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107. 少女の夢と過去、そして戦いへ(夢編)

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 私に見せたい物があると、世良さんは市長へ交渉し立ち入り禁止である都へ行く事を許可してくれた。 何があるかはお楽しみとの事で、早速出かける準備をするのだが一体何を見せたいと言うのだろうか…。

 「しかし、羽音殿に何を見せようと言うのですか?」

 「キアなら分かってしまうかもね、でもネタバレ禁止よ」

 「…はぁ」

 分かってしまうかもと言われた当人はさっぱりの様子で、ネタバレの心配は無いようだが、今は付いて行くしか無いとして、世良さんも上機嫌で皆を率先して軽やかに歩いている。 これは憶測だが、自身も都へ立ち入りたかったのではないだろうか…。

 「貴女も随分ノリノリじゃない?」

 「あ、分かります? ここは昔から変わっていないので、とても懐かしい気分なんですよ」 

 その言葉を聞けば「なるほど」と納得してしまう。そうこう話をしていると向こうから一人の人物が向かってくるのが見えるのだが、それは意外な人物だ。

 「あっ! さっき世良さんに負けた人」

 伸されて医務室に運ばれた筈だがもう起き上がっても良いのだろうか…しかし、ここに来た理由はなんなのだろう? 

 (まさか、リベンジマッチとか言い出さないよね…)

 世良さんはと言うと、ジッと青年を見つめてはいるものの、睨んでいる訳でも無く殺気も感じられない。 それは相手も同じようでお互いに敵意のようなものは感じられないとして、ならば何故ここに来たのかが余計に分からなくなってしまう。
 暫く見つめ合っていた両人だが、やがて青年は一歩踏み出し世良さんに近づく…だがそれでもお互いに動かずやがて、彼の方から話をしだすのだが…。

 「…貴女に惚れました、どうか私の伴侶になって頂きたい!!」

 「……ええっ!! 伴侶ぉ!?」

 伴侶…それ即ち結婚という事だが、この衝撃的な告白に皆驚きを隠せない。 当の世良さんも驚き困惑している…それもその筈で一体何がどうなってこういう話になるのだろうか。

 「…貴方、私に負けたのよ」

 「はい、負けました。 完敗です」

 「負けた相手に告白とは…」

 「恥を忍んで言っています。 貴女は美しいだけでなく、本当に強かった…すっかり心奪われてしまいました」

 それだけ言うと青年は深々と頭を下げて更に続ける。

 「どうかこれまでの非礼をお許し下さい」

 頭を下げる青年に世良さんも困った、というかやや呆れた表情だ。 どうやら負けた相手に告白とかあり得ないといった感じだが、それは昔の価値観で今はまた違っているのでは無いだろうか、最もこれは私の憶測なのだが…。
 
 謝罪を受けた当人は、頭を下げる青年の頭頂部を暫く見つめ、直ぐに思い直したのか顔を上げるように促す。 どうやら答えは決まったようだ。

 「…今すぐに返答するのは難しいわね」

 「はい…」

 「ま、戦いに勝利したら宴の席が設けられるわ。 お酒でも飲みながら語らい、親睦を深めましょう話はそれからよ」

 「宴、ですか…」

 「あら、私の勝利を疑うの? それに勝たなければ、結婚も何もあったものでは無いと思うのだけれど…」

 「い、いえ。 それじゃ…」

 青年は何かを言いかけるが、その言葉を遮るように世良さんはその熱い胸板にコツンとげんこつを当てて、言葉を被せる。

 「…貴方もちゃんと生き延びるのよ」

 それだけ言うと進路を遮る青年の脇をすり抜けるのだが、ふと思い出したかのように振り向きこう告げる。

 「名前を聞いていなかったわね…貴方の名は?」

 「え? あっ、俺の名は…ファルと言います」

 「そう…それじゃファル、またね」

 「は、はい!」

 ファルさんへ笑顔で軽く手を振ると、今度こそ本当にその場を離れるので皆で付いて行くのだが、誰も話をしようとはしない。 しかし、少し前までどつき合いをしていた相手へ突然の告白とは驚きだが、もっと驚きなのは世良さんが思いの他彼との交際、もとい結婚に対して比較的前向きな所だろう。

