上 下
20 / 202

11. 翼の胎動

しおりを挟む
    球体に体を乗っ取られて人形に成り果てた人は、果たしてどれ程の人数になるのか想像もつかない。
    ニュースでも取り上げられており、絶対に不審物を持ち帰らぬよう注意を促している。
    明日の学校の話題はこれで決まりだ。
    因みにひいばあは球体の危険性を知ってはいたが、他人に言える訳も無い。
    近づかなければ問題ないのだが、まさか持ち帰る者がいるとは思いもよらなかったと言っていた。
    ネット上でも、被害者となった人達は非難の的で心無い言葉を浴びている。
    自業自得といえばそれまでだが、彼らはいつかひいばあの前に敵となって立ちはだかり、排除されるのだ。
    そしてそれは、死を意味する。

    「ただいま」

    母がパートから帰って来た。

    「お帰り、お母さん」

    「あら、羽音帰っていたのね。    おばあちゃんはいる?    大丈夫だったかしら」

    「おかえりなさい結衣さん。   この通り、大丈夫よ」

    ひいばあは怪我ひとつ無いことを手振りでアピールする。

    「そうでしたか、良かった……。    今、夕飯の支度をしますね」

    「いえ、結衣さんは少し休んでいて、私が用意するから」

    ひいばあはいつの間にか割烹着に着替えている。

    「私も何かお手伝いしようか?」

    「羽音、貴女は勉強よ。    テストが近いのでしょう?」

    もうすぐ中間だが、なぜひいばあは知っているのだろうか。

    二階に上がる前にトイレを済ませ、廊下を少し戻るとリビングから二人の話声が聞こえて来る。
    一体何を話しているのか気になるが、今は言われた通り勉強する為に二階に上がる。

    「結衣さん、一応羽音には言っておいたけど、私の後を付いて来ないように貴女からも良く言って聞かせて頂戴」

    「はい、すいません。    おばあちゃんに迷惑を掛けないように伝えます」

    「でも、あの子もおばあちゃんの事が心配なんだと思います。    私もせめて一緒に戦ってくれる仲間のような人が居てくれればと思うんです」

    「仲間……」

    その言葉に、思わず包丁の手が止まる。
    そう、私以外にも戦鳥の力を持つ者がいればむざむざ国を滅ぼされる事はなかったと今でも思う。
    何故そう思うのか。
    黒き死の翼は王家に伝わるものだが、ラウの国を始めとして戦鳥の力を示す痕跡は世界の各地に遺されていたからだ。
    ある所では壁画に、またある所では偶像として、民話や伝承も数多く存在する。
    だが、他の国では戦鳥は伝説上の存在となりその力を行使していたのはラウの国だけだった。

    「おばあちゃん?」

    「え?    ああ、ごめんなさい手が止まってしまったわね」

    効率良く作る為に、二人で手分けしているのにこれでは邪魔してしまっている。
    家は只でさえ人数が多いのだ。
    食べ盛りの子もいるからもたもたしてはいられない。

    「私、鳥の夢を見たことがあるんです」

    「え?」

    「羽が舞っていて、舞い落ちてくる羽を手で受けると、とても澄んだ音がするんです。    そして、羽の持ち主……鳥が現れて私のお腹に吸い込まれるように消えていったんです」

    「……」

    「それから少しして、羽音を身籠っている事がわかりました」

    「……変わった夢ね」

    「ええ、不思議な夢でした。    すいません、とりとめの無い話しをしてしまって」

    「いえ、良いのよ。   さぁ、皆帰ってくるから急ぎましょう」


    (あーっ、進まないなぁ)

    私は机に座って教科書、ノートを広げ鉛筆を持ってはいるが、頬杖をついてぼーっとしている。
    今一集中出来ないのは、ひいばあとお母さんが何を話しているかが気になるからというのもあるのだが、これからもひいばあは一人孤独に戦い続けるのかという事だ。
    厄災はその気になれば人を拐って仲間を増やす事が出来るのでは無いだろうか。
    かつても戦力差で敗れたのだから、いずれ同じように敗北する日が来る。
    そしてその時はひいばあの命も……。
    だが、ひいばあはこうも言っていた。
    恐らく厄災は、自分が元居た世界から戦力を送り込んでいるのだと。
    そして厄災といえども、世界の垣根を越えて戦力を送り込む事は容易では無いはず。
    だから、襲撃は散逸的で小規模だと。
    人形や球体が増える分にはものの数では無いとも言っていたが、果たして本当に大丈夫なのか。

    (戦鳥だって、もし壊れても修理とか出来ない筈のになぁ)

    いつまでもうだうだ考えていても仕方がない。
    教科書に向き合うが、重要な事を忘れていたのを思い出した。

    (あっ、そうだ。   友達から借りた本早く読まなきゃ)


    その日の夢はいつもと違っていた。
    鳥は一羽だけじゃない。
    いくつもの鳥が飛んでいる。

    (え?    何?    いつもと違う)

    鳥達はやがて羽ばたきを止め降下するが、その先には複数の人の姿が見える。

    (あれは……誰?)

    人の姿は見えるが夢故か、輪郭はぼやけてはっきりと分からない。
   だが、鳥は淡く揺らめく人物に覆い被さる。
    そう、それはまるでーー

    (あれは、戦鳥!    あの黒いのは黒き死の翼!)

    だが、翼はそれだけでは無い。

    (白い翼!    それに紅い翼!    蒼い翼と碧の翼!)   

    そして、最後に残った翼は自身めがけて舞い降りる。

    (翼は一つだけじゃない。   そして私も?)

    翼と一つになった瞬間、目が覚めて飛び起きる。
    目覚ましを見るとその針は、まだ起きる時間には程遠い真夜中の時刻を指している。
    全身汗だくで、パジャマも濡れている。
    着替えねばと思うが、先ほど見た夢をどうしても反芻はんすうしてしまう。

    (戦鳥はまだ他にもいる……。    そして私も戦鳥を?)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

処理中です...