6 / 111
遡った時間
5:皇女と未来の大商人
しおりを挟む
リビュア人。
彼等はペルラよりも更に小国ではあるが、優秀な商人が多い土地だ。世界中に散らばるリビュア人は独自のネットワークを気付いており、得意なのが貿易であった。
そんな彼等にここで出会えたのは幸運だった。
「あなた方はリビュア人よね?リビュアの商人ならこの好機を逃さないでしょう」
私がそう言った後、1人の黒髪で長身の優男が前に歩み出て来た。周囲に比べて1人だけ線が細いので妙に浮いていた。しかし細身とはいえ、しっかりと筋肉もあるようでアガタが緊張感を持ってその男を睨みつけた。
「そのお持ちの印章を見せていただけますか、お嬢さん」
「ええ、しっかり見て下さいな」
そう言って彼が差し出した掌に印章を乗せる。隣ではアガタが印章を知らない人に渡した事を諌めてくるけども、その事は無視する。ここで大事に持っていても、前の時と同じであればどうせオケアノスに3年後捨てられてしまうのだ。
黒髪の男は私に手渡された印章を持ち上げたり光に当てたりと眺めてから、私に返すと、流れるように跪いた。
「大変失礼をいたしました。確かにペルラ皇国の皇女の紋章でございます」
「分かっていただけて安心したわ」
「しかし、なぜこの船に?噂を申し上げるのは恐縮ですが、皇女様はカエオレウムへ嫁がれるのではなかったのでしょうか」
黒髪の男がそう言うと、アガタが答える。
「その通りです。私たちはカエオレウムの使いにここに連れてこられました。この船はカエオレウムへ行かないのですか?」
「行きますがーーとても皇女様に乗っていただけるような船ではないですし、何よりも私ども『シュケレシュ』は誰も皇女様をカエオレウムへお連れするという依頼を受けておりません。勿論擁護するようにとも申し付けられておりません。皇女様に警護1人もつかないのはいささか妙ではありませんか」
その言葉をきいたアガタは少し苛立ちながら男に詰め寄って、鼻先に人差し指を指し示した。
「それも大事ですが、皇女様の御前ですよ?まずは名乗りなさい!」
アガタの勢いに男は苦笑を見せた。
「これはこれは、大変失礼しました。皇女様とお付きの方。私はしがない商団『シュケレシュ』を率いておりますシドンと申します」
シュケレシューーシドン!?
覚えているわ。
前の人生で、ある時からその名前を聞かない日はなかった。軍事国家であるカエオレウムに武器から人から全てを用立てていた男。直接顔を合わせた事はなかったけど、こんな顔だったの・・・。
もっと恐ろしい強面だとばかり…知らない人が見たらただの気の良い男にしか見えないじゃない。
「シュレケシュ、知っているわ。貿易商ね」
私の言葉に謙遜でなく本心でシドンは驚いたようにしていた。
「なぁに?私、そんなおかしい事言った?」
「……いいえ。深窓の令嬢の中の令嬢と言われているペルラ皇女が私たちのようなしがない荒くれ者をご存知だという事に驚いただけです」
「上手いのね」
「本心です。私たちは結束したばかりでまだ何も成し遂げていません。噂になるとすれば…」
「アレだな!シドンがとある子爵さんが間違えて売った油100万ガロンをほとんどタダで買った件だなっ!」
「こらっ、トゥット!余計な事をいうな」
そう言って会話に入って来た少年が満面の笑みを浮かべた。
子爵…なんとなく気になるから聞いてみときましょう。
「その子爵って、カエオレウムのテンペスタス子爵?」
「ああ、ご存知でしたか。そうです。テンペスタス子爵が誤って売りに出した油を私が根こそぎ買いました。正当な処理を経て購入したので文句を言われるいわれもないのですが、目をつけられると厄介なんでね。代わりに今回この、あなた方が乗っていたーーああ。私はハメラレたのですね」
「ハメラレタ?」