 思い起こしてみれば世良さんと戦っているのを見た時は、不敵な笑みを浮かべておりいけ好かない感じだった。 追い詰められるに連れて焦り、怒りの形相になると恐ろしく感じだが先ほどの落ち着き払った様子は好青年そのものであり、まるで印象が異なる。
 それにこう言ってはなんだが、ボコられて所々腫れてはいたものの、顔立ちは悪く無かったように思うし、髪を短く刈り上げておりスポーツマン然としていたのだが、背も高いし世良さんにお似合いと言えなくもないと感じるのだが…。

 「ごめんなさい、時間を取ってしまったわね」

 「い、いえ…」

 ちょっとしたトラブル? もあったが世良さん以外は服を着替える為に一度部屋へ戻る。 ひいばあとキアは軍服なのでそれで都を歩き回るなど論外であり、私はというと軍属の医療スタッフに支給される白衣を着ていたのでこれも当然NGだ。

 着替え終わり集合場所である玄関へ向かうと、ひいばあと世良さんの姿が見えるがキアの姿が何処にも見えない。

 「あれ、キアは?」

 「王子から通信があって話し込んでいるみたいだから、来れないわね」

 「ああ、そうだったんですか…」

 それならば仕方が無い、戦いの前で王子も大分キアの事が心配なのだろう。 国王が存命の内にとも言っていたが、勝利を収め王国が統一した暁には晴れて結婚出来るのだろうとして、もしかしてその時には世良さんもそう言う事になっているのだろうか、と一瞬想像してしまった。


 
 「ええっ! 私も乗るんですか!!」

 「そうよ、チャレンジしてみて」

 目的地は屋敷の近くではあり、徒歩でも移動は十分可能な距離なのだが小高い丘の上という事もあり、竜に乗って行こうと決まった。 しかし、借りれる竜は何時ものような車の付いた竜車では無く、竜に直接単体で乗らなければならないのだが、私は乗馬の経験など無いしそれで問題ないのかと思ってしまう。
 
 「大丈夫よ、竜はとても賢いから初心者でも簡単に乗りこなせるのよ」

 「ええ~」

 二人は既に竜に乗っているおり完全に私を待っている状態だ。 しかし、目の前にいる竜を見るとどうしても躊躇してしまう。

 「大丈夫と言われても…」

 大きさとしては、いつぞや見た事のある鉤竜と同じ位ではあるが足の爪は丸く尾も長い。 顔もやや細長く頭にはとさかが付いているのだが、口も小さめなので肉食というよりは草食系に分類されるのではないだろうか。 
 そうでなければ人を乗せて走るなど危険だと思うのだが、そんな事を考えていると不意に竜と目が合い「ベロり」と顔を舐め回される。

 「ひゃー!」

 「ふふふ、ハンカチ持ってる?」

 「…大分懐かれているわね」

 竜の唾液だらけになった顔とメガネを拭くためには自分のだけでは足らずに、世良さんのハンカチまで使うようになったなってしまった。 そして、これは懐かれているとの事なので、それならばもういっその事乗ってやろうと思い、半ばやけくそで座っている竜の鐙にまたがり、見よう見まねで足でもって一度竜の脇を軽くノックする。

 「うわわっ!」

 竜は勢いよく立ち上がるのでややバランスを崩してしまうが、何とか持ち直した。 何とか安定すると竜は振り向きざまに「ガアッ」と小さく鳴くのだが「しっかりつかまってろよ」と言ったように感じてしまう。

 「上手い! 後は手綱を使って方向転換するのこんな風にね」

 お手本でその場を歩いて貰うと、手綱の左右どちらかを引っ張ればその方向に忠実に曲がるので、これは簡単にまね出来そうだ。 

 「後は足で脇を二回ノックすると止まるわ。 加減速は基本竜に任せておけば大丈夫だけど、加速する時は一回ノックすれば都度早くなっていくし、減速は脇を撫でてあげれば大丈夫よ」

