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21 ひよっ子、慰められる
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「僕やククル様は、処分されるのでしょうか……?」
ヤンはポツリと呟くと、レックスは「どうだか」とため息混じりに呟いた。表に言えないことをしていた領主は、今後は平和に暮らすことはできないだろう。
ヤンは視線を落とす。
「僕のこと……引きましたか?」
せっかくここまで面倒を見てもらったのに、騎士団長の従騎士になるのもおこがましい身分だったと聞いて、レックスはどう思っただろう。貴族であれば、身についているはずの知識や教養も皆無だったから、多少は気付いていたかもしれないけれど。
「……とりあえず食事だ。終わる頃にまた戻る」
ヤンの質問には答えず、レックスは部屋を後にする。豪華な食事はやっぱり自分には勿体なくて、手づかみでひと口食べて、終わりにした。
「……」
全部知られてしまった以上、ここにはいられないな、とヤンは思う。
ヤンとしては、騎士団の下っ端にでも入って、最低限の生活さえできればよかったのだ。それが身分不相応に騎士団長の従騎士になってしまったから、予定が狂った。
それでも、頑張ればレックスの役に立てると思っていたけれど、やることなすこと裏目に出るし、むしろ面倒をかけてばかりでお荷物になっている。それに、騎士団長お付きの従者が、卑しい身分なのは彼への印象を悪くする。それは避けたい。
「やっぱ、黙っていることは難しかった、な……」
これで『家族』の仇を討つこともできず、安全な生活もなくなる訳だ。また蛇みたいな奴に追いかけ回されたら、今度は生きていられるか、分からない。
どうせなら、少しは役に立ってから去りたかった。そう思って席を立ち、部屋を出ようとした。
「ぅわあ!」
ドアから顔を出したら、レックスが目の前に立っていた。驚いて声を上げると、彼はヤンを見下ろし、次いで部屋の中を一瞥して眉間に皺を寄せる。
「食事を済ませろと言ったはずだが?」
「え、いや、でも……」
食べる気分ではないから部屋から出ようとしたのに、とヤンは視線を落とすと、レックスは昨日と同じくヤンの腕を掴んで部屋に引き戻した。
「こんな細い腕をして……ダガーを充分に扱える筋肉があるとは思えん」
レックスは低く唸るように言いながら、ヤンを再び椅子に座らせる。そしてヤンの頬を両手で摘んだ。
「それに何だその顔は。とても蛇を倒した英雄とは思えないほど情けない顔だ」
これでは皆に囲まれて当然だろう、とレックスは続ける。
ヤンは頬が痛くて顔を顰めると、レックスは次に太ももを掴んできた。
「ひゃあ!」
「持久力も瞬発力もなさそうな足だな。いいか、食事は生活の基本だ。お前が痩せていると、主人である俺の能力が疑われる」
そう言って、レックスはヤンの太ももを揉み始めた。ムズムズするくすぐったさがヤンを襲い、堪らず「分かりましたからぁ!」と情けない声を上げる。するとレックスはヤンの顔を見て、中腰の体勢のまま頭を下げた。
不思議なことに、それはいつもの癖のお辞儀だと理解したけれど、「そのままの自分でいい」という意味が含まれている気がした。
(いや、レックス様の言葉は正反対なんだけど……)
なのに何だか慰められたような気がする。どう考えたって身分不相応なのに、ここにいていい、と言われた気がした。
じわり、と視界が揺れた。嬉しくて泣きそうなのを堪えていると、レックスは素早くヤンの隣に椅子を持ってきて座る。
「とりあえず食え」
そして丁寧にナイフとフォークで肉を切り、口元に差し出してくるのだ。
レックスは立派な騎士団長。こんなことをさせる訳にはいかない、とフォークを受け取ろうとすると、なぜかヤンの手は宙を掻く。どうして、と彼を見ると、食え、とまた肉を差し出してくる。
