上 下
21 / 40

21 ひよっ子、慰められる

しおりを挟む
「僕やククル様は、処分されるのでしょうか……?」

 ヤンはポツリと呟くと、レックスは「どうだか」とため息混じりに呟いた。表に言えないことをしていた領主は、今後は平和に暮らすことはできないだろう。
 ヤンは視線を落とす。

「僕のこと……引きましたか?」

 せっかくここまで面倒を見てもらったのに、騎士団長の従騎士になるのもおこがましい身分だったと聞いて、レックスはどう思っただろう。貴族であれば、身についているはずの知識や教養も皆無だったから、多少は気付いていたかもしれないけれど。

「……とりあえず食事だ。終わる頃にまた戻る」

 ヤンの質問には答えず、レックスは部屋を後にする。豪華な食事はやっぱり自分には勿体なくて、手づかみでひと口食べて、終わりにした。

「……」

 全部知られてしまった以上、ここにはいられないな、とヤンは思う。
 ヤンとしては、騎士団の下っ端にでも入って、最低限の生活さえできればよかったのだ。それが身分不相応に騎士団長の従騎士になってしまったから、予定が狂った。
 それでも、頑張ればレックスの役に立てると思っていたけれど、やることなすこと裏目に出るし、むしろ面倒をかけてばかりでお荷物になっている。それに、騎士団長お付きの従者が、卑しい身分なのは彼への印象を悪くする。それは避けたい。

「やっぱ、黙っていることは難しかった、な……」

 これで『家族』の仇を討つこともできず、安全な生活もなくなる訳だ。また蛇みたいな奴に追いかけ回されたら、今度は生きていられるか、分からない。

 どうせなら、少しは役に立ってから去りたかった。そう思って席を立ち、部屋を出ようとした。

「ぅわあ!」

 ドアから顔を出したら、レックスが目の前に立っていた。驚いて声を上げると、彼はヤンを見下ろし、次いで部屋の中を一瞥して眉間に皺を寄せる。

「食事を済ませろと言ったはずだが?」
「え、いや、でも……」

 食べる気分ではないから部屋から出ようとしたのに、とヤンは視線を落とすと、レックスは昨日と同じくヤンの腕を掴んで部屋に引き戻した。

「こんな細い腕をして……ダガーを充分に扱える筋肉があるとは思えん」

 レックスは低く唸るように言いながら、ヤンを再び椅子に座らせる。そしてヤンの頬を両手で摘んだ。

「それに何だその顔は。とても蛇を倒した英雄とは思えないほど情けない顔だ」

 これではみなに囲まれて当然だろう、とレックスは続ける。
 ヤンは頬が痛くて顔を顰めると、レックスは次に太ももを掴んできた。

「ひゃあ!」
「持久力も瞬発力もなさそうな足だな。いいか、食事は生活の基本だ。お前が痩せていると、主人である俺の能力が疑われる」

 そう言って、レックスはヤンの太ももを揉み始めた。ムズムズするくすぐったさがヤンを襲い、堪らず「分かりましたからぁ!」と情けない声を上げる。するとレックスはヤンの顔を見て、中腰の体勢のまま頭を下げた。

 不思議なことに、それはいつもの癖のお辞儀だと理解したけれど、「そのままの自分でいい」という意味が含まれている気がした。

(いや、レックス様の言葉は正反対なんだけど……)

 なのに何だか慰められたような気がする。どう考えたって身分不相応なのに、ここにいていい、と言われた気がした。

 じわり、と視界が揺れた。嬉しくて泣きそうなのを堪えていると、レックスは素早くヤンの隣に椅子を持ってきて座る。

「とりあえず食え」

 そして丁寧にナイフとフォークで肉を切り、口元に差し出してくるのだ。
 レックスは立派な騎士団長。こんなことをさせる訳にはいかない、とフォークを受け取ろうとすると、なぜかヤンの手は宙を掻く。どうして、と彼を見ると、食え、とまた肉を差し出してくる。

「口を開けろと言っているんだ」

 そんなこと、ひと言も言ってなかった、と思いながら、埒が明かないのでヤンは口を開く。そっと肉を差し入れられたので食べると、「大声も出せなさそうな小さな口だな」と言われた。お辞儀つきで。

「あ、あの、レックス様。自分で食べますから……」

 流石にふた口目以降は申し訳なくて断ると、金の瞳で睨まれる。これは、自分がきちんと食べるまで許してくれないつもりかな、とヤンは彼に甘えた。

「そんなに大きな目をしていたら、敵にすぐ見つかりそうだ」

 ふた口目を貰ったあと、レックスは呟く。やっぱりお辞儀つきで。これまで幾度となく癖が止まらない場面があったけれど、今回は話すごとに頭を下げている。ヤンは心配になった。

「あ、の、……レックス様。大丈夫ですか?」
「何がだ」
「その、癖……いつもより酷い気がするんですが……」

 するとレックスは、眉間に皺を寄せヤンを睨む。ヤンは思わず「ひぇ……っ」と身を引くと、レックスはまたお辞儀をした。

「気にするなと言ったろう」
「そ、それはそうですけど! 何か重篤な病気……とかじゃないですよねっ?」

 レックスが世話を焼いてくれるという好意はありがたいが、病気を押してまですることじゃない。心配なんです、とヤンは言うと、レックスは思い切り睨んできた。

「……っ」
「……安心しろ、健康そのものだ」

 そう言ってレックスはやはりお辞儀をする。言動がチグハグ過ぎて、彼の本音が分からない。どれが本当のことなのだろう、と思っていると、また肉を差し出される。

「お前は、唇だけは健康そうだな」

 肉を頬張ろうとした瞬間、レックスがそう呟いた。いきなりどうして、となぜかヤンの心臓は跳ね上がり、動きが止まる。

(え、何で僕、緊張して……)