 割と簡単なので一安心だが自転車とは訳が違うし、人々の往来のある道路も通るので油断は出来ない。 最初はゆっくりと歩く世良さんに付いてゆくのだが、そのスピードは徐々に上がるのでこちらも加速する。
 とはいっても先ほどの言葉の通り、竜が速度を調整しているので車に例えるならAT車に近いのではないだろうか…最も運転した事は無いのだが。

 
 本格的に都に入れば、道路を走る事になるのだが竜に乗っている人は皆、割と良い速さで行き来している。 歩行者と車両?は黄色い線で区切られており、十字路等には交通整理を行っている人が蛍光色の黄色の棒を振って立っているのだが、その井出立ちは法衣に似ている。
 何でも道路の管理は警察官もとい、治安維持の管轄では無く民間…と言うよりは神殿の管轄になるそうで、これはあちらに例えるならお寺が道路と管理している、と言えるのではないだろうか。

 (まだまだ勉強不足で、官民の関わりとか仕組みは分からないんだよね…)

 分からないと言えばこの道路もそうだ…その材質はアスファルトでは無く例えるならとても硬いゴム、だと思われる。 色は濃い灰色なので黄色い線が良く映えるのだろうが、他の色による区分けのようなものは今の所見受けられない。 
 この道路ならば竜が走っても痛くはないだろうとして、車輪の轍やひびも余り見かけないので強度も優れているのだろう。 そんな事を考えていると、先行く二人は整理を行っていないT字路を右に曲がるので、横断歩道を渡る人を巻き込まぬよう注意して右折する。
 因みに道路は右側通行とあちらと同じだ。
 
 暫く道なりに行けば坂が見えて来るので、侵入する際には一時停止してから先へ進む。 しかし、先ほどから最小限の手綱の動きだけで後はほぼ竜に任せきりなのだが、そう言えば標識もちゃんと立っており、それを確認しながら走ってるのではないだろうか。 
 だとしたら、かなりの知能だと言わざる負えないのだが竜というのは本当に賢く、イメージとは大違いだと改めて感じる。

 「さあ、着いたわよ」

 丘の頂上に着くと竜から降りて背の低い柵のある方へ向かうよう世良さんに促される。 竜はというと生い茂っている木に適当に手綱を結んで放置しているのだが、三頭とも草を食み休憩をしているように見える。
 降りる時に礼を言えば「キィー」と小さく細く鳴くのでこれは敢えて「構わんよ」と訳す事にした。 まあ、冗談はさておいて柵があるという事はその先は断崖絶壁ということなのだろう。
 
 冗談は止めようと思ったが、何でも昔のサスペンスドラマとやらでは断崖絶壁での罪の告白がテンプレだったらしいのだが、身投げを止めるまでがデフォだったようだ。 しょうも無い事を考えながら柵に近づくとーー

 一瞬にして己の見た景色に心を奪われる……私の目の前には巨大な鳥がいる、いや描かれているのだ。 だが、問題はその大きさだ。

 「これって、もしかして…建物、一つ一つに描かれた絵が一つになって…いる?」

 そう、都市の街並みに浮かぶこの飛翔する鳥の絵は、建物の色が一つの集合体になって描かれ巨大な一枚絵になっている。 羽の一枚一枚、細部まで丁寧に描かれたこの絵の壮観さに言葉など浮かんではこないのだが、世良さんはこれを見せたかったのだ…絵の好きな私の為に…。

 「どう? 凄いでしょ?」

 「はい……」

 「気に入った?」

 「はい……」

 先ほどから問い掛けに対して「はい」しか言えなくなってしまっている自分がいるが、これはもう仕方が無い。 こんなに素晴らしい絵を見てしまったのだから…。

 そして思う事はただ一つ…この絵を描いてみたいーー
 この絵を描く事に携わりたい、と……。
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