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39 ひよっ子、叙任式に出席する

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 ヤンは、何とか式までに歩けるようになってよかったと、心底思った。レックスが残念そうに――表情は変わらないけれど本当に残念そうに、「仕方がない」と呟いたからだ。どうやら本気で抱いて出席するつもりだったらしい。

 ヤンはアンセルが作ってくれた騎士服に身を包み、正式な服装であるマントを羽織る。シンプルなマント留めを付けると、立派な新米騎士の完成だ。

 ヤンは謁見の間に入ると、荘厳な雰囲気に気圧されそうになった。玉座には正装をしたハリアが、口の端を上げて待っている。足が震え始めたけれど、レックスもアンセルも、ハリアのそばでしっかりと見守っていてくれた。

(堂々と……堂々と)

 ヤンはもう、きちんとした実績を積んでいる。誰も騎士じゃないなんて思っていない。レックスの言葉を思い出し、一歩踏み出した。

 真っ直ぐ前を見据え、ハリアから視線を逸らさず彼の元へ行く。近付くにつれ、嗜虐心の強い王は面白そうに笑みを深くした。視線の鋭さはあるけれど、彼も多くの住民を統べる王だ、実力を認める懐の深さはあるらしい。そうじゃなければ、ヤンはここに来た時点で城の外に放り出されていただろう。

 だから、これからはその感謝の意を込めて、ハリアに忠誠を誓う。これはその儀式だ。

 ヤンは玉座の前まで来ると、両膝をついて頭を下げた。

「……ふふ、見違えたな。初めて会った時も強い目をしていたが、今は芯が通った顔をしている」

 そう言ってハリアは玉座から立ち上がり、そばに控えていたレックスから長剣を受け取る。スラリと鞘から剣を抜き、平たい面をヤンの肩に当てた。これが従騎士から騎士になるための、正式な儀式だ。

「今後の活躍に期待している。精進せよ」
「勿体ないお言葉。ありがとうございます」

 ヤンはこうべを垂れたままそう応えると、ハリアは素早く剣を鞘に収め、アンセルに渡した。ヤンは立ち上がると、レックスがヤンの前まで来る。そしてヤンのマント留めに、新たなマント留めが付け加えられた。それは、ひと目見ただけでも、とても質がいいものだと分かる。

「これは騎士団の上層部しか付けられない代物だ」
「ありがとうございます……って、ぅわあ!」

 完全に油断していた、とヤンは思った。正式な儀式だし、大勢が見ているし、自分はひとりで歩けるしと思っていたのに、レックスに易々と抱き上げられたのだ。

「ヤン様! おめでとうございます!」
「ヤン様に幸あれ!」

 しかも見守っていたはずの参列者からも、そんな声が飛んできて、ますますいたたまれなくなる。目の前のハリアは、今回も寛大な御心で許してくださっているらしく、笑っている。――どうか咎めて欲しい、とヤンは心底思った。

「失礼します、ハリア様」
「ああ。ヤンを困らせるのも程々にな」

 まったくもうこのひとたちは。ヤンは赤く染まっているだろう顔を上げられなくなり、レックスの首にしがみついて隠れるしかなかった。

 謁見の間を出てチラリと前をみると、待ち構えていたらしいクリスタがいた。相変わらず美しい出で立ちで、本当にどうしてレックスは、この方と結ばれなかったのだろう、と思う。

「おめでとうございます、ヤン様、レックス様」
「ありがとうございます」

 ヤンが顔を上げてそう言うと、クリスタはなぜか涙を浮かべていた。やっぱりレックスと結婚したかったのだろうか、と思っていると、目尻を綺麗な指で拭いながら、彼女は笑う。

「地位も名誉も、そして真実の愛も手に入れたヤン様、レックス様を尊敬いたしますわ。障害を乗り越えてこそ燃え上がる気持ち! まさにこれこそ小説や劇にも勝る実話!! なんて素敵なの!?」
「クリスタ様、涎が出ています」

 何やら早口で熱く語るクリスタに、後ろで控えていた女従者が突っ込んだ。失礼、とハンカチで口元を隠したクリスタ。やっぱり本当に涎が出ていたらしい。

「あ、あの……」

 自分のせいで縁談が破談になってしまったのだ。何て声を掛けたらいいのか分からず、ヤンは戸惑う。けれどクリスタは本当に喜んでいるらしく、「なんてお似合いなお二人だこと」などと言って感動している。

「本物の愛を守るためなら、弱小国の王のことなど、上手く躱して見せますわ!」
「え……っ?」
「すまない、クリスタ……」

 まさか、とヤンはクリスタとレックスを交互に見る。クリスタはニコリと笑うと、綺麗な髪とドレスを翻して「ごきげんよう」と去っていった。

「れ、れ、レックス様……まさかクリスタ様って……」
「……一応クリスタ殿とお呼びするべきだが、本人が嫌がったんだ」

 まさかどこかの国のお姫様だったなんて、とヤンが戦慄していると、レックスはヤンを抱いたまま、お辞儀をする。

「ぅわあ! この状態でお辞儀はしないでくださいっ」

 落ちる! とレックスにしがみつくと、彼は歩き出した。それにしても、一国の王女様ならここに来ることも大変だろうに、女従者一人だけを連れて訪問なんてと思っていると、レックスが察したように話してくれる。

「変わり者などと噂されている殿下だ。だが、本人は気にしていないようで、いつも幸せそうだった」

 だから、一緒に生活ができると思っていた、とレックスは言う。確かに、自分の好きなものを追求しているクリスタ殿下は、楽しそうだ、とヤンも納得した。

「……ところで、レックス様?」
「何だ?」
「……そろそろ降ろしてくださいませんか?」
「……」

 レックスは表情も変えず、ヤンの言葉を無視する。そのまま城の中を歩いて行くので、どこへ行くのかと思いきや、彼はズンズンと無言で自室に向かっているようだ。

「あの、レックス様?」

 どうして自室に、と思っていたら、レックスはそのまま寝室に入った。ヤンはベッドの上に降ろされ、そのまま上にのしかかられて、さすがに慌てる。

「え、あの、えっと……っ」
「特別な服を着たヤン……死ぬほどかわいい……っ」

 ぎゅう、と抱きしめられ苦しくて呻くと、レックスは頬にキスをしてきた。まさかこの流れでするのかと視線を泳がせると、大きなクマのぬいぐるみがこちらを向いている。

「ほ、ほら、クマのぬいぐるみが見てますからっ」
「……ただのぬいぐるみだ」
「――あ……っ、……もう……っ!」

 ヤンはレックスの肩を叩く。
 本当はぬいぐるみ全部に名前を付けるほど、愛着を持っているのに。今のレックスの愛着は、ヤンだけに向けられているようだ。

 ――けれど、嫌な気はしない。
 誰かといて、こんな風に心が温かくなることなんて、ないと思っていたから。

(やっと手に入れた、僕の安寧……)

 ヤンはそう思って、身体を撫でてきたレックスの手を取り、指を絡めた。


[完]
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