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45. 蒼き雷鳴の翼

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 「いやいや、それにしてもバカ高い塔ですね」

 深い藍色のネイビーキャップのつばを持ち上げ、帽子で赤髪を隠す少女は呟く。
 白地のTシャツにデニムジャケットとスカートのコーディネートは自ら選んだものだが、スカートの丈が短いと注意したものの改める事は無かったので早々に諦めた。

 「こちらの建築技術は凄いわよね。 あちらでも、このような建造物が造れるくらいにはなったのかしら?」

 半ば関心し半ば呆れるような顔をしている少女に質問するのは、長身に白いハイネックニットとラベンダーのワイドパンツを組み合わせたモデル顔負けの少女だ。

 「……あんなもの必要ありませんよ。 そもそも、こちらではかつてあのような高い塔を建てて神の怒りをかったのでしょう? こりないですねぇ」

 「あくまでも言い伝えの話よ、それにあの塔は必要だから建てたものなの。 最も、あの高さである必要性は無かったかもしれないけどね……」

 あの塔が電波塔だと説明しても、直ぐには理解する事は難しいだろう。 こちらでの暮らしは私の方が遥かに長い。 だが、で容姿は彼女達と大して変わらなくなってしまった。
 おかけで持っていた服も全て新調する羽目になったのだが、一旦年を取るとどうにも流行りものには疎くなってしまいがちだ。 今日なども黒のパンツスーツに白のブラウスをインナーに着ているので、ОL然といった体になっている。

 「所で、先ほどから通行人に何回か止められているのですが、あれは何なのですか? こちらは急いでいるのですが……」

 「スカウトね。 モデルとか女優とか? そう言った仕事に誘われているのよ。 私達の容姿なら有名になれるって」

 そう説明された少女は、訳が分からないといった感じで、首を傾げる。

 「全く、だからと言って何もわざわざ歩いている者に声をかけなくても良いと思うのですが。 そもそも、モデルや役者など幼少の頃から目指している者がなるべきものでしょうに」
 
 「あちらとこちらでは常識が異なるわ。 そこの所は理解して頂戴。 あとそれと、話をするのは程々にね。 言葉でもかなり目立つのよ」

 目的地のスカイタワーまであと少し……あの子が大人しく言う事を聞くとは余り思っていなかったが、まさか黙って飛び出して行くとは。

 「お兄さんが、それとなく行き先を把握していて良かったですね」

 世良の言う通りかもしれない。 淳平がバイト先で、客として来た友達から偶然聞いたスカイタワーの事。 ルートや電車の乗り換えを羽音が調べていたと聞いた時何となくピンときていたのだが、あの子が行動を起こした今この時が、戦鳥の戦士が降り立つ時なのだろう。 ならば、急がねばならない、これまでのパターンからして厄災の襲来もまた同時に起こりえるのだ。


 「お、おい。 あれを見ろ!」

誰ともなくタワーの方を指さすが、そこではにわかに信じ難いものを目にする。

 「あれは一体!?」

 「なっ、何なのですか! あれは!」

 スカイタワー上空に突如出現したもやの中から出現した巨大な……。

 徐々にその姿が明らかになってくるが、赤い四つの目が爛々と光る人の頭骨を模したかのようなその姿は正に異形そのものだ。 そして、その輪郭が更に明らかになってくると、異形は信じられない行動に出る。

 無数の牙の生えた口を大きく開けて、タワーを先端から飲み込んでいく……。 何よりいびつだと感じるのは頭部以外は、不定期な流動を繰り返す粘性の液体のような物質で構成されているからだ。
 異形がタワーを深く吞み込めば、後に続くこの薄灰の粘性の液体に覆われていく。 タワー全てを覆うのに数分も掛かっていないように感じるが、表体が全て覆われてしまった今、かつての美しい螺旋模様は見る影も無くなってしまっている。

 「あれは……厄災の製造装置、所謂プラントです」

 「世良、それは本当なの?」

 「間違いありません。 あれとの戦いが、私にとってのあちらでの最後の戦いでした」

 皇帝ズーイが自らプラントを取り込んで、私やアスレアの前に立ちはだかった。 だが、その実は皇帝が厄災に取り込まれており、彼は単なる傀儡である事も全て、最終決戦で明らかになったのだ。

 「しかし、あれは巨大過ぎますよ! どうやって戦うのですか!」

 キアの言う通りだ。 全高六百三十三メートルにも及ぶ巨大なタワーを飲み込みそのものになってしまったのだが、どのようにすれは撃破出来るかなど皆目見当もつかない。 
 だが、このまま何もしない訳にはいかない。 あそこには羽音が居る……。 そして、私達しか厄災にまともに対抗出来る存在はいないのだから。

 「戦い方であれば、私が知っています。 後ほど説明しましょう」

 「分かったわ。 二人共行くわよ!」

 無言で頷く二人と共に戦鳥を召喚するべく、デパートの屋上へ移動するが、まだタワーまで距離のあるこの場所でも既に人々は避難を行っている。 人混みをかき分けての移動の際にも想う事はただ、一つだけだ。

 (待っていなさい、羽音。 今助けに行くわ!)



