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120. 謁見

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 「雲が晴れた、それは間違いないのですか?」
 
 その言葉に将軍はこくりと頷く。

 「どうして…祈りが通じた?」

 「いや、ここ三日間雲払いの儀式は執り行ってはいない筈だ」

 「じゃあ何故…」

 「分からないが、とにかくこれはチャンスだ。 ノーマ殿は至急神山へと向かった方がいい」

 この言葉に対して少し考えているような素振りがあるが、修理出来るのならそうしたいという思いがあるのだろう。 しかし、その答えはとある割込みによって阻まれる。
 
 「お取込み中失礼します、移動の準備が出来ました」

 「ヒナさん」

 「ヒナ、雲が晴れたが…どうする?」

 「予定に変更は無いわ、彼女をラウ城へ連れて行く」

 問いに対する答えが早かったのは、神山に向かう選択肢が鼻から無かったからだろうか。 そして、その答えに質問した少女は苛立ちを隠せないでいる。  

 「傷を癒してはやらぬのか、護りの翼は盾を失っているんだぞ」

 「最優先事項は彼女が翼を得る事、いいわね?」

 「…分かった、もういい」

 何とも気まずい雰囲気になってしまうのだが、将軍も二人の険悪なムードに、これ以上何も言い出せずにいるのは無理からぬことだろう。 それにしてもこの二人…戦いの時の連携が上手くとれているように見えたので、それなりな仲ではないかと思っていたのだが…。


 「食事は済んだかしら? 直ぐにでも出発したいのだけれど」

 「はい、ちょうど今済ませたところです」
 
 「宜しい、なら行きましょう」

 ヒナさんに促されるままに付いて行く、どうやら下の階に向かうようだ。 ノーマも見送るといって付いてくるとして、将軍がその場に留まるのは恐らくは付いてくるなと言われてしまうのがオチだからだろうか。
 ああいうタイプの男性は、好意を寄せている女性にどれほど邪険にされても諦めないのだろうと思ってしまうのは、ドラマや恋愛小説の読みすぎなのかもしれない。

 「ノーマ、私の居ない間留守を頼むわよ」

 「ああ」

 何とも不機嫌な返答だ、しかし本当に神山に向かわなくて良いのだろうか。

 「あの…修理を優先させなくて大丈夫なんですか?」

 「…その言い方は好きでは無いな、戦鳥は生きているんだ」
 
 「え?」

 「単なる道具や物じゃ無い、契約した者にとって代えがたいパートナーなんだ」

 「そっか、ごめんなさい。 でもそれじゃ猶更…」

 「貴女が翼を得た後…それでも尚雲が晴れていれば修復に向かうわ」

 「……」

 修復とは何とも微妙な言い方だが、どちらかと言うとヒナさんの考え方は私に近いように思う。 しかし、戦鳥の扱い方には個人差は多少あっても他の三人はノーマに近しいと感じる。

 (大切なパートナー、か…)

 階段を降りればやがては一階に到着する。 まあそれは当たり前だとして、かつては行政機関が機能していたであろうこのフロアを奥へと移動して行けばやがてはある扉の前へとたどり着くのだが…。

 (警備の人がいる、ここは一体何の部屋なのかな?)

 両開きの鉄のドアの前には二人の兵士が見張りとして立っており、私たちが近づくと敬礼を行った後、速やかに扉を解放する。 扉は思ったほど厚くは無いとしても「ギギギ」と言う金属音と共に扉は開かれるので、それなりに年期が入っているようだ。

 ひと一人通せる程の幅があれば十分なのだろうか、ヒナさんは手を挙げて兵士たちを制止させて中へと入って行くので続くと、この部屋がどのような役割を果たすのかようやく理解した。

 「ここは確か…転移の間だ…」

 床に描かれた魔法陣とそれを囲うようにして設置された四本の支柱、間違い無く転移を行う為の設備なのだがこれがこの施設の元からの物なのか、新設したのかは見た目では判別し辛い。
 それにしても転移装置が世界の垣根を超えるだけで無く、単なる移動手段として使用出来るとは全く知らなかったのだが、もしかしたら機密事項になるからだろうか。 少なくとも正王国に居る限りではこのような移動手段を用いているとは聞いた事が無い。

 「あっ、そう言えばこれで物資を運べないのですか?」

 「膨大な魔力を必要とするから、大量の物資を転移する事は不可能よ」

 「今より純度の高い転移晶てんいしょうが必要になるが…滅多に産出される事は無いな」

 「転移晶?」

 晶は石よりも高純度の魔力が封じ込められており、特に転移を行う場合はこれで無ければならないという。 石の場合は、蓄えられた力や強さはその大きさに準じるが晶の場合は、大きさに加えて純度があるので一概には言えないそうだ。
 先ほども言われた通り、純度の高い晶は所謂レアアイテムになるのだが、そうなると転移も頻繁に行って良いものでは無いし、まして世界を行き来するなどおいそれと行って良いものでは無いという事になる。

