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遡った時間
10:皇女と名無しさん
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カエオレウムに再びやって来てから1週間程経った。
『側妃に』と言った私の願いはさすがに承諾されなかったけれど、『大国にふさわしい振る舞いが出来るように勉強をしてから』と願い出たところ、しばらく期間を貰える事となった。
「皇女様!素晴らしい発音ですわ!それに文法もバッチリですし、この国の有名な物語はあらかたご存知なんて…失礼ながら、ペルラは他国を遮断しているという話を耳にしておりましたので何も分からないと思って用意をしておりました。次回からはもっと高度な本を持って参ります」
私の言語教師となったドゥ伯爵夫人はそう驚きを隠さなかった。
そりゃあそうでしょう。10年以上住んでましたし、話し相手も居なかったので本を読むくらいしかする事もなかったし。
「そのように言っていただけて安心致しましたわ。でも、ほんの付け焼き刃なのですよ。この国に嫁ぐと決まったので、猛勉強しましたの。そうしましたら素晴らしい書物や文豪が数多く居ると知りまして」
「まぁぁ!そんな謙遜なさらないでくださいませ。素晴らしい出来ですわ。それにしてもこの国の書物を気に入っていただけるとは嬉しいですわね。皇女様はどの作品がお好きなのですか」
「内緒にして下さいね。私が好きなのは『ノーメン・ネスキオ』なのです」
「まぁ!?」
「彼の作品はスキャンダラスなお話や、ゴシップのような内容が表立っておりますが、その実、非常に王宮の文化や伝統をよく調べていると思うのです。私の国のペルラに置き換えてもありえそうなお話ですし、この国の王宮でも似たような事が合ってもおかしくないのでは?と想像を湧き立てられていたのです」
「そうなのですね。ーー実を言いますと私も彼の作品が大好きです。ですが、彼の作品はこの国では低俗と言われておりまだ評価を受けておりません。平民の方達はそれこそ王宮の話として好んでおりますが、貴族達からしたらいつ自分達の悪事を暴露されるのか分からないので心配なのでしょう。ですから皇女様も表立っては言わない方が良いです」
ドゥ伯爵夫人はそう私に耳打ちしてくれた。
そりゃあそうでしょう。(本日2回目)
ノーメン・ネスキオ、いわゆる『名無し』は大衆向けの新聞に連載を持つ娯楽小説家なのだ。貴族のドロドロ不倫劇や賄賂の話、王族の王妃と愛人の縺れから起きる事件なんて内容を題材にした小説を多く書き、濡れ場にも定評がある作者だ。
しかもその内容はノーメン・ネスキオの想像力だけではなく、実体を知っている貴族や近しい人間から見ればモデルになっている人がすぐに分かってしまうくらい実際にあった事がベースになっているのだ。そんなスキャンダラスな小説を大衆が喜ばないはずはない。読み易い文体に起承転結のはっきりした構造はあまり読解が得意ではない層にも受け入れ易くなっていた。
ちなみに、私が獄中で読んだ『オケアノス王とサラ王妃の物語』を書いたのも彼だ。その時は別の名前ーー本名を使っていたけれど、文体が全く同じで丸わかりだった。
そしてその本名こそ、ジョン・ドゥ伯爵。今目の前に居るドゥ伯爵夫人の夫というわけ。
言語に堪能なドゥ伯爵夫人は講師として古くから宮廷に出入りをしており、貴族にも友人が多い。
そのネットワークを利用して集めたゴシップを夫につたえ、それにちょっと脚色をして伯爵が趣味の小説として出版しているというのだから、中々に強かな人だと思うけど、今の私にはとても心強いパートナーではないかしら。
過去のときはサラしか世間話をする話相手が居なかったから、宮廷について何も知らないまま、気がついたら孤立無援になっていたし、一方的な噂に飲み込まれるしかなかった。
だから今度は彼女ーーもといノーメン・ネスキオを使って対抗するしかないでしょう。
ドゥ伯爵夫人の人となりはまだ分からないけれど、ペルラの噂話や私が過去で見聞きしたゴシップが始まるタイミングをそれとなく教える事でWIn-Winの関係が気付ければと思っているわ。
「それはそうと、皇女様が優秀過ぎて私が持って来た物がこんなにも早く終わってしまいましたわ」
ドゥ伯爵夫人が頬に手を当ててため息をついて居るところに、アガタのフリをしたトゥットが現れた。
「皇女様、テンペスタス子爵令嬢がいらっしゃっておりますが、いかがしましょう」
「あら、ちょうど良いわ。ドゥ伯爵夫人、サラ様も一緒にお茶にいたしませんか?」
「よろしいのですか?私、テンペスタス子爵令嬢とは直接の面識がないので、一度お会いしてみたかったのです」
ーーゴシップの良いネタになりそうですものね。
それにしてもトゥットは丁寧なしゃべり方が上手いのね。この部屋に誰もいないときは本物のアガタに動いてもらっているけど、トゥットがここまで上手く演じられるから、人に会わないで済んでいる。
コラーロが来てくれるまで後2週間程あるし、なんとか人に会わないままいけるかもしれないわね。
私がそんな事を考えている間にサラは私の部屋に入って来るなりこう言った。
「今日は私のお友達と一緒にお茶をしませんか?」
ああ、こんなこともあったわね。
「素敵な提案です!私も今日は言語の先生をしていただいているドュ伯爵夫人と貴方と3人でお茶をと思っていたの。そのご友人も交えて4人でお話をいたしましょう?」
