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魔王、臨検に立ち会う

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領主父娘の間で内々のりが交わされてから数日が経ち、エルゼリス領南部の小都市では行政官ヴェルナーの指揮で穀物の流通制限が行われ、麦角ばっかく菌に汚染された麦粒が排除され始めている最中だった。

「しかし、思った以上に質の悪いのが混じっているものだな」

「検査の比重が計量にかたより、品質は二の次だったみたいですね」
「これは査察の担当官に事情を聴く必要があるかと思われます」

表情をしかめた部下二人の意見に頷くも、カルネア及び周辺村落を統括する彼は密かに溜息して、分かり切った答えに頭を痛める。

小麦やライ麦は都市の主要な課税対象物であるため、自然と主眼が分量に向いてしまうのだろう。

「考えたくないが、疫病は我々の不手際も一因か」

「卑下する事はない、行政官殿。黒い麦粒は毎年多少なりとも混ざっている。ゆえに混入率が増えても等級を落として流通させればという、軽率な判断になるのは致し方ない」

余り気負わず、現状で対処可能な手段を取るのが先決とうそぶくのは穀物商やパン屋の臨検に立ち会う “星の使徒” の一人、星神の聖印《エルダーサイン》があしらわれた外套をまとって、目深にフードを纏った偉丈夫いじょうふである。

「そう言って貰えると心の負担が減ります、イチロウ殿。貴殿と星読みの司祭がもたらしてくれた知恵、後世に渡り数多の者達を救うことでしょう」

仮にも男爵位を持ち、小都市一帯を収めているヴェルナーは高品質のパンしか食しておらず、あずかり知らない事であれども… 市井しせいの貧しい民は粗悪なライ麦で作られたパンを食べるしか無く、毎年少数の麦角ばっかく病罹患者が出ているとの事だ。

今回の流行り病を機に手間は掛かっても、製粉段階までに黒い麦粒を取り除く習慣がエルゼリス領や王国に根付けば、将来に及ぶ疫病対策の効果は計り知れない。

症状の緩和薬が吸血鬼に由来する成分を含むと聞いた時はいぶかしんだものの、よく考えれば女型めがたの持つ巻き角など希少な “長寿の秘薬” でもあるし、ことほか抵抗なく患者や家族達に受容されている。

(いて言うなら、白夜教の連中がうるさいくらいだが、あいつらは宗教的な利権絡みで星の使徒が気に入らないだけに過ぎん)

小都市カルネアの疫病が収まりつつある現状、表立った批判をしがたくなっている事実も踏まえ、行政官の男爵は第六使徒イルゼ・リースティアの勅使ちょくしと名乗る二人組を褒め称えた。

只管ひたすらに褒め殺して、なるべく対価を要求されない腹積もりで……

「むぅ、過分に持ち上げられても、居心地が悪いな」
「我らは皆が星の子ですから、慈愛をって接するのはやぶさかでありません」

底知れぬ雰囲気に反して人の良さそうな偉丈夫いじょうふが頭をき、黒髪緋眼の御令嬢が柔らかい言葉に猛禽のような微笑を重ねてくる。

一筋縄ではいかない予感を抱いたまま、一緒に幾つかの検査対象となっている軒先を廻り、黒い麦粒の混入具合を丹念に調べていると、取り急ぎの連絡をたずさえた官吏かんりが庁舎より駆け付けてきた。
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