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遡った時間

4:皇女は馬置き場へ

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アガタと私を乗せた馬車は、ペルラ最大の港に到着すると馬車から下りさせても貰えずにそのまま王国の船に乗せられた。
これも前と同様であった。

「皇女様を何だと思っているのでしょうか。こんな狭い馬車に乗せたままにするなんて!私、少々文句を言って参ります!」
アガタがそう言って立ち上がったのを笑って止める。
前の時もコラーロが同じような事を言っていたっけ。嫌な記憶なはずなのに、2人が同じような反応をするのはやっぱり双子なんだと思うと微笑ましくなってしまう。
「やめなさい、私はここでは招かれざる客人なのよ。騒いでも良い事はないわ」
「そんなわけないでしょう。皇女様は向こうから乞われて王国に行ってやるのです!盛大に歓迎されねばいけません」
「まぁね。普通に考えればそうだけど、私をこの船に乗せた人としてはそうじゃないのよ」


◆◆◆◆◆◆

この船に乗せた人物、それはイグニス・テンペスタス、サラの父親であるテンペスタス子爵なのだ。
子爵でありながら海運事業によって富を築いていたテンペスタス子爵は、王子と同世代に生まれた自分の娘をなんとか王妃にさせようと、長らく金やコネを駆使して娘を王宮の女官にした。
女官にさえすれば、サラの美しさでどうとでもなると計算していたのだろう。
そんな子爵ににとって私の登場は寝耳に水のことであったに違いない。だから、なんとかして私を蹴落とし、そして娘の評判を上げようと、彼はまずこの迎えの船で策を講じたのだ。
具体的には、私の機嫌を悪くし周囲に当たり散らさせるようにしむけ、過去の私はまんまとひっかかってしまった。

先ほどのアガタと同じようなことを言って、コラーロが外に出るとそのまま彼女は船が王国に到着するまで私の元へ戻って来なかった。
皇国で大事に育てられていた甘えたで末っ子の私は狭い馬車こんな場所に長時間独りで放っておかれた事は生まれてから一度もなかった。周囲からはなにかヒソヒソと私の事を話しているような空気だけは感じられ、言葉がわかるコラーロが居なくなってしまうと王国での言葉がわからない私にとって、恐怖とそして苛立ちをつのらせた。後から聞いた話になるけど、コラーロは馬車を出てすぐに誰かに殴られ、気がつくと貨物室に閉じ込められていたそうだ。
次に、衣食住をままならなくさせた。当然、このことにも当時の私は怒りに震えた。
連日の粗末な食事、移動中ずっとお風呂にも入れない、眠る事も上手く出来ない環境で、精神的に疲労困憊した。

3日後、私は王国に到着するや、迎えに来た使者達に対して怒鳴り散らし癇癪を起こしてしまった。
勿論、コラーロはしっかりと王国側に私が受けた扱いを訴えてくれていたけれど、私たちの主張に対して子爵は『私どもとしては精一杯のおもてなしをしたのですが』などと言い、全く別の豪華な船や客室、至れり尽くせりな使用人達といった手厚い環境を王達に見せ釈明をした。
思い出しても腹が立つのがこの後の子爵の行動。
私の顔をしげしげと見た子爵はペルラ語で『これでも満足いただけないなんて、皇国の方はなんと豪奢な生活をされているのでしょう』と大げさにため息をついてみせたのだ。
言葉が出来ない私は細やかな説明が出来なかったせいで、という印象を初対面の王達へ強く残してしまうハメになった。
そうしてこのエピソードは王国に到着して瞬く間に、2倍10倍にも誇張されてゴシップ記事や社交界に広められてしまった。

◆◆◆◆◆◆

今思い出すと面白い程私は子爵の思い通りになってしまっていたのね。
子供だったとはいえ、これでは皇女として舐められるのも当然かもしれない。10年、王国で揉まれた今ならこれくらいなんとも思えないから不思議ね。

「アガタ、周囲で話していること聞こえる?王国語だけど」
私もコラーロも私たちは王国語も嗜んでおります。問題ございません。ーーそうですね『なんでこんな場所に馬車が?』『ここは馬置き場だろうに』ーーん?馬置き場?少々お待ちくださいね、他にもなんか言っています。『なんか張り紙が貼ってあんぞ』『この馬車の中には疫病患者がいます!?』『おいっさっさと離れろ』」
同時通訳をしていたアガタは急に立ち上がると、無言で馬車の扉へ手をかける。
「待って、開けるのはーー」
よくない、という私の言葉尻も待たずに扉を開けてしまうと、大きく息を吸い込んでから叫びはじめた。

「そこの皆様!私たちは病気ではございません!近寄っても問題ございません!!」
「嘘だ!俺たちに伝染うつそうとしているんだろう?」
「そんなはずはございません。私たちはペルラから参りました!ペルラで今伝染病は流行っておりません!」
「ペルラだと?そんな訳あるかっ証拠を見せろ!!」

アガタの言葉に反応する大柄の男達は王国民だろうか。
王国民であれば話をすれば分かってくれそうだけど…いや、あの身につけている短剣、あれは前の世界で貿易商が来た時に見た事があるわ。
あの短剣を持っているのは…
「証拠は…ああ、馬車の紋章も潰されているのね。なら持ち物でも良いかしら?ペルラの国章が着いている指輪よ。あなた方のリーダーなら分かるはずだわ」
「皇女様?」
「あなた方はリビュア人よね?リビュアの商人ならこの好機を逃さないでしょう」
私が指輪を摘んでそう言うと、その場に居た誰かが息を飲む音が聞こえた。
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