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迷宮主誕生

ミュラ魔導商店街

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アルマームの街のメイン通りである、迷宮横丁を西に入り、街の中を、南から北へと縦断している、メンロー川を石橋で渡る。そのまま街を囲む城壁の近くまで行くと、大きな時計塔が建っていた。それはヴァルファローの時計塔と呼ばれている。大魔導士ヴァルファロー。大陸5大魔導士の一人に数えられる伝説の人物。彼の出身地がこのアルマームの西区であることから、記念にと彼の大ファンである地元の富豪が建設したものであった。魔導にゆかりのあることもあり、この時計塔が作られてからは、近くに魔導関係の商店が多く開業するようになった。多く集まった魔導の商店はやがて通りを形成し、ヴァルファローの妻で、最強の魔女と呼ばれたミュラの名を取って、ミュラ魔導商店街と呼ばれるようになった。

「ミュラ魔導商店街に到着!」
メイルは嬉しそうに、少しはしゃいでそう叫んだ。ここに来たのは俺とメイル、そしてデナトスさんの3人で、リンスさんは他に用事があるそうで一人別行動している。

「お兄ちゃ~ん、あそこあそこ!あの店がメイルの行きつけの店なの」

メイルが指差した先にあったのは、藁葺き屋根の木造の建物だった。かなり年季の入ったその風貌に老舗の雰囲気を醸し出している。入り口には看板が立てかけられていて、紋次郎にはそれを読むことができないが、大陸共通言語のヒュール語で【アムラの魔法商店】と書かれていた。

「おばちゃ~ん。久しぶり~」
メイルにおばちゃんと呼ばれた店主は、高齢のエルフの女性で、若い頃は美人だったと想像出来る整った顔立ち、複雑な刺繍の入ったケープを肩にかけ、品のいい身なりをしていた。
「あらあら。メイルちゃんじゃないの。本当に久しぶりね」

老婦人はブセリと言い、この地に200年店を構える老舗の女将であった。メイルの事を自分の孫のように可愛がり、いつも彼女には過剰なサービスをしてくれていた。

「まーまー。お上がりなさいな。いい紅茶が入ったの、それでも飲んでゆっくりしていってちょうだい」

「わ~い♪」
メイルはそう言って何の遠慮もしないで、ブセリが居る畳の間に上がっていく。それに続いて、俺とデナトスさんも遠慮がちにお邪魔させてもらう。

「あらあら。今日は初めて見る、お連れさんがお二人もいるのね」
「そうだよ。お兄ちゃんとデナトスねーちゃんだよ」
「紋次郎です。宜しくお願いします」
「デナトスです。いつもメイルがお世話になってます」

「ブセリです。ここの店主をやっております。メイルちゃんは私の孫みたいなものです。宜しくお願いしますね」

ブセリのその挨拶を聞いたデナトスが、店の名前を思い出し、少し不思議に思ったようで問う。

「失礼ですが店主はアムラさんでは無いのですか?」
「アムラは私の夫です・・・まー今は神に召され、ここにはいませんが・・」
「そ・・それは失礼しました・・・」
「いえいえ。もう一人になってもう随分経ちますから気になさらないで下さい」

ブセリの入れた紅茶は大変美味しかったようで、紋次郎もデナトスもお代わりを貰っていた。メイルは紅茶と一緒に出してくれた菓子に夢中である。

話も弾み、心のこもったもてなしで思った以上に長居してしまった。本来の目的である、触媒の買い物に戻る。メイルはいつもの触媒を20セット購入して、さらに単品で幾つかチョイスして注文する。デナトスは買い物をする予定ではなかったけど、ブセリの人柄と、紅茶が美味しくここが気に入ったのか、幾つか触媒を購入していた。

「全部で50万ゴルドでいいわよ」
「おばちゃん安すぎだよ~」「お安いですわね」

かなり激安の値段らしくデナトスとメイルは驚いている。しかし紋次郎だけは他の二人と反応が違った。
高いなぁ・・・・こんな芋の尻尾みたいなやつとか・・黒豆の大きいやつとか・・そんな値段がするようには見えないんだけど・・・

