▞ 戦禍切り裂け、明日への剣聖 ▞ 生まれる時代を間違えたサムライ、赤毛の少女魔導士と複座型の巨大騎兵を駆る!!

寝起きのサムライ、シスコン騎士と相まみえる

　翌朝、柔らかな日差しが天幕の入口から差し込み、心地よく微睡まどろみながら寝返りを打てば、“ごりっ”と硬い感触を側頭に感じて目が覚めてしまう。

「うぅ、痛ぇ……」

　枕代わりにした荷物袋の中に保存食の缶詰が入っていたらしく、爽やかな朝にそぐわない起き方をしてしまった。

(まぁ、お陰で行軍中でも旨い物が喰えるわけだが)

　地球の歴史でも、確かナポレオンが兵士の要望などに応えるため開発させた密封瓶詰が缶詰の原形であり、仕組み自体は然程さほど難しくないので迷い込んだ異世界に存在してもおかしくは無い。

　ざっくばらんになるが、理屈的には調理済み食料をブリキの容器に詰めてそのまま加熱殺菌するだけなので、稀人まれびと由来の知識を活用して作れる筈だ。

　もっとも、昨日の夕食時に見掛けた缶詰は初期の鉛なまりで封じた物ではなく、シーリングコンパウンド(ゴム素材)を噛まして機械で丁寧に二重巻締まきじめされた立派な一品だった。

「女狐さん、恐るべしだな……」

　それもゼファルス領からの輸入品との事で…… 恐らく影響範囲は専門分野に限定されるのだろうが、ニーナ・ヴァレルという存在は侮れない。

(団長殿やレヴィアの厚意には悪いが、機会があったら国を乗り換えるべきか？)

　密かに内心で思いつつも寝袋に収まってスヤスヤと眠る可愛らしい赤毛の少女を一瞥してから、日課になっている鍛錬の為、支給されたロングソードを持って外へ出た。

　否が応でも目につく大きさを誇るクラウソラス四番騎の付近には、突貫作業で修理を終えた整備班たちが疲れた表情で転がり、大きな寝息を立てていたので軽く頭を下げておく。

　そんな事もありながら陣地の端まで歩けば、抜き身の得物を振るう先客がいた。

「クロード殿、良い朝だね…… 君も鍛錬かい？」
「あぁ、そのつもりだ」

　爽やかな笑顔を浮かべる長身の青年はクラウソラス二番騎の専属騎士ロイド・ルナヴァディスで、昨日の決闘の際に鉄剣を貸してくれた相手だが、さっきの発草はっそう構がまえや相手の動きを想定した足運びは見た事がある。

「ロイド殿の血筋の源流はもしかして、異世界地球の日本にある月ヶ瀬村柳生の里とか？」
「ん、太刀筋を見た時に近親感があったけど…… 遡さかのれば遠縁かもね」

「どうだろう、うちは早い段階で新陰流から分れたしな……」
「そうか、少し残念だよ」

　そう嘯うそぶいた彼の額を汗の雫が流れ、傍そばに控えていた色白な少女がそっと手巾ハンカチを差し出した。

「お使いください、兄様」
「ありがとう、エレイア」

　シルバーブロンドの髪と碧眼へきがんが特徴的な彼女は騎体を駆る魔導士でもあるのだが、有あり体ていに言い表すなら、所謂ブラコンと言う奴だろう。

　昨日も甲斐甲斐かいがいしく兄の世話をしていた事を思い出し、思わず砂糖を吐きそうになる。

「ところでクロード殿、折角だから鍛錬の相手をお願いしても？」
「真剣で打ち合うのは鍛錬じゃないだろ……」

　適当に断ろうとするも、どうやら最初からその気があったのか木刀が二振り用意されており、その一本を差し出してきた。

　実際、命の危険が低いのであれば互いに得物を振るい、重ねてきた研鑽けんさんの程を確かめ合うのも嫌いじゃない。何よりも少し昔はそれがしたくて堪たまらなかったのだ。

　一応、実家の爺さんやその友である柳生の爺さんなら相手になってくれたものの、容赦なく凹ぼこられるだけで鬱うつにしかならない。

(一度くらいは勝っておきたかったな……)

　早すぎる郷愁に囚われつつもゆっくりと左甲段に構えたところで、正眼中段に構えたロイドが意味不明な台詞を言い放つ。

「貴殿が妹を預けるに相応ふさわしいか、見極めさせてもらう！」
「訳が分からねぇ……」

　思わず左手を突き出し、一時的に“待った”を掛けてエレイアに視線を流す。

「兄様は幼い私に約束してくれました、自分が最高の伴侶を見つけてやると……」

「僕にとっても可愛い妹なんでね、余計な虫がついても困るし、幸せにしてくれる相手を見つけてやりたいんだよ」

　頬に片手を添えてはにかみ、照れながらも言ってのけた彼女とロイドを目の当たりにして、やる気が失せた俺はそっと剣先を降ろした。

(だめだ、こいつら…… 付き合い切れねぇ)

「あら、クロード様、戦う前に降伏ですか？ それは賢明かもしれませんね、兄様はリゼル最強の騎士ですから」

　言われてみれば、確かにロイドの構えは堂に入っていて、迂闊うかつに打ち込めば“後の先”を取られてしまいそうだ。あながちエレイアの発言も妄想では無いのかもしれない。

「刃を交える価値はあるか……」
「そう思って貰えて嬉しいよ」

　気を取り直して相手に向き合い、再び構えようとした瞬間、横槍が入った…… 物理的に。

「若い内の研鑽けんさんは素晴らしいが、朝食前の軍議が先だ。それに怪我をされても困るからな、二人とも競うなら戦功を競え」

　表情を変えずに言い放ち、神経質そうな壮年の副団長ライゼスが地面に刺した鉄槍を引き抜いて、此方の返事を待たずに団長の大天幕へ踵を返す。

「兄様……」
「あぁ、此処までだね。クロード殿、続きは遠征が終わってからにしよう」

　あっさりと木刀を降ろしたロイドが妹に促されて副団長殿の後を追う。

　その場に取り残され掛けたものの…… 銀髪碧眼の兄妹が軍議に参加するのなら、同じくクラウソラスを駆る俺も行くべきだと判断し、結局鍛錬できなかった事を嘆きつつ大天幕へ歩き出した。