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38 ひよっ子、目が覚める
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ヤンが目を覚ますと、妙に部屋が明るかった。まだ覚醒しない頭で辺りを見渡すと、同じベッドで寝ていたはずのレックスがいない。
「……レックス様……?」
ヤンは飛び起きる。なんてことだ、上司が起きたのも気付かず、のうのうとベッドを占領して眠りこけていたなど、騎士として――……。
「ぅわあ……っ!」
慌ててベッドから降りようとしたヤンは、足に力が入らず床に落ちる。すると、寝室の外からバタバタと慌ただしい音がして、レックスが入ってきた。
「大丈夫か?」
声こそ冷静だが、素早くこちらに来てくれたのは心配したからだろう。彼は長い足でヤンのそばまで来ると、抱き上げてベッドに座らせてくれた。
「すっ、すみません……っ、か、完全に寝坊ですよねっ?」
そう言いながら窓の外を見ると、どう見ても昼食が近い時間だ。さすがに寝過ぎだと思って謝ると、レックスはお辞儀をして頭を撫でてくれた。
「無茶をさせた自覚はある」
「う……」
ヤンは赤面する。あれから、レックスが止まらなくなってしまって、彼が満足するまで付き合っていたのだ。客とは絶対しないことをやらされたり、同じく言わないことを言わされたりしたのを思い出す。しかもさすが騎士団長、体力も半端なかった。
「はいはいー、昼間っからいちゃつかないでくれるー?」
「ぅあっ!? アンセル様っ!」
突然横から聞こえた声に目を向けると、寝室のドア辺りで壁に寄りかかるアンセルの姿があった。
「まったくもー。ただでさえ絡まれやすいひな鳥ちゃんなのに、色気出させてどーすんの」
「ヤンは俺の番だ」
「そーゆーこと言ってんじゃないの」
真顔で返すレックスに、呆れるアンセル。惚気話に辟易してたから、起きてくれて丁度よかったよ、と言われ、返す言葉が見つからず、ヤンは口をパクパクさせた。
「……守るものができてよかったよ、レックス」
急に声のトーンを落としたアンセルは、柔らかい笑みでこちらを見ている。その穏やかな表情に、安堵と喜びが見えて、もしかして、とヤンは思った。
昨夜レックスが言っていた、彼も捨て身だったという話。ハシビロコウは群れないため、一匹狼的なレックスを、アンセルは心配したのではないだろうか。情に厚いアンセルなら、言いそうなことだ。
それが限りなく真実に近いのかも、と思ったのは、レックスが真面目な顔をして頷いたからだ。普段はレックスの方が立場は上で、アンセルは彼に振り回されている印象だけれど、この時は対等なんだ、と感じた。幼なじみと言うけれど、彼らは家族のような存在に見える。
「そうそう、ひな鳥ちゃんの叙任式、これからだから」
「え……っ!?」
何でまたそんな急に、とヤンが慌てていると、レックスは一度寝室の外に行き、何かを持って戻ってきた。それを渡され見てみると、どうやら服のようだ。
「叙任式で着る騎士服だよ。一応正式な行事だから、ちゃんとしないとね」
アンセルが説明してくれた。ということは、この服は彼が作ってくれたのだろう。
「ハリア様のお取り計らいで、難しい誓いの言葉は省略される」
「え、で、で……っ」
本当に今からなのか。ヤンは心臓が爆発するほど忙しく動き始め、まともに言葉が紡げなくなった。そしてこうなることも予想していたのだろう、事前に言うと緊張して体調を崩すかもしれなかったから、とレックスはヤンの背中を撫でる。
「ただお前はハリア様の前に歩いて行って、両膝で跪き、頭を下げればいい。……ああ、足に力が入らないんだったな」
しれっと思い出したように言ったレックスだが、今日が叙任式だと彼は知っていたはずだ。もしかして、もしかしなくても、彼は確信犯だったのでは? と縋るようにヤンは見た。
彼は真面目な顔をしてこう言う。
「では、俺がまた抱いて行こう」
「え!? いやっ、今回は怪我もしてないですしっ!」
「いつぞやの帰還パレードで、手足をガタガタ震わせてたのは誰だったかなぁ?」
「アンセル様まで……!」
本当に、なぜ自分の周りはこうも甘やかそうとしてくるのか。歩くことくらいできると言いたいけれど、実際今は歩けないし、彼らの言う通り、産まれたてのひな鳥のように、ぎこちない歩きになるのも予想できた。
「だからって、……だからって……!」
恥ずかしいことこの上ない。
「歩けないのは正当な理由だからな。俺が責任もってヤンを運ぼう」
「レックスが責任もってとか言っちゃうと、ナニしたか一発で分かっちゃうんじゃ……」
「もう! お二人共! 僕は自分で歩きますから!」
ヤンが恥ずかしさに耐えかねて叫ぶと、アンセルは声を上げて笑い、レックスも破顔した。番の笑った顔を初めて間近で見たヤンは、彼が素でいてくれていることに、安心する。
もう、自分が安心する場所は、ここなのだと実感した。
「さあヤン、着替えを手伝おう」
「い、いいです、要らないですっ。自分でやりますからっ」