「お兄ちゃん~支払い~」
しかしそんな事を言えるわけもなく、もの言わぬ財布である俺は素直に支払った。


リンスは人の目を避け、とある裏路地へと足を踏み入れていた。人通りもほとんどなく、見るからに怪しいその道を進んでいくと、ひっそり、隠れるようにその店はあった。石垣でできたその建物の入口は、一見、それと分からないように隠されていた。石の壁の一箇所、飛び出た一つの石のブロックを押すと、足元の石の壁が静かに開いていく。

建物の中に入ると、硬い樫の木でできたカウンターの上に小さな看板があり、そこには【竜の秘密屋】と書かれていた。その店は、あらゆる情報を取り扱う情報屋であり、店主は看板の通り、ドラグン竜人族の男だった。
「マヴカ。どう・・何か分かった?」
「すまないリンス。新しい情報は入ってないんだ」
「そうか・・・お願い・・私もう心が耐えられない・・この憎しみをどうしたらいいのか・・」
その顔には普段の冷静なリンスの面影は無く、その瞳は鋭い怒りの色を滲み出させていた。

リンスは冒険者だった。それも大陸屈指の高ランクの上級冒険者である。彼女のパーティーはある日、クラッス地方にある、高難易度の天然ダンジョンの攻略に挑んでいた。パーティーメンバーは8名、すべて大陸中に名を馳せた腕も経験もある優秀な冒険者達であった。

しかし・・パーティーはそのダンジョンで、リンスとマヴカの二人を除いて全滅する。彼らを全滅に追いやったのは強力なモンスターでもダンジョンの巧妙な罠でも無かった・・・

冒険者狩り・・・・リンス達は冒険者に狩られたのだ。

奴らは用意周到に待ち伏せしていた。ダンジョン深層部で強力なドラゴンの亜種である、レイノドンとの戦闘中・・数十人の集団が一斉に襲いかかってきた。

完全に不意を突かれた・・それでもリンス達は懸命に闘った。後ろからレイノドンが強力なブレスで攻撃してくるその修羅場で、襲ってきた集団の半数は返り討ちにした。しかしそこまでだった・・・

一人また一人と倒されていく仲間達・・リーダーだった男は撤退を決断する。しかし敵の攻撃が激しく、逃げるのもままならない・・せめて一人だけでも逃がそうと思い、彼はリンスを指名した。

指名されたリンスは激しく抵抗する。パーティーには実の姉のマリエルもいた。姉を残して一人で逃げるつもりなどなかった。しかし最後はマリエルとリーダーに頼まれたマヴカが、強引にリンスを抱え敵の包囲を突破して脱出する。

天然ダンジョンの全滅はそれは完全な死を意味する。誰も生き返らせてくれない・・・リンスはその復讐の為に今生きている・・

復讐の相手の情報は少なかった。彼らが共通で身につけていたエンブレム、三つ目の鬼のエンブレム・・それだけだった。

冒険者狩りは冒険者の動きに敏感である。だからリンスは冒険者を辞め、ダンジョン管理の裏方になり。マヴカは情報屋になった。そして二人で今まで密かに情報収集をしていたのだ。しかし残念ながらまだその悲願は達成されていなかった。

「また来るわ。マヴカ・・・敵は何者かわからないけど・・十分用心してね」
「大丈夫。俺は十分用心深いからな。リンスこそ用心しろよ」
リンスはその言葉に微笑みで返した。


ミュラ魔法商店街の入口、フクロウのイラストが目印の酒場があった。大きな気をくりぬいてそのまま建物にしたような個性的な店には、まだ陽がある今の時間からすでに店内は賑わっており、繁盛店が見て取れる。

「リンスさんはまだ来てませんね」

そう俺たちはこの店でリンスさんと待ち合わせをしていた。席に着くなり、デナトスさんはエールと呼ばれるお酒を注文する。メイルはフルーツジュースを俺はコーヒーに似ている、炭豆茶と呼ばれる飲み物を注文した。

注文した飲み物がテーブルに来たタイミングでリンスさんが店内に入って来た。

「お待たせしました。遅れて申し訳ないです」
「いえいえ、全然待ってませんよ。リンスさんも何か注文しませんか?」
リンスはデナトスの前にあるエールを見て、少し悩んだが注文をする。
「私もエールを一つください」

意外な注文内容に少し驚く一同。お堅いリンスさんが昼間からお酒を飲むなんて・・・なんかあったのかな?

俺たちはこの店で一息ついた後、街の市場へ食材の買出しに向かった。
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