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プロローグ 亡国の王女

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燃えていくーー

何もかもがーー

 炎に包まれる都を高台にそびえる城の庭園から見つめる一人の少女。
    その拳は堅く握りしめられており、目から流れ出る涙は幾度となく頬を伝う。

(守れなかった。 都を、民を、国を)

 精一杯戦ったがどうすることも出来なかった。 
    国王である父も今し方息を引き取ったが、遺言により亡骸は玉座に座らせたままとなっている。
    死して尚、国王として国の最後を見届けるのだ。
 国を守れなかった無念の想いと、都を焼いた敵への憎しみ。
 様々な感情が胸を駆け巡るが、それも間もなく終わりを迎える。
 父と同じくこの国と命運を共にする。
 王家の一員として、国を守れなかった責任を取ることが、自分に出来るせめてもの償いだ。
    悔いはない、だが一つだけ心残りな事がある。

 (アルスは…… 弟は無事に城を脱出、出来ただろうか……)

 まだ幼い乳飲み子の弟。
 待望の世継ぎの誕生に国中が湧いたが、同時に深い悲しみにも包まれた。
    体の弱かった母は私を生んだ時に、二度目の出産は命に係わると言われていた。
 だが、王妃としての責務を果たさんと、命を賭して世継ぎを産み落としたのだった。
 それが、一月前の出来事である。
 残された弟の事を思うと胸が張り裂けそうになるが、最早どうすうる事も出来ない。
 自身も最後の時を待つばかりなのだから。

 「リーネ様!」

 遠くから声が聞こえてくる。

 (誰かが呼んでいる?)

 「リーネ様! こちらでしたか!」

 中庭に続く階段を駆け上がって来た為か、肩で息をする法衣を纏った女性は見知った者だ。

 「ネフィア? あなたどうしてここに アルスと共に城を脱出するはずじゃ……」

 「王子は城を離れました。  お側にはイーラッドが付いています。    私の部下の魔法使いの中で一番優秀な者です。    信頼出来ます」

 王宮に仕える魔法使いの中でも、特に優れている筆頭魔法使いのネフィアが言うのであれば、弟の安否に関しては問題は無いだろう。
 たが、疑問は残る。
    弟を、王子を連れて逃げるのは彼女に下された勅命の筈だ。

 「どうして戻って来たの? アルスを連れて逃げるのはあなたの役目では……」

 「リーネ様を逃がす為に戻って参りました。 さあ、こちらです」

 思いもよらない答えに戸惑ってしまい、手を掴もうとするネフィアから、無意識に距離を取ってしまう。

 「逃げる? 一体どうやって? 城の周りは火の海よ。 それに私は逃げる訳にはいかないわ。 国を守れなかった責任をとらなければ」

 「お願いします! どうかお逃げください。 私も長くは保ちません」

 よく見ると、足元には血だまりが出来ている。
 かなり酷い怪我を負っているようだが、正面から見る限りでは傷のようなものは見当たらない。
 
 「私に付いてきて下さい」
 
 鬼気迫る表情に思わず怯んでしまい、これ以上自分の主張を訴えることが出来ない。
 手を掴まれ後をついて行くが、その背中を見て思わず息を飲んでしまう。 
    右肩から左の腰にかけて大きく法衣が切り裂かれており、背中はじっとりと濡れている。     黒地だから分かりにくいが、血で濡れているのだ。
    傷の深さは判然としないが、出血の状態からして、このまま放っておいて良い訳がない。
    本来なら治療を優先するべきだか、戦の為に薬も医療用の器具も全て城から持ち出してしまった。
    自身で治癒の魔法も使わないのは、魔力を使い果たしてしまったからなのだろう。

    早足で歩を進めてはいるが、その足取りはおぼつかない、こんな体で何処へ連れて行こうというのか。
 だが、その答えは暫くしない内に判明する。
 目的地は城内にあったからだ。

 (ここは……)
 
 ー神事の間ー

 式典や礼典の際に、王が神に祈りを捧げる特別な場所。
 だが、神事の間自体は祭壇以外、特に何かがある訳でも無く、別の部屋に繋がる通路も存在しない。
 何も知らない者なら行き止まりと思うだろう。
 しかし、此処は更に特別な場所に通じている。
 ネフィアがしゃがみ込み床に描かれている紋様の一部に手をかざす。
 すると、床は淡い光を放ち消え去り、地下へ続く螺旋階段が出現する。
 