 「少し待っていて」

 例の石碑に手をかざしているが、あれが制御装置にあたるのだろうか…まだ少し時間があるかもしれないので、彼女が言いかけていた言葉の続きを聞くために質問する。

 「あの話は本当なんですか? 世良さんが暗殺なんて…」

 「本人に直接確かめれてみればいいさ…最も」

 「最も…何ですか?」

 「あの話には続きがあってな…」

 「続き?」

 「皇帝が失ったのは弟だけじゃない…父親も息子も…反乱軍によって肉親の命、その全てを奪われたのさ」

 「!?」

 「さあ、それを実行したのは誰たと思う?」

 不敵な笑みを浮かべる彼女の顔をまともに見る事が出来ないのは、彼女の言う人物と私の頭の中で思い描いた人物が被るからだが、果たして本当に世良さんがやったのだろうか…それに肉親の全てと言う事は、母親や妻は既に他界しているという事なのか。 
 
 親兄弟、挙句には息子の命まで奪われてしまうとは皇帝とはいかなる人物だったのだろう? そして、その家族の命を全て奪った人物も一体どのような思いで暗殺を実行したのか…。

 「お止めなさい」

 「……」

 「彼女にとってこれから試練の時なのよ、動揺させないで」

 やや強い口調だが、それに対して答える者はいない。 何とも気まずい雰囲気の中、ヒナさんは石碑から私のいる魔法陣の中央に向かってくるのだが、それに応じてノーマは離れて行く。 いよいよ転移の時が迫ったのだろう、光の壁が立ち上り程なくして景色がおぼろげて、やがて白い光以外何も見えなくなってしまう。

 (ああ、この感じ…久しぶりだ)

 体が宙に浮くようなふわふわした感じと、一瞬のようなそれでいて時が止まったかのような奇妙な感覚…そしてやがては、真っ白だった景色に徐々に色が加わり始めるのだが、これは転移が間もなく終わるという合図だ。

 (……着いたかな?)

 状況を把握しようと周囲を見渡すと先ほどと同じような様子なのだが、ここはラウ城の転移の間なのだろう。 と言う事は、正に今いるこの場所から、ひいばあと世良さんは異世界へ渡ったという事なのだ。

 (ついに来た、ラウ城へ…)

 「こっちよ、付いてきて」

 前回は転移の後遺症があったようだが、今回は問題無いように見える。 もしかしたら、違う世界への転移は体に掛かる負担が大きいのかもしれないと、そんな事を考えながら後を付いて行く。
 
 突き当りの壁に手をかざせば、いつだかのように壁が消えて通路が出現するのだが、流石にもう驚かない。 通路を歩いて行き止まりになればまた手をかざし、再び通路が出現するので通り過ぎようとしたその時、何やら壁に絵が描いてあるのが目に留まった。

 「ここは刻印の間、そして契約の間よ」

 「ここが……」

 この鳥をデフォルメしたような絵は、正王国の国旗や宗教施設で似たような物を見た事があるとして、これが刻印の間になり、こちらの女性が祈りを捧げているように描かれているのが契約の間になるのだと、ヒナさんから説明を受ける。
 またこの場所を訪れる事になるのだろうが、今は国王の居る玉座に向かうために螺旋階段を上って行くと、天井が忽然と消えてとある部屋へとたどり着く。

 「ここは神事の間、王が神へ祈りを捧げる場よ」

 「どうして王様は祈りを捧げるのですか?」

 「王は神と人を結ぶ存在、橋渡しを行う者でもあるのよ」

 「神と人を結ぶ、ですか…」

 「そちらで例えるなら、祭王さいおうと言えば分かるかしら?」

 「祭王…うーん…」

 私の不勉強故にこの例えもイマイチ理解出来ないのだが、今はこれ以上考えても仕方が無いので玉座へと歩を進める。 とは言いつつも神事の間を出てからは、何処をどう歩いているのか見当も付かないのだが、広大な城なのだろう、転移してきたが故にその外観を実際に見る事が出来なかったのは残念だと感じる。

 「…エレベーターは無いんですか?」

 「王の安全を考慮して、玉座の間には簡単に辿り着けないようになっているの」

 「なるほど、謁見も一苦労ですね」
 
 「もう少しよ」

 聞けば、玉座の間は城の中央に位置するとの事なのだが、先ほども言われた通り歩いて行くしか手段は無い。 途中まではエレベーター位あっても良いように思うのだが、この城で働いている人は大変だと感じる。
 それと言うのも単に移動手段だけの問題で無く、通路や階段はやたらと枝分かれしており、案内図も無い為に初見では迷うのは避けられないだろうからだが、これも外から賊が侵入してきて、おいそれと王の元へたどり着けぬようにする為の工夫なのだろう。

 「ここよ」
 
 「この先が玉座の間…」

 人の背丈よりも遥かに大きい扉にヒナさんがカードをかざすと、「ギイ」と言う音と共に両開きの扉がゆっくりと開いて行く…。 中へ入れば、その間の名に相応しい大理石で出来た巨大な玉座が姿を現すが、肝心の国王が見当たらない。

 「あの、王様は何処に…」

 辺りを見回してもそれらしい人物は何処にもいない、何だか拍子抜けしてしまったが、謁見するのは決まった事だ。
 果たして真王国の国王とはいかなる人物なのだろう…。
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