5 / 111
遡った時間
4:皇女は馬置き場へ
しおりを挟む
アガタと私を乗せた馬車は、ペルラ最大の港に到着すると馬車から下りさせても貰えずにそのまま王国の船に乗せられた。
これも前と同様であった。
「皇女様を何だと思っているのでしょうか。こんな狭い馬車に乗せたままにするなんて!私、少々文句を言って参ります!」
アガタがそう言って立ち上がったのを笑って止める。
前の時もコラーロが同じような事を言っていたっけ。嫌な記憶なはずなのに、2人が同じような反応をするのはやっぱり双子なんだと思うと微笑ましくなってしまう。
「やめなさい、私はここでは招かれざる客人なのよ。騒いでも良い事はないわ」
「そんなわけないでしょう。皇女様は向こうから乞われて王国に行ってやるのです!盛大に歓迎されねばいけません」
「まぁね。普通に考えればそうだけど、私をこの船に乗せた人としてはそうじゃないのよ」
◆◆◆◆◆◆
この船に乗せた人物、それはイグニス・テンペスタス、サラの父親であるテンペスタス子爵なのだ。
子爵でありながら海運事業によって富を築いていたテンペスタス子爵は、王子と同世代に生まれた自分の娘をなんとか王妃にさせようと、長らく金やコネを駆使して娘を王宮の女官にした。
女官にさえすれば、サラの美しさでどうとでもなると計算していたのだろう。
そんな子爵ににとって私の登場は寝耳に水のことであったに違いない。だから、なんとかして私を蹴落とし、そして娘の評判を上げようと、彼はまずこの迎えの船で策を講じたのだ。
具体的には、私の機嫌を悪くし周囲に当たり散らさせるようにしむけ、過去の私はまんまとひっかかってしまった。
先ほどのアガタと同じようなことを言って、コラーロが外に出るとそのまま彼女は船が王国に到着するまで私の元へ戻って来なかった。
皇国で大事に育てられていた甘えたで末っ子の私は狭い馬車に長時間独りで放っておかれた事は生まれてから一度もなかった。周囲からはなにかヒソヒソと私の事を話しているような空気だけは感じられ、言葉がわかるコラーロが居なくなってしまうと王国での言葉がわからない私にとって、恐怖とそして苛立ちをつのらせた。後から聞いた話になるけど、コラーロは馬車を出てすぐに誰かに殴られ、気がつくと貨物室に閉じ込められていたそうだ。
次に、衣食住をままならなくさせた。当然、このことにも当時の私は怒りに震えた。
連日の粗末な食事、移動中ずっとお風呂にも入れない、眠る事も上手く出来ない環境で、精神的に疲労困憊した。
3日後、私は王国に到着するや、迎えに来た使者達に対して怒鳴り散らし癇癪を起こしてしまった。
勿論、コラーロはしっかりと王国側に私が受けた扱いを訴えてくれていたけれど、私たちの主張に対して子爵は『私どもとしては精一杯のおもてなしをしたのですが』などと言い、全く別の豪華な船や客室、至れり尽くせりな使用人達といった手厚い環境を王達に見せ釈明をした。
思い出しても腹が立つのがこの後の子爵の行動。
私の顔をしげしげと見た子爵はペルラ語で『これでも満足いただけないなんて、皇国の方はなんと豪奢な生活をされているのでしょう』と大げさにため息をついてみせたのだ。
言葉が出来ない私は細やかな説明が出来なかったせいで、ルサルカ姫は贅沢好きのワガママという印象を初対面の王達へ強く残してしまうハメになった。
そうしてこのエピソードは王国に到着して瞬く間に、2倍10倍にも誇張されてゴシップ記事や社交界に広められてしまった。
◆◆◆◆◆◆
今思い出すと面白い程私は子爵の思い通りになってしまっていたのね。
子供だったとはいえ、これでは皇女として舐められるのも当然かもしれない。10年、王国で揉まれた今ならこれくらいなんとも思えないから不思議ね。
「アガタ、周囲で話していること聞こえる?王国語だけど」
「私もコラーロもは王国語も嗜んでおります。問題ございません。ーーそうですね『なんでこんな場所に馬車が?』『ここは馬置き場だろうに』ーーん?馬置き場?少々お待ちくださいね、他にもなんか言っています。『なんか張り紙が貼ってあんぞ』『この馬車の中には疫病患者がいます!?』『おいっさっさと離れろ』」
同時通訳をしていたアガタは急に立ち上がると、無言で馬車の扉へ手をかける。
「待って、開けるのはーー」
よくない、という私の言葉尻も待たずに扉を開けてしまうと、大きく息を吸い込んでから叫びはじめた。
「そこの皆様!私たちは病気ではございません!近寄っても問題ございません!!」
「嘘だ!俺たちに伝染としているんだろう?」
「そんなはずはございません。私たちはペルラから参りました!ペルラで今伝染病は流行っておりません!」
「ペルラだと?そんな訳あるかっ証拠を見せろ!!」
アガタの言葉に反応する大柄の男達は王国民だろうか。
王国民であれば話をすれば分かってくれそうだけど…いや、あの身につけている短剣、あれは前の世界で貿易商が来た時に見た事があるわ。
あの短剣を持っているのは…
「証拠は…ああ、馬車の紋章も潰されているのね。なら持ち物でも良いかしら?ペルラの国章が着いている指輪よ。あなた方のリーダーなら分かるはずだわ」
「皇女様?」
「あなた方はリビュア人よね?リビュアの商人ならこの好機を逃さないでしょう」
私が指輪を摘んでそう言うと、その場に居た誰かが息を飲む音が聞こえた。
これも前と同様であった。
「皇女様を何だと思っているのでしょうか。こんな狭い馬車に乗せたままにするなんて!私、少々文句を言って参ります!」
アガタがそう言って立ち上がったのを笑って止める。
前の時もコラーロが同じような事を言っていたっけ。嫌な記憶なはずなのに、2人が同じような反応をするのはやっぱり双子なんだと思うと微笑ましくなってしまう。
「やめなさい、私はここでは招かれざる客人なのよ。騒いでも良い事はないわ」
「そんなわけないでしょう。皇女様は向こうから乞われて王国に行ってやるのです!盛大に歓迎されねばいけません」
