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幼い、村から出たことのない子供にとって、都には物珍しいものばかりだった。
大きく整えられた道も、その左右を埋め尽くす商店も、大きなお屋敷も、軒を連ねた長屋ですら、私の村では見たことのない建物ばかりで、あんぐりと口を開く。そうやって突っ立っていたら終子に頬を抓られ、「田舎者丸出しで恥ずかしいからやめなさい」と怒られた。埃まみれの旅装と幼子を二人も連れた髭面の男の図は、あきらかに田舎から来たばかりだと示しているようなものだが、それは妥協したらしい。
「いや、でも……すごい」
ごにょごにょと口の中で言い訳をして往来を行きかう人々に目を奪われた。鮮やかな着物の裾をひるがえし、足早に通り過ぎていく。かと思えば物売りが大声で叫びながら闊歩する。村にはない賑やかさにめまいがしてしまいそうだった。
「おい、莫迦なこと言ってないで行くぞ」
「大きいお店なんでしょうね!?」
「あぁ、まぁそれは保証するが」
二人の会話が右から左へと通り抜ける。
それくらい、私の目はあるものへと縫い付けられたように止められていた。なんせ都だ。人以上に惹きつけてやまないものはそこかしこにある。その中でも小さい女の子が心ときめかせるものと言えば――。
「おい、何やってるんだ。行くぞ」
「かんざし」
「それがどうか」
「買ってくれるって、言った」
「……そうだったか」
きらきらと光るかんざしをひとつ握りしめて、私は男を見上げる。お店の人が困ったというよりは迷惑顔で男に責めるような視線を送った。そりゃぁそうだ。汚らしい子供が大切な商品を話そうとしないのだから。泥棒と言われなかっただけマシだろう。
「わかった、言った。言いました!買ってやるよ!」
「それじゃぁ私も……」
「お前には言ってないだろ」
「十和子だけずるいじゃない」
「太客つかまえて好きなだけ買ってもらえばいいだろ」
「私に贈りものをした初めての男って自慢にしてもいいのよ」
あぁいえばこういうを地でいくように、終子は男を言いくるめる。本当に私より一つ上なんだろうかと疑いたくなるほど、頭の回転が速い。
ただ、お店の人はこの会話で私たちの境遇を理解してしまったらしい。私たちに送る視線が、憐れむようなそれに変わった。ただ、それに対して男に送るものはますます厳しくなったのだけど。
「少しだけまけてやるよ。お嬢ちゃんたちが立派な……立派になれるようにな」
男が取り出したお金を受け取るときにそう言った店の人を、男は鼻で笑った。いまさら僅かな憐れみが私たちに何の作用をもたらすというのか、と言わんばかりに。実際そういうつもりだったんだろうけど。ただ、その時の私は手の中のかんざしに目を奪われていて、紅色の硝子玉を日に透かすのに忙しかった。
「貸しなさい」
「えっ」
終子が私の手からあっという間にかんざしを奪うと驚いた私の後ろに回り、髪を引っ張る。邪魔にならない程度に伸ばしっぱなしの私の髪はこの時、肩につく程度の長さしかなく、背中ほどもある終子を時折うらやましく思ったものだった。その髪を、終子は器用にまとめ、私から奪った簪を刺した。鏡なんてないからどんなふうにされたかは分からなかったけれど、彼女が整えてくれたことだけはわかった。
「ありがとう」
「ちょっとは見れるようになったんじゃない?」
少し赤く頬を染めた彼女の髪には乳白色の硝子玉が揺れていて、反射された光で私の眼を灼いた。このときはじめて、少しだけ終子のことを可愛いと、思ったのだ。
大きく整えられた道も、その左右を埋め尽くす商店も、大きなお屋敷も、軒を連ねた長屋ですら、私の村では見たことのない建物ばかりで、あんぐりと口を開く。そうやって突っ立っていたら終子に頬を抓られ、「田舎者丸出しで恥ずかしいからやめなさい」と怒られた。埃まみれの旅装と幼子を二人も連れた髭面の男の図は、あきらかに田舎から来たばかりだと示しているようなものだが、それは妥協したらしい。
「いや、でも……すごい」
ごにょごにょと口の中で言い訳をして往来を行きかう人々に目を奪われた。鮮やかな着物の裾をひるがえし、足早に通り過ぎていく。かと思えば物売りが大声で叫びながら闊歩する。村にはない賑やかさにめまいがしてしまいそうだった。
「おい、莫迦なこと言ってないで行くぞ」
「大きいお店なんでしょうね!?」
「あぁ、まぁそれは保証するが」
二人の会話が右から左へと通り抜ける。
それくらい、私の目はあるものへと縫い付けられたように止められていた。なんせ都だ。人以上に惹きつけてやまないものはそこかしこにある。その中でも小さい女の子が心ときめかせるものと言えば――。
「おい、何やってるんだ。行くぞ」
「かんざし」
「それがどうか」
「買ってくれるって、言った」
「……そうだったか」
きらきらと光るかんざしをひとつ握りしめて、私は男を見上げる。お店の人が困ったというよりは迷惑顔で男に責めるような視線を送った。そりゃぁそうだ。汚らしい子供が大切な商品を話そうとしないのだから。泥棒と言われなかっただけマシだろう。
「わかった、言った。言いました!買ってやるよ!」
「それじゃぁ私も……」
「お前には言ってないだろ」
「十和子だけずるいじゃない」
「太客つかまえて好きなだけ買ってもらえばいいだろ」
「私に贈りものをした初めての男って自慢にしてもいいのよ」
あぁいえばこういうを地でいくように、終子は男を言いくるめる。本当に私より一つ上なんだろうかと疑いたくなるほど、頭の回転が速い。
ただ、お店の人はこの会話で私たちの境遇を理解してしまったらしい。私たちに送る視線が、憐れむようなそれに変わった。ただ、それに対して男に送るものはますます厳しくなったのだけど。
「少しだけまけてやるよ。お嬢ちゃんたちが立派な……立派になれるようにな」
男が取り出したお金を受け取るときにそう言った店の人を、男は鼻で笑った。いまさら僅かな憐れみが私たちに何の作用をもたらすというのか、と言わんばかりに。実際そういうつもりだったんだろうけど。ただ、その時の私は手の中のかんざしに目を奪われていて、紅色の硝子玉を日に透かすのに忙しかった。
「貸しなさい」
「えっ」
終子が私の手からあっという間にかんざしを奪うと驚いた私の後ろに回り、髪を引っ張る。邪魔にならない程度に伸ばしっぱなしの私の髪はこの時、肩につく程度の長さしかなく、背中ほどもある終子を時折うらやましく思ったものだった。その髪を、終子は器用にまとめ、私から奪った簪を刺した。鏡なんてないからどんなふうにされたかは分からなかったけれど、彼女が整えてくれたことだけはわかった。
「ありがとう」
「ちょっとは見れるようになったんじゃない?」
少し赤く頬を染めた彼女の髪には乳白色の硝子玉が揺れていて、反射された光で私の眼を灼いた。このときはじめて、少しだけ終子のことを可愛いと、思ったのだ。
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