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42 焦らしてるつもりはなかったんです

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 とはいえ、バーヤーンと堂々と休みを取っても、ニコは態度を変えられるわけもなく、ひとりで悶々としていた。

 今も、恋人と手を繋いで砂浜を歩くという、『マンガ』では王道のドキドキシーンなのに、ニコはドキドキどころかバクバクで早くも意識が遠のきそうだ。

 隣を歩くバーヤーンはニコに合わせてゆっくり歩いてくれている。その気遣いが嬉しかったり、しっかりした大きな手だなとか思ったり、指を絡めて繋いでるので、肩が時々触れて彼の顔が見られなくなったりとニコは内心大忙しだ。

「いい天気だな」
「え、ええ……そうですね……」

 魔界は年中温暖な気候なので、晴れていることが多い。それが南の観光地でも少し暖かいだけで同じで、どうしてそんな会話を、とニコは早く宿に帰って落ち着きたい気分になる。

「ニコ」
「……っ、はいっ」

 せっかくのいい天気なのに景色を見る余裕もなく、かといってバーヤーンと話すこともできずにいると、不意に呼ばれた。

 やっとのことで顔を上げてバーヤーンを見ると、彼は苦笑する。

「……つまらないか?」
「い、いえっ、決してそういう訳じゃ……」

 そう言いながらも、ニコは気まずくて目が泳いだ。魔力が高いだけあって、バーヤーンも綺麗な顔をしているのだ。ずっと見つめることなんて、できない。

 戦闘ならば本気を出せばバーヤーンを数秒で倒せるのに、もし見つめ合えと言われたら瞬速で負ける自信がある。それくらい、ニコは慣れていないし戸惑っていた。本当に、『マンガ』のようにはいかないな、と落ち着かない心臓をなだめるために長く息を吐く。

(これで、三回デートをしたのちお互いの合意でキスとか……僕はできるんでしょうか……)

 何度も思うが、すでにキス以上のことをしている。けれどやはりあの時は、身体の飢えをどうにかすることが先決で、あれこれ言っている場合じゃなかったのだ。順番がめちゃくちゃだと思うから余計に、恥ずかしさといたたまれなさがニコを襲う。

 意識しないようにしなきゃと思うほど、身体が思うように動かなくなっていく。手にも汗をかいてるから、ベタベタして気持ち悪く思われないかな、とか考えたら、やっぱり緊張して限界が来てしまった。

「ニコ?」

 ニコが立ち止まると、バーヤーンは訝しげにこちらを見ている。見ないでくれと空いた片手で顔を隠すと、ザアア、と今更ながら波の音が聞こえた。

「……すみません、限界で……」

 今すぐ手を離したい。そう思っていると、顔を隠した手の甲に柔らかいものが触れた。ちゅ、と音がしたので唇だと分かり、反射的にバーヤーンを見てしまう。

「俺も限界。匂いは一切しないのに、ニコを抱きたい」
「……え?」

 綺麗なグレーブルーの瞳が、確かに熱を帯びてこちらを見ていた。けれどそれは以前とは違い、ニコが好きだと訴えるものだ。嗜虐心など、欠片も感じられない。

「ニコ」

 そっと引き寄せられ、彼の腕の中に収まったニコは、今度こそ死期が近付いたと思うほどクラクラする。たくましい腕と胸板の体温が熱くて、彼の早く脈打つ心臓の音も聞こえてしまった。これはだめだ、早く抜け出さないとと思うけれど、動けない。

 頭上ではあ、と切なげに息を吐いたバーヤーンは、ニコの頭を撫でた。

「お前の香りが出ている間は、誘惑されているのか、自分の気持ちなのか分からなかったって言っただろ?」
「え、ええ。言ってましたね……」
「初めて夢の中でお前とやったあと、目が覚めても収まらなくて」

 先に目が覚めたバーヤーンは、すぐにニコから離れて自慰にふけったという。そして、これだけ強烈に印象付けておいて、高貴な王族気取りでお高くとまっていたように見えたから、ムカついたのだとか。そのうえ西の抗争で魔王に近付きたいのに邪魔されて、本気で殺すつもりだったとも。

「けど、やっぱり王族だなって思った。全然勝てないどころか、コントロールまでされて」

 ニコはなるほどと思う。ニコが目を覚ました時バーヤーンがいなかったのは、返り討ちにあったと思ったからだと。

「犯してるのはこっちなのに、射精はコントロールされて負けっぱなしで……全然上位に立てた気がしなかった」

 思えばそのあたりから意識し始めたのかもな、とバーヤーンは言う。それで勝てないと思ったから、倒すより取り入った方がいいと考えたらしい。

「なあ、俺をここまで骨抜きにさせた責任取れよ。焦らしてばかりいると、他に行っちゃうぞ?」
「そ、それはダメです……っ。ずるい……そんな言い方……」

 大体、バーヤーンはニコに勝てないと言っているけれど、ニコだってバーヤーンに勝てたと思っていないのだ。いつだって負けっぱなし。敵わないと思うばかりなのに。

「ぼ、僕だって、魔王という立場上どうしても世継ぎが必要なんだっ。けど、本当はきみとしかしたくないし、きみしか欲しくないっ」

 思わずそう言うと、目頭が熱くなった。バーヤーンの腕がきつくニコを抱きしめ、その力強さ、強い意志が感じられて嬉しくて目尻から涙が零れる。

「言質は取った。俺たちの子供が産まれるまでやるぞ」

 バーヤーンの震えた声に、ニコはうん、うん、と頷くことで返事をした。
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