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64. 厄災再び

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 (ん……なんだろう。 いつもの夢?)

 ぼやけた光の中に見えるものがハッキリとしてきた時、その情景に戸惑いを隠せない。

 (お母さん? それに、おにいも……でも、あれは?)

 夢の中の母は少し若く見える。 それだけでは無い、おにいは背が低く幼く見えるのだが母の膨らんだお腹に大分興味津々の様子だ。

 (お母さん、お腹が大きいけどあれってもしかして私……なのかな?)

 幼いおにいはお腹に耳をあてがい、やがて喜びの顔を母へ向ける。 自身が生まれる前の夢だとでも言うのだろうか。 過去の事を夢見るなど可能なのかと疑問に思った時、どこからとも無く誰かの呼ぶ声が聞こえて来る。

 (羽音、羽音……)

 (誰か呼んでる? この声は確か……ひいばあ?)


 「羽音、羽音、起きなさい。 いつまで寝てるの?」

 「う、ん……ひいばあ? あれ? ここは……」

 「何を寝ぼけているの? 早く起きなさい、これから朝食よ」

 「そっか、ここは異世界なんだっけ……」

 「おはよう、羽音。 よく眠れたようね」

 「世良さん、おはようございます。 思っていたより寝心地が良かったです」

 ふかふかのベットと枕にシルクのような掛け布団はまるで高級ホテルのようなのだが、これは賓客用なのだろう。
 それに、外は暑かったのだが建物の中は空調が利いているのか、暑くも寒くも無い。 

 「この部屋はどうやって空調を管理してるんでしょう? エアコンの吹き出し口とか見当たらないんですが」
 
 「そうねぇ、ここ百年で技術が進歩している所は進歩しているようなのだけれど……」


 「うーん……おや、羽音殿もようやくお目覚めですね。 おはようございます」

 先ほどからキアの姿が見えなかったのだが、どうやらトイレに行っていたようだ。

 「おはようキア、大丈夫?」

 「大丈夫です。 ……羽音殿は問題無いのですか?」

 「私? 私は大丈夫だよ」

 「流石、ラウ族の血は伊達では無いのですね」

 「イヤ、そこを褒められてもなぁ」

 昨日は不本意ながら飲酒をしてしまったが、未成年なのだから許される事では無いのだ。 元居た世界であればどのような騒ぎになっていたか……そんな事を考えながら朝食の為に移動する。


 「あの……朝からこんなに食べられないよ……」

 私の目の前には全長五十センチは超えている魚のムニエルが鎮座しているのだが、昨晩のメニューが肉から魚に置き換わったような感じだ。 最もスープはオニオンに変更されてはいるし、果物は少し様相が違う。
 だが、決定的あちらと違うと感じるのが……。

 「やっぱり、葉物は無いんだ?」

 その言葉にキアはㇺッとした表情になる。

 「もう、その話は止めて下さい。 全く、思い出しただけでも……」

 「ええ~、そんなに?」

 「そうねぇ、私も早く食生活に慣れようとして我慢して食べたけど……暫くは青虫になった夢を見たわねぇ」

 「マジっすか……」

 こちらでの葉物への忌避感は相当なものだが、そう言えばひいばあも好んでは食べてはいなかった。 やはり三つ子の魂百までといった所なのだろう。
 何より今、ひいばあの大好物がテーブルに乗っておりその表情ははからずもほころんでいるように見受けられる。
 そして、その正体とは。

 「これって、恐竜の卵……ですよね?」

 「そうね。 理音さんは卵好きみたいだけど、懐かし味でしょうね」

 ダチョウの卵くらいはあるこの大きなゆで卵を一人で食べろというのだろうか。 コレステロール値云々では無くこれもまた、どう考えても一人前の量とはとても思えない。

 「食べられなかったら、残りは私が頂くわよ」

 若干引き気味だったところに声を掛けてくれるのだが、世良さんの卵は既に何処にも見当たらない。

 (あの数秒間で食べたの!?)

 あっけに取られていると、ひいばあも卵をおかわりしている。

 「ねえ、そんなに食べて大丈夫なの?」

 「この卵は大きさに比べて黄身が小さいのよ。 以外だと思うけど」

 「そうなんだ」

 「それに、白身には味もついているから飽きないわよ。 貴女からすればやや薄味ではあるでしょうけどね」

 そうなのかと思いつつ、スプーンですくって一口食べてみると、確かに薄味だがめんつゆの風味が鼻から抜ける。
 美味しいとは思ったのだが、他のおかずにも口をつければ結局は半分も食べる事が出来なかったので、残りはサクッと世良さんの胃袋へと吸い込まれていった。


 「うぷ、もう食べれない……」

 朝から完全にカロリー多可な食事だと思うのだが、こちらの人々の健康状態は果たして問題無いのだろうか。 やや膨れた腹をさすりながら歩いていると、今朝夢に見た母も私がお腹の中に居た時はこんな感じだったのだろうかと思ってしまう。