「口を開けろと言っているんだ」
そんなこと、ひと言も言ってなかった、と思いながら、埒が明かないのでヤンは口を開く。そっと肉を差し入れられたので食べると、「大声も出せなさそうな小さな口だな」と言われた。お辞儀つきで。
「あ、あの、レックス様。自分で食べますから……」
流石にふた口目以降は申し訳なくて断ると、金の瞳で睨まれる。これは、自分がきちんと食べるまで許してくれないつもりかな、とヤンは彼に甘えた。
「そんなに大きな目をしていたら、敵にすぐ見つかりそうだ」
ふた口目を貰ったあと、レックスは呟く。やっぱりお辞儀つきで。これまで幾度となく癖が止まらない場面があったけれど、今回は話すごとに頭を下げている。ヤンは心配になった。
「あ、の、……レックス様。大丈夫ですか?」
「何がだ」
「その、癖……いつもより酷い気がするんですが……」
するとレックスは、眉間に皺を寄せヤンを睨む。ヤンは思わず「ひぇ……っ」と身を引くと、レックスはまたお辞儀をした。
「気にするなと言ったろう」
「そ、それはそうですけど! 何か重篤な病気……とかじゃないですよねっ?」
レックスが世話を焼いてくれるという好意はありがたいが、病気を押してまですることじゃない。心配なんです、とヤンは言うと、レックスは思い切り睨んできた。
「……っ」
「……安心しろ、健康そのものだ」
そう言ってレックスはやはりお辞儀をする。言動がチグハグ過ぎて、彼の本音が分からない。どれが本当のことなのだろう、と思っていると、また肉を差し出される。
「お前は、唇だけは健康そうだな」
肉を頬張ろうとした瞬間、レックスがそう呟いた。いきなりどうして、となぜかヤンの心臓は跳ね上がり、動きが止まる。
(え、何で僕、緊張して……)
似たようなことはハリアにもされたことがある。冷たい瞳でじっと見つめられ、食べ物を与えられているというシチュエーションは同じなのに、どうしてこうも脈拍がうるさいのだろう。
ヤンは戸惑いを隠せないまま、レックスが差し出す肉を咀嚼した。
ヤンはポツリと呟くと、レックスは「どうだか」とため息混じりに呟いた。表に言えないことをしていた領主は、今後は平和に暮らすことはできないだろう。
ヤンは視線を落とす。
「僕のこと……引きましたか?」
せっかくここまで面倒を見てもらったのに、騎士団長の従騎士になるのもおこがましい身分だったと聞いて、レックスはどう思っただろう。貴族であれば、身についているはずの知識や教養も皆無だったから、多少は気付いていたかもしれないけれど。
「……とりあえず食事だ。終わる頃にまた戻る」
ヤンの質問には答えず、レックスは部屋を後にする。豪華な食事はやっぱり自分には勿体なくて、手づかみでひと口食べて、終わりにした。
「……」
全部知られてしまった以上、ここにはいられないな、とヤンは思う。
ヤンとしては、騎士団の下っ端にでも入って、最低限の生活さえできればよかったのだ。それが身分不相応に騎士団長の従騎士になってしまったから、予定が狂った。
それでも、頑張ればレックスの役に立てると思っていたけれど、やることなすこと裏目に出るし、むしろ面倒をかけてばかりでお荷物になっている。それに、騎士団長お付きの従者が、卑しい身分なのは彼への印象を悪くする。それは避けたい。
「やっぱ、黙っていることは難しかった、な……」
これで『家族』の仇を討つこともできず、安全な生活もなくなる訳だ。また蛇みたいな奴に追いかけ回されたら、今度は生きていられるか、分からない。
どうせなら、少しは役に立ってから去りたかった。そう思って席を立ち、部屋を出ようとした。
「ぅわあ!」
ドアから顔を出したら、レックスが目の前に立っていた。驚いて声を上げると、彼はヤンを見下ろし、次いで部屋の中を一瞥して眉間に皺を寄せる。
「食事を済ませろと言ったはずだが?」
「え、いや、でも……」
