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遡った時間

5:皇女と未来の大商人

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リビュア人。
彼等はペルラよりも更に小国ではあるが、優秀な商人が多い土地だ。世界中に散らばるリビュア人は独自のネットワークを気付いており、得意なのが貿易であった。
そんな彼等にここで出会えたのは幸運だった。

「あなた方はリビュア人よね?リビュアの商人ならこの好機を逃さないでしょう」

私がそう言った後、1人の黒髪で長身の優男が前に歩み出て来た。周囲に比べて1人だけ線が細いので妙に浮いていた。しかし細身とはいえ、しっかりと筋肉もあるようでアガタが緊張感を持ってその男を睨みつけた。

「そのお持ちの印章を見せていただけますか、お嬢さん」
「ええ、しっかり見て下さいな」

そう言って彼が差し出した掌に印章を乗せる。隣ではアガタが印章を知らない人に渡した事を諌めてくるけども、その事は無視する。ここで大事に持っていても、前の時と同じであればどうせオケアノスに3年後捨てられてしまうのだ。
黒髪の男は私に手渡された印章を持ち上げたり光に当てたりと眺めてから、私に返すと、流れるように跪いた。
「大変失礼をいたしました。確かにペルラ皇国の皇女の紋章でございます」
「分かっていただけて安心したわ」
「しかし、なぜこの船に?噂を申し上げるのは恐縮ですが、皇女様はカエオレウムへ嫁がれるのではなかったのでしょうか」
黒髪の男がそう言うと、アガタが答える。
「その通りです。私たちはカエオレウムの使いにここに連れてこられました。この船はカエオレウムへ行かないのですか?」
「行きますがーーとても皇女様に乗っていただけるような船ではないですし、何よりも私ども『シュケレシュ』は誰も皇女様をカエオレウムへお連れするという依頼を受けておりません。勿論擁護するようにとも申し付けられておりません。皇女様に警護1人もつかないのはいささか妙ではありませんか」
その言葉をきいたアガタは少し苛立ちながら男に詰め寄って、鼻先に人差し指を指し示した。
「それも大事ですが、皇女様の御前ですよ?まずは名乗りなさい!」
アガタの勢いに男は苦笑を見せた。
「これはこれは、大変失礼しました。皇女様とお付きの方。私は商団『シュケレシュ』を率いておりますシドンと申します」

シュケレシューーシドン!?
覚えているわ。
前の人生で、ある時からその名前を聞かない日はなかった。軍事国家であるカエオレウムに武器から人から全てを用立てていた男。直接顔を合わせた事はなかったけど、こんな顔だったの・・・。
もっと恐ろしい強面だとばかり…知らない人が見たらただの気の良い男にしか見えないじゃない。

「シュレケシュ、知っているわ。貿易商ね」
私の言葉に謙遜でなく本心でシドンは驚いたようにしていた。
「なぁに?私、そんなおかしい事言った?」
「……いいえ。深窓の令嬢の中の令嬢と言われているペルラ皇女が私たちのようなしがない荒くれ者をご存知だという事に驚いただけです」
「上手いのね」
「本心です。私たちは結束したばかりでまだ何も成し遂げていません。噂になるとすれば…」
「アレだな!シドンがとある子爵さんが間違えて売った油100万ガロンをほとんどタダで買った件だなっ!」
「こらっ、トゥット!余計な事をいうな」

そう言って会話に入って来た少年が満面の笑みを浮かべた。
子爵…なんとなく気になるから聞いてみときましょう。

「その子爵って、カエオレウムのテンペスタス子爵?」
「ああ、ご存知でしたか。そうです。テンペスタス子爵が誤って売りに出した油を私が根こそぎ買いました。正当な処理を経て購入したので文句を言われるいわれもないのですが、目をつけられると厄介なんでね。代わりに今回この、あなた方が乗っていたーーああ。私はハメラレたのですね」
「ハメラレタ?」
「ええ、この船にあなた方の馬車が乗っている理由にも繋がりますが、子爵から頼まれたのです。油の事は『哀れな疫病患者』を王国へ連れ帰すことで帳消しにしてやる、と。私としては正当な対応をして購入をしたのに言いがかりをつけるなと言ってやりたいくらいだったのですが、相手は貴族ですしリビュアくにで商人をやっている他の面々に迷惑がかかるのは避けたかったので受ける事にしました。まさか皇女様が乗られているとは思いませんでした」
「哀れな疫病患者?私達はそう言われていたのですか?なんて侮辱!皇女様、戻って皇帝に抗議していただきましょう!」
「だめよ。抗議したところで…意味はないわ。今のペルラではカエオレウムと戦うなんてとても出来ないわ。国民に迷惑をかけるだけ」
「皇女様…」
アガタは私の言葉に悲しげに目を伏せる。隣のシドンは再び跪き頭を垂れると声を出し始めた。
「知らなかった事とはいえペルラ皇国の皇女をこんな場所に放置してしまったことは事実です。申し訳ございません。責任は全て私が取ります。しかし、どうか他の者については許していただけないでしょうか!」
「勿論、許すに決まってるでしょう?貴方は騙されただけなんだから」
「・・・は?」
「だから、許すとか許さないとかの次元じゃないでしょ?」
「許してーーくださるのですか?」
「どちらかと言えば貴方だって子爵に騙された被害者じゃないの。私が責任追及すべきなのは子爵だと思うけど、ねぇアガタ」
「当然でございます。王国に着いたら早速子爵の責任追及をーー」
「いいえ。それはできないわ。おそらく、シドン達のせいに責任をなすり付けるでしょうね。彼等がペルラ皇女を誘拐したとか」
「それは恐ろしいですね、ではどうするので?」

私の発言を聞いたシドンは興味深そうに顎に指をかけ、ちっとも怖がっていない表情でそう尋ねてくるのだった。
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