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153. 悲しき過去

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 「ねえノーマ、本当に手伝いはいらないの?」
 
 「大丈夫だ、くつろいでいてくれ」

 「でも、何か悪いよね」

 「かまわんさ、キアとゲームの続きでもやっていればいい」

 「キア弱いからなぁ…」

 転移晶を求め、舟に乗って一路北極大陸を目指す事になったのだが、転移装置防衛の為に二手に別れる事となる。 どのように振り分けられたのかというと、探索チームは私と、キア、ノーマになり防衛は世良さん、ひいばあにヒナさんだ。

 振り分けは戦力のバランスを考慮されたもので、護りの翼が防衛に入るのであれば後は、大型の個体や多数の襲撃に備えて大翼と希望の翼が残るのが望ましいだろうとされた。
 探索は、想いの翼がオールラウンダータイプなので、後は遠距離後方支援型である雷鳴の翼と、近距離戦特化の炎の翼があれば、どのような戦況でも対処可能であろうと決まったのだ。

 だが、問題は戦力云々では無く戦鳥の中身…キアとノーマは仲が悪いにも拘らずこのよう振り分けになってしまったのだが、私が上手いとこなだめてやればいいと言われて今に至る。
 
 
 「もうちょっと待っててくれ」

 「うん…」

 ノーマは台所、とはいっても舟のスペースの一角をそのように使っているだけなのだが、そこで昼食を作っている最中で、何か手伝える事が無いか確認しに来たのだ。
 手伝いは必要ないとの事なのだがその手際の良さを見ると頷ける、野菜を刻んでいる包丁は中華包丁然としているのだが、器用に細切りして行く。

 寸胴鍋には湯が煮たっているとして、何を煮るのかはまだ判然としない中、やがては中華鍋のような大きく深い鍋にたっぷりと油を入れて熱し始める。
 バチバチと刎ねる油をものともせずに刻んだ野菜を投入するのと「ジャー」という音と共に一緒に入れた香草の香りが漂ってきた。

 (いい匂いとは言い難いけど、大分なれたな…)

 「あっ! こんな所に居たのですね」

 「キア…」

 「さあ、勝負の続きです、勝ち逃げは許さないのですよ!」

 「いやさあ、もう何連敗しているのか…」

 「まだまだ、これからなのです!」

 すっかり興奮気味なのだが、こちらのゲームというか双六のような遊びがあり、キアにルールを教えて貰い勝負していたのだ。 最初の二回はキアの勝ちだったが、三回目は私が勝ち以降連勝しており、どうやらそれが気に入らないらしい。 

 「ほらほら、もうすぐ出来るから邪魔をしないでくれ」

 「ムッ、邪魔などしていないのです」
 
 「五月蠅いから集中出来ん」

 (これ以上ここにいたら邪魔になるか…)

 「分かった、続きをやりましょう」

 こうして、料理はノーマに任せて台所を離れる。 

 
 「ぬあー! また負けたのです!」

 「私の勝ち(何で負けたか明日までに考えといてください、ほな)だね」

 「もう一度です!」

 「ええ~…」

 「ほらほら机の上を片付けてくれ、食事にするぞ」

 「あっ、ノーマ」

 どうやら昼食は完成したようで、双六の盤と駒を片付けると皿が並べられる、どれも美味しそうな料理ばかりだ。 しかし、キアは物珍しいといった感じでしげしげと料理を見ているが、総督府で出されたのとはまた様子が違う。
 
 「うわぁ、美味しい」

 「うーん、美味いのです」
  
 「ふむ、口にあって何よりだ」

 私がまず口にしたのは、白身魚のぶつ切りにあんをかけた料理なのだが、魚は油でパリッと揚げられておりなんと鱗まで食べられる。 身自体は柔らかく、そこにたっぷりのあんを絡めると、野菜のシャキッとした食感も合わさって何とも絶妙な歯応えだ。

 他には亀のスープとやらがあり、やや抵抗があったもののちょっとした塩気と出汁の旨味がこれまた絶妙なのだが、これが亀の味なのだろうか…。 
 スープをある程度飲んだら次は肉だ、角煮のような肉がごろごろと皿に盛ってあるので、食べ応えはたっぷりだろう。 白髪ねぎのようなものと緑色のタレがかかっているので、変わっているなと思いながら口にすると口内に衝撃が走る。

 「うおっ! 辛い!!」
 
 「う~ん、この辛さが堪らないのです!」

 「辛すぎたか…羽音も食べるからと調節したつもりだが」
 
 辛さなど微塵も感じさせないビジュアルに騙された、といってもそういうつもりでも無いだろうが、このスパイシーな辛さは何処かで食べた事があるような気がする。

 (ああそうだ、ばあばのカレーに味が似てるかも…)