「まぁね。普通に考えればそうだけど、私をこの船に乗せた人としてはそうじゃないのよ」
◆◆◆◆◆◆
この船に乗せた人物、それはイグニス・テンペスタス、サラの父親であるテンペスタス子爵なのだ。
子爵でありながら海運事業によって富を築いていたテンペスタス子爵は、王子と同世代に生まれた自分の娘をなんとか王妃にさせようと、長らく金やコネを駆使して娘を王宮の女官にした。
女官にさえすれば、サラの美しさでどうとでもなると計算していたのだろう。
そんな子爵ににとって私の登場は寝耳に水のことであったに違いない。だから、なんとかして私を蹴落とし、そして娘の評判を上げようと、彼はまずこの迎えの船で策を講じたのだ。
具体的には、私の機嫌を悪くし周囲に当たり散らさせるようにしむけ、過去の私はまんまとひっかかってしまった。
先ほどのアガタと同じようなことを言って、コラーロが外に出るとそのまま彼女は船が王国に到着するまで私の元へ戻って来なかった。
皇国で大事に育てられていた甘えたで末っ子の私は狭い馬車に長時間独りで放っておかれた事は生まれてから一度もなかった。周囲からはなにかヒソヒソと私の事を話しているような空気だけは感じられ、言葉がわかるコラーロが居なくなってしまうと王国での言葉がわからない私にとって、恐怖とそして苛立ちをつのらせた。後から聞いた話になるけど、コラーロは馬車を出てすぐに誰かに殴られ、気がつくと貨物室に閉じ込められていたそうだ。
次に、衣食住をままならなくさせた。当然、このことにも当時の私は怒りに震えた。
連日の粗末な食事、移動中ずっとお風呂にも入れない、眠る事も上手く出来ない環境で、精神的に疲労困憊した。
3日後、私は王国に到着するや、迎えに来た使者達に対して怒鳴り散らし癇癪を起こしてしまった。
勿論、コラーロはしっかりと王国側に私が受けた扱いを訴えてくれていたけれど、私たちの主張に対して子爵は『私どもとしては精一杯のおもてなしをしたのですが』などと言い、全く別の豪華な船や客室、至れり尽くせりな使用人達といった手厚い環境を王達に見せ釈明をした。
思い出しても腹が立つのがこの後の子爵の行動。
私の顔をしげしげと見た子爵はペルラ語で『これでも満足いただけないなんて、皇国の方はなんと豪奢な生活をされているのでしょう』と大げさにため息をついてみせたのだ。
言葉が出来ない私は細やかな説明が出来なかったせいで、ルサルカ姫は贅沢好きのワガママという印象を初対面の王達へ強く残してしまうハメになった。
そうしてこのエピソードは王国に到着して瞬く間に、2倍10倍にも誇張されてゴシップ記事や社交界に広められてしまった。
◆◆◆◆◆◆
今思い出すと面白い程私は子爵の思い通りになってしまっていたのね。
子供だったとはいえ、これでは皇女として舐められるのも当然かもしれない。10年、王国で揉まれた今ならこれくらいなんとも思えないから不思議ね。
「アガタ、周囲で話していること聞こえる?王国語だけど」
「私もコラーロもは王国語も嗜んでおります。問題ございません。ーーそうですね『なんでこんな場所に馬車が?』『ここは馬置き場だろうに』ーーん?馬置き場?少々お待ちくださいね、他にもなんか言っています。『なんか張り紙が貼ってあんぞ』『この馬車の中には疫病患者がいます!?』『おいっさっさと離れろ』」
同時通訳をしていたアガタは急に立ち上がると、無言で馬車の扉へ手をかける。
「待って、開けるのはーー」
よくない、という私の言葉尻も待たずに扉を開けてしまうと、大きく息を吸い込んでから叫びはじめた。
「そこの皆様!私たちは病気ではございません!近寄っても問題ございません!!」
「嘘だ!俺たちに伝染としているんだろう?」
「そんなはずはございません。私たちはペルラから参りました!ペルラで今伝染病は流行っておりません!」
「ペルラだと?そんな訳あるかっ証拠を見せろ!!」
アガタの言葉に反応する大柄の男達は王国民だろうか。
王国民であれば話をすれば分かってくれそうだけど…いや、あの身につけている短剣、あれは前の世界で貿易商が来た時に見た事があるわ。
あの短剣を持っているのは…
「証拠は…ああ、馬車の紋章も潰されているのね。なら持ち物でも良いかしら?ペルラの国章が着いている指輪よ。あなた方のリーダーなら分かるはずだわ」
「皇女様?」
「あなた方はリビュア人よね?リビュアの商人ならこの好機を逃さないでしょう」
私が指輪を摘んでそう言うと、その場に居た誰かが息を飲む音が聞こえた。
18
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。
真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。
そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが…
7万文字くらいのお話です。
よろしくお願いいたしますm(__)m
番を辞めますさようなら
京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら…
愛されなかった番
すれ違いエンド
ざまぁ
ゆるゆる設定
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
【完結】愛していないと王子が言った
miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。
「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」
ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。
※合わない場合はそっ閉じお願いします。
※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる