Anniversary

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Anniversary 1st Season

『星に願いを…。』[1]

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『星に願いを…。 ~Anniversary 3』




「新入部員歓迎合宿ぅー?」
 言って私は、椅子に座っていた体勢のまま、思わず目の前に立つ友人を見上げていた。
 その友人――私の中学時代からの親友である高階たかしな実果子みかこは、「うん、そう」とアッサリ一つ頷くと、手に持っていた一枚の紙を差し出す。
「これ、回覧。――五月のGWゴールデンウィーク中に一泊で学校合宿だって」
 その差し出された“回覧”と赤字で書かれているプリントを見ると、確かにその通りのことが記載されている。――加えて、『新入部員は強制参加!』とまで太字でデカデカと。
「ちょっと待ってよ……」
 思わずゲンナリした声で返してしまった。
「だって、“新入部員”っていっても……実質、私たち二人しか居ないじゃないの今のとこ」
 ――そうなのだ。…プラス、部内の〈紅点〉だったりも、する。
 ゲンナリついでに机の上で頬杖つきつきボヤいてみると、そこでミカコが「いや、三人よ」と、即座に訂正して下さった。
「ウチのクラスの早乙女さおとめくんが入部してくれたので、一応、新入部員は“実質三人”になりました」
「…ああ、そぉデスカ」
(それにしたって……回覧するまでも無い人数じゃん……)
「あと、何人か“名前だけ借りてます部員”も居るらしいし……“新入部員”と名の付く部員は、今のとこ五人くらいは居るんじゃない?」
「そういう“名前だけ借りてます部員”みたいなヒトが、仮にも“合宿”と名の付く部活動に、――参加すると思う?」
「――…思わないけど」
「イミ無いじゃん……」
 ミカコの引きつったような苦笑に、そこで思わず、私の口から深々としたタメ息が洩れた。
「絶対、“新入部員”ってだけの一番下っぱの私たちが、宴席の肴とばかりに、さんざんイジくり倒されるハメになるだけよ……」
 しかも三人しか居ないんじゃー、それから逃れられようハズも無い。
 丁度そこで教室内に入ってきた早乙女くんを見つけ、…やさぐれた私を持て余していたのだろう、ミカコがホッとしたように、「ああ早乙女くん、ちょうどよかった」と、手を振って彼を呼び止める。
「これ、部活の回覧なんだけど。目を通してくれる?」
「はあ? 回覧ー? なんだそりゃ」
 私たちの居る座席まで近付いてきた彼は、差し出したその“回覧”を受け取り、目を通すと……そこで、「高階は?」と、傍らに立つミカコに訊いた。
「参加するの? コレ」
「だって、ココに『強制参加』って書いてあるじゃない」
「そんなもん、いくらでも口実なんて作れるだろ?」
「まあ…ね、それはそうだけど……」
「――なぁにぃ、早乙女っちー? ミカコにだけ『参加するの?』って訊いて、私には訊いてくれないんだぁ~?」
 そこで二人の間ナナメ下から、ニヤニヤ~っとしながら、そんなチャチャを入れてみる私。――早乙女くんがミカコ狙いで入部したことなんて、もう見るからにバレバレだし周囲には。…でも、カンジンな当のミカコにはバレてないんだけど。…ダメじゃん。
 ――ともあれ、そこらへんはさておき。
 それを聞いた早乙女くんは、そこで初めて、私の方を振り返った。
 そして言う。めっちゃくちゃイヤそーな表情カオをして。


「訊かなくても……オマエはどーせ行くんだろーが。三樹本みきもと先輩狙いで」


「………っ!!?」


 思わずグッと言葉に詰まってしまう私。――だって、まあ、“その通り!”だし。
(てゆーか、『狙い』とかゆーなよ……!! 別に私はセンパイ狙っているワケじゃなくっ……!!)
 しかし、そんな反論を私が言葉にする前に、それに追い討ちをかけるかの如く、ほんわりと響いて降り注ぐ、ミカコの声。


「そうよね、ここに『幹事・2-C、三樹本』って書いてあるし。これは桃花ももかは休めないわねー?」


 アナタ……そんなワザワザ回覧のプリントまで見せて言ってくれなくっても……しかも、ご丁寧にその部分、指差してくれてまで……。


「だから早乙女くん? 結局、桃花に引きずられるカタチで、私も『強制参加』させられるハメになると思うわー」
 ――ちょっとミカコ……その言い方ってば、どうなのよトモダチとしてっ……!!
「ナルホド」
 ――だから、そこで納得するなよ早乙女っ……!!
「つーか、あんたらっ……!!」
 その二人のあまりに失礼な言い草で、半分逆ギレした私は、思わずバシッと机を叩いて立ち上がる。


「いーじゃないの別に!! …ええ、参加するわよ! してやろーじゃないのよ! センパイとラブラブいちゃいちゃするためなら、どこにでも参加してやろーじゃないっ!! 何でもドンと来やがれってなモンだわよ!!」


 そこで、すかさず私のてっぺん頭に振り下ろされる、二つの平手。
「つーかオマエ、堂々と声デカすぎ!」
「そういうことは心の声だけにしときなさい、桃花?」
「――う、ハイ……」


 くそう……みんな、アタシの恋に優しくないわっ……!! しくしく……(涙)。



   *



 高校に入学してから、そろそろ一月が経とうとしている。
 私は、ミカコと一緒に〈天文部〉に入部していた。
 中学時代も所属していた部だったから高校生になっても“部活動”として続けたかった、ということも、あったからだけど。
 それよりも何よりも、みっきー先輩が所属していた部だから、ということの方が大きい。
 もともと、私とみっきー先輩、そしてミカコは、中学時代の天文部員仲間だった。
 私が先輩と知り合ったのも、中学校の天文部でのこと。――“先輩後輩”の関係としては、私たちはそれ以来の付き合いになる。
 高校に入ってからも引き続き天文部員となっていた先輩を追いかけるように、だから私も迷うこと無く、入部する部活動は天文部を選んだ。
 だって、ただでさえ学年も違うし……せっかく同じ学校に入ったんだもの、こうやって同じ部に所属すること以上に一緒に学校生活を過ごせる方法なんて、他に無い、でしょう?
 これからの高校生活、より多くの時間を先輩と過ごすことのできる手段として。
 また、もともと私は星を見るのが好き、ということもあるし。
 そう考えてみると、…動機は不純なりに? 自分にとって“やりたいこと”のできる部活動を選んでいるワケだから……私自身で選択したことだもの、こうして入部したことに対して、別に特別“後悔”とかはしていない。――けど、ね……。
 でも“現実”は厳しかった。――ってホドではないけれど……しかし、とてもじゃないけど甘くはなかった、ので、あったワケで……。


 ―――だって、まさか天文部が校内随一の“別称《オタク部》”だったなんて……誰も、思わないじゃないっ………?


 そりゃーもう、その名に違わぬ、めーっちゃくちゃ“男所帯”な部でございましたわよ! ええ、とってもッ!!
 ミカコと一緒に、初めて部室に顔を出した時の衝撃を、私はまだ忘れちゃいない。――きっと一生、あの驚きは忘れられないだろう。


『失礼しまーす! 天文部ってコチラで、す、……?』


 ドアを開くと同時に発していた言葉は……途中で喉の奥に貼り付いたまま、凍りついた。
 代わりに出てきたのは、『う…』という呻き。
 だって……ドア開けた途端に鼻を突いた刺激臭。――紛うこと無くタバコの煙。しかも一本や二本って量じゃないモクモクっぷり溢れる視界の白さ。
 その煙の向こうでは、机を四つ向かい合わせただけの即席雀卓を囲んでジャラジャラと麻雀に興じている、オヤジな高校生三名。プラス、白衣着たムサいメガネの男性一人。
(――つーか、ここホントに高校……?)
 いくら『生徒の自主性に任せた自由な校風』とやらがウリな規制のユルい高校だからって……これは行き過ぎなんじゃないだろうか……?
 反射的にミカコと二人、“回れ右”して逃げ出しかけたわよ。――どうりで……『私も天文部に入部する!』って言った時、先輩が、そこで驚いたよーな困ったよーな何とも言えないビミョーな表情を浮かべたワケが、ようやくこれで理解できたわ……。
 ――と、そこで逃げ出していたら、現在の私は無い。
 逃げ出しかけた私たち二人の気持ちを引き止めたのは、即座に投げ掛けられていた……低くて冷たい声。