 そして、何と言っても衝撃的なのはこの中皿によそってある白い料理、いや…これは知っている。
 
 「ねえ、これってもしかして…ごはん?」

 「その通りだ、あちらから持って来た」

 「いやいや、あちらの物をこちらに持って来てはいけないのです」

 「そう固い事を言うな、コメの状態では発芽能力を失っているのだから生態系に影響は無い」 

 「むう…」

 何とも思い切った事をするもんだと思わずにはいられないのだが、おかけで久々に白米を食べる事が出来た。 もっともこれはどちらかというと、食感はリゾットに近いのだが…。

 「あちらのような炊き上がりに仕上げるのは難しいな…まだまだ改良が必要だ」

 「これはこれで美味しいよ、ありがとうノーマ」

 「道中、このような馳走が食べれるとは思いませんでした…感謝するのです」

 「…珍しい事もあるのだな、不死鳥に礼を言われるとは」

 「にしてもノーマって料理が得意なんだね、凄いなぁ」

 「これ位当り前さ、夫と一緒に料理屋をやっていたからな」

 「そっかぁ、夫と……おっとぉ!!」

 「何だ、急に大声出して」

 「ええっ! だって夫て…ノーマって既婚者だったの!?」

 「気付かなかったのですか…」

 「えっ、キアは気付いていたの?」

 「はい…」

 ノーマが既婚者である事は見た目で判断出来るというのだが、私には分からなかった…それもそのはずで、耳飾りが対になっているのがそうだとキアに言われでも尚、さっぱり理解出来なかった。
 何故なら、その片われは本来夫である人物が身に着けていなければならない筈だからだ。

 「じゃ、じゃあ私があの時見た貴女の記憶の中の人って…」

 「私の夫だ、だが養父でもある…そして、もうこの世には居ない」

 「……!」

 彼女の夫は養父でもある、これはどういう事なのか…話は数十年前に遡る、幼少期のノーマはとある小さな町に父母と共に暮らしていた。 記憶の中の父親は銀行勤めであったようで、不自由なく生活出来ていたようだったが、厄災の襲撃により彼女の暮らしは変貌してしまう。
 炎に包まれる町から逃れようとした際に、父親は怪我をした人を助けようとして焼け落ちる建物の下敷きになり、帰らぬ人となってしまった。
 
 悲しみにくれながらも母娘は命からがら逃げ延びたが、国の情勢としては何処もそのような感じで小さな都市や町から焼き出された難民が問題となっており、各地の難民キャンプを渡り歩く。 その最中、母親も栄養失調や不衛生な環境から流行った疫病で命を落としてしまう。
 天涯孤独となった少女は直ぐに、人道支援を行う団体に保護され事なきを得るのだが、この人道支援団体という組織が曲者で、孤児となった子供達を海外に売り飛ばす、所謂人身売買に手を染めていたのだ。

 あわや外国に向かう船に乗せられようとしたその時、支援団体を襲い次々と捕縛して行く集団が現れる。 それは、自警団と呼ばれる人々で当時、警察の機能が弱い故に有志を募って組織されたのだという、間一髪の所でキアを助けてくれた男性こそが後の養父となる人物だ。

 「助けてくれた人と暮らす事になったんだね」
 
 「孤児の数が多くて施設に入りきらなかったんだ」

 止む無くノーマを引き取った形となるが、とにかく二人の共同生活が始まった。 養父とはなったものの彼は独身で、娘はある程度身の回りの事が出来たとしても子育ては分からない事の連続で悪戦苦闘し、周囲に助けて貰っていたという。
 
 「私の育ての親は、近所の人々でもあるんだ」
 
 「そうだったんだ…」

 養父の本業は自警団では無く料理屋であり、そこそこ繁盛していたのだが、一人で切り盛りしていたのがやがてノーマも自然と店の手伝いを行うようになる。
 
 「だから料理が得意なんだ」

 「ああ、鍛えられたからなぁ」

 調理場に立つ時は親子では無く師弟のように、時に厳しく時に優しく指導は行われた。 彼女にも才能があったのだろう、数年もすれば養父とほぼ同じ域にまでその実力は達したのだが、常連さんのお墨付きだと言うから間違い無い。

 「凄いなぁ」

 「認めらた時は嬉しかったよ、けどそれは…選択の時が来た事でもあったんだ」

 「選択?」

 果たして、彼女の言う選択とは…。
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