 似たようなことはハリアにもされたことがある。冷たい瞳でじっと見つめられ、食べ物を与えられているというシチュエーションは同じなのに、どうしてこうも脈拍がうるさいのだろう。

 ヤンは戸惑いを隠せないまま、レックスが差し出す肉を咀嚼した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の策略は婚約者に通じるか

BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。 フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン ※他サイト投稿済です ※攻視点があります

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

【完結】売れ残りのΩですが隠していた××をαの上司に見られてから妙に優しくされててつらい。

天城
BL
ディランは売れ残りのΩだ。貴族のΩは十代には嫁入り先が決まるが、儚さの欠片もない逞しい身体のせいか完全に婚期を逃していた。 しかもディランの身体には秘密がある。陥没乳首なのである。恥ずかしくて大浴場にもいけないディランは、結婚は諦めていた。 しかしαの上司である騎士団長のエリオットに事故で陥没乳首を見られてから、彼はとても優しく接してくれる。始めは気まずかったものの、穏やかで壮年の色気たっぷりのエリオットの声を聞いていると、落ち着かないようなむずがゆいような、不思議な感じがするのだった。 【攻】騎士団長のα・巨体でマッチョの美形(黒髪黒目の40代)×【受】売れ残りΩ副団長・細マッチョ(陥没乳首の30代・銀髪紫目・無自覚美形)色事に慣れない陥没乳首Ωを、あの手この手で囲い込み、執拗な乳首フェラで籠絡させる独占欲つよつよαによる捕獲作戦。全3話+番外2話

推し様の幼少期が天使過ぎて、意地悪な義兄をやらずに可愛がってたら…彼に愛されました。

櫻坂 真紀
BL
死んでしまった俺は、大好きなBLゲームの悪役令息に転生を果たした。 でもこのキャラ、大好きな推し様を虐め、嫌われる意地悪な義兄じゃ……!? そして俺の前に現れた、幼少期の推し様。 その子が余りに可愛くて、天使過ぎて……俺、とても意地悪なんか出来ない! なので、全力で可愛がる事にします! すると、推し様……弟も、俺を大好きになってくれて──? 【全28話で完結しました。R18のお話には※が付けてあります。】

恋人に捨てられた僕を拾ってくれたのは、憧れの騎士様でした

水瀬かずか
BL
仕事をクビになった。住んでいるところも追い出された。そしたら恋人に捨てられた。最後のお給料も全部奪われた。「役立たず」と蹴られて。 好きって言ってくれたのに。かわいいって言ってくれたのに。やっぱり、僕は駄目な子なんだ。 行き場をなくした僕を見つけてくれたのは、優しい騎士様だった。 強面騎士×不憫美青年

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。 僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。 けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。 どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。 「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」 神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。 これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。 本編は三人称です。 R−18に該当するページには※を付けます。 毎日20時更新 登場人物 ラファエル・ローデン 金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。 ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。 首筋で脈を取るのがクセ。 アルフレッド 茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。 剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。 神様 ガラが悪い大男。  

【完結】巨人族に二人ががりで溺愛されている俺は淫乱天使さまらしいです

浅葱
BL
異世界に召喚された社会人が、二人の巨人族に買われてどろどろに愛される物語です。 愛とかわいいエロが満載。 男しかいない世界にトリップした俺。それから五年、その世界で俺は冒険者として身を立てていた。パーティーメンバーにも恵まれ、順風満帆だと思われたが、その関係は三十歳の誕生日に激変する。俺がまだ童貞だと知ったパーティーメンバーは、あろうことか俺を奴隷商人に売ったのだった。 この世界では30歳まで童貞だと、男たちに抱かれなければ死んでしまう存在「天使」に変わってしまうのだという。 失意の内に売られた先で巨人族に抱かれ、その巨人族に買い取られた後は毎日二人の巨人族に溺愛される。 そんな生活の中、初恋の人に出会ったことで俺は気力を取り戻した。 エロテクを学ぶ為に巨人族たちを心から受け入れる俺。 そんな大きいの入んない! って思うのに抱かれたらめちゃくちゃ気持ちいい。 体格差のある3P/二輪挿しが基本です(ぉぃ)/二輪挿しではなくても巨根でヤられます。 乳首責め、尿道責め、結腸責め、複数Hあり。巨人族以外にも抱かれます。(触手族混血等) 一部かなり最後の方でリバありでふ。 ハッピーエンド保証。 「冴えないサラリーマンの僕が異世界トリップしたら王様に!?」「イケメンだけど短小な俺が異世界に召喚されたら」のスピンオフですが、読まなくてもお楽しみいただけます。 天使さまの生態についてfujossyに設定を載せています。 「天使さまの愛で方」https://fujossy.jp/books/17868

僕のフェロモンでアルファが和んでしまいます

さねうずる
BL
「ハルのフェロモンの匂いは最高だよ。あーー、疲れが溶けて消えていく。なんて落ち着く香りなんだ。」 「……ありがとうございます。」 受けの匂いが大好きなアルファ王太子様 ×  アルファを誘惑できない特殊オメガ

処理中です...