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第44話 騙された二人

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 アディさんの妹は、クルルちゃんと言うらしい。姉妹というだけあり、二人はよく似ていた。12才のアディさんって雰囲気だ。
 大きな目に宝石のような瞳が浮かぶ。
 鼻筋の通ったはっきりとした顔立ち。しかし、 アディさんを鋭い刃のような美しさとするならば、クルルちゃんはガラス細工のような美しさだった。
 儚げで触れただけで割れてしまいそうな脆さを含んでいる。彼女は顔の半分だけを覗かせ、僕たちを見つめていた。

「えっと、そちらの方は?」
「ああ、彼らは今、私が現在行動を共にしているユライくんだ」
「初めまして。お姉ちゃんから手紙で聞きました。【選抜騎士】のパーティーを追放された方なんですよね」
「こら、そう言うことは言わなくていいんだ」
「はわわ、今のは聞かなかったことにしてください!」

 今まで、アディさんは僕の前では常に張った弓みたいに気負っていた。けど、クルルちゃんの前では弦は緩んだみたいだ。
 どこにでもいるような、普通の姉妹だ。

「初めまして、僕はユライです」
「私はクルルって申します!」

 小さく会釈するクルルさん。
 礼儀正しい子だ。
 だが、僕の足元には礼儀正しくない魔物が立っていた。

「ほら、ロウも挨拶しなよ」

 足元にいるロウを軽く突っつくが、反応はなかった。
 試しに腰を掴んで持ち上げてみる。

 ブラーン。

 だらしなく垂れた手足に、「か、可愛い」とクルルちゃんは目を輝かせた。

「だっこ! だっこしてもいいですか!?」

 身体の痛みを忘れたみたいに手を伸ばす。可愛いとはしゃぐクルルちゃんが可愛かった。

「ロウは気性が荒いからな。優しく抱いてやってくれ」
「う、うん。分かったから、は、早くだっこさせて!!」

 待ちきれないと身体を動かすクルルちゃんの腕にロウを収める。

「ふわふわー。きもちいいー。いいにおいー!」

 すりすりと頬ずりをされたことで、ようやくロウは自分がどうなっているか気付いたようだ。

「はっ!? 考えごとしちまった……って、誰だ!?」
「クルルです。凄い! 本当にフェンリルさんが喋ってる! 可愛いなぁ~!」

 フェンリル。
 可愛い。
 褒められたロウは瞬く間にご機嫌になり、ゴロロと自分から頬ずりをして見せた。ロウ、そんなこともできたんだね。今までやらせて上げれなくて御免。
 でも、やっぱり元気はないよな……。

「フェンリルさんを抱いたら凄い元気になった! 今なら私、何でもできる気がする!」

 勢いよくベッドから飛び降りると、元気であることをアピールするように、ロウを頭の上に掲げてグルグルと回る。

「こら、無理するな。シーマさんにも挨拶をしたいんだが、彼女はどこにいるか知ってるか?」
「うん。調理場にいるよ!」
「……シーマさん?」
「ああ。私が留守の間、妹の面倒を見てくれている人だ。全ての家事スキルが高くてな。いつもお世話になりっぱなしだ。ちょっと、話をしてくるから――ロウと遊んでてくれるか? ユライくんは私と一緒に挨拶に来てくれ」
「分かりました。ロウ、あんまりクルルちゃんを無理させちゃ駄目だよ!」
「任せとけ。無理は――させないさ」

 クルルちゃんと居ることで、ロウも元気を取り戻したから、互いの為にも二人でいるのは良いことだろう。
 部屋を出た僕は前を歩くアディさんに声を掛けた。

「良かったです。妹さんは元気そうで」
「いや、そう振舞ってるだけだ。実際は喋ることも辛いくらい苦しいはずだ」
「でも、ロウを抱いてからは凄い元気になって」
「あれはいつものことだ。私に余計な心配をさせまいと、事あるごとに大袈裟に動いてみせるんだ」
「そう……だったんですか」
「ああ。私みたいな卑劣な人間には勿体ない可愛い妹だ」

 事情を知る僕からすれば、二人とも互いのことが大好きな風に感じるのだけど、当事者である姉妹は違うようだ。
 調理場に向かうと、一人の女性が作業していた。

「シーマさん!」

 白衣を着た凛々しい顔の女性。年齢は40代くらい。野菜を切り分ける手は、冒険者の剣裁きにも負けないくらいに早かった。
 器用に手を動かしたまま振り向く。

「アディ様……! 遠い所から来て頂きありがとうございます」
「いつもお世話になってるんだ。構わないさ。それで――クルルについての話とはなんだ?」

 アディさんに手紙を送ったのはシーマさんだったようだ。
 いつもお世話になっている人から、妹について話したいことがあると言われれば、急いで帰りたくなるのも分かる。
 アディさんの言葉に作業していた手を止め告げた。

「それが……。お嬢様が手配したお医者様が帰ってこないんです」
「どういうことだ?」
「もしかしたら、お金だけ持って逃げてしまったのかも知れません。ああ、なんで私は彼に先払いをしてしまったのでしょう!!」

 バタバタと自分の犯したミスに耐えきれなくなったのか、調理場を歩き回る。動いていなければ責任に潰されてしまうと言わんばかり勢いだ。

「落ち着いてくれ。つまり、私が手配した医者は、お金だけ持って逃げたということだな?」
「は、はい……」

 クルルさんについての大変なこと。
 それは、治療費が詐欺師によって奪われたということらしい。

「申し訳ありません。私が付いていながら……」

 全ては自分の責任だと必死に謝るシーマさんだが、アディさんはそんなことは全く考えていなかった。

「気にするな。腕の良いと評判の医者を探し声を掛けたのは私だ。シーマさんは対応しただけで、悪いことは何もない」
「しかし、あのお金はあなたがパーティーを乗り換えてまで手に入れた――」
「ああ。そんな汚い方法で稼いだ金だ。ならば、より汚い方に流れていくのが運命だ。むしろこうなって良かったのかもしれない。そんなお金で救われても、クルルはきっと喜ばなかったからな」

 妹を助けるために、選択した行動をアディさんは悔いているのだろう。アディさんは自分の非を見つめて前を見ている。
 僕もそんな風に強い人間になりたいな。

「だから、今度は真っ当に稼ぐさ。妹のためにもな」

 早く妹の身体を治したい思いと自分の中の正義を天秤にかける。二つの思いはきっと釣り合ってるんだ。

「ここでの話はこれでお終いだ。今日は客人がいるんだ。シーマさんの手料理は格段に美味い。だから気合を入れて振舞ってくれないか?」

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