 
 「……外の様子はどうですか?」

 「全くダメだよ……とてもじゃ無いけど、逃げられそうにない」

 厄災をやり過ごす為に近くの土産物屋に逃げ込んだ。 店の入り口で様子を見ていた先輩は、私の居るカウンターまで戻ってきて諦め気味に呟くのだが無理もない。 これまでの襲来とは規模が違う。
 あの四つ目の骸骨はおもむろに現れたかと思うと、あっという間にタワーを飲み込み不気味な粘性の液体で覆ってしまった。 そして、その表体からは無数の厄災が卵から孵るかのように生まれてきたのだ……。
 その様は醜悪というより他なかったのだが、いつまでも呆けて見ている訳にもいかない。 周囲の人々に近くの建物に隠れるよう促したのだが、誰も耳を貸そうとはせずに逃げ惑うばかりで、次々と厄災の犠牲となっていった。

 倒れていく人々を助ける事も叶わず私達は建物に逃げ込んだのだが、ここから動けなくなってしまったのは計算外だった。 何時までもここに居るわけにはいかない。 どうにかタワーから離れて安全な場所まで逃げねばならないので、その方法を考える。

 「店をつたって、上手く逃げられないかな?」

 「そうですね。 それくらいしか方法は無いように私も思います……」

 商業施設の連なるこのエリアの軒先をつたうようにして移動し、見つかりそうになったら店に隠れる。 何とも場当たり的な方法だが、他に手が思い浮かばないのも事実だ。 
 そうと決まれば行動は早い方が良い。 早々にカウンターを離れて入り口に移動するが、ここでも彼は自然と手を引いてくれている。 以外と頼もしいような、厚かましいような……この何とも言えない感情が、緊張感をいくらかほぐしてくれている事に気づいたのだが、彼がいてくれて良かったなと初めて思えた。

 入り口に近づくと再び緊張感が高まってくる。 入り口のドアを開けて二人で様子を伺うと、その緊張はピークに達する。 軒先にボタボタと丸い球が降ってきたのだ。 球は直ぐに足と砲身を生やして行動を開始するが、無数に蠢く球体は私達を察知したのだろう。
 数十体の球体が一斉に砲身を向けるので、二人共無言で店に引き返し先ほどまでいたカウンターに身をひそめると、入れ違いに攻撃が始まる。

 「ドドドド」という音と共に、ショーウインドーのガラスが砕ける音や、店の棚に陳列している土産物が壊れる音が店内に響く。

 「うわっ!」

 「きゃあっ!」

 このカウンターもいつ破壊されるか分からない。 そう思っている矢先に、レジが破壊されて小銭が飛び散り足元に散乱し、お札が舞ってくる。

 (お願い、助けて! ひいばあ!)

 そう思ったその時ーー

 ”ドガッ”と耳をつんざく様な音が響き、店全体が震えた。 突然の地震のような揺れや、驚いた事も相まってしゃがんでいたにも関わらず、前のめりに倒れてしまった。

 「なっ、何? 何が起こったの?」

 何かが起こったように思うのだが、それが何か判然としないものの、いつの間にか球体の攻撃は止んでいる事
気付く。 

 「イタタタ……」

 先輩も大丈夫そうだが、倒れた私の下敷きになっていた……。 慌てて離れるのだが、今更ながらこれまでずっと気になって言えなかった事を口走ってしまう。

 「そのTシャツの妙な文字はなんなんですか?」

 「え? これはね、ヘブライ語で塩って書いてあるんだ」

 今気にすることなの? といった表情だが、思わず照れ隠しに聞いてしまった。 一緒に歩いていて微妙に恥ずかしかった事もあったのだが、まさかそのような意味があったとは……。

 いずれにしても攻撃の無い今がチャンスだ。 店を出て改めて周囲を見渡すと、その異常さに気付く。

 「一体何があったんだ?」

 先ほどまで無数にいた球体はどこにも見当たらないのだが、事態はそれ所では無い。 道路には無数の亀裂が走り、殆どの店はその外観がボロボロだ。 道路脇に植えてあった街路樹も植木も跡形もない。 全てが薙ぎ払われた光景に逃げる事も忘れて、立ち尽くしてしまう。

 「……こうしている場合じゃない、直ぐに逃げよう!」

 彼はそう言うが、私達が走ろうとした方向の五十メートルほど先から、一つ目のゴリラが十体以上こちらに向かってくる。 あんな数に攻撃されたら一溜りも無い。 そう思ったその時に再びーー

 目も眩むような光の後に、耳をつんざくような轟音が辺りに響く。 思わず目を瞑り耳を塞ぐが、音が収まれば直ぐに目を開く。 その目に映る光景--それは、黒焦げになりその場にうずくまっている一つ目のゴリラと思わしき物体。

 何物かが、攻撃を加えたーー そう思った私達は、周囲を確認する。

 「あっ、あれだ!」

 彼が指さす上空にいたモノ。 それはーー

 「蒼い……翼……」
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