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迷宮主誕生

召喚されて、誘われて……

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誰もいない静かなオフィス──膨大な量の後始末を俺は一人と黙々と処理していた。自分のミスではあるのは間違い無く自業自得ではあるけど──みんな薄情だよな……誰か手伝ってくれてもバチは当たらんだろうに……

そんな冷たい同僚達を理不尽に恨みながら、半ば投げやりに作業を進めていると、操作中のモニターが少し乱れる。画面にノイズが走り、ジージーと何やら危険な音がしてきた。

「うん……何か調子悪いな……」
乱れたモニターをパシパシと叩きながら配線をいじってみたりする。
「え……」

しかし、その瞬間──強烈な違和感を感じた。それは一瞬で高熱を発し、急激な体調不良で意識が朦朧とするような感覚……実際に熱は出ていないかもしれないけど、目の焦点が合わなくなってくる……次第に風景がブレていく、二重三重に見えるその視界の先には、淡い光の塊が広がってきた。

そんな意識の中、時間の感覚も曖昧で、一瞬の間なのか長い時間が経過したのか正確に把握できない。その不思議な時の流れの先に、俺を救うように冷たくて気持ちの良い風が吹き抜ける。その癒しの風を受けただけで、俺の体は一瞬で復活していく。それはまるで生まれ変わったような清々しさであった──


新しい自分……そんな感覚で意識がはっきりした俺の目の前には、何やら不気味な風貌の巨大な老人が立っていた。

「はっ……な……何ですか、あなたは──」

全く意味が理解できない俺はその老人から目をそらして、周りを見渡す。そこは薄暗い広い部屋みたいだ──中世の貴族の部屋ぽい内装の古い豪華さがある。足元を見ると何やら光る文様が浮かび上がっていて、ファンタジー世界に出てくる魔法陣のようだ。

その老人の周りには何人かの人影が見て取れる。そのすべての目が俺を品定めするようにいやらしく見つめている……状況を理解できない俺がおどおどしていると、巨大な老人がその巨大さに見合った大きな口を開いて言葉を発した。

「お前は運命に選ばれた……」

風貌的に日本語を喋っているようには見えないが、俺の耳には、はっきりとした日本語として認識できる言葉が届く。運命に選ばれた……そう聞こえた。

「すみません……状況がわからないんですけど……」

そんな俺の言葉を無視するように老人は話を続ける。

「お前は私の後を継いで、このダンジョンを管理、運営しなければいけない。それは運命で決まっていることなのだ」

ますますこの老人が言っていることが分からなくなった……いや言葉は理解できるのだけど……ダンジョン、管理、運営? ちょっとこの老人まともな人間じゃなさそうだ。そもそもここはどこなんだ──どうして俺はこんな所にいるんだよ。

そんな俺が返事もしないでオロオロと動揺しているのを見かねた老人は、状況を説明し始めた。

「お前の足元を、見るんだ。それは召喚用の魔法陣だ……その魔法陣で私は『運命召喚』を実行した」
「運命召喚って何ですか?」

俺は何も考えずにそう質問していた──それに対して俺の言葉を理解したのか『運命召喚』について巨大な老人が説明を始めた。

「運命召喚とは、因果に対して、術者の条件に見合った対象を、運命の糸を手繰って召喚する呪法だ。召喚された者は術者の条件に運命的一致を成した者が選ばれる」

え……と、まだ意味は分からないけど、どうやら何かしらの条件をつけて召喚したら俺が選ばれたと……う……ん──何だそれは、そんな勝手に呼ばれても困るぞ──

「そんなことでお前は運命に選ばれたのだ。おとなしくこのダンジョンを引き継いでくれ」
「いや……そんなことを言われても困ります。ちょっと仕事も残ってますので元の世界へ戻してもらえないでしょうか」

普通に異世界へ召喚されたことを認めてしまっているが、ファンタジー世界をゲームや漫画で経験しているからだろう。

「ふむ。元の世界への……しかし残念な事にわしはお前を元の世界に戻す方法など知らんぞ」
「なぁにいいいいい!! エーーーじゃー俺はどうやって帰ったらいいんですか?」

