上 下
38 / 40

38 ひよっ子、目が覚める

しおりを挟む
 ヤンが目を覚ますと、妙に部屋が明るかった。まだ覚醒しない頭で辺りを見渡すと、同じベッドで寝ていたはずのレックスがいない。

「……レックス様……?」

 ヤンは飛び起きる。なんてことだ、上司が起きたのも気付かず、のうのうとベッドを占領して眠りこけていたなど、騎士として――……。

「ぅわあ……っ!」

 慌ててベッドから降りようとしたヤンは、足に力が入らず床に落ちる。すると、寝室の外からバタバタと慌ただしい音がして、レックスが入ってきた。

「大丈夫か?」

 声こそ冷静だが、素早くこちらに来てくれたのは心配したからだろう。彼は長い足でヤンのそばまで来ると、抱き上げてベッドに座らせてくれた。

「すっ、すみません……っ、か、完全に寝坊ですよねっ?」

 そう言いながら窓の外を見ると、どう見ても昼食が近い時間だ。さすがに寝過ぎだと思って謝ると、レックスはお辞儀をして頭を撫でてくれた。

「無茶をさせた自覚はある」
「う……」

 ヤンは赤面する。あれから、レックスが止まらなくなってしまって、彼が満足するまで付き合っていたのだ。客とは絶対しないことをやらされたり、同じく言わないことを言わされたりしたのを思い出す。しかもさすが騎士団長、体力も半端なかった。

「はいはいー、昼間っからいちゃつかないでくれるー?」
「ぅあっ!? アンセル様っ!」

 突然横から聞こえた声に目を向けると、寝室のドア辺りで壁に寄りかかるアンセルの姿があった。

「まったくもー。ただでさえ絡まれやすいひな鳥ちゃんなのに、色気出させてどーすんの」
「ヤンは俺の番だ」
「そーゆーこと言ってんじゃないの」

 真顔で返すレックスに、呆れるアンセル。惚気話に辟易してたから、起きてくれて丁度よかったよ、と言われ、返す言葉が見つからず、ヤンは口をパクパクさせた。

「……守るものができてよかったよ、レックス」

 急に声のトーンを落としたアンセルは、柔らかい笑みでこちらを見ている。その穏やかな表情に、安堵と喜びが見えて、もしかして、とヤンは思った。

 昨夜レックスが言っていた、彼も捨て身だったという話。ハシビロコウは群れないため、一匹狼的なレックスを、アンセルは心配したのではないだろうか。情に厚いアンセルなら、言いそうなことだ。

 それが限りなく真実に近いのかも、と思ったのは、レックスが真面目な顔をして頷いたからだ。普段はレックスの方が立場は上で、アンセルは彼に振り回されている印象だけれど、この時は対等なんだ、と感じた。幼なじみと言うけれど、彼らは家族のような存在に見える。

「そうそう、ひな鳥ちゃんの叙任式、これからだから」
「え……っ!?」

 何でまたそんな急に、とヤンが慌てていると、レックスは一度寝室の外に行き、何かを持って戻ってきた。それを渡され見てみると、どうやら服のようだ。

「叙任式で着る騎士服だよ。一応正式な行事だから、ちゃんとしないとね」

 アンセルが説明してくれた。ということは、この服は彼が作ってくれたのだろう。

「ハリア様のお取り計らいで、難しい誓いの言葉は省略される」
「え、で、で……っ」

 本当に今からなのか。ヤンは心臓が爆発するほど忙しく動き始め、まともに言葉が紡げなくなった。そしてこうなることも予想していたのだろう、事前に言うと緊張して体調を崩すかもしれなかったから、とレックスはヤンの背中を撫でる。

「ただお前はハリア様の前に歩いて行って、両膝で跪き、頭を下げればいい。……ああ、足に力が入らないんだったな」

 しれっと思い出したように言ったレックスだが、今日が叙任式だと彼は知っていたはずだ。もしかして、もしかしなくても、彼は確信犯だったのでは? と縋るようにヤンは見た。

 彼は真面目な顔をしてこう言う。

「では、俺がまた抱いて行こう」
「え!? いやっ、今回は怪我もしてないですしっ!」
「いつぞやの帰還パレードで、手足をガタガタ震わせてたのは誰だったかなぁ?」
「アンセル様まで……!」

 本当に、なぜ自分の周りはこうも甘やかそうとしてくるのか。歩くことくらいできると言いたいけれど、実際今は歩けないし、彼らの言う通り、産まれたてのひな鳥のように、ぎこちない歩きになるのも予想できた。

「だからって、……だからって……!」

 恥ずかしいことこの上ない。

「歩けないのは正当な理由だからな。俺が責任もってヤンを運ぼう」
「レックスが責任もってとか言っちゃうと、ナニしたか一発で分かっちゃうんじゃ……」
「もう! お二人共! 僕は自分で歩きますから!」

 ヤンが恥ずかしさに耐えかねて叫ぶと、アンセルは声を上げて笑い、レックスも破顔した。番の笑った顔を初めて間近で見たヤンは、彼が素でいてくれていることに、安心する。
 もう、自分が安心する場所は、ここなのだと実感した。

「さあヤン、着替えを手伝おう」
「い、いいです、要らないですっ。自分でやりますからっ」

 ヤンはしつこく世話を焼いてこようとするレックスを押しのける。こんなキャラだったっけ? と思いつつ、レックスもアンセルも楽しそうだった。
しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!

白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。 現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、 ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。 クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。 正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。 そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。 どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??  BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です) 《完結しました》

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます

天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。 広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。 「は?」 「嫁に行って来い」 そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。 現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる! ……って、言ったら大袈裟かな? ※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。

天涯孤独な天才科学者、憧れの異世界ゲートを開発して騎士団長に溺愛される。

竜鳴躍
BL
年下イケメン騎士団長×自力で異世界に行く系天然不遇美人天才科学者のはわはわラブ。 天涯孤独な天才科学者・須藤嵐は子どもの頃から憧れた異世界に行くため、別次元を開くゲートを開発した。 チートなし、チート級の頭脳はあり!?実は美人らしい主人公は保護した騎士団長に溺愛される。

転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

exact
BL
11/6〜番外編更新【完結済】 転生してきたのかなーと思いつつも普通に暮らしていた主人公が、本物の主人公と思われる人物と出会い、元の世界に帰りたがっている彼を手伝う事こそ転生の意味だったんだと勝手に確信して地道に頑張る話。元同級生✕主人公(受け)。ゆるーっと話が進みます。全50話。 表紙は1233様からいただきました。

平民男子と騎士団長の行く末

きわ
BL
 平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。  ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。  好きだという気持ちを隠したまま。  過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。  第十一回BL大賞参加作品です。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

宰相閣下の絢爛たる日常

猫宮乾
BL
 クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。

処理中です...