『ドア開けたらサッサと閉めろ。煙が外に洩れるだろうが』


 このセリフで、逃げ出そうとしかけていた気持ちごと、カラダがパキッと凍り付いてしまったのだ。
 ピシャリとそれを言ったのは、即席雀卓を囲んでいた一人、白衣を着た男性。――つーか、このヒト顧問のセンセイなの……?
 その人は、こちらに視線を向けもせず、くわえタバコで手の中の牌に集中したままで、更に冷たく言い放つ。
『入るなら入れ。出るならさっさと出てけ。勝負の邪魔だ』
(『勝負』ってアンタ……)
 入部希望のカワイイ新入生を放ってまで続ける価値のある大事な勝負なんですかソレは……?
 そこで唖然とした私が絶句した、その隙に。
 私よりも立ち直りが早かったらしいミカコが、ぱたんと静かに、ドアを閉めた。――もはや諦めたように、コッソリとタメ息を吐きながら。
 その音に反応したのか、ようやくそのヒトは、『ん…?』とでも言いたげに顔を上げてこちらを見やる。
『何だ、何か用か? 用があるならサッサと言え。授業の質問なら受け付けんぞ。後にしろ』
(うわあああ、やっぱりこのヒト“先生”だよー……!! しかも、何っつーイイ加減さ……!!)
 その、あまりの不良教師っぷりに再び私たちが絶句したところで……聞こえてきた、今度は別の低い声。


『センセー、それは冷たすぎだって。そのコたち新入生じゃないの?』


 その“先生”の背後に置かれていた戸棚の影から姿を現したのは、一人の男子生徒。…ネクタイの色から三年生だということが解るけど。
『新入生にくらい…つーか、しかも相手はオンナノコなんだから、もうちょっとくらい優しくしてやんなよセンセー』
『うるせーぞ吉原よしはら! 俺ほど誰に対しても平等に優しい教師なんて、他にいるかよ』
『平等に“無関心”の間違いじゃん』
『…言うじゃねーか、このクソガキ』
 そんな言葉を“先生”と軽く交わしながら……その『吉原』と呼ばれた三年生は、きっと戸棚の陰で本を読んでいたのだろう、手に抱えた文庫本を上着のポケットに押し込みつつ、にこやかに私たちの方へと歩み寄ってくる。
『まさかとは思うけど……部室ココへ来たってことは、――ひょっとして入部希望?』
 ニッコリした笑顔で尋ねられた私たちは、そんな彼の言葉尻に『…じゃないよねーいくら何でも』と続けられていたにもかかわらず、揃ってそこで、ウッカリ素直に頷いてしまっていた。
『はい、そうです……』
『入部希望、です、けど……』


 ――つまり、これが……私たちが“後戻り”できなくなった、直接の原因。


『え……!? ――マジで入部希望ッ!? キミタチ二人ともッ!?』


 そこで心の底から驚いたように発された彼の大声と共に……『ウソ!?』『マジで!?』『なにーっ!?』という、やっぱり驚きの大声と、そしてガタゴトッという机やら椅子やらを蹴り飛ばしたような物音が、同時に彼の背後から響いてきて……。
 で、気が付いてみたら……私とミカコは、四人のデカくてゴツい男子生徒に見下ろされていた。ネクタイの色が、みな三年生。――『吉原』ってヒトと……そして件の“先生”と雀卓を囲んでいた、例のオヤジな三人の男子たち。
『すっげー、初めてじゃねー女子部員なんて!』
『しかも新入生かよー! ここ最近、新入部員だってマトモに入ったことねーのにさあ』
『つーか、二人ともカワイイねー! 君ら、一年何組? 名前はー?』
『ご趣味はー? 星好きなん?』
『それよか、カレシいる!? オレなんてどう!?』


 あんたら入る部を間違えてんじゃないの!? とでも言いたくなるよーな、見るからに“体育会系”なゴツくてデカいオトコに満面笑顔で我先にと詰め寄られ接近されて質問攻めされて……それでもなお平常心でいられるオンナノコが、ドコの世界に居るだろう……?


『うわ、桃花!? それに実果子ちゃんも……何やっとるん、こんなトコで? ――ひょっとしてマジで入部しに来たんか……!?』


 ――そこで、みっきー先輩が部室のドアを開けてくれなかったら……その場で泣き出してただろーな私ら二人共きっと………。



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