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108. 少女の夢と過去、そして戦いへ(過去編)

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 世良さんが私に見せたかったもの、それは想像を遥かに超える素晴らしい情景…都市の家々、一つ一つがキャンパスとなって描かれている雄々しく羽を広げる白い鳥、これはもしかして…。

 「いやぁ、いつ見ても素晴らしい」

 その言葉にハッとして横を見ると、いつの間にか初老の男性が佇んでいた。 絵に夢中で全く気付かなかったのだが、いつの間にか隣にいたこの人は一体…。


 「お嬢ちゃんは他の国から来たのかな? 絵を見るのは初めてのようだが…」

 「え? ええまぁ、そんな所です」

 「言葉が達者なのは魔法のおかげか…安価な物が流通するようになったから、もっと他国との交流が増えれば良いのだが…」

 この初老の男性は白いものが大分混じってはいるもののラウ族のようだ。 背は百七十センチくらいだが、体格はがっしりとしており余り年齢を感じさせない、こちらの男性は温暖な気候故にベストを直に着用している人が殆どであり、体系が丸わかりなのだが年配の人になるにつれて、恰幅が良くなっていくのが特徴だ。
 しかし、この筋肉質な初老の男性は、一体何者なのだろうか…。

 「この風景もいつまでも見られるとは限らないから、それまでにもっと多くの人に見て貰いたいものだねぇ」

 「それはどういう意味ですか? それにあなたは?」

 「ああ、失礼。 私の名はカムタと申します、宜しくお嬢ちゃん」

 「私は羽音です。 こちらこそ宜しく、カムタさん」

 初老の男性もといカムタさんは語る…自身はかつてキャラバンに所属し、各都市に物資を運んで回っていた。 仕事に就いたのは十四歳の時であり、その当時は都市にはこのように建物を使用した絵が描かれており、各々違っていたので都を訪れる度に絵を見るのをとても楽しみにしていたそうだ。

 「絵を見れば旅の疲れも吹き飛び、次の都市へ行くのも辛くは無かった。 だが…」

 都市の再開発が進むと、絵を描く塗料が不足している事や建物の高さが均一でない事を理由に、絵は描かれなくなっていった…。 しかし、主要な都市部は仕方無いとして、古い都市には残っているのでは無いだろうかと聞くとそこにも問題がある事が分かって来る。

 「古い都市では絵を管理維持する事が難しくなっていてね…」

 都市の間に格差が出来ると、若い人達はより良い労働条件や暮らしを求めて再開発を行った都市へと集中して古い都市の人口は減少してしまい、やがては絵の描き手も少なくなっていった…後継者の不足している都市では、絵が劣化しても修復する事が出来ずにまた違った理由で失われようとしているのだ。

 「…何とかならないんですか?」

 「絵を残そうと運動している団体もある。 実を言うと私もその一人でね、キャラバンを引退後にここに妻と移り住んだんだ」

 彼も絵を残そうと頑張っているのだ…しかし、奥さんがいると言いう事は子供もいるのだろうか。
 
 「妻もこの絵が大好きだった…私は、彼女が好きだったものを守って行きたい」

 「だった?」

 目線を一度こちらに移し深く頷くとまた絵に目を見やり、カムタさんは話を続ける。

 「娘夫婦がバナンに居る。 一緒に暮らそうと言ってくれるが、私は少ない余生を掛けてここに残り絵を守るよ。 妻もここに眠っているんだ…」

 「……」



 
 「さあさあ、昼にしましょう」

 「流石にお腹が空いたわね…何にする?」

 「屋台で食べましょう、羽音に是非食べて貰いたいものがあるの」

 「……」

 「羽音?」

 「えっ? あっ、はい」

 昼も過ぎたのでいい加減ランチタイムにしようという話になり、竜を預けて市場に繰り出すのだが、時間で料金は変わるのでさしずめ駐車場といった所だろうか。 最も形としてはまんま馬小屋なのだが…。
 
 「すいません、考え事してて…」

 「さっきのお爺さんの話?」

 そう、先ほどの話を聞くと何だか切なくなってしまう…あの絵を、素晴らしい情景を失うまいとカムタさんは頑張っている。 自身の仕事の原動力となり、奥さんとの思い出となるあの絵を守ろうとしているのだが、そういえば世良さんはどうなのだろうか…。