「ええ、この船にあなた方の馬車が乗っている理由にも繋がりますが、子爵から頼まれたのです。油の事は『哀れな疫病患者』を王国へ連れ帰すことで帳消しにしてやる、と。私としては正当な対応をして購入をしたのに言いがかりをつけるなと言ってやりたいくらいだったのですが、相手は貴族ですしリビュアで商人をやっている他の面々に迷惑がかかるのは避けたかったので受ける事にしました。まさか皇女様が乗られているとは思いませんでした」
「哀れな疫病患者?私達はそう言われていたのですか?なんて侮辱!皇女様、戻って皇帝に抗議していただきましょう!」
「だめよ。抗議したところで…意味はないわ。今のペルラではカエオレウムと戦うなんてとても出来ないわ。国民に迷惑をかけるだけ」
「皇女様…」
アガタは私の言葉に悲しげに目を伏せる。隣のシドンは再び跪き頭を垂れると声を出し始めた。
「知らなかった事とはいえペルラ皇国の皇女をこんな場所に放置してしまったことは事実です。申し訳ございません。責任は全て私が取ります。しかし、どうか他の者については許していただけないでしょうか!」
「勿論、許すに決まってるでしょう?貴方は騙されただけなんだから」
「・・・は?」
「だから、許すとか許さないとかの次元じゃないでしょ?」
「許してーーくださるのですか?」
「どちらかと言えば貴方だって子爵に騙された被害者じゃないの。私が責任追及すべきなのは子爵だと思うけど、ねぇアガタ」
「当然でございます。王国に着いたら早速子爵の責任追及をーー」
「いいえ。それはできないわ。おそらく、シドン達のせいに責任をなすり付けるでしょうね。彼等がペルラ皇女を誘拐したとか」
「それは恐ろしいですね、ではどうするので?」
私の発言を聞いたシドンは興味深そうに顎に指をかけ、ちっとも怖がっていない表情でそう尋ねてくるのだった。
彼等はペルラよりも更に小国ではあるが、優秀な商人が多い土地だ。世界中に散らばるリビュア人は独自のネットワークを気付いており、得意なのが貿易であった。
そんな彼等にここで出会えたのは幸運だった。
「あなた方はリビュア人よね?リビュアの商人ならこの好機を逃さないでしょう」
私がそう言った後、1人の黒髪で長身の優男が前に歩み出て来た。周囲に比べて1人だけ線が細いので妙に浮いていた。しかし細身とはいえ、しっかりと筋肉もあるようでアガタが緊張感を持ってその男を睨みつけた。
「そのお持ちの印章を見せていただけますか、お嬢さん」
「ええ、しっかり見て下さいな」
そう言って彼が差し出した掌に印章を乗せる。隣ではアガタが印章を知らない人に渡した事を諌めてくるけども、その事は無視する。ここで大事に持っていても、前の時と同じであればどうせオケアノスに3年後捨てられてしまうのだ。
黒髪の男は私に手渡された印章を持ち上げたり光に当てたりと眺めてから、私に返すと、流れるように跪いた。
「大変失礼をいたしました。確かにペルラ皇国の皇女の紋章でございます」
「分かっていただけて安心したわ」
「しかし、なぜこの船に?噂を申し上げるのは恐縮ですが、皇女様はカエオレウムへ嫁がれるのではなかったのでしょうか」
黒髪の男がそう言うと、アガタが答える。
「その通りです。私たちはカエオレウムの使いにここに連れてこられました。この船はカエオレウムへ行かないのですか?」
「行きますがーーとても皇女様に乗っていただけるような船ではないですし、何よりも私ども『シュケレシュ』は誰も皇女様をカエオレウムへお連れするという依頼を受けておりません。勿論擁護するようにとも申し付けられておりません。皇女様に警護1人もつかないのはいささか妙ではありませんか」
その言葉をきいたアガタは少し苛立ちながら男に詰め寄って、鼻先に人差し指を指し示した。
「それも大事ですが、皇女様の御前ですよ?まずは名乗りなさい!」
アガタの勢いに男は苦笑を見せた。
「これはこれは、大変失礼しました。皇女様とお付きの方。私はしがない商団『シュケレシュ』を率いておりますシドンと申します」
シュケレシューーシドン!?