 「……行きましょう」

 螺旋階段を下りて暫くすると、天井が塞がり闇に包まれる。
 だが、程なくして壁に設置された明かりが灯り階段を照らす。

 (ここに来るのは久しぶりね)

 この先にあるのは、刻印の間、そして契約の間だ。
 かつて、刻印をこの背に刻み契約により、戦う為の強力な力を得た。
 だが、その力を以てしても厄災には敵わなかった。

”厄災”

 何処からともなく突如現れた、異形の怪物達、次々と街や村を襲い人々を攫う、得体の知れない存在であるが故にこのように名付けられた。
 対策を講じるために様々な手を尽くしていたが、厄災は瞬く間に王都に攻め入り、今に至る。 
     
    階段を降りきると行き止まりだが、二つの間の入り口は、先ほどの床と同じく単なる壁にしか見えない仕組みになっている。
    しかし、ここから先は自分の知る限りでは二つの間に通じるのみで行き止まりのはずだ。
    
    ネフィアは壁の反対側、階段の裏手に周り壁に手をかざす。
    すると、壁は消えて通路が出現する。

    (こんな所に通路があるなんて 、父はこの事を知っていたのだろうか)

    城が建造されるよりも遥か昔、ここは神殿だったと伝えられていた。
    だが、当時の文献が失われており詳しいことが分からず、地下の構造についても調査中との事だった。
    最近になって発見されたのかも知れない。
    通路を進んで行くが、幅が狭く目の前の背中の傷が嫌でも目に入る。
 腰まで伸びていた美しい金色の髪も傷を堺に失われ、血に濡れて乱れている。 
 生前、母はその金色の髪が美しいとしきりに褒めていた。
 父に賛同を求めた時もあり、父にも髪の美しさを褒められた際には、顔を真っ赤にして照れていて、その表情が何ともいじらしかった。 
 ネフィアが父を見る目に時折、熱がこもっていることを母は知っていた。
 その事を咎めることをせず、むしろ自分に万が一のことがあれば、代わりに私達のことを任せようとしていた。

 (ネフィアはもしかしたら、私達の……。 いや、考えるのはやめよう。 そのような未来など最早、存在しないのだから……)
 
 通路はいくらも進まぬうちに行き止まりとなる。
 壁に手をかざせば壁は消えるが、その先は通路では無く開けた場所に出る。

 (ここは?)

  大して広くも無い部屋だが、床に描かれた魔法陣や囲うように設置された四本の支柱は、何か特別な場所ではないかと想像させる。 

 「リーネ様はこちらへ」

 指示を受け、魔法陣の中央に立たされる。 少し離れた所で、自身の腰ほどの高さの石碑に手をかざすその姿を見て、これまでとは違う何か違和感のようなものを感じる。 
 
 「何をしようとしているの?」

 話かけた次の瞬間、魔法陣から光が立ち上り囲まれてしまう。
 一体何事かと思っていると、信じられない言葉を耳にする。

    「ここは転移の間。    リーネ様にはこの世界とは違う、別の世界に逃げて頂きます。」

    「別の世界?」

    聞いたことがある。
    世界は一つだけではないと。
    この世界とは異なる世界が存在するとされているが、それを証明するものは無く、単なる作り話だとばかり思っていた。

    だが、魔方陣が放つ光が徐々に強くなるに連れて周りの景色がおぼろげになってくる。

    「ネフィア止めなさい!    これは命令です!」

    他の世界に逃げて何になるというのか。
    それにここは私の故郷なのだ、どうなってしまおうと離れたくはない。

    「お願い!    止めて頂戴!」

    命令しても、懇願しても、光が消えることは無い。
    そして、光は物理的な壁のように行く手を遮り、叩いても押してもびくともしない。    
    光の壁の向こう側、何か語り掛けられているが、聞き取ることは出来ない。
    やがて、光により何も見えなくなってしまい、意識も遠のいていく。

    (止めて、お願い……お父様……お母様……アルス……)


「リーネ様、どうか、どうか、ご無事で……」
     
    魔法使いは魔方陣から放たれる光に向かい、うわ言のように何度も呟く。
    やがて、光は急速に収まり何事も無かったかのように辺りは静寂に包まれる。    
    光に包まれた王女の姿は何処にも見あたらない。
    転移の成功を見届け安堵したのか、その場に崩れ落ちるように倒れ込む。

    (私の命も間もなく尽きる……    だが、このまま終わらない、終わらせはしない、必ず厄災をこの世界から打ち払う!    必ず……)

    この日、一つの国が滅びた。
    亡国の王女の行方を知る者は誰も居ない。
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