上 下
32 / 202

23. 翼の追憶(前編)

しおりを挟む
 今日は、我が家に世良さんがやって来る。
 前回、厄災の襲来で録に会話出来なかった為だ。
 ひいばあと世良さんが帰って来た時、勇馬くんは入れ違いに部屋に戻って行ったが、あの時の悲しそうな表情は忘れる事が出来ない。
 ひいばあも感じる所があったのだろう。
 なので、家に呼んだのだと思う。

 「羽音、テーブルを拭いておいて」

 「はい」

 ひいばあはいつになく張り切っているようだが、世良さんにとってもこちらで他所の家を訪れるのは初めてだし、まあ、ちゃんと"おもてなし"しなければならないというのは分かる。

 「母さん、忙しいとこ済まないけど」

 「浩平? どうしたの」

 (じいじ……)

 「株主総会の案内が来ているよ」

 「もうそんな時期なのね。 この成りでは人前には出られないから欠席するしか無いか……」

 「うーん、俺が変わりに行ければ良いのだけど、我が家は経営から一切手を引いたからねぇ。 前社長が行くのはちょっとはばかられるかな」

 結局、株主総会は欠席するしか無いようだが、こうなってしまうと、山代フーズの株をどのように処分するか頭の痛い問題だろう。
 今は考えても使用が無いのだが、そうこうしている内にインターホンが鳴る。

 「いらっしゃい、世良」

 「こんにちは、世良さん」

 「こんにちは、理音さん、羽音、今日は宜しくお願いします」

 玄関に立つ世良さんを家に招き入れ、客間に案内しようとするが、出掛けようと玄関に現れた人物がいる。

 「おにい、何処行くの?」

 「バイトだよ」

 「そっか」

 「この女性ひとがお客さんだね。 はじめまして、羽音の兄のーー……」

 どうかしたのだろうか、おにいは途中で固まってしまったのだが、世良さんもおにいを見つめたまま動かない。

 「どうやら私達、初めまして、では無いみたいですね」

 「うん、ちょっとびっくりかも。 こんな偶然あるんだ」

 「ええ! おにいと世良さん知り合いなの? なんで!」

 「いや、知り合いって程でも無いんだけどさ……」

 「朝に川沿いを走っているといつも途中で会うの、それから暫く一緒に走るのよ」

 二人の思わぬ接点に驚くが、いつまでも玄関に居ては何なので、世良さんは軽く会釈してひいばあと共に客間に移動する。

 「まさか、あの女性ひとがひいばあの知り合いだったなんて……。 そういえば何処に住んでいるんだろう?」

 「隣区だよ。 緑地の近くにあるタワーマンション」

 「マジか! そうなると十キロ以上走っている計算になるぞ。 あのペースで十キロ以上走っているのか……」

 世良さんの鍛え方は尋常では無い。
 バリバリ体育会系のおにいが驚いているのをして、その片鱗が見える。

 「キレイな人だな。 だけど結構痩せてるし、ちゃんと食べれてるのかな」

 「おにい、バイト」

 「あっ、そうだった」

 時間がギリギリなのか慌て玄関を出て行く。
 世良さんが痩せているのを気にしていたが、女性目線では羨ましいと思えるくらいでも、男性からすれば痩せすぎなようだ。


 「ここに座るのかしら?」

 「そうよ、でもその前に仏壇のある家では座る前にお参りをするの」

 「ああ、これが死者を祀る祭壇なのね」

 世良さんの言い方には違和感があるのだが、まだまだ日本の風習は勉強中という事なのだろう。

 「ふふ、仏壇、ね」

 ひいばあが見本を見せるので、それに習い世良さんもお参りする。

 「写真が飾ってあるわね。 この二人は?」

 「男性の方は私の夫よ。 女性の方は娘ね。 義理の、だけれど」

 「こうやって飾っておけば、何時でも故人を偲ぶ事が出来るという訳ね。 でも、思い出して辛くならない?」

 「流石にもう大丈夫よ」

 「羽音はどうなの?」

 「私は……」

 私と、ひいばあの二人に対する思いは違う。
 ひいじいは私が生まれた年に亡くなったので、当然思い出も何も無い。
 だが、ばあばは違う。
 小さい頃の思い出は、ばあばとのものが殆どで良く一緒に遊んで貰ったものだ。
 毎日、美味しいご飯を作ってくれた。
 雨の日も、風の日も保育園に送り迎えしてくれた。
 優しかったばあば……怒られた事など殆ど無い。
 まだまだ、一緒にいたかった。