「そんなの帰れないに決まっとるだろう──召喚魔法は一般的だが、その逆なんて聞いたこともないわ」

うわぁ……なんかしれっと俺の人生終わってないか──訳も分からないこの状況を受け入れて、残りの人生をこの薄暗いこの場所で過ごさなければいけないってのか……ちょっと勘弁して欲しいぞ……来週には楽しみにしていた新作RPGが発売するし、今月末は好きなコミックの発売日が待っているのに……

絶望に打ちひしがれる俺に、満面の笑みで巨大な老人は語りかけてくる。

「どうだ、どうせ元の世界には戻れないのだ。お前にもここでの生活基盤が必要だろう? わしのダンジョンはそこそこ成功してるから食いっぱぐれることはないぞ。悪い話じゃないと思うがのう──」

確かに一理ある──どうせ帰れないならここで生きて行くことを考えないといけない。

「そうだちょっとこっちへ来なさい」

そう言って巨大な老人を俺を部屋の奥へと案内する。そこには豪華な赤い扉があった。老人は懐から鍵の束を取り出すとガチャガチャとその扉を開ける。

「中を見てみるがいい」

そう言って部屋の中を見せる。俺は身を少し乗り出して中を覗き込んだ。

「うわ……すげーー!」

そこには信じられないほどの宝が部屋いっぱいに置かれていた。まばゆいぐらいに輝く黄金の塊。ダイヤモンドやエメラルドなどの宝石の山。高価そうな武具の数々……

「わしのダンジョンを引き継げばこの宝も全てお前の物になるんじゃぞ」

俺は神でも聖人でもない、普通の欲深い人間である──それを聞いて心は決まった。

「ぜひに宜しくお願いいたします!!」



「契約の神エイルよ。汝の見届けにより、この契約に血の誓いと拘束を授け賜え・・」

その言葉により。老人の持っている紙が青白く光る。神秘的な光を帯びたその紙を俺の前に差し出した。

「これに手をかざして、名を名乗り『誓う』と唱えるがよい」

俺は言われるがままに、その紙に手をかざす。特に支持はされてないけど目をつぶって契約の言葉を発した。

「一色紋次郎《いっしきもんじろう》はここに誓う!」

タイヤから空気の漏れるようなキレのいい音が響き、手をかざした紙からオレンジの光が溢れ出てくる。そしてどこからともなく美しい声が響いてくる。

「汝らの契約、しかと見届けました。エイルの名においてこの契約を受理いたします」

その声を聞いた巨大な老人は状況を説明するように話し始める。

「これで契約は完了だ。今からこのダンジョンはお前の物になった」

俺はこんな感じで簡単に大金持ちになった。こちらの世界がどんな所か知らないが、あれだけの財宝があれば楽に暮らせるだろう。そう考えればここに召喚されたのは正解だったかもしれない。

「えーとこれから俺はどうすればいいんでしょうか?何も分からないんですけど・・」

「あーそうじゃのー。リンス。こちらに来なさい」

巨大な老人に呼ばれ、一人の女性がこちらに近づいてきた。尖った鋭い耳に長い金色の髪、大きくはっきりした瞳と、単純に美人と表現して問題ない風貌ではあるが、人間とは少し違う雰囲気を感じる。

「リンス・ミニメッツァーと申します。新しき主さま。宜しくお願いします」

「この者はダンジョン秘書だ。ダンジョン運営に対して広い知識を持っているのでお主の力となろう」

これは単純に助かる。こちらの世界の事もダンジョンの事も何も分からないから、どうしようかと思ってたんだよな。

「リンスさん。宜しくお願いします」

彼女はそんな俺の挨拶に笑顔を返してくれた。

「処であなたはこれからどうするんですか?」

巨大な老人にそう聞いてみた。老人は顔を緩めてこう答えた。

「隠居じゃよ。南の暖かい国に行ってゆっくり暮らすつもりじゃ」

この世界でも南は暖かいのかと妙な感心をする。老人の話だと明日にはもう南へ立つそうだ、それでこれから送別会をやるんだとか、そんな文化があるんだとこれまた妙な感心をする。