食べる気分ではないから部屋から出ようとしたのに、とヤンは視線を落とすと、レックスは昨日と同じくヤンの腕を掴んで部屋に引き戻した。
「こんな細い腕をして……ダガーを充分に扱える筋肉があるとは思えん」
レックスは低く唸るように言いながら、ヤンを再び椅子に座らせる。そしてヤンの頬を両手で摘んだ。
「それに何だその顔は。とても蛇を倒した英雄とは思えないほど情けない顔だ」
これでは皆に囲まれて当然だろう、とレックスは続ける。
ヤンは頬が痛くて顔を顰めると、レックスは次に太ももを掴んできた。
「ひゃあ!」
「持久力も瞬発力もなさそうな足だな。いいか、食事は生活の基本だ。お前が痩せていると、主人である俺の能力が疑われる」
そう言って、レックスはヤンの太ももを揉み始めた。ムズムズするくすぐったさがヤンを襲い、堪らず「分かりましたからぁ!」と情けない声を上げる。するとレックスはヤンの顔を見て、中腰の体勢のまま頭を下げた。
不思議なことに、それはいつもの癖のお辞儀だと理解したけれど、「そのままの自分でいい」という意味が含まれている気がした。
(いや、レックス様の言葉は正反対なんだけど……)
なのに何だか慰められたような気がする。どう考えたって身分不相応なのに、ここにいていい、と言われた気がした。
じわり、と視界が揺れた。嬉しくて泣きそうなのを堪えていると、レックスは素早くヤンの隣に椅子を持ってきて座る。
「とりあえず食え」
そして丁寧にナイフとフォークで肉を切り、口元に差し出してくるのだ。
レックスは立派な騎士団長。こんなことをさせる訳にはいかない、とフォークを受け取ろうとすると、なぜかヤンの手は宙を掻く。どうして、と彼を見ると、食え、とまた肉を差し出してくる。
「口を開けろと言っているんだ」
そんなこと、ひと言も言ってなかった、と思いながら、埒が明かないのでヤンは口を開く。そっと肉を差し入れられたので食べると、「大声も出せなさそうな小さな口だな」と言われた。お辞儀つきで。
「あ、あの、レックス様。自分で食べますから……」
流石にふた口目以降は申し訳なくて断ると、金の瞳で睨まれる。これは、自分がきちんと食べるまで許してくれないつもりかな、とヤンは彼に甘えた。
「そんなに大きな目をしていたら、敵にすぐ見つかりそうだ」
ふた口目を貰ったあと、レックスは呟く。やっぱりお辞儀つきで。これまで幾度となく癖が止まらない場面があったけれど、今回は話すごとに頭を下げている。ヤンは心配になった。
「あ、の、……レックス様。大丈夫ですか?」
「何がだ」
「その、癖……いつもより酷い気がするんですが……」
するとレックスは、眉間に皺を寄せヤンを睨む。ヤンは思わず「ひぇ……っ」と身を引くと、レックスはまたお辞儀をした。
「気にするなと言ったろう」
「そ、それはそうですけど! 何か重篤な病気……とかじゃないですよねっ?」
レックスが世話を焼いてくれるという好意はありがたいが、病気を押してまですることじゃない。心配なんです、とヤンは言うと、レックスは思い切り睨んできた。
「……っ」
「……安心しろ、健康そのものだ」
そう言ってレックスはやはりお辞儀をする。言動がチグハグ過ぎて、彼の本音が分からない。どれが本当のことなのだろう、と思っていると、また肉を差し出される。
「お前は、唇だけは健康そうだな」
肉を頬張ろうとした瞬間、レックスがそう呟いた。いきなりどうして、となぜかヤンの心臓は跳ね上がり、動きが止まる。
(え、何で僕、緊張して……)
似たようなことはハリアにもされたことがある。冷たい瞳でじっと見つめられ、食べ物を与えられているというシチュエーションは同じなのに、どうしてこうも脈拍がうるさいのだろう。
ヤンは戸惑いを隠せないまま、レックスが差し出す肉を咀嚼した。
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