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17 ひよっ子、認められる
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それから約二週間後、ヤンは再びハリアとアンセル、レックスと食事をすることになった。毎日レックスからテーブルマナーを教わっていたとはいえ、ハリアの前では緊張するし、粗相をしたらレックスの名にも傷がつく。失敗できないと思ったら、料理の味なんてする訳がない。
「生活は、少しは慣れたかな?」
相変わらずハリアは美しく、彼の強い視線にヤンは縮こまる。
「は、はい……。でも、レックス様にはご迷惑をかけてばかりで……」
「……ふふ。噂は聞いているよ」
畏れ多い、とヤンはますます小さくなる。どんな噂を聞いたのか気になるところだが、それを聞く勇気はヤンにはなかった。しかしハリアはそんなヤンに気付いているのか、じっと見つめて口の端を上げている。
「ハリア様、一応私が主人ですので。何かあれば私に」
ハリアの視線を逸らしてくれたのは、レックスだ。それを聞いたアンセルがなぜか笑っていたけれど、ヤンは大人しく食事をするので精一杯だった。
「過保護だな」
「もっと言ってもいいと思いますよー? ハリア様」
ハリアの言葉に乗ったのはアンセルだ。自分が至らないせいで、主人が笑われていると感じたヤンは、慌てて弁解しようとする。
「あ、あの、……僕が至らないから、レックス様は心配してくださっているのです。早く一人前になれるよう努力しますので……っ」
「……なるほど。忠実な従者のようだな、レックス」
ハリアはくつくつと笑いヤンを見つめてきた。……非常に落ち着かない。大体、なぜこんな非力で平凡な自分を構うのか、よく分からない。レックスの世話だって、ちゃんとしているとは言い難いのに。
「ヤン」
ハリアに呼ばれて視線を上げると、リンゴが飛んできて慌てて受け取る。手の中に無事収まったリンゴとハリアを見ると、彼は満足そうに笑った。
「褒美だ。……さぁ、私はしばらく城を空ける。レックス、頼んだぞ」
「はい」
そう言って立ち上がったハリア。レックスとアンセルも立ち上がったので、ヤンも立ち上がろうとすると、「お前はゆっくりお食べ」とハリアは言い残して部屋を出て行った。
「……」
身分不相応に気にかけてもらっている自覚はある。でも、それは騎士としてではなく、どちらかと言うと愛玩としてだろう。
「どうした?」
レックスがヤンのそばまでやって来た。自分は、従騎士として主人のことを、満足させることができていない。そう思うと落ち込む。
「……僕は、このままここにいていいのでしょうか……?」
ポツリと出た言葉は、ヤンの本音だった。けれどすぐに、口にしてはいけないことだったと、慌てて否定する。
「あ、いや、今のは違いますっ。忘れてください」
せっかくここまで逃げてきて、住む場所も意味もくれたのだ。もう帰る場所はないのに、『家族』やここにいる意味を与えてくれたひとたちに、恩を仇で返すことはしたくない。
そう思っていると、レックスは深々とお辞儀をする。アンセルがなぜか「あらあら」と笑っていたけれど、癖が出たことを口にするのは躊躇われて彼を見上げた。
「……お前は、勘違いしていないか?」
「え……?」
勘違い。いま確かにレックスはそう言ったよな、とヤンは思う。もしかして、ちゃんとした従騎士になれると思うこと自体が、勘違いだと言うのだろうか。だとしたら、自分はこの先どうしたらいいのだろう? 思い上がりも甚だしかったらしい。
「す、すみませ……」
「本来の臆病な性格に隠れてはいるが、剣の強さは俺もアンセルも、ハリア様も認めている」
「……え?」
思ってもいない言葉だった。自分はここに来るまで、剣はもちろん、包丁や斧……生活に必要な刃物すら扱ったことがなかったのに。国のトップたちが自分の剣を認めている? まさか。
「僕……ここにいていいんですか?」
「むしろここに留めておくために、ハリア様はお前を俺にあてがった訳だが?」
「ま、最初にひな鳥ちゃんの隠れた実力を、見つけたのは俺だけどね~」
アンセルが茶化すように言った。それをレックスも否定しない。それでも、ヤンには剣の実力があるとは思えなかった。
「ひな鳥ちゃん」
アンセルは優しい声でヤンを呼ぶ。ヤンは彼を見ると、声色通りに目を細めて笑っている彼がいた。
「聞いたけど、騎士団長の剣を受け止められるのは、俺とハリア様くらいだよ? しかも剣を握ったことがないきみだ」
これがすごいことじゃないなら、何と言えばいい? とアンセルは言う。
まさか。本当の本当に、自分の腕が認められてここにいるのか、とヤンは自覚した。無我夢中で、蛇を倒した時の記憶は曖昧だし、自分にそんな力があるとは思えなかった。けれど……。
「……あとは騎士としての心得を習得することと、ここでの生活に慣れることだな」
レックスがそう言うと、ヤンの心臓は大きく脈打つ。手足が震えるけれど、これは恐怖じゃない、感動だ。もしかして、自分は認められていたというのか。