「皆の衆。これまでよく尽くしてくれたのぉー。儂はこれで引退じゃが、このダンジョンの事・・宜しく頼むぞ」

老人の挨拶で送別会は始まった。わんやわんやと騒ぎながら皆、酒を飲み始める。50人くらい居るだろうか・・思ったより人がいっぱいで驚いている。

「どうですか主さま。楽しんでますか」

そう言ってリンスさんが話しかけてくれた。俺は飲んでいたビールの様な飲み物を机に置いて話を返す。

「あーリンスさん。それが・・正直ちょっとまだ戸惑ってます」

それを聞いたリンスさんは、何かを思いついた様に俺の手を引いて皆の所へと連れて行く。リンスさんの手は温かく柔らかい。

「主さま。いい機会ですので、ダンジョンのメインスタッフを紹介いたします」

「メインスタッフ?」

「そうです。このダンジョンを運営する上で、中心となって活動しているメンバーです。皆、頼りになる者ばかりですよ」

そう言って最初に紹介してくれたのは、目つきのキツイ小柄な男だった。

「彼はポーズ・クラダ。罠の作成や設置、仕掛けの制作などを担当しています。ポーズ。新しい主さまです。挨拶しなさい」

ポーズと呼ばれた小柄な男は仏頂面で、あからさまに面倒くさそうに挨拶する。

「ポーズ・クラダだ。手先は器用だが力仕事は苦手だ。お前みたいなトロそうな奴が新しい主なんて正直がっかりだ。なるべくヘマをするなよ」

「こら!ポーズ。主さまになって言い方するのよ」

率直な言い回しは逆にスッキリするもんだ。特に怒りもなく気にしない。
「はははっリンスさん大丈夫です、気にしてませんから。ポーズさん。宜しくお願いしますね」

次に紹介してくれたのは褐色の美人だった。黒く美しい長い髪に緑の瞳、そして印象的な尖った鋭い耳。これはまさにダークエルフと言う存在ではないだろうか。

「彼女はデナトス・ワイクラーです。強力なウィザードで主に魔法アイテムの作成や魔法の仕掛けなどの設置を担当しています」

デナトスと呼ばれた彼女は、俺に想像を絶するような滑らかな動きで、信じられないくらい自然な感じで近づいてきた。そして艶かしく、こう囁いた。

「私はデナトス・・あなたのすべてを私のモノにしたいわ・・・どう・・この後二人で・・・」

「デナトス!いきなり主さまを誘惑しない!」

彼女はどうも色仕掛けも担当しているようだ。もちろん美人に言い寄られて嫌な感じはしないけど・・ちょっとこの美人は危険な香りがするな・・

リンスさんは俺を連れて、奥で静かに飲んでいる二人に近づいた。一人は小柄で屈強な老人。そしてもう一人は巨大で青い肌をした鬼のような形相の、明らかに人ではない何者かであった。その何者かに一睨みされて、俺は恐怖で足がすくむ。

「こっちの巨大な者がグワドン。このダンジョンのラスボスです。その隣がドワーフの鍛冶屋でメタラギ・モスです。二人とも。新しい主さまにご挨拶を」

「なんじゃ面倒くさいのぉー。メタラギじゃ。武器や防具の製造はわしに任せればよい。ほら。そんなことよりお前も飲まんか」

「俺・・・グワドン・・・お前新しい主さま・・俺・・言うこと聞く・・」

見た目とは裏腹に、かなり大人しいラスボスのようである。ドワーフの鍛冶屋は気難しさが見た目に出ていて、ちょっと扱いづらそうだ。

癖のあるスタッフ達だけどうまくやっていけるかな・・・とこの時俺はそんな小さな心配をしていた。そんな問題など比較にならないようなトラブルがいきなり舞い込んでくるとは思ってもいなかった。


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