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魔王、吸血姫に製氷の貴重性を語る

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しばらく歩いた街角でほろ酔い状態のイルゼ嬢と別れ、都市エベル内の魔王公邸に戻ってリビングへ直行すれば、蠱惑的な白いネグリジェに身を包んだ吸血姫スカーレットのくつろぐ姿が視界に入る。

わずかでも人族と関わりを持つため、街の職人に形状を伝えて製作してもらったL字型ソファーに腰掛け、静かに書籍を読んでいた彼女はゆるりと振り向いた。

「むぅ、おじ様の帰りを待っていたのに邪魔者が……」
「甘いのぅ、そうは問屋がおろさんのじゃ、何のことか知らんけど?」

やや酩酊したリーゼロッテがつつましやかな胸を張り、無言で向けられたジト目をさらりと受け流す。

ただ、足取りには不安があるので寄り添いながらソファーへ座らせ、自身は対面の椅子に向かおうとしたら、おもむろに上着のすそが掴まれた。

「レオ~ン、そこな水が欲しいのじゃ」
「はぁっ、少し待ってろ」

卓上に置かれた水差しを手に取り、グラスに注いで渡そうとするも…… 何故か受け取ろうとしない。

「ん~、飲ませてはくれんのか?」

「仕方ないな、零れても文句は言うなよ」
「…… むしろ、私が苦情を申し立てますわ」

すっと伸びてきた吸血姫の華奢な手がグラスを奪い取り、言葉とは裏腹に丁寧な所作で青肌エルフの口元へ運んだ。

「んっ、んく…… 気をつかわせて悪いのぅ」
「そう思うなら、自室に引き籠って頂けると嬉しいのですが?」

「分かったのじゃ、ねやまでかかえてたもれ」
「勘弁してくれ、スカレが本気で切れそうになっている」

このまま唯々諾々と両腕を広げて長い笹穂耳を揺らすリーゼロッテの言いなりになったが最後、ベッドに引き込まれて朝まで絞り取られるのは必定。

しかも、俺の帰りを待っていた相手の前で実質的な誘いを受ける訳にもいかない。

「正直、後が怖すぎて無理だ」
「ふふっ、それは誤解ですけど、賢明な判断だと思います♪」

柔らかく微笑した吸血姫は否定するも…… 彼女を粗雑ぞんざいに扱うと過保護な老執事ゼルギウスが露骨な嫌がらせをしてくるため、一週間ほど出される食事が煮干しだけになったり、吸血鬼のメイド達に冷やかな態度を取られたりする。

“君子危うきに近寄らず” の故事に従って、っこ待ちしている小柄な青肌エルフから離れ、此方こちら楕円形の卓オーバルテーブルを挟んだ椅子に腰を下ろした。

「うぅ、つれない態度じゃのぅ。妾は寂しいのじゃ~」
「段々と鬱陶うっとうしくなってきましたわ、この酔っ払い……」

「容赦してやれよ、俺達が飲んできたのは “紅玉亭” だからな」
「ん、ありがとう御座います。お店の印象は如何でしたか?」

可愛らしく小首をかしげたスカーレットに老執事監修の料理を褒めた後、市民でも手の届く価格帯で冷たい飲み物を提供している事に付き、最大限の賛辞を贈る。

「えっ、確かに氷は貴重ですが、それって凄い事なのでしょうか…… 魔人族の氷結術師を雇えば可能ですよ?」

「分かっとらんのぅ、人族は魔法の資質保持者が少ない上、まともな術式を組めるのは人口の1%前後じゃぞ? 水から熱を奪う複合要素が必要な氷属性持ちなど一握りじゃ」

実際問題、中核都市エベルで把握されている列記れっきとした魔術師は約400名、この中には八元素のにない手が混在しており、特殊な光・闇・雷・氷の属性を扱える者達は100名程だ。

均等分布だと仮定して氷結術師はおおよそ25名しか存在せず、過半数以上が都市を治めるリースティア家の下で湾部の漁港や備蓄食料に関わる官吏かんりになっていたり、行軍時の貴重な生鮮食品を維持する兼ね合いで軍部の輜重しちょう隊に属していたりする。

残り少ない者達も都市間や領地を廻る商隊に雇われているので、一般的な市井しせいの民は氷を得る機会がないし、冷たい飲み物とは無縁だ。

嗜好品ゆえに高額とはえ、それを安定的に供給している意義は地味に大きい。
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