私がそう返すと、一瞬サラの微笑みが崩れたような気がした。
『側妃に』と言った私の願いはさすがに承諾されなかったけれど、『大国にふさわしい振る舞いが出来るように勉強をしてから』と願い出たところ、しばらく期間を貰える事となった。
「皇女様!素晴らしい発音ですわ!それに文法もバッチリですし、この国の有名な物語はあらかたご存知なんて…失礼ながら、ペルラは他国を遮断しているという話を耳にしておりましたので何も分からないと思って用意をしておりました。次回からはもっと高度な本を持って参ります」
私の言語教師となったドゥ伯爵夫人はそう驚きを隠さなかった。
そりゃあそうでしょう。10年以上住んでましたし、話し相手も居なかったので本を読むくらいしかする事もなかったし。
「そのように言っていただけて安心致しましたわ。でも、ほんの付け焼き刃なのですよ。この国に嫁ぐと決まったので、猛勉強しましたの。そうしましたら素晴らしい書物や文豪が数多く居ると知りまして」
「まぁぁ!そんな謙遜なさらないでくださいませ。素晴らしい出来ですわ。それにしてもこの国の書物を気に入っていただけるとは嬉しいですわね。皇女様はどの作品がお好きなのですか」
「内緒にして下さいね。私が好きなのは『ノーメン・ネスキオ』なのです」
「まぁ!?」
「彼の作品はスキャンダラスなお話や、ゴシップのような内容が表立っておりますが、その実、非常に王宮の文化や伝統をよく調べていると思うのです。私の国のペルラに置き換えてもありえそうなお話ですし、この国の王宮でも似たような事が合ってもおかしくないのでは?と想像を湧き立てられていたのです」
「そうなのですね。ーー実を言いますと私も彼の作品が大好きです。ですが、彼の作品はこの国では低俗と言われておりまだ評価を受けておりません。平民の方達はそれこそ王宮の話として好んでおりますが、貴族達からしたらいつ自分達の悪事を暴露されるのか分からないので心配なのでしょう。ですから皇女様も表立っては言わない方が良いです」
ドゥ伯爵夫人はそう私に耳打ちしてくれた。
そりゃあそうでしょう。(本日2回目)
ノーメン・ネスキオ、いわゆる『名無し』は大衆向けの新聞に連載を持つ娯楽小説家なのだ。貴族のドロドロ不倫劇や賄賂の話、王族の王妃と愛人の縺れから起きる事件なんて内容を題材にした小説を多く書き、濡れ場にも定評がある作者だ。
しかもその内容はノーメン・ネスキオの想像力だけではなく、実体を知っている貴族や近しい人間から見ればモデルになっている人がすぐに分かってしまうくらい実際にあった事がベースになっているのだ。そんなスキャンダラスな小説を大衆が喜ばないはずはない。読み易い文体に起承転結のはっきりした構造はあまり読解が得意ではない層にも受け入れ易くなっていた。
ちなみに、私が獄中で読んだ『オケアノス王とサラ王妃の物語』を書いたのも彼だ。その時は別の名前ーー本名を使っていたけれど、文体が全く同じで丸わかりだった。
そしてその本名こそ、ジョン・ドゥ伯爵。今目の前に居るドゥ伯爵夫人の夫というわけ。
言語に堪能なドゥ伯爵夫人は講師として古くから宮廷に出入りをしており、貴族にも友人が多い。
そのネットワークを利用して集めたゴシップを夫につたえ、それにちょっと脚色をして伯爵が趣味の小説として出版しているというのだから、中々に強かな人だと思うけど、今の私にはとても心強いパートナーではないかしら。
過去のときはサラしか世間話をする話相手が居なかったから、宮廷について何も知らないまま、気がついたら孤立無援になっていたし、一方的な噂に飲み込まれるしかなかった。
だから今度は彼女ーーもといノーメン・ネスキオを使って対抗するしかないでしょう。
ドゥ伯爵夫人の人となりはまだ分からないけれど、ペルラの噂話や私が過去で見聞きしたゴシップが始まるタイミングをそれとなく教える事でWIn-Winの関係が気付ければと思っているわ。
「それはそうと、皇女様が優秀過ぎて私が持って来た物がこんなにも早く終わってしまいましたわ」
ドゥ伯爵夫人が頬に手を当ててため息をついて居るところに、アガタのフリをしたトゥットが現れた。
「皇女様、テンペスタス子爵令嬢がいらっしゃっておりますが、いかがしましょう」
「あら、ちょうど良いわ。ドゥ伯爵夫人、サラ様も一緒にお茶にいたしませんか?」
「よろしいのですか?私、テンペスタス子爵令嬢とは直接の面識がないので、一度お会いしてみたかったのです」
ーーゴシップの良いネタになりそうですものね。
それにしてもトゥットは丁寧なしゃべり方が上手いのね。この部屋に誰もいないときは本物のアガタに動いてもらっているけど、トゥットがここまで上手く演じられるから、人に会わないで済んでいる。
コラーロが来てくれるまで後2週間程あるし、なんとか人に会わないままいけるかもしれないわね。
私がそんな事を考えている間にサラは私の部屋に入って来るなりこう言った。
「今日は私のお友達と一緒にお茶をしませんか?」
ああ、こんなこともあったわね。
「素敵な提案です!私も今日は言語の先生をしていただいているドュ伯爵夫人と貴方と3人でお茶をと思っていたの。そのご友人も交えて4人でお話をいたしましょう?」
私がそう返すと、一瞬サラの微笑みが崩れたような気がした。
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