 「世良さんはさっきの話、どう思いますか?」

 「…私も彼と一緒に幾度と無く見た事があるわ、あの人も素晴らしいと言っていたのよ」

 「じゃあ…」

 「生きていればなんというかしらね…でも、あんまり芸術とか関心の無い人ではあったから」

 本格的な再開発は王の死後に進められており、関わっていたとは言い難いようだが、厄災の襲撃もありならコツコツと行われていた為、絵の事を考えている余裕など無かったのかもしれない。

 「どちらにせよ、あの情景が失われるのは忍びないわね。 戦いが終わったら何らかの形で支援出来れば…」


 そんな話をしつつも市場を歩いて屋台のある場所まで辿り着いた。 相変わらずここでも良い匂いが鼻腔をくすぐるが、時折香草の独特の匂いも漂って来るのも同じだと思いながらも、世良さんへ続く。


 「えーっと…あっ、あった」

 世良さんは人込みをかき分け数ある屋台のうちの一つに立ち寄るので、それに続く。 どうやら私に食べさせたいものが売ってあったようだが一体なんなのだろう?

 「…これって、肉まん?」

 形は楕円形に近いが、せいろで蒸している真っ白い食べ物と言えばまずこれだろう。 だが、艶というか透明感のある何とも言えない感じが未知の食べ物といった体なのだが、こちらの食文化はあちらとは少々異なるので少し不安を感じてしまう。

 「おじさん、三つ下さい」

 「あいよ」

 お店の人が手際よくトングで掴んで紙の包みに入れるのと同時に、世良さんはカードで支払いを済ませる。 古い石創りの建物が立ち並ぶこの都市であっても、こういう所は近代化しているのは王都に近いからだろうか。

 「熱いから気をつけてね」

 「ありがとう」

 世良さんは受け取った紙の包みを渡してくるのだが、蒸したてなだけに紙からも熱が伝わってくる。 店を離れて通行の邪魔にならない道のはじまでくればそのまま食事タイムだが、私たちのように道端で食事をしている人をちらほら見かけるので、昼過ぎの休憩の時間なのかもしれない。

 (こちらの一般の人は座って食べる事が殆どないのかな?)

 屋台は殆どが立ち食いばかりで、座って食べている人は余り見かけない。 私たちのように道の端で二、三人で談笑しながら、ハンバーガーを食べている人もいるし、雰囲気から察するにどうやら昼前後の食事はゆっくり休んで食べるような事はしないようだ。

 「うん、やっぱり美味しいわね」

 「懐かしい味だわ、殆ど変わっていないのね…」

 二人は肉まん? にかぶりついているので、私も熱いうちにと思い一口かじる。

 「あちち」

 「火傷と汁が飛び散らないよう気をつけてね」

 そういう事なら早くいって欲しかったが確かに凄い肉汁だ。 中の引き肉の味と相まって旨味が増しているようで、更にもっちりとした皮の食感が良く合っている。

 「うん、美味しいです」

 汁がこぼれないように食べるのは少々難儀ではあるが、皮がしっかりとしているのでふやけたりして垂れてしまう事は無い。 しかし不思議なものだ、あちらの生地を使用すればまずこんなに水気の多い具材は包む事が出来ないだろうと思うので、皮の具材が気になってくる。

 (何だかんだ言って、気にしている内に食べちゃった…)

 あの二人はとっくに食べ終わっているが、あちらの肉まんの二倍以上の大きさがあるのに私はペロリと食べてしまった。 美味しかったものあるが、こうなって来るとこちらの食べる量に合わせて胃が大きくなっていると言わざる負えない。 幸いまだ体重には影響は無いように思うのだが…。
 それにしても、皮の具材が気になって仕方が無いので先ほどの屋台を見ていると、蒸篭の蓋をしたお店の人が仕込みの為に白いある物を屋台の裏側から持ち出して来るのだが、あれが皮の正体だとしてある異変に気付く。

 「え? え? 皮が…動いている⁇」

 細長い白い皮がもぞもぞと動いているのだが、店のおじさんは全く気にすること無く肉まんの時には無かった黒い先端を切り落とし、そこからひき肉を詰めていくと今食べている物と同じような楕円形に膨らむ。 
 パンパンに膨らみ、摘まんでいた肉まんの切り落とした部分に、はけで何か液体を塗れば完成のようで蒸篭の中に並べられて行くのだが、私の視線は手際の良さでは無く白い皮…否、皮だとばかり思っていた物体に釘付けになり、そして驚愕の事実が判明する。

 (間違いない、あれは虫だ…何かの幼虫……)

