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ダンジョンウォー

夜の女神

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それは静かに微笑んだ。見た人によっては優しくあり、怖くもあるその笑顔は、遥か高みからその者たちを見ていた。小さく静かな動作ながら、見た者を圧倒するその迫力ある動きに、敵も味方も釘付けになる。夜の女神は短く破壊の言葉を口にすると、それを目の前の敵に解き放った。

光と炎の渦が竜巻となって敵へと襲いかかる。風の力で切り刻まれ、炎の力で燃やされ、聖なる光で滅せられる。ドロンタイガー、グルワンスネーク、ヘルジャイアントなど無数にいた魔物が、その夜の女神の一撃で葬られる。

「こりゃあ、楽でいいわ」
ポーズはリリスと同じパーティーになったことを心底嬉しく思う。基本的に楽をしたがる彼であるが、やらなければいけないことは意外ときちっとこなす。なのでやらなければいけないことが無いこの状況は好ましかった。

「ポーズさん、あれを見てください・・・」
ソォードの指差す先の大地が大きく割れ始めていた。その割れ目から、大きな指が現れ、裂け目の縁をガシリと掴む。そのまま黒い大きな影が、這い上がるように姿を現してきた。

「リリス! 気をつけろ、あれはエイメル谷の大地の魔神だ」
大地の魔神、それは強力な大地の魔力を操る、ハイ・エレメンタルであった。この強力なモンスターの登場に、ポーズはしれっとその対応をリリスに押し付けた。

「エイメルの魔神とは滑稽じゃの・・・まあ、すぐに大地の砂に変えてくれようぞ」

大地の魔神は大きく手を上に振り上げると、それを地面に叩きつける。凄まじい衝撃波が、魔神を中心に広がる。ソォードとポーズ、それとランティークの冒険者たちはその衝撃波をシールドや防御姿勢などで耐える。しかし、そんな状況でもリリスは涼しい顔でその場に留まっていた。
「そんなそよ風では涼みにもなるまい、私がもっといい風をくれてやろう」

リリスはそう言うと、彼女の詠唱には珍しく、長い言葉を口にする。そして大きく手を広げて詠唱を終える。
「ブラックホール・ストリーム!」

いきなり、大地の魔神の周りの岩の1つが破裂する。それを開始の合図として、次々と周りの岩が破裂していく。やがてその破壊は大地の魔神の立っている地面にも影響を与え始める。地面はひび割れ、陥没していく。だが、周りがそんな状況になってもその魔神は微動だにしていなかった。

「ダメです。リリスの魔法が効いてないですね」
「ソォード・・お前バカだな、あれは効いてないんじゃねえよ」
「それはどういう意味ですか?」
「まあ、見てろよ」

ポーズの言葉の意味はわからなかったが、ソォードは言われるままに、様子を見ていた。すると魔神に異変が起こる。表面の岩肌が少しずつ剥がれてきたのだ。そしてどんどんその体の表面が崩れていく。

「これは・・・」
「大地の魔神はなあ、リリスの魔法の力でただ動けなかっただけなんだよ」

強力な重力と、強烈な暴風で動きを封じられ、強靭であるはずのその大地の体を蝕んでいく。最後にはその魔神の体は粉々に砕かれた。

「岩と砂の塊が、私に勝てるとでも思ったかえ」
「よっ! リリス! さすが夜の女神と言われるだけはあるねえ」
「ポーズ・・おぬしも少しは働け。あとで紋次郎に言い伝えるぞ」
「いやあよ、リリスが強えから、俺の出番なんて出てこねえよな。そりゃあ、俺も働きたいんだぜ、でもまあ速攻攻略しなければいけないこの状況じゃあな・・」
「・・・まあ良い、急ぎの事情はその通りだからの、だからこそ、次に急ぎ向かおうぞ」
「だな」

ポーズのパーティーはリリスの活躍もあるが、全体的に短いダンジョンが続き、そしてダンジョン間の距離も比較的近かったこともあって、この時点ですでに三つ目のダンジョンの攻略を完了していた。予定での攻略予定は次のダンジョンが最後であった。
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