覚えているわ。
前の人生で、ある時からその名前を聞かない日はなかった。軍事国家であるカエオレウムに武器から人から全てを用立てていた男。直接顔を合わせた事はなかったけど、こんな顔だったの・・・。
もっと恐ろしい強面だとばかり…知らない人が見たらただの気の良い男にしか見えないじゃない。
「シュレケシュ、知っているわ。貿易商ね」
私の言葉に謙遜でなく本心でシドンは驚いたようにしていた。
「なぁに?私、そんなおかしい事言った?」
「……いいえ。深窓の令嬢の中の令嬢と言われているペルラ皇女が私たちのようなしがない荒くれ者をご存知だという事に驚いただけです」
「上手いのね」
「本心です。私たちは結束したばかりでまだ何も成し遂げていません。噂になるとすれば…」
「アレだな!シドンがとある子爵さんが間違えて売った油100万ガロンをほとんどタダで買った件だなっ!」
「こらっ、トゥット!余計な事をいうな」
そう言って会話に入って来た少年が満面の笑みを浮かべた。
子爵…なんとなく気になるから聞いてみときましょう。
「その子爵って、カエオレウムのテンペスタス子爵?」
「ああ、ご存知でしたか。そうです。テンペスタス子爵が誤って売りに出した油を私が根こそぎ買いました。正当な処理を経て購入したので文句を言われるいわれもないのですが、目をつけられると厄介なんでね。代わりに今回この、あなた方が乗っていたーーああ。私はハメラレたのですね」
「ハメラレタ?」
「ええ、この船にあなた方の馬車が乗っている理由にも繋がりますが、子爵から頼まれたのです。油の事は『哀れな疫病患者』を王国へ連れ帰すことで帳消しにしてやる、と。私としては正当な対応をして購入をしたのに言いがかりをつけるなと言ってやりたいくらいだったのですが、相手は貴族ですしリビュアで商人をやっている他の面々に迷惑がかかるのは避けたかったので受ける事にしました。まさか皇女様が乗られているとは思いませんでした」
「哀れな疫病患者?私達はそう言われていたのですか?なんて侮辱!皇女様、戻って皇帝に抗議していただきましょう!」
「だめよ。抗議したところで…意味はないわ。今のペルラではカエオレウムと戦うなんてとても出来ないわ。国民に迷惑をかけるだけ」
「皇女様…」
アガタは私の言葉に悲しげに目を伏せる。隣のシドンは再び跪き頭を垂れると声を出し始めた。
「知らなかった事とはいえペルラ皇国の皇女をこんな場所に放置してしまったことは事実です。申し訳ございません。責任は全て私が取ります。しかし、どうか他の者については許していただけないでしょうか!」
「勿論、許すに決まってるでしょう?貴方は騙されただけなんだから」
「・・・は?」
「だから、許すとか許さないとかの次元じゃないでしょ?」
「許してーーくださるのですか?」
「どちらかと言えば貴方だって子爵に騙された被害者じゃないの。私が責任追及すべきなのは子爵だと思うけど、ねぇアガタ」
「当然でございます。王国に着いたら早速子爵の責任追及をーー」
「いいえ。それはできないわ。おそらく、シドン達のせいに責任をなすり付けるでしょうね。彼等がペルラ皇女を誘拐したとか」
「それは恐ろしいですね、ではどうするので?」
私の発言を聞いたシドンは興味深そうに顎に指をかけ、ちっとも怖がっていない表情でそう尋ねてくるのだった。
17
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?
真理亜
恋愛
「アリン! 貴様! サーシャを階段から突き落としたと言うのは本当か!?」王太子である婚約者のカインからそう詰問された公爵令嬢のアリンは「えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?」とサラッと答えた。その答えにカインは呆然とするが、やがてカインの取り巻き連中の婚約者達も揃ってサーシャを糾弾し始めたことにより、サーシャの本性が暴かれるのだった。
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
番を辞めますさようなら
京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら…
愛されなかった番
すれ違いエンド
ざまぁ
ゆるゆる設定
愛せないと言われたから、私も愛することをやめました
天宮有
恋愛
「他の人を好きになったから、君のことは愛せない」
そんなことを言われて、私サフィラは婚約者のヴァン王子に愛人を紹介される。
その後はヴァンは、私が様々な悪事を働いているとパーティ会場で言い出す。
捏造した罪によって、ヴァンは私との婚約を破棄しようと目論んでいた。
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる