアガタが非常に嫌そうな顔で告げたのには笑ってしまった。

「お部屋に入っていただくのは、また何かがなくなったと言われても困りますから外にしたいけど…」
「あ、それなら僕が良い場所知ってますよ!」
私の呟きを拾ったトゥットは、素晴らしい庭園のベンチをお勧めしてくれたのでそこで話を聞くことにした。外ならば衆人の目もあるでしょうしサラだけの証言にならないハズーー王宮には彼女の味方しかいない可能性もあるけども。
それでも私の空間で2人きりで話をするよりも、温かい日差しを浴びながら新鮮な空気に当たっているだけ100倍マシだから。そんな場所にアガタに扮したコラーロを連れてやってくると、サラとコラーロに対しては声もかけずに早々に私の手を引いてベンチに座るように促したのである。
まるでそうするのが正しいというように。
そうして2人で並んで座っていると彼女は私に言い聞かせるようにゆっくりと、私の顔見つめながら話を切り出したのである。

「ルサルカ様、あと2週間しかございませんよ?」
「2週間?何がですか?」
「救民祭ですよ。カエオレウムの令嬢、それもオケアノス様の婚約者であるあなたが出ないと言うのはマナー上有り得ませんわ」
「出ない?どこからそんな噂が私、出ますわよ?」
「えっ?出るんですの?しかし……」

『しかし』なんなのでしょう。
勝手に出ないと決めつけて、何故そのような非難めいた視線を向けられなければならないのかしら?
おかしな人だわーーああ、つまり私が一番上サラのグループに入れて欲しいとお願いをしに来ていないということを言いたい訳ね?
皇女が子爵令嬢自分に『仲間に入れて下さいお願いします』と言いに来て、それを自分のグループの面々に見せる必要があるのか。それって、あなたのグループにほころびが出て来ていると言うことに他ならないのではないかしら?

「お打ち合わせに参加出来なかったのですもの、申し訳なくてご一緒させて欲しいなどと申し上げられませんよ」
「そんなことありませんよ。私のグループの皆さんはお優しいですし、それにルサルカ様と歳も近いですし。ーーあまり意地を張らない方が良いかと思いますよ」

忠告めいた物言いでサラはそう言った。
私はにっこりと笑って返しておく。
「いいえ、意地ではございませんよ。私はエッセ侯爵令嬢と一緒に催しを考えています」
「えっ!?ーーしかし」
また『しかし』なのね。今度は聞いてみよう。
、なんなのでしょう?」
「しかし、お2人では…」
「2人ではございませんよ。ディークス辺境伯令嬢と3人です」
「ディークス辺境伯…」
「ええ。人数に規定はないとエッセ侯爵令嬢も仰っていますし、私たちは3人で出来る範囲のことをしようと思っています」
これで話は終わりというつもりで私は立ち上がった。
そして、あくまでも礼儀として挨拶をした。

「私の心配をして下さりありがとうございます。サラ様は本当にお優しいですね」
「そんなことは……ありませんわ。ちなみに何をなさるのです?」
「それは当日までお互いに秘密にいたしましょう?ああ、陛下のお誕生日のようなことがないように注意しないといけませんね」
「ーーそれは、大丈夫でしょう」

サラは消えそうな声でそう言った。
それはそうだ。救民祭の令嬢達の催しは家柄の低い人から行うのだ。昨年、サラ達のグループがトリを勤めたのはセールビエンスがいたからなので、今年は私をグループに入れない限りトリにはならないのだから。

「当日を楽しみにしておりますね」

何処かで小鳥の鳴く声が聞こえた。
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