ヤンはしつこく世話を焼いてこようとするレックスを押しのける。こんなキャラだったっけ? と思いつつ、レックスもアンセルも楽しそうだった。
「……レックス様……?」
ヤンは飛び起きる。なんてことだ、上司が起きたのも気付かず、のうのうとベッドを占領して眠りこけていたなど、騎士として――……。
「ぅわあ……っ!」
慌ててベッドから降りようとしたヤンは、足に力が入らず床に落ちる。すると、寝室の外からバタバタと慌ただしい音がして、レックスが入ってきた。
「大丈夫か?」
声こそ冷静だが、素早くこちらに来てくれたのは心配したからだろう。彼は長い足でヤンのそばまで来ると、抱き上げてベッドに座らせてくれた。
「すっ、すみません……っ、か、完全に寝坊ですよねっ?」
そう言いながら窓の外を見ると、どう見ても昼食が近い時間だ。さすがに寝過ぎだと思って謝ると、レックスはお辞儀をして頭を撫でてくれた。
「無茶をさせた自覚はある」
「う……」
ヤンは赤面する。あれから、レックスが止まらなくなってしまって、彼が満足するまで付き合っていたのだ。客とは絶対しないことをやらされたり、同じく言わないことを言わされたりしたのを思い出す。しかもさすが騎士団長、体力も半端なかった。
「はいはいー、昼間っからいちゃつかないでくれるー?」
「ぅあっ!? アンセル様っ!」
突然横から聞こえた声に目を向けると、寝室のドア辺りで壁に寄りかかるアンセルの姿があった。
「まったくもー。ただでさえ絡まれやすいひな鳥ちゃんなのに、色気出させてどーすんの」
「ヤンは俺の番だ」
「そーゆーこと言ってんじゃないの」
真顔で返すレックスに、呆れるアンセル。惚気話に辟易してたから、起きてくれて丁度よかったよ、と言われ、返す言葉が見つからず、ヤンは口をパクパクさせた。
「……守るものができてよかったよ、レックス」
急に声のトーンを落としたアンセルは、柔らかい笑みでこちらを見ている。その穏やかな表情に、安堵と喜びが見えて、もしかして、とヤンは思った。
昨夜レックスが言っていた、彼も捨て身だったという話。ハシビロコウは群れないため、一匹狼的なレックスを、アンセルは心配したのではないだろうか。情に厚いアンセルなら、言いそうなことだ。
それが限りなく真実に近いのかも、と思ったのは、レックスが真面目な顔をして頷いたからだ。普段はレックスの方が立場は上で、アンセルは彼に振り回されている印象だけれど、この時は対等なんだ、と感じた。幼なじみと言うけれど、彼らは家族のような存在に見える。
「そうそう、ひな鳥ちゃんの叙任式、これからだから」
「え……っ!?」
何でまたそんな急に、とヤンが慌てていると、レックスは一度寝室の外に行き、何かを持って戻ってきた。それを渡され見てみると、どうやら服のようだ。
「叙任式で着る騎士服だよ。一応正式な行事だから、ちゃんとしないとね」
アンセルが説明してくれた。ということは、この服は彼が作ってくれたのだろう。
「ハリア様のお取り計らいで、難しい誓いの言葉は省略される」
「え、で、で……っ」
本当に今からなのか。ヤンは心臓が爆発するほど忙しく動き始め、まともに言葉が紡げなくなった。そしてこうなることも予想していたのだろう、事前に言うと緊張して体調を崩すかもしれなかったから、とレックスはヤンの背中を撫でる。
「ただお前はハリア様の前に歩いて行って、両膝で跪き、頭を下げればいい。……ああ、足に力が入らないんだったな」
しれっと思い出したように言ったレックスだが、今日が叙任式だと彼は知っていたはずだ。もしかして、もしかしなくても、彼は確信犯だったのでは? と縋るようにヤンは見た。
彼は真面目な顔をしてこう言う。
「では、俺がまた抱いて行こう」
「え!? いやっ、今回は怪我もしてないですしっ!」
「いつぞやの帰還パレードで、手足をガタガタ震わせてたのは誰だったかなぁ?」
「アンセル様まで……!」
本当に、なぜ自分の周りはこうも甘やかそうとしてくるのか。歩くことくらいできると言いたいけれど、実際今は歩けないし、彼らの言う通り、産まれたてのひな鳥のように、ぎこちない歩きになるのも予想できた。
「だからって、……だからって……!」
恥ずかしいことこの上ない。
「歩けないのは正当な理由だからな。俺が責任もってヤンを運ぼう」
「レックスが責任もってとか言っちゃうと、ナニしたか一発で分かっちゃうんじゃ……」
「もう! お二人共! 僕は自分で歩きますから!」
ヤンが恥ずかしさに耐えかねて叫ぶと、アンセルは声を上げて笑い、レックスも破顔した。番の笑った顔を初めて間近で見たヤンは、彼が素でいてくれていることに、安心する。
もう、自分が安心する場所は、ここなのだと実感した。
「さあヤン、着替えを手伝おう」
「い、いいです、要らないですっ。自分でやりますからっ」
ヤンはしつこく世話を焼いてこようとするレックスを押しのける。こんなキャラだったっけ? と思いつつ、レックスもアンセルも楽しそうだった。
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