上 下
11 / 111
遡った時間

10:皇女と名無しさん

しおりを挟む
カエオレウムに再びやって来てから1週間程経った。
『側妃に』と言った私の願いはさすがに承諾されなかったけれど、『大国にふさわしい振る舞いが出来るように勉強をしてから』と願い出たところ、しばらく期間を貰える事となった。

「皇女様!素晴らしい発音ですわ!それに文法もバッチリですし、この国の有名な物語はあらかたご存知なんて…失礼ながら、ペルラは他国を遮断しているという話を耳にしておりましたので何も分からないと思って用意をしておりました。次回からはもっと高度な本を持って参ります」
私の言語教師となったドゥ伯爵夫人はそう驚きを隠さなかった。

そりゃあそうでしょう。10年以上住んでましたし、話し相手も居なかったので本を読むくらいしかする事もなかったし。

「そのように言っていただけて安心致しましたわ。でも、ほんの付け焼き刃なのですよ。この国に嫁ぐと決まったので、猛勉強しましたの。そうしましたら素晴らしい書物や文豪が数多く居ると知りまして」
「まぁぁ!そんな謙遜なさらないでくださいませ。素晴らしい出来ですわ。それにしてもこの国の書物を気に入っていただけるとは嬉しいですわね。皇女様はどの作品がお好きなのですか」
「内緒にして下さいね。私が好きなのは『ノーメン・ネスキオ』なのです」
「まぁ!?」
「彼の作品はスキャンダラスなお話や、ゴシップのような内容が表立っておりますが、その実、非常に王宮の文化や伝統をよく調べていると思うのです。私の国のペルラに置き換えてもありえそうなお話ですし、この国の王宮でも似たような事が合ってもおかしくないのでは?と想像を湧き立てられていたのです」
「そうなのですね。ーー実を言いますと私も彼の作品が大好きです。ですが、彼の作品はこの国では低俗と言われておりまだ評価を受けておりません。平民の方達はそれこそ王宮の話として好んでおりますが、貴族達からしたらいつ自分達の悪事を暴露されるのか分からないので心配なのでしょう。ですから皇女様も表立っては言わない方が良いです」
ドゥ伯爵夫人はそう私に耳打ちしてくれた。

そりゃあそうでしょう。(本日2回目)
ノーメン・ネスキオ、いわゆる『名無し』は大衆向けの新聞に連載を持つ娯楽小説家なのだ。貴族のドロドロ不倫劇や賄賂の話、王族の王妃と愛人の縺れから起きる事件なんて内容を題材にした小説を多く書き、濡れ場にも定評がある作者だ。
しかもその内容はノーメン・ネスキオの想像力だけではなく、実体を知っている貴族や近しい人間から見ればモデルになっている人がすぐに分かってしまうくらい実際にあった事がベースになっているのだ。そんなスキャンダラスな小説を大衆が喜ばないはずはない。読み易い文体に起承転結のはっきりした構造はあまり読解が得意ではない層にも受け入れ易くなっていた。
ちなみに、私が獄中で読んだ『オケアノス王とサラ王妃の物語』を書いたのも彼だ。その時は別の名前ーー本名を使っていたけれど、文体が全く同じで丸わかりだった。
そしてその本名こそ、ジョン・ドゥ伯爵。今目の前に居るドゥ伯爵夫人の夫というわけ。

言語に堪能なドゥ伯爵夫人は講師として古くから宮廷に出入りをしており、貴族にも友人が多い。
そのネットワークを利用して集めたゴシップを夫につたえ、それにちょっと脚色をして伯爵が趣味の小説として出版しているというのだから、中々に強かな人だと思うけど、今の私にはとても心強いパートナーではないかしら。
過去のときはサラしか世間話をする話相手が居なかったから、宮廷について何も知らないまま、気がついたら孤立無援になっていたし、一方的な噂に飲み込まれるしかなかった。
だから今度は彼女ーーもといノーメン・ネスキオを使って対抗するしかないでしょう。

ドゥ伯爵夫人の人となりはまだ分からないけれど、ペルラの噂話や私が過去で見聞きしたゴシップが始まるタイミングをそれとなく教える事でWIn-Winの関係が気付ければと思っているわ。


「それはそうと、皇女様が優秀過ぎて私が持って来た物がこんなにも早く終わってしまいましたわ」
ドゥ伯爵夫人が頬に手を当ててため息をついて居るところに、アガタのフリをしたトゥットが現れた。
「皇女様、テンペスタス子爵令嬢がいらっしゃっておりますが、いかがしましょう」
「あら、ちょうど良いわ。ドゥ伯爵夫人、サラ様も一緒にお茶にいたしませんか?」
「よろしいのですか?私、テンペスタス子爵令嬢とは直接の面識がないので、一度お会いしてみたかったのです」
ーーゴシップの良いネタになりそうですものね。
それにしてもトゥットは丁寧なしゃべり方が上手いのね。この部屋に誰もいないときは本物のアガタに動いてもらっているけど、トゥットがここまで上手く演じられるから、人に会わないで済んでいる。
コラーロが来てくれるまで後2週間程あるし、なんとか人に会わないままいけるかもしれないわね。

私がそんな事を考えている間にサラは私の部屋に入って来るなりこう言った。
「今日は私のお友達と一緒にお茶をしませんか?」
ああ、こんなこともあったわね。
「素敵な提案です!私も今日は言語の先生をしていただいているドュ伯爵夫人と貴方と3人でお茶をと思っていたの。そのご友人も交えて4人でお話をいたしましょう?」

私がそう返すと、一瞬サラの微笑みが崩れたような気がした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...