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16 僕は何も見えていませんでした★

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 結局、ニコはバーヤーンに介抱されながら、屋敷に帰った。

 意外にもバーヤーンは面倒見がよく、部屋のベッドにそっと降ろされてニコはいたたまれなくなる。

「あ、あの……」

 ニコはそのまま使用人に見つかる前にと、窓から出ようとしたバーヤーンを呼び止めた。

「黙っててもらえますか? その……家族には心配かけたくないので」
「どーすっかなー?」
「……っ、お願いします!」

 ニコは彼を見上げると、バーヤーンは笑っていた。グレーブルーの長い髪がサラリと落ちたのは、顔を近付けてきたからだと気付く。

「……あ? また誘ってんな」

 すん、と匂いを嗅ぐ彼に、ニコは思わず身体を引いた。

「そ、それなんですけど! 僕、本当に無自覚なんですっ」

 さっきもしたのにまた誘惑しているなんて、自分はどれだけ飢えているんだ、とニコは慌てる。三日三晩自慰に耽っていたあとでもあるし、自重しなければ。

「精気を頂けるのは大変ありがたいのですが、きみを殺したくはありませんっ」
「大丈夫、俺もまだ死ねないから」
「だ、だ、だからダメだって……!」

 遠慮なくベッドの上に乗ってやってくるバーヤーンに、ニコは尻を付いたまま後ずさりをした。このまままた彼と繋がる? いやいやダメだ、とニコはなけなしの理性で逃げようとする。

「家族はいないんだろ?」

 そう言って耳たぶを噛んでくるバーヤーン。そのセリフ、お祖母様の御本で読んだことあるぞ、とニコは肩を震わせた。確か家庭教師が公式を耳元で囁いていたやつだ。

「……匂いが濃くなった」
「嘘だっ、家族はいなくても執事も使用人もいますからっ」

 だからダメですってば、とニコは言うものの、その声は弱々しかった。口の端を上げて近付いてくるバーヤーンに押し倒されて、あれよあれよという間に下半身を脱がされまたバーヤーンが入ってくる。

「……っ、楽しいなぁ?」

 上から彼の髪が落ちてきて顔にかかった。その感触すらも甘い刺激になり、ニコは太ももが震えて止まらなくなる。

「楽しく、ないっ」

 言葉では拒否しながらも、後ろはバーヤーンをしっかり咥えこんでいるのを自覚してしまった。入っているだけで中の気持ちいいところに当たり、勝手に身体が高まっていく。手がしがみつくところを探して彷徨い、枕を握った。

 バーヤーンが笑う。

「すげぇ……、どんどん匂いが濃くなっていくぞ淫魔様」

 すり、とバーヤーンは頬をすり合わせてくる。肌が擦れるその感触にも肩を震わせると、耳元でバーヤーンが息を詰めた。何もしていないのに達してしまいそうで、細く掠れた声を上げてニコは喘ぐ。

「あ……、ん、ぅ……っ」
「う……っ」

 どうやらニコが高まると同時にバーヤーンも高められているようだ。小さく呻いた彼を見ると、またあの、今にも噛みつきそうな顔でこちらを見ていた。

「──中に欲しいか? 淫魔様」

 そう上擦った声で聞かれて、どくん、と心臓が大きく跳ねる。そして脳裏で囁く声がするのだ。

 欲シイ、ナカニ全部ダシテ、と。

 ──怖くなった。これは誰の欲望だと。こんなの、自分の意思じゃない。

「ち……違う……っ!」
「素直になれよ。……あー、俺もそろそろ限界。動くぞ?」
「……──ああっ!」

 宣言通りバーヤーンは動き出し、ニコは意識を持っていかれそうなほどの快感に身を捩る。

 何だこれ何だこれ。やっぱり──すごくキモチイイ!

「やだ! バーヤーン! やめろ……っ!」
「無理止まんない」

 ニコは彼の動きを止めようと、彼の身体にしがみついた。ガクガクと腰を震わせ絶頂し、バーヤーンの服をちぎれそうなほど掴んで引っ張る。

「……っ、すげ……」

 上擦った声のバーヤーンが、遠慮なく奥を突いた。そして顎を上げて背中を反らし、熱く滾ったものを中に注ぐ。

 ニコは全身を痙攣させながら、その精液を零すまいと後ろをひくつかせた。結局してしまったという後悔にすぐ襲われ、抱きついていた腕を離すと目を覆う。

「おい? 泣いてんのか?」

 グッと腕を掴まれ離された。馬鹿にされると思ったニコは、せめてもの抵抗で顔を背ける。ボロボロと目から涙が溢れて、シーツに吸い込まれていった。

 こんなの、自分の意思じゃない。なのにどうしようもなく求めてしまって、際限ないそれに恐怖を覚えた。自分は、あと何回すれば誘惑せずにいられるのだろう、と落ち込む。

「泣くなよ、また襲いたくなるだろ」

 ひとの気も知らないで、バーヤーンは楽しそうだ。

「どうしてきみは……そんなに意地悪なんですか……」

 拗ねたようにニコは言うと、彼は「お前が気に食わないからな」とサラッと言う。

「俺はな、つい最近両親を殺されたんだ。んで、双子の小せぇ弟がいて、何がなんでも上層部に食込みてぇの」

 ハッとしてニコはバーヤーンを見た。彼は感情を乗せない顔をしていて、どんな気持ちで言っているのか、分からない。

 甘いこと言ってんじゃねぇ、と過去に言われた彼の声が聞こえたような気がした。彼が『洗礼』を積極的にしていたのは、もしかして弟たちを守るためだったというのか。

「そしたら、生まれながらに何もかも持ってるお前が? 安全なところから口だけ出して『洗礼』を止めろとか?」

 ムカつくから倒したかったけど、力じゃ敵わないから取り入ることにした、と彼は言う。

 なんてことだ、とニコは思った。バーヤーンも『洗礼』の被害者だったというのか。

(それなのに僕は彼のことを知ろうともしないで……)

 自分が魔界の本当の厳しさを知らない、温室で育てられてきたことにも気付かなかった。中途半端に手を出して守った気でいてしまった。

「ちなみにお前が助けた白髪はくはつの女。アイツは俺の弟たちに手を出そうとした」

 ヒュッとニコは息を飲む。だからバーヤーンは徹底的に報復したのか。

 まだ繋がったままだと言うのに、信じたくない事実を突きつけられて、ニコは動揺した。バーヤーンがまだ萎えていないことにも気付かずに。

「あの女、お前に取り入ろうとしたみたいだけどな。……こうやって組み敷いてる間は──」

 ガン! と突き上げられて、ニコは突然の衝撃に意識を失いかける。何とか堪えて彼を見ると、バーヤーンは口の端だけを上げて笑っていた。

「マウント取れてる気がしてせいせいする。……これからもよろしくな? 淫魔様」

 ガクガクと揺さぶられながら、ニコは喘ぐこともできなくなる。

 自分は今まで一体、何を見てきたのだろう? そう思わずにはいられず、ニコは意識を失った。
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