「ただ、……いや、今はやめておこう」
レックスは何かを言いかけたが、口を噤んでしまった。アンセルは片眉を上げたが、それ以上レックスは何も言わず、食事を再開しよう、と促した。
「生活は、少しは慣れたかな?」
相変わらずハリアは美しく、彼の強い視線にヤンは縮こまる。
「は、はい……。でも、レックス様にはご迷惑をかけてばかりで……」
「……ふふ。噂は聞いているよ」
畏れ多い、とヤンはますます小さくなる。どんな噂を聞いたのか気になるところだが、それを聞く勇気はヤンにはなかった。しかしハリアはそんなヤンに気付いているのか、じっと見つめて口の端を上げている。
「ハリア様、一応私が主人ですので。何かあれば私に」
ハリアの視線を逸らしてくれたのは、レックスだ。それを聞いたアンセルがなぜか笑っていたけれど、ヤンは大人しく食事をするので精一杯だった。
「過保護だな」
「もっと言ってもいいと思いますよー? ハリア様」
ハリアの言葉に乗ったのはアンセルだ。自分が至らないせいで、主人が笑われていると感じたヤンは、慌てて弁解しようとする。
「あ、あの、……僕が至らないから、レックス様は心配してくださっているのです。早く一人前になれるよう努力しますので……っ」
「……なるほど。忠実な従者のようだな、レックス」
ハリアはくつくつと笑いヤンを見つめてきた。……非常に落ち着かない。大体、なぜこんな非力で平凡な自分を構うのか、よく分からない。レックスの世話だって、ちゃんとしているとは言い難いのに。
「ヤン」
ハリアに呼ばれて視線を上げると、リンゴが飛んできて慌てて受け取る。手の中に無事収まったリンゴとハリアを見ると、彼は満足そうに笑った。
「褒美だ。……さぁ、私はしばらく城を空ける。レックス、頼んだぞ」
「はい」
そう言って立ち上がったハリア。レックスとアンセルも立ち上がったので、ヤンも立ち上がろうとすると、「お前はゆっくりお食べ」とハリアは言い残して部屋を出て行った。
「……」
身分不相応に気にかけてもらっている自覚はある。でも、それは騎士としてではなく、どちらかと言うと愛玩としてだろう。
「どうした?」
レックスがヤンのそばまでやって来た。自分は、従騎士として主人のことを、満足させることができていない。そう思うと落ち込む。
「……僕は、このままここにいていいのでしょうか……?」
ポツリと出た言葉は、ヤンの本音だった。けれどすぐに、口にしてはいけないことだったと、慌てて否定する。
「あ、いや、今のは違いますっ。忘れてください」
せっかくここまで逃げてきて、住む場所も意味もくれたのだ。もう帰る場所はないのに、『家族』やここにいる意味を与えてくれたひとたちに、恩を仇で返すことはしたくない。
そう思っていると、レックスは深々とお辞儀をする。アンセルがなぜか「あらあら」と笑っていたけれど、癖が出たことを口にするのは躊躇われて彼を見上げた。
「……お前は、勘違いしていないか?」
「え……?」
勘違い。いま確かにレックスはそう言ったよな、とヤンは思う。もしかして、ちゃんとした従騎士になれると思うこと自体が、勘違いだと言うのだろうか。だとしたら、自分はこの先どうしたらいいのだろう? 思い上がりも甚だしかったらしい。
「す、すみませ……」
「本来の臆病な性格に隠れてはいるが、剣の強さは俺もアンセルも、ハリア様も認めている」
「……え?」
思ってもいない言葉だった。自分はここに来るまで、剣はもちろん、包丁や斧……生活に必要な刃物すら扱ったことがなかったのに。国のトップたちが自分の剣を認めている? まさか。
「僕……ここにいていいんですか?」
「むしろここに留めておくために、ハリア様はお前を俺にあてがった訳だが?」
「ま、最初にひな鳥ちゃんの隠れた実力を、見つけたのは俺だけどね~」
アンセルが茶化すように言った。それをレックスも否定しない。それでも、ヤンには剣の実力があるとは思えなかった。
「ひな鳥ちゃん」
アンセルは優しい声でヤンを呼ぶ。ヤンは彼を見ると、声色通りに目を細めて笑っている彼がいた。
「聞いたけど、騎士団長の剣を受け止められるのは、俺とハリア様くらいだよ? しかも剣を握ったことがないきみだ」
これがすごいことじゃないなら、何と言えばいい? とアンセルは言う。
まさか。本当の本当に、自分の腕が認められてここにいるのか、とヤンは自覚した。無我夢中で、蛇を倒した時の記憶は曖昧だし、自分にそんな力があるとは思えなかった。けれど……。
「……あとは騎士としての心得を習得することと、ここでの生活に慣れることだな」
レックスがそう言うと、ヤンの心臓は大きく脈打つ。手足が震えるけれど、これは恐怖じゃない、感動だ。もしかして、自分は認められていたというのか。
「ただ、……いや、今はやめておこう」
レックスは何かを言いかけたが、口を噤んでしまった。アンセルは片眉を上げたが、それ以上レックスは何も言わず、食事を再開しよう、と促した。
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