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知らない時間
65:父親は娘を心配するもの
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「この本はーー」
「この本は!?」
「…別に禁書でも何でもないですね」
思わずガクっとなってしまったわ。
良かったけど、なんでしょう。諸手を上げては喜べないーーのは、サラに一杯食わされて悔しいという気持ちがあるからかしらね。とはいえ問題ないと分かれば怒ると言うよりもなんか脱力してしまうわ。
「この国では歴史書は禁書になることが多いですが、こちらは文化史になると思いますので問題ないでしょう」
「歴史はだめなんですか」
サラがこの本のタイトルを読めたのは非常に意外だわ。
「なぜか?禁止のようですわ。ーーね、お父様」
眉間に青筋を浮かべながらの微笑でいつのまにか部屋の扉の内側にいる侯爵にセールビエンスが問いかけた。
よほどこの会話に心配があるのかしらね。
「う、うむ。さすがセールビエンスだ。その通り!カエオレウムでは建国前後を含む歴史書が禁書だ。ーーだからそんな危険な本を2人が読むのではないかと父としては不安だった」
「だとしても、ルサルカ様に非はございませんでしょう?宮殿に用意されていた書斎に置かれていたのでしたら読んで問題ないと判断するのが普通です」
「それもそうだな。ーーして、皇女様がお持ちになった本は何の本なのだ?」
「『大陸風俗史』ですわね。特に装飾具に関する記載が多いですけど、ルサルカ様は何を知りたいのですか?」
セールビエンスはペラペラとページをめくりながら、私の答えを待っている。
「仮面についての記載はありますか?」
「仮面・・・ですか。ああ、ここに数ページございますわね、具体的にどのようなーー」
「待ちなさいセールビエンス。皇女様、それはーー」
侯爵は先ほどまでの軽い様子から様変わりし、厳しい面持ちでこちらへ近寄るとセールビエンスの持つ本を閉じた。パタン、と表紙が倒れる音が妙に大きく部屋に響く。
普段の侯爵の雰囲気とは異なるであろう様子にセールビエンスも驚いたように自分の父の顔を見上げていた。
「それは、フルクトス様の仮面について調べようとしているのですか?」
「・・・はい。侯爵令嬢を巻き込んでしまい申し訳ございません」
「娘が了承するのであれば巻き込むな、とは申し上げませんし、読む程度では巻き込まれるとも思っていません。しかし、おおっぴらに調べることでもないしょうな」
侯爵のその言葉で、私は自分が細かいことを何も伝えずにセールビエンスの能力を利用しようとしたことに気がついた。これではセールビエンスの家柄を利用したサラ達と同じではないか。
「申し訳ございません」
「ええっ!?ルサルカ様、どうしたのです?」
「まずは何故この本を読みたいのかをセールビエンス様にお伝えして、それでも教えていただけるかを判断いただいてから読んでいただくべきでした。侯爵様も是非ご一緒にご判断ください。エッセ侯爵家にご迷惑になる可能性もありますので」
「皇女様、ありがとう。では話してくれるかな」
私はエッセ侯爵とセールビエンスに正直に話をし始める。
アケロンに頼んでフルクトスと定期的に接触をしていること。
彼は非常に優秀であり、私ではもう勉強の相手が出来ないレベルであること。
彼自身は王位に興味もなく、そもそも自分に王位があることすらも認識していないこと。
そして、そのフルクトスには物心つく前から仮面がついており、彼自身そのことを疑問に思っていないこと。
私の話を一通り聞き終えたセールビエンスはカップを持ったまま、感嘆のため息をついた。
「まさかそんなことをなさっていたとは・・・お父様フルクトス様と言う方がいらっしゃるのは以前も小耳に挟みましたが、仮面を着けさせられている理由はなんなのでしょう?」
「私も仮面のことは皇女様がフルクトス様の件を聞いて、その後調べて知ったことだ。どうやらポリプス公爵側が仕出かしたことらしい」
「仮面に一体何の意味があるのでしょうか」
セールビエンスの質問に私も頷いた。顔を分からないようにする意味はなんなのだろう。
「顔が陛下に似ている囚人なんていたら、反対派閥に利用されるだろうからな。それと迷信じみているがもう一つ意味があるようだ」
「もう一つ?」
「フルクトス様はレドビラ様の息子だ。ネレウス家の血筋であると言うことは魔力を持つ可能性があるから、それを抑えるためらしい」
「魔力を?アケロン様のように魔法が使えるかもしれない方なのですね!それは素晴らしいではないですか!」
「魔力を抑えるための、仮面?そんな物があるのですか?」
でもちょっと待って。フルクトスは魔法使えているわ。ではあの仮面に意味はないってことじゃない。
「ルサルカ様ちょっとこちらの本をご覧くださいな。仮面が色々出ているのですが、ここにフルクトス様が着けてらっしゃるのに近い物はございますか?」
ええっと、なんだか全部似ている気もするけど、ああ、これが全く同じじゃない。
「これだと思うわ!」
ページの中にあった物を指差すとセールビエンスは早速訳そうとしたところで、言い淀み始める。
どうしたのかしら、古語でもない言語だったのかしら。
「これは…『悪しき存在を示す仮面』だそうです…」
悪しき存在?
そう言えば一番最初に会った時のアケロンの反応…つまり、フルクトスは生まれながらに悪しき者とポリプス公爵派閥に決めけられたってことね。
「エッセ侯爵、魔力を抑えるということでしたが、ポリプス公爵は魔力が使えるのですか?」
「いやポリプス公爵が使えると言う話は聞いたことがない。しかしその仮面を用意したのは、殿下の乳母だ」
オケアノスの?ではそれは…
「その乳母はつまり…」
「テンペスタス子爵夫人だ」
サラの母親は魔力を持っている可能性があるってこと?!
