▞ 戦禍切り裂け、明日への剣聖 ▞ 生まれる時代を間違えたサムライ、赤毛の少女魔導士と複座型の巨大騎兵を駆る!!

職業選択の自由

＜あのッ、此処ここは何処なんですか！＞
＜リゼル騎士国の王都エイジア、その王城だ＞

＜違ッ、そうじゃなくて！＞
＜…… この世界という意味なら、異なる歴史を辿った地球かな＞

　包み隠さず女狐殿の仮説を伝えた事で、油が切れたように硬直した少女から怪訝な視線を向けられてしまう。

　疑う気持ちは理解の範疇はんちゅうだが、知り得た事実を鑑かんがみるに並行世界の地球説は否定し難い。

＜本当に？ 湿原を彷徨さまよっていたら、危険な謎生物なぞせいぶつにも何匹か遭遇したんだけど……＞

＜一応は地球の動物と類似性があっただろう？＞
＜うぅ、そうかも＞

　やや俯うついた相手が思考を纏まとめるまで待った後、早々に済ませておくべきだった通過儀礼を踏襲するため、華やかなドレス姿の少女と向き合った。

＜改めて…… 俺は斑目まだらめ 蔵人くろうど、皆からはクロードと呼ばれている＞
＜あたしは石堂いしどう 琴乃ことの、そんな場所に座っている理由を聞いても良い？＞

＜紆余曲折あって、騎士国の王を務めている故だ＞
＜一体、何があったのよ……＞

　思わず琴乃が言葉を詰まらせた機に乗じて、稀人まれびとの観察に徹していた壮年の騎士ライゼスが横合いから口を挟む。

「この者はクロード王と同郷で相違ないか？」
「あぁ、大和人のイシドウ コトノだ」

「ふむ、ゼノスが騎士団に迎え入れると言っていたが……」

　思案顔で考え込む副団長に触発されて、“石堂”という姓と和弓を所持していた事から日置へきりゅう流が脳裏に浮かび、縁えにしを確認すると琴乃は曖昧な感じで頷いた。

＜けど、遠い昔は兎も角…… もう、誰も武射ぶしゃなんて修めてないよ＞
＜なら、的まとを撃つときは近代射法か＞

＜古流の“斜面打起こし”とか、廃すたれてるよね＞
＜“正面打起こし”よりも実戦的だと思うがな＞

　戦場では素早く射撃体勢を整える必要があり、両腕を余り高く上げずに肩程度で留め、弓構えの動作に押し開きを含んだ斜面打起こしは理に適っている。

　なお、近代弓道は本多流の影響が大きく、左右の腕に均等な力が掛かるように幾つかの動作を加えた正面打起こしが主流だ。

　さらに精神修養の要素まで取り入れた当世の弓道は儀式化しているので、彼女が培つちかってきた技は実戦から程遠いのだろう。生身は言うに及ばず、騎体を駆るにしても苦労は多い筈だ。

「…… 待てよ、そもそも騎体用兵装の中に弓矢はあるのか？」

「確かアイウス帝国の西方三領主が最前線で導入していたな、騎士国でも検討の余地はあると思うぞ」

　相変わらず素っ気ない態度で答えたディノを琴乃が見遣みやり、何か言いたい事でもあるのか、逡巡しながら半歩だけ身を寄せてくる。

＜彼と恋人さん？ には良くして貰ったから、感謝を伝えたいんだけど……＞
＜それは必要なことだな＞

　礼節を重んじた要望に応えるのは吝やぶさかでは無いため手招き、玉座まで近付いてきた彼女に小声で簡素な言葉を教えていく。

　何度か復唱して記憶に留め、振り返った黒髪の少女は柔らかな微笑を浮かべた。

「ディノさん、リーゼさん…… ありがとう」

「気にするな、職責を果たしただけだ」
「なんて言ってるけど、照れ隠しだからね」

「んんッ、そういうのは後でやれ、二人とも」

　例によって、緩み出した場の雰囲気を咳払いしたライゼスが引き締め、射抜くような視線で琴乃を値踏みする。

　言語野に恩恵を受けておらず、会話もできない稀人まれびとが市井しせいで生計を立てるのは著しく困難で、直ぐに窮状へ追い込まれてしまうのは明白だ。

　また、騎士団で保護するにしても延々と無駄飯を喰わせる訳にいかない。

「肝要なのは騎体特性、若しくは生身での技量…… それさえあれば他の兵卒達も受け入れに納得できよう」

　生真面目な副団長らしい結論に至ったようだが、騎士団に属した時点で遠からず戦場まで赴おもむくため、本人の意志を事前に確認してからの話だ。

　ただ、碌ろくな判断材料も無しに選択を迫るのは公正さに欠けるので、琴乃に世界情勢や“滅びの刻楷きざはし”の存在を説明していくと重い溜息が聞こえて来た。

＜想像以上に物騒な世界ね…… 鬱うつだわ＞
＜概ねの認識ができた上で提案させてもらう、騎士団に加わる気は無いか＞

＜断ればどうなるのかな？＞
＜当面は保護できるとしても、限度はある＞

　その場合は猶予期間内で集中的に共通語を教え込み、一定期間内に街中の勤め先を見つける事など、現状で思い付くプランを彼女に提示する。

　併せて稀人まれびとの立場が微妙なことや、言葉の不慣れで職業選択の幅が狭まる可能性にも言及しておいた。

＜どっちにしても、大変そう…… 蔵人くろうどさんの時はどういう選択をしたの＞

＜此処ここでは異形種の侵攻があるからな、他人任せの結果で振り回されるのは性に合わないし、結局は騎士団の誘いを受けた＞

　明確な敵勢力が存在する以上、普通に暮らしていても戦いに巻き込まれる可能性は否定できず、いざという時になって無力を嘆くなど御免被ごめんこうむりたい。

　もっと言えば世話になった皆や、戦えない者達のために刃を振るいたいとの想いもあり、それも琴乃との遣やり取とりに織り交ぜておく。

＜ん～、話を聞いていると騎士団も悪くない気がしてきた＞
＜無理だと思ったら、投げ出しても構わない＞

＜うん、どう転ぶかなんて分からないけど…… 暫く厄介になるよ＞
＜あぁ、歓迎させて貰おう＞

　ペコリと頭を下げた彼女に対して、過度な無理はさせないように自戒しつつも、俺は差し伸べた右掌で握手を交わした。