 「あら、羽音。 貴女はこっちよ」

 「え?」

 「ほら、健康診断。 こっちでも問題無いか診て貰うの」

 「ああ、そうでしたね。 うーん、でも食べたばかりで体重とか測るのはちょっと……」

 「アハ、そんな事気にしない気にしない」

 そりゃ世良さんは瘦せているから、それで良いさと思う。
 だが、本当にあのスタイル体を見ていると、食べた物が本当に何処にいってしまったのかと思わずにはいられないのだが、取り敢えず医療スペースのある十階を目指す。

 

 「では、今回の検査は以上です。 お疲れ様でした」

 「はい、ありがとうございます」

 黒髪ショートの女性医師による問診によって検査は終了した。 
 医師の装いはさほど変わらないのだなと思いながら、聴診の為にめくっていた服をいそいそと下ろす。 
 身長と体重に視力や聴力、レントゲンのようなものを撮って、血液検査を行った。
 因みに採血は注射では無く親指に小さい針を刺すタイプだ。

 「標準より小さいですが、血液検査以外の項目で特に問題は無いと思います」

 「はあ……」

 「ですが、視力の矯正をお勧めしますね。 ここでは時間が無いですから、王都に行ってからでも是非」

 「考えておきます……」



 「ふー、やれやれ」

 検査を終えて一人エレベーターを降りるのだが、フロアの様子が違う事に直ぐ気が付いた。 どうやた階数を間違えたようだ。 もちろん言葉が分かるようになったからといって文字まで理解出来るわけでは無いのだが、数字の並びはあちらと変わらないので、最上階を押してしまったのは凡ミスだと言える。

 「おや、羽音様。 どうしたのですか?」

 「あっ、ショアさん。 すいません、階を間違えました」

 「ハハ、それは仕方の無い事ですな。 直ぐにエレベーターを呼びましょう」

 気さくに笑いエレベーターを呼んでくれるのだが、直ぐには来ない。 何だか手持ち無沙汰な感じなのだが、領主の方をチラリと見ると直ぐに疑問が湧いてきたので聞いてみる。

 「あの、ショアさんは髪が青いですよね? ラウ族やシャイア族とはまた違う部族なのですか?」

 「そうです。 私は青髪のファフル族になります」

 短いながらもややくせっけの髪を撫でて答えるが、その表情はやがて曇る。

 「真王国の蒼き戦鳥の戦士も私と同じファフル族です。 彼女は正王国に強い恨みを抱いていると聞いています」

 「知っているんですか?」

 「彼女と面識がある訳ではありません。 しかし、我が部族は古くから定住せず、難民となることが多々ありました」 

 「……」

 領主は続ける。 ファフル族は勢力争いの頃から数が少なく、争いに加わる事すら出来なかったそうだ。 それゆえに戦乱が続けば難民となって苦難の歴史を歩むことになるのだが、そんな中でも学識に長け特に金融の面で才能を発揮す人が数多くいたとの事だ。
 しかし、金貸しという職業を不浄と考える人も多くまた、高利によって搾取しているとのうわさが立てばたちまち迫害されて、また流浪の民となる事を長い歴史の中で繰り返してきた悲劇の民族なのだという。

 「そんな事があったんですね……」

 「ええ……私のように地方領主になれたのは運が良い方だと思います」

 「でも、この都市は良く治められているのではないかと思います。 すいません、偉そうなことを言ってしまって」

 「いえ、ありがとうございます。 しかし、彼女は恐らく難民として生きてきたのでしょう。 正王国への恨みはそれゆえの事かもしれません」

 そうこう話をしているとエレベーターの到着する音が聞こえる。 だが、その音に混じって聞きなれない音も聞こえて来るのだが……。

 「なんの音ですか?」

 「これは! 厄災の来襲を告げる警報です。 ここ暫くの間は無かったのですが……すいません、私は非常事態宣言を出さなければいけませんので、これで失礼します」

 それだけ言うとショアさんは机へ戻る。 これから地方領主として都市の防衛にあたるのだろう。 だか、こちらもこうしてはいられない。 ひいばあを除いた二人も戦いに赴くのだろうから。


 「ひいばあ、二人はもう行っちゃったのかな?」
 
 「ええ……私の翼さえまともなら」

 「無理しないで」

 その憤りの表情は分かるのだが、とにかく今行っても戦力にはなれない。 その事は十分に理解しているとは思うだが、いつ飛び出してしまうのではと思うと気が気では無くなってしまう。
 
 「今はあの二人を信じよう?」

 「そうね、それしか無いわね」

 こちらでの厄災との戦いは世良さんは久々なのだが、世界が変われば敵もまた変わってくるのだろうか。 音感は違えど緊迫した状況を伝える警報の音は何時までも鳴り響いている。
 
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