「この本は!?」
「…別に禁書でも何でもないですね」
思わずガクっとなってしまったわ。
良かったけど、なんでしょう。諸手を上げては喜べないーーのは、サラに一杯食わされて悔しいという気持ちがあるからかしらね。とはいえ問題ないと分かれば怒ると言うよりもなんか脱力してしまうわ。
「この国では歴史書は禁書になることが多いですが、こちらは文化史になると思いますので問題ないでしょう」
「歴史はだめなんですか」
サラがこの本のタイトルを読めたのは非常に意外だわ。
「なぜか?禁止のようですわ。ーーね、お父様」
眉間に青筋を浮かべながらの微笑でいつのまにか部屋の扉の内側にいる侯爵にセールビエンスが問いかけた。
よほどこの会話に心配があるのかしらね。
「う、うむ。さすがセールビエンスだ。その通り!カエオレウムでは建国前後を含む歴史書が禁書だ。ーーだからそんな危険な本を2人が読むのではないかと父としては不安だった」
「だとしても、ルサルカ様に非はございませんでしょう?宮殿に用意されていた書斎に置かれていたのでしたら読んで問題ないと判断するのが普通です」
「それもそうだな。ーーして、皇女様がお持ちになった本は何の本なのだ?」
「『大陸風俗史』ですわね。特に装飾具に関する記載が多いですけど、ルサルカ様は何を知りたいのですか?」
セールビエンスはペラペラとページをめくりながら、私の答えを待っている。
「仮面についての記載はありますか?」
「仮面・・・ですか。ああ、ここに数ページございますわね、具体的にどのようなーー」
「待ちなさいセールビエンス。皇女様、それはーー」
侯爵は先ほどまでの軽い様子から様変わりし、厳しい面持ちでこちらへ近寄るとセールビエンスの持つ本を閉じた。パタン、と表紙が倒れる音が妙に大きく部屋に響く。
普段の侯爵の雰囲気とは異なるであろう様子にセールビエンスも驚いたように自分の父の顔を見上げていた。
「それは、フルクトス様の仮面について調べようとしているのですか?」
「・・・はい。侯爵令嬢を巻き込んでしまい申し訳ございません」
「娘が了承するのであれば巻き込むな、とは申し上げませんし、読む程度では巻き込まれるとも思っていません。しかし、おおっぴらに調べることでもないしょうな」
侯爵のその言葉で、私は自分が細かいことを何も伝えずにセールビエンスの能力を利用しようとしたことに気がついた。これではセールビエンスの家柄を利用したサラ達と同じではないか。
「申し訳ございません」
「ええっ!?ルサルカ様、どうしたのです?」
「まずは何故この本を読みたいのかをセールビエンス様にお伝えして、それでも教えていただけるかを判断いただいてから読んでいただくべきでした。侯爵様も是非ご一緒にご判断ください。エッセ侯爵家にご迷惑になる可能性もありますので」
「皇女様、ありがとう。では話してくれるかな」
私はエッセ侯爵とセールビエンスに正直に話をし始める。
アケロンに頼んでフルクトスと定期的に接触をしていること。
彼は非常に優秀であり、私ではもう勉強の相手が出来ないレベルであること。
彼自身は王位に興味もなく、そもそも自分に王位があることすらも認識していないこと。
そして、そのフルクトスには物心つく前から仮面がついており、彼自身そのことを疑問に思っていないこと。
私の話を一通り聞き終えたセールビエンスはカップを持ったまま、感嘆のため息をついた。
「まさかそんなことをなさっていたとは・・・お父様フルクトス様と言う方がいらっしゃるのは以前も小耳に挟みましたが、仮面を着けさせられている理由はなんなのでしょう?」
「私も仮面のことは皇女様がフルクトス様の件を聞いて、その後調べて知ったことだ。どうやらポリプス公爵側が仕出かしたことらしい」
「仮面に一体何の意味があるのでしょうか」
セールビエンスの質問に私も頷いた。顔を分からないようにする意味はなんなのだろう。
「顔が陛下に似ている囚人なんていたら、反対派閥に利用されるだろうからな。それと迷信じみているがもう一つ意味があるようだ」
「もう一つ?」
「フルクトス様はレドビラ様の息子だ。ネレウス家の血筋であると言うことは魔力を持つ可能性があるから、それを抑えるためらしい」
「魔力を?アケロン様のように魔法が使えるかもしれない方なのですね!それは素晴らしいではないですか!」
「魔力を抑えるための、仮面?そんな物があるのですか?」
でもちょっと待って。フルクトスは魔法使えているわ。ではあの仮面に意味はないってことじゃない。
「ルサルカ様ちょっとこちらの本をご覧くださいな。仮面が色々出ているのですが、ここにフルクトス様が着けてらっしゃるのに近い物はございますか?」
ええっと、なんだか全部似ている気もするけど、ああ、これが全く同じじゃない。
「これだと思うわ!」
ページの中にあった物を指差すとセールビエンスは早速訳そうとしたところで、言い淀み始める。
どうしたのかしら、古語でもない言語だったのかしら。
「これは…『悪しき存在を示す仮面』だそうです…」
悪しき存在?
そう言えば一番最初に会った時のアケロンの反応…つまり、フルクトスは生まれながらに悪しき者とポリプス公爵派閥に決めけられたってことね。
「エッセ侯爵、魔力を抑えるということでしたが、ポリプス公爵は魔力が使えるのですか?」
「いやポリプス公爵が使えると言う話は聞いたことがない。しかしその仮面を用意したのは、殿下の乳母だ」
オケアノスの?ではそれは…
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サラの母親は魔力を持っている可能性があるってこと?!
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