 「羽音?」

 世良さんの声に「ハッ」となる。
 泣いてはいないだろうが、きっとそういう顔になっていただろう。

 「ごめんなさい。 私はもう少し、時間が掛かりそうですね」

  「あ、でも」

 私はある事を思い出した。

 「キレイさっぱり忘れてしまった人もいますね」

 ひいばあは一瞬険しい顔になるが、誰の事か直ぐに察しがついたのだろう。
 私は黙って視線を逸らす。
 絶対に訂正はしない。
 間違った事は言ってないからだ。

 「お茶を入れてくるわ」

 やれやれといった表情のひいばあは、席を立つ。
 後で説教タイムかもしれないが、一応覚悟の上での発言だ。

 二人きりになってしまったが、世良さんは特に話掛けては来ずに遺影を見ている。
 このまま黙っているのも何なので、話しかけてみる。

 「あの、世良さん」

 「ん、どうしたの?」

 「アスレアさんはどんな人だったんですか?」

 「んー、どんな人、か……」

 世良さんは腕を組んで考え込んでしまう。
 しまった、質問が抽象的すぎたかもしれない。
 だが、やがて世良さんは、思い立ったように返答する。

 「そうね。 顔はこんな顔よ」

 そう言うと、片方の手で豚の鼻を作りもう片方でタレ目を作る。

 思わず「ぶっ」と吹き出してしまった。
 ダメだ、こういった顔立ちなのであれば笑うのは失礼になってしまうのだが、正直この容姿では恋愛には発展しなかったのかもしれない。
 世良さんの美人な顔も台無しだ。

 「あとは、そう。 こんな顔」

 世良さんは顔をつぶしたり、広げたり変顔作りを始めてしまった。
 私は笑いを堪えて質問する。

 「フフ、世良さん? あのそれは一体……」

 「あちらに転移したばかりの時、気を失っていた私が目覚めると彼が居たの。 両親の姿が見えずに不安になって泣きじゃくると、彼はいないいないばあで、私の気を紛らわせてくれたのよ」

 そういう事だったのか。

 「優しい人なんですね」

 「そうね、でもそれだけでは無いの。 強くて逞しく、どんな逆境でも決して諦めない人。 彼のそういう所に惹かれて大勢の人達が集って帝国と戦う勢力は大きくなっていったの」

 世良さんは一呼吸おいて話を続ける。

 「私もその一人よ。 彼の夢を叶える為に共に戦った。 戦鳥の力を持つ事で私は常に彼の傍で戦い、そして、彼の夢が叶うその時を誰よりも傍で見る事が出来たの」

 「……世良さんはアスレアさんの事を好きだったんですか?」

 好奇心に負けて思わず聞いてしまった。
 好きな筈なのに、戻って来たのは家族の事だけが理由なのだろうか。

 「そう、好きだった。 愛していたわ。 でも……」

 でも、何だろうか。
 気になる、でも……ダメだ、ここから先は聞いてはいけない、そんな気がしてならない。

 「彼には婚約者がいたの。 神託によって定められた王妃が、私の恋は初めから実らないものだったのよ」

 ……私はバカだ、大バカ者だ。
 戻って来た時点で、何かがある事を察するべきだったのだ。
 それなのに、後先考えずに聞いてしまった。

 「ごめんなさい。 つらい事を思い出させてしまって」

 「いいのよ、彼の夢は叶ったの、それで十分。 それに、私には帰りを待つ家族がいたの、こうしてまた会えて本当に良かったと思っているわ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...