 「……ぬぅぉぉぉーっ!! 食った! 私、食っちまいましたよ!!」

 「フフフ、どう? 美味しかったでしょう?」

 「美味しかった! 美味しかったですけどぉ!!」

 まさか、昆虫食を体験する事になろうとは夢にも思っていなかった…しかし、言われれば食べなかっただろうし、皮の正体が分からなければ、美味しい肉まんだと思って特に気に留める事も無かっただろう。 

 「ううう…」

 幸いにも吐くような事は無かったが、胸の辺りに内容物が引っ掛かっている様な気持ち悪さを覚えてしまう…そんな中、よせばいいのに屋台をチラリと見てみるとあの肉まんモドキは買いに来る人が途切れないだが、どうやらこちらでは人気のファーストフードのようだ…。

 「羽音、これでも食べて口直ししなさい」

 「え?」

 ひいばあが差し出してくれたのは何とかば焼き…三人分買ってきてくれたのだが、当人は既にかじっておりその味に満足気な表情だ。 一かじりしてみると、ふわりとした食感とほんのりとした塩味が合っていて、これもまた美味しいと感じるのだが、かば焼きとくれば濃厚なタレだろう。 
 若干残念だと思いつつ、これもまた特大サイズをペロリと食べてしまった。 しかし、食べてしまった後でふとある事に気付く…今更だがこれは「ウナギのかば焼き」なのだろうか。 いやおかしい、ここは完全な内陸なのだ…ウナギが生息しているとは考え難い、だとすればこれは一体何の肉なのだろう?

 「ねえ、これはどの屋台で買ってきたの?」 

 「あそこよ」

 ひいばあが指差す方向には若い男性がかば焼きをひっくり返しながら焼いているのが見えるので、どんな肉を使用しているのか確認するべく、店へと向かう。 白い煙を上げながら、若い男性は汗だくになりながらも笑顔で呼び込みを行ってるのだが、店先では分からない為隣接する屋台との隙間から、奥を覗く。
 店の裏手には大きな網篭が置いてあり、その中には無数にとぐろを巻くある生き物がいるのだが…。

 「ああ、そっか…ウナギな訳ないよね…蛇だ、蛇のかば焼きだったんだ…ハハッ」
 

  
 「もう帰りたい…」

 「そうね、そろそろ帰りましょう」

 …私の帰りたいはちょっと違う、そう…「家に帰りたい」 もう異世界は十分に堪能した、異なる食文化を経験したのだからもう十分だろう。 
 
 「お母さんの料理が食べたいな…」

 二人には聞こえないようになるべく小さく呟く、こんな弱気な事ではいけないのかもしれないが、今はもう心が折れてしまった…。


 「ねえ貴女達、ちょっといいかしら?」

 「?」

 どうやら後ろから呼び止められたので振り向くと、一人の女性が佇んでいた。 赤い髪の少女で年齢は世良さんと同じ位ではないだろうか…服装は白っぽい体のラインを強調した深いスリットの入った、あちらで言う所のチャイナドレス然としているのだが、緩くウェーブの掛かった長い髪が大人っぽさを演出している。

 (化粧もしているんだ…少し濃いような)

 髪の色よりなお濃い赤い唇がなまめかしいように感じるとして、呼び止めた少女は話し出す。

 「ねえ、ここには観光出来たの? 他の国から?」

 「いいえ、王都からの観光よ」

 「ふぅん…どのくらい滞在するの?」

 「…どうしてそんな事を?」

 「いや実はさ…ウチ店をやっててね…」

 少女曰く、夜の店を営んでいるそうだが、スタッフ不足で求人もかけているが中々人が集まらないそうだ。 仕方なしに店が休みの日にこうやってスカウトして回っているそうだが、こちらではこのように待ちゆく人に声を掛けるのは珍しいのだという。

 「長く滞在するんだったら、働いて貰えないかなって…いや、もちろん休暇だろうから無理強いは出来ないけどね」

 「そう言う事か…それなら私は一応経験者かな? ダンスも出来るわよ」

 そう言うと世良さんは軽くステップを踏んで踊りだすのだが、それを見て少女の目の色が変わる。

 「凄い! 正に私の店にピッタリ!!」

 半ば興奮を抑えられない様子だが、まさか世良さんにそんな過去があったとは知らなかった。 以前ホステスとしても優秀だろうとはひいばあが言っていたが、他にも知られざる過去があるのだろうか…。 
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