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塔の戦い

塔の温泉

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古の悪魔を倒した紋次郎たちは、26階層へと足を踏み入れていた。そこは岩場と緑が広がるフロアーで、その中心に何やら湯気が立ち込めている。

悪魔との戦いの疲れもあり、そろそろキャンプをして休む必要があると二人とも感じていたので、どこか安全に休めそうな場所を探していた。フロアー中心にある湯気が立ち込めている場所を確認すると、そこには温泉が湧き出していて、天然の露天風呂になっていた。まさか塔の中に天然温泉があるとは思っていなかったので、少しの驚きと、大きな喜びを感じていた。

紋次郎は温泉に手を入れて温度を確認する。少し熱めだが、十分入浴できそうな感じに満足の笑顔を見せる。温泉に入れることを考えて、この辺でキャンプをするのがいいのではないかと二人の意見が一致する。すぐにキャンプの用意を始めた。

不意の攻撃に備えて、紋次郎は再びゴーレムを作成することにした。幸い、この辺りは良い岩場があり、素材には困らなそうである。

温泉の近くに丁度硬くて頑丈そうな岩を見つけたので、それを素材にすることにした。
「アドベント・ゴーレム!」

岩の塊がゴゴゴッと唸りを上げて動き始める。すぐに岩は形を変えていき、人型へと変化していった。それを見ていたファミュが関心の声を上げる。
「すごいですね、その剣はアドベント・ゴーレムまで使えるんですか・・しかもまた強力そうなゴーレムですね・・」

そのゴーレムは、岩の色を反映してか真っ黒で、ゴン太より一回り大きく、力強そうであった。
「え・・と、そうだな、お前の名前はゴンベーにしようかな。それじゃあ、ゴンベー、君に命令するよ、俺と彼女を守るんだ」

それを聞いたゴンベーはゴォオオと唸り声を上げて返事らしき意思を示した。

「紋次郎、こっち見ないで下さいね・・」
そう言うと、天然の露天風呂にファミュが静かに入っていく。チャプチャプと水音が聞こえ、その音だけで気持ち良くなってくる。

露天風呂にはファミュが最初に入っていた。紋次郎はその間、近くで待機して周囲を警戒している。

「ファミュ、湯加減はどう?」
いつもよりスローな物言いで、色っぽい吐息を吐きながらファミュは答える。
「そうですね・・少し熱いですけど・・その熱さがまた肌を刺激して心地よいです・・」
「そうか・・くぅー! 俺も早く入りたいな・・」
「今、入ってきてもいいですよ・・」
思わず出た言葉であった。ファミュは自分の言った言葉の意味を考えて、顔を真っ赤にしていた。
「ありがとう。そうしたいけどやっぱり見張りは必要だからね」
「見張りはゴーレムがいるじゃないですか! え・・と、だから大丈夫だと思います・・」
なぜこんなにムキになって、こんなに恥ずかしいことが言えるのか・・ファミュは自分の大胆な言葉に更に顔を赤くする。

「う・・ん、それじゃあお言葉に甘えようかな・・」
それを聞いたファミュは、心臓が止まるような衝撃を胸に感じた。ドキドキとすごい速さで胸が高鳴る。

紋次郎は女性と風呂に入る抵抗感がかなり薄れていた。少しは恥ずかしいとは思ったのだけど、久しい天然温泉の魅力には逆らえなかった。

「ファミュ、ちょっと脱ぐから見ないでね」
「あ・・はい・・・」

湯が濃い乳白色の為に、入ってしまえばほんとんど見えなかった。さすがにすぐ隣まで近づくとお互い気まずいと思ったのか、程よい距離感を保っている。

「そういえば、紋次郎のことほとんど何も知りません・・私に話してくれませんか・・あなたのこと・・」
ファミュは最大限の勇気を振り絞り、自分の気持ちを悟られぬようにそう尋ねていた。
「あ・・そうだよね、落ち着いて話す機会もなかったし・・本来、俺は小さなダンジョンの迷宮主をやってるんだけど・・」
紋次郎は、身の上の話を始め、ここ最近の冒険の話から、ダンジョンウォー、そして空中城での出来事などを話した。ファミュは口をぽかんと開けて、その衝撃的な話を聞いていた。

「それじゃ、仲間を救う為に、この塔の頂上を目指してるんですね・・やっぱりあなたは私の思った通りの人です・・」
「ありがとう・・そうだ、今度はファミュの話を聞かせてよ、俺も君のことが知りたい」
自分ことが知りたいと言ってくれた紋次郎の言葉が嬉しかった。ファミュはありのままの自分を話そうと思った。冒険者になった理由や、ここまで成長できたのは素晴らしい先輩に出会ったからだとか、この塔に挑戦している理由などの話を一生懸命した。

「レベルが200を超えて、伝説級冒険者なんて呼ばれ始めたんですけど、今までの伝説級冒険者に比べて、私にはあまりにも目立った功績がなかったんです・・それが少しコンプレックスで、この塔の新記録を目指していたんです・・紋次郎の理由に比べたら小さいことですけど・・」

「今までの記録を塗り替えようとすることが小さいことだなんて思わないよ。それより、この塔の頂上まで行ったらすごい功績になるだろうから、一緒に頑張ろうね」

途中から、紋次郎についてきたいと思っていただけだけど、確かにそれが現実になればすごい功績になるだろう・・だけどあれだけ塔に入る前はこだわっていた功績だけど、今はどうでもいい気持ちになっていた。ただ、頂上まで行けて、紋次郎の目的が達成すればそれでいいと心の底から思っていた。
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