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10. 少女の憂鬱

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    「ただいま」

    お巡りさんにこってり絞られて意気消沈で帰宅すると、更なる悲劇が待ち受けていた。
    玄関に仁王立ちしている人物の表情を見て戦慄する。

    「ひ、ひいばあ」

    「羽音、私が出る前に言った事を覚えてる?」

    「はい……」

    「何と言ったか、言ってみなさい」

    「留守を頼む……」

    「聞こえない、もう一度!」

    「留守を頼むと言われました!    言いつけを守れなくてごめんなさい!」

    ひいばあの表情は厳しかったが、気持ちやわらぐ。
    私が直ぐ謝ったので、溜飲が下がったようだが、こちらは全く面白くない。
    まるで、未就学児か小学校低学年のような叱られ方な上に、ひいばあの中で私の成長はここら辺で止まっている事がはっきり分かったからだ。
    以前のひいばあであれば、反論したかもしれない。
    だが、今は容姿の全てで私を上回る存在であり、更に反論を許さないような威圧感を放っている。
    王族の威厳というやつだろうか。

    「言いたいことは分かるわね?    貴女に何かあったら、お父さんやお母さんに顔向け出来ないわ。そして、私にとっても大事なひ孫なの。    分かって頂戴」

    「……はい」

    もう怒ってはいないようだ。
    私の事が大事というのは多分本当の事だろう。
    大切に思われているのは間違いないのだが……。
    
    いつまでも玄関に立っている訳にもいかず、ひいばあに入るよう促される。
    リビングに入るとおにぃの姿が見えるが、制服のままタブレットとにらめっこしている。

    「ただいま」

    「お帰り、羽音。    ひいばあから聞いたぞダメじゃないか、勝手に飛び出して」

    「……ごめん」

    「あの場所にいたんだろ?    危なかったんだぞ。    今、大変な事になっているんだ」

    危なかったのはそうかもしれないが、大変な事とはなんだろうか。
    要領を得ず、何が大変なのか聞いてみるとタブレットを渡される。
    開いているアプリは動画投稿サイトのものだ。
    指示された動画を再生するがサムネに写る人物は知っている。
    最近徐々にだが注目を集めている新進気鋭の動画投稿者だ。
    動画の内容は下らないものが多いのだが、お笑い芸人並に体を張ったものや体当たりで行っているものが受けて、一定数以上のファンがいる。
    だが、時々悪ふざけが過ぎる事もあり、犯罪ギリギリのグレーな内容のものもある為、アンチも多く炎上もしばしば起こる。
    注目を集める為には仕方がないのかもしれないが、私はもう少しやりようが無いものかと思ってしまう。
    そんな動画投稿者の彼が何の関係があるのだろうか。
    お決まりの挨拶の後に、今回の動画の趣旨が簡単に説明されるが、その後彼が取り出したものを見て思わず叫んでしまう。

    「どうしてあの球を持ってるの!」

    彼が両手で掴み画面一杯に映しているものは、先ほどひいばあが戦った厄災の球体。
    サイズはバスケットボール大のものだ。

     (これ、何処で手に入れたの?   私の居たあの場所にこの人もいた?    それとも別の場所で?)

    視聴を続けると、入手した経緯の説明に入る。
    やはりあの場所に居合わせたようだが、私は全く気付かなかった。
    この球体は他と違い、球状のままだったので不良品だと思い持って帰ってきたと言うが、他にも同様の球体は有り持ち帰った人が数名いるそうだ。
    お巡りさんが来たあの時、私達以外誰の姿もなかったが、これらを持ち帰ったとして一体この球体をどうするつもりなのか。
    この人にしても危険かもしれないのに、不良品と勝手に決めつけてもし違ったらどうするというのだろう。
    そうまでして再生回数が欲しいのか。
    私はこれから起こるかもしれない出来事を不安な気持ちで、視聴を続ける。
    おにぃは既に知っているのか、大分険しい表情だ。
    動画内では、球体を叩いたり、床や壁に叩きつけたりしているが、その反応はボール全としている。
    絵的につまらないと思ったのだろう。
    早々に次の行動に移るが、手には大きな出刃包丁が握られている。
    これで輪切りにするというが、視聴者の中で止めろと思っているのは私だけでは無いはずだ。

    刃を当てた瞬間映像が乱れて何も見えなくなる。
    直ぐに映像は戻るが、それを見た瞬間背筋が凍ってしまう。
    映し出された人物の頭は球体に覆われており、フルフェイスのヘルメットを取るように必死に剥がそうとしている。
    一瞬悪ふざけかと思ったが、球体をかきむしる様などはどう見てもわざと行っている様には見えない。
    やがて苦しみが極まったのか撮影に使っていたビデオカメラを凪ぎ払う。
    倒れたカメラは窓を映し出すが、これではこの人の所在が分かってしまう。
    ただ、今回はこの映像がきっかけで救助が早まるかもしれない。
    これから十分間は何事も起きないから早送りしてもよいとおにぃから言われるので、その通りにする。
    十分後、再び映像に映ったものを見て私は心臓が飛び出てしまうのではないかと手で口を覆う。

    「ウソでしょ?    人形!    あの人は何処へ行ったの?    まさか……。    あの人が人形になった?」

    人形は足を引きずるように浮いていたが、やがて窓を破壊すると飛び出していった。
    すると映像は乱れ、何も映し出さなくなり動画も終了する。
    この一件で、分かった事がある。
    あの人形はもとは人間だったのだ。
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