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第26話 初めての朝

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 グゥとお腹の音で目を覚ました。
 良い匂いがする……。寝ぼけ眼を擦りながら起きると、アディさんが調理をしていた。その横で、「ヘッヘッヘ」と犬そのものと言った具合に舌を出すロウがいた。どうやら、お腹の音はロウから聞こえてきたらしい。

「すまない。起こしてしまったようだ……。ユライくんに気持ちよく眠って貰うことも私の役目なのに……ロウのせいで起きてしまったではないか!」
「しょうがないだろ? 腹の音なんだからよ。それより、まだ出来ねぇのか! こんな匂い嗅がされたら溜まんないぜ!」
「だから、静かにしろって。ユライくんが起きてしまうではないか!」
「もう起きてんだから気にすんなって!」

 ロウは今にも鍋に飛び込みそうな勢いだ。でも、気持ちも分かるな。だって、本当に良い匂いなんだもん。コゲと旨味の絶妙な境が発する香ばしい香り。僕は朝の空気と一緒に力一杯吸い込んだ。
 まだ、朝の速い時間だというのに二人は元気だな。

「僕のことは気にしないでください。それより、美味しそうな匂いですね」

 焚火の上に置かれた鍋を覗き込む。コトコトとスープの表面に気泡が浮かび、弾けて消えては次の泡が顔を覗かせる。
 美味しそうな料理は音さえも美味しそうだ。

「この森には食べれる野菜や動物がいるからな。本当は遠くまで肉を集めにいきたかったのだが、寝ている君を置いていけないからな」
「なーにが、置いていけないだ。俺達より早く寝た癖に護衛のつもりかよ」

 ロウが弓のように背を丸める。
 一晩経ってもアディさんを疑ったままみたいだ。

「その点においては心配するな。私の眠りは常に浅い。少しの物音でも起きる自信はあるからな」
「本当かぁ?」
「だったら、今日の夜にでも私を襲ってみるがいい。返り討ちに遭うと思うがな?」
「言うじゃねぇか、この裏切りモンがぁ」

 額をぶつけて、バチバチと火花を散らす二人。本当に朝から元気だなぁ。というか、もはやこれは仲が良いのではないだろうか?

「とにかく、折角だからアディさんの朝ごはん食べて、出発しましょうよ」

 初日で仲良くなれた二人に笑い掛ける。
 アディさんは僕に料理を食べて欲しいと器にスープを注ぎ、ロウは早く食べたいと姿勢を正して待つ。
 だから、仲良しかって。

「口に合うか分からないが――食べてくれ」

 器によそったスープを飲む。
 スープの色は薄いが、野菜と肉のうまみが濃縮されているみたいだ。ガツンと身体の中から力が湧いてくる。

「美味しい!」
「へっ。ま、匂いだけは美味そうだけどな。どれ、この俺がジャッジしてやろうじゃんか」

 ペロ。
 ロウがスープを舐める。
 ペロ、ペロ、ペロ、ペロ。

 舐めるだけじゃ満足できなくなったのか、器に顔を入れ始めた。
 ゴク。ゴク。
 ズリュリュリュリュ。

「ぷはっ! うめぇじゃないか。裏切り者とか言って悪かったな! だから、もう一杯くれ!!」

 流れるような速さで謝り、おかわりを求めた。
 流石に切り替え早すぎない?
 ジーと見つめる僕に気付いたのか、

「はっ!! これは毒だ! 自白剤でも入ってるんじゃないのか!!」

 最初に僕が食べてるのだから、毒が入っていないことは既に分かっている。全く苦しい言い訳だった。

「く、くそ! 今の言葉は無しだ! 全員、聞かなかったことにしろぉ!!」
「ああ、そうだな。ここは一つ貸しにしておこう」

 弱みを握ったとアディさんが笑う。
 やっぱり、二人より三人の方が楽しいなぁ。瞬く間に朝食を平らげた僕たちに、アディさんが白湯を差し出す。

「ところで、昨日から気になってたんだけど、ユライくん達はクエストも受けずに何処に行こうとしてるんだ?」
「実は少し前に助けた人から、食事をしないかと誘われてまして。会いに行くついでに、色んな魔物を見てみようと思ってるんです」
「クエストも受けずに、魔物を……?」

 アディさんが信じられないと、眉と眉の距離を縮めた。
 それもその筈。
 クエストを受けない限り、魔物を倒しても報酬は手に入らない。命を賭けて魔物と戦うのに、得られるものが何もないんじゃ、誰がどう考えたって釣り合わない。

 僕だってロウから【魔眼】を貰っていなければ、こんなこと思い付きもしなかっただろう。

 そうだ。
 折角だから、アディさんとも魔法の真実を共有しておこうか。

「あのですね……」

 僕が何を言おうとしているのか、ロウは察したのか「おい、ユライ!」と、僕の顔目掛けて体当たりした。
 豚と間違われる肉付きのいい身体が顔を揺らす。

「流石にそれを言うのは早すぎじゃねぇか? お前が言おうとしてることは、俺がこいつを信頼してからにした方がいい。じゃなきゃ、お前の力も返して貰うぜ?」
「力を返すって、そんなこと――出来るの?」

 頬を擦る。
 痛かった。
 本当に痛かったぞ!

「当然だ。俺はフェンリルだからな」
「で、でも……」

 フェンリルにはそんな力があるのかと疑問に思ったが、それは置いておこう。
 今はアディさんとの情報共有に付いてが大事だ。一緒に行動するにあたり、真実を知らないのは不公平じゃないか。

 言い合う僕たちに気を使ったのか、

「気にするな。互いに言えないことがあるのは仕方がないことだ」

 アディさんが言わなくていいと唇に指を当てた。

「へっ。お前がその言えないことを口にすれば考えてやるんだけどな」
「構わない。私は自分の力で認めさせてみせる。それだけのことだ」

 仲がいいような、悪いような食事の時間を終えた僕たちは、エミリさんが暮らすという街を目指して歩き始めた。

「目的地は南にある港街か。あの辺りはかつて、上位種の魔物が住み着き暴れていたらしい。今では大人しくなったと聞いているが」
「そうだったんですか。アディさんは物知りですね」

 後ろを歩くアディさんに振り返る。
 僕は世間の噂や知識に疎いので助かるな。

「べ、別にこれくらいは……普通だ」
「とか言いながら、顔真っ赤だぞ~」
「黙れ! これはただ、熱いだけだ!」

 確かにロウの言う通りアディさんの頬は赤い。
 あまり、無理をして倒れたら大変だ。

「良かったら、一度休みましょうか? そろそろ森を抜ける頃ですし」
「私は本当に大丈夫だから、気にしないでくれ」
「でも――」
「き・に・し・な・い・で・く・れ!」

 一文字ずつ。
 力を込めて宣言されたら何も言えなくなる。
 まあ、一緒に冒険を始めた初日。
 こんなものだろう。

 僕は歩きながらステータスを開く。

□■□■□■□■□■□■□■□■

 【強化の矢】×3
【泡弾《フォーム・ショット》】×4
【三連火弾《トリプルファイア》】×4
【爆弾《ボム》】×4
【斬撃《スラッシュ》】×4
【斬撃波《ざんげきは》】×2
【腕力強化《小》】×3
【治癒《小》】×3
【腕力強化《中》】×2
【フェンリルの牙】

□■□■□■□■□■□■□■□■

 このステータスが旅を終わったころにどうなるのか。
 僕は楽しみに心を躍らせていた。
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