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知らない時間

59:珍しいもの

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ホールクロックの振り子がユラユラと揺れている。
フルクトスがくれたこれは、早速王宮の中に用意された私の部屋に置いた。どこに置くかと少し悩もうかと思っていたのに、アケロンは初めから決めていたようで、持って帰るや書斎に置いていた。

「書斎に置く物なの?」
「いいや?でも万が一フルクトス側から入っていた時に、ここならあまり人目につかないでしょ」
「一方通行にしておくんじゃなかったのかしら。ーー冗談で良いとは言ってしまったけれど、部屋に自由に行き来出来てしまうのは…」
「それはさすがに小生だって気にしてますよ。ランチャに刺し殺されてしまうからね。でも向こうが何かあった際に逃げ道を用意しておくべきだと今更ながら思ったのさ」

過去でフルクトスがあの塔の中で誰かに襲撃されたという噂は聞いたことがない。でも、私が入った時には既にいなくなっていたから、逃げ出したかどちらかしかない。
オケアノスはフルクトスの存在を知っていたのかしら。

「それよりも小生が今気になるのは、この宝石姉妹の様子なんだけど」
「ああ。ホールクロックが珍しいのだと思います」

アケロンがこれを持って来たのを知ったアガタとコラーロは飽きもせずにずっと振り子を眺めたり、決まった時間になり出すチャイムに喜んだりと、まるで子供のようだ。

「そっか。ペルラは海風が強いからあまりこのタイプの時計は置かないね」
「ええ。もっぱら個人の懐中時計が主流ね」
「気候もそうだけど、どちらかと言えばペルラ国民は個人主義だしねぇ。勿論、家族は大事にはするけど、皆で時間を共有するって考え方も少ないし、共通の時計を置くって考えも珍しいかもね」

言われてみればそうだ。アケロンの指摘はとても興味深い。お父様やお姉様と仲は良かったけれど、常に一緒にはいなかった。個人個人でのやることやしたいことに重きを置いた生活であったし、家柄というものもまぁ、私は皇女だからそこは一線を引いていたけども、「○○家だから~」といった縛りはなかったように思う。
そうか、私がカエオレウムに来てから感じていた一番の違和感はそこなのだ。
トリトーネのルサルカ、ペルラ皇女のルサルカと扱われるだけで、ルサルカとして私を見てくれている人が全くいないことに息がつまりそうになっていたのね。
十数年経ってようやく分かったわ。さすが賢者ね…

なんて感動していると、目の前で時計の扉が歪み始めた。

「ーーあら、トゥット?」
シュケレシュとのやり取りが増えて来たので、今まではアケロンしか行き来出来なかったこの空間をシュケレシュー私の部屋間はトゥットも往来出来るようにしている。
「あれ?コラーロにアガタ、それに皇女様とアケロン様まで、全員総出で僕の出迎えですか」
全員揃っていることに目を見開いているトゥットにコラーロは笑いながら答えていた。
「違うわよ~。いつもとなんか違わない?」
「違う…?あっ、クローゼットじゃなくなってる!ん?何これ、グランドファーザークロックじゃないですか!!これどうしたんですか」
「なぁにそれ?皇女様はホールクロックって仰っていたわよ」
「同じですよ。海の向こうにある国での歌が由来だそうですーーって、コラーロそれはあとでね。皇女様、会頭がアケロン様と一緒に来てくれないかって言っているんですが、今からってお時間大丈夫でしょうか?」
「急ねぇ…。まぁ、予定はないですけど」
「『お茶』の件で話たいことがあるとのことです。会頭が珍しく焦っている様子だったので、ご無礼ではありますが出来ればこのまま一緒にシュケレシュへ行っていただきたいんですが…」

お茶の件…緑の壷の関係なのは間違いないわよね。私には関わらせたくないように言っていたのにどういう風の吹き回しかしら。でもシドンが焦っているというのはよほどのことだろうし、アケロンにも来て欲しいとなると何かしらの専門的な知識が必要ということね。

「ふぅ…、他ならぬトゥットの頼みなら嫌なんて言えないわね」
ワザと勿体ぶってそんなことを言ってみせる。
でもアケロンはどうだろう?と思っていると私よりも先に、トゥットが開いて待っている時計の扉に入って行った。
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