上 下
4 / 47

4 ムラムラしたら、こうします

しおりを挟む
「……っ、ダメです!」

 ニコはタブラの両肩をグイッと押す。そして顔を逸らして呟いた。

「容易く自分の魂を売るものじゃありませんよ……」
「……っ、違います! 私は……!」

 タブラは弾かれたように叫ぶけれど、ニコは首を振る。気持ちは嬉しいけれど、こんな流れでタブラを食べてしまっては、自分が後悔するに決まっている。

 自分の父がそうだったように。

 魔族の癖に無駄な殺生を好まないのは、ともすれば他の魔族から嘲笑される対象だ。『洗礼』を止める理由も、ここでタブラを喰わないのも、同じ理由だ。ニコはその理由を周りに言うつもりはない。

「ニコ様……」
「分かったなら今すぐここを去りなさい。王族に逆らうと、どうなるか分かるでしょう?」

 それに、弱ったニコを狙ってまたバーヤーンや他の魔族が来るかもしれない。今の状態でタブラを守りながらの戦闘は無理だ。

 タブラはぐっと唇を噛むと、外した服のボタンを素早く留めた。ニコはタブラから少し離れると、スっと立ち上がった彼女を見上げる。

「一定期間、ニコ様を見つかりにくくする魔法を掛けておきます」
「……ありがとう」

 疲れた顔で笑うと、タブラはすぐに走り去って行った。捕食対象がいなくなったからか、少し軽くなった身体を動かし、ニコはフラフラと立ち上がる。

 さすが校内一を目指すだけあって、ここまでダメージを負わせるバーヤーンの力はかなり高い。しかし、あんな華奢なタブラにまで手を出すのは、ニコの信条に反していて許すことはできない。

 こんなことが横行しているというのに、祖父の魔王は我関せずだ。それも、自分の魔王としての素質を見定められているようで、腹が立つ。

「屋敷に帰って、精気を補わなければ……」

 普通の魔族とインキュバスの違いは、魔力の枯渇のほかに、精気の枯渇とも付き合わなければならないことだ。ニコの父も、生涯の伴侶を見つけて飢えることはないけれど、ニコにはその相手がいない。

 魔力を使って誘惑し、精気を奪うこともできる。でもできれば、自分以外に触れられたくない、触れたくない、というのが本音だ。

 だからニコはずっと、ほかの魔族と交わらない方法で精気を補ってきた。

 ニコは屋敷に帰ると、使用人にありったけの食事を用意するように命じる。そう、肉を喰らい、運動し、よく眠れば回復すると分かったニコは、初めて精気切れを起こした時からこれを実践している。

 腹がはち切れるほど食べると、身支度もそこそこにベッドに潜り込んだ。当然使用人たちには外してもらう。初めての精気切れの時、意図せず使用人を誘惑してしまい、その使用人は興奮のあまり死んでしまったからだ。あんなことは二度と起こさせない。

 実は、触れずに相手を興奮させて殺す能力は、ニコの父も持っていた。優しい父は「厄介なところが似ちゃったね」と眉を下げていたけれど。

「おやすみなさい」

 ニコは目を閉じると、すぐに眠りに落ちた。

◇◇

 気が付くと、何もない草原の中にニコはいた。

 見渡す限り、膝下くらいの草が生えている。地平線まで、ずっと。

「……っ、何で裸?」

 ふと自分の身体を見てぎょっとする。一糸まとわぬ、生まれたままの姿で立っていて、どうしてこんなことに、と改めて周りを見渡した。

 本当に草原以外何もない世界だ。しばらく歩いてみるけれど、同じ景色ばかりだし空も雲すらない青空で、何の変化もない。

「……」

 ニコは立ち止まり、その場で大の字になって寝転んだ。草は柔らかくニコの身体を包み、裸なのもあってとても開放的だな、と目を閉じる。

 そして次に目を開けた時には、辺りの景色は一変していた。

 いや、正確には自室に戻っていたのだ。朝の清々しい光が部屋に差し込んでいる。

 何だったのだろう、とニコはベッドの上で天井を眺めながら思った。そして起き上がろうとして、身体がまだ重いことに気がつく。

 どうしてだろう? いつもなら食べて寝て覚めたらスッキリしているのに。

 回復しきっていないのかと思ったけれど、学校は行かなければ。昨日は無断で帰ってしまったし、勉強の遅れを取り戻したい。

 だるい身体を起こし、身支度をして朝食を済ませる。めいっぱい食事を胃に詰め込んだら、多少は回復したように思えた。

 食後のお茶を飲み、ひと息ついたら屋敷を出る。家族は王族としての仕事があり忙しく、両親もすでに仕事に出掛けている。ニコは車を出すという執事の申し出を断り、家を出るなり走り出した。

 いつもこれで回復していたし大丈夫。走りながら景色を眺め、穏やかな田畑や草木が生えた風景を積極的に見る。

 インキュバスのムラムラは、他の魔族より強烈だが、対処法は同じだ。ただ、他の魔族を惹き寄せる効果があるだけで。

 自慰はしたくない。なぜなら何だか自分に負けたような気がするから。それを父に言ったら「無理しなくていいんだよ」と苦笑された。

(そういえば、あの夢は何だったんだろう? 今度お父様に会えたら聞いてみよう)

 もしかしたら、何かの示唆かもしれない。ニコはそう思って、学校までの道のりをひたすら走った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

明日、君は僕を愛さない

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:286

愛のない結婚だと知ってしまった僕は、

BL / 連載中 24h.ポイント:781pt お気に入り:3,543

その火遊び危険につき~ガチで惚れたら火傷した模様~

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:33

【完結】高校生活、思ってたのと違うんですけど。

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:63

たぶん、ここは乙女ゲームの世界

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:48

【完結】イヴは悪役に向いてない

BL / 完結 24h.ポイント:1,001pt お気に入り:3,550

記憶は未だ戻らない(創作BL)

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:24

処理中です...