16 / 40
16 ひよっ子、戸惑う
しおりを挟む
次の日から、ヤンの食事はレックスと摂ることになった。テーブルマナーを覚えつつの食事なので、やっぱり緊張して食べた気がしない。これなら、寄宿舎で食べた方がマシだったかな、とこっそりため息をついた。
そして食事のあとすぐに、クリスタとの面会があると聞かされて、ヤンはチャンスとばかりに抜け出す。彼がクリスタと会っている間になら、やることもないし、訓練場で訓練をしてもいいかと思ったのだ。
ところが、抜け出してもヤンは訓練どころではなかった。重いものを運ぼうとすれば「持つよ」と言われ、ダガーを抜けば、持ち方がなってないと後ろから抱きすくめられ、熱心に指導してもらう。梯子にぶら下がったら、下で誰が支えるか喧嘩が始まり、手合わせをしてくれと集まったひとたちに、囲まれてもみくちゃにされた。
そして、ヤンはものすごい形相をしたレックスに見つかる。彼は一番タイミングが悪い時にやって来た。任務を放り出して何をしている、と今までにない鋭い視線を寄越しながら。
これにはヤンだけでなく、周りも凍りついた。レックスはヤンの手を取り引っ張ると、執務室に押し込められる。
「あ、あああああのっ? レックス様っ?」
しかもレックスは執務室に入るなり席に着き、膝の上にヤンを乗せたのだ。ものすごく怖い顔をしながら。
「なぜ持ち場を離れた?」
前回と同じように横向きに座らされた。彼は机の上の書類に目を通しながら、仕事を始めてしまう。どうやらここから降りるには、レックスへの説明が必要なようだ。
「えええっと、クリスタ様がいらっしゃる間なら、訓練できるかなって……」
「訓練場にひとがいる時は、使用を禁止したはずだ」
ヤンの肩が震える。確かにそう言われて、禁を破ったのはヤンだ。でも、そしたらいつ、ヤンは訓練ができるのだろう?
「それに、まともに訓練はできていなかったように見えたが?」
レックスの声は冷静だ。だからこそ、自分がしたことが間違いだと思い知らされ、項垂れる。
「み、みなさん親切で……。僕が至らないから、熱心に指導してくれようとしてたんです。その好意が嬉しくてつい……」
バン! と机が叩かれた。ヤンは膝の上で身体を縮こまらせると、視界の端で書類が握り潰される。レックスは本気で怒っているようだ。
「す、すみませんっ! 僕、こんなだから強くなりたくて! レックス様のお役に立てるようにと……!」
「……自覚がないにも程がある」
低く、唸るように言った声が聞き取れなくて、ヤンはそろそろと彼を見た。途端に牙を剥く猛獣のような顔が見えて、慌てて視線を下ろす。
「いいか、今後金輪際――……」
レックスがそう言いかけた時、ドアがノックされた。このままでは主人の膝に乗る失礼な従者になると思って、ヤンは降りようとしたが、腰に手を回され、降りることができない。
慌てるヤンをよそにレックスはいつも通り誰何する。相手はアンセルのようだ。
「レックス~、注文の品できたよ~」
相変わらず朗らかに笑いながら入ってきたアンセルは、膝の上に乗るヤンを見て素っ頓狂な声を上げる。
「レックス!? ま、まままさか、ついに告白したの!?」
「何の話だ」
アンセルの問いにレックスが冷静に答えると、彼は「なーんだ」と言って笑った。告白って何のことだろう、と思っていると、レックスに膝から降りるように言われる。ヤンはホッとして膝から降りると、立ち上がったレックスはアンセルのそばに行った。
「俺も仕事があるんだから、程々にしてくれよ?」
「……程々にしているが?」
「ああ? これで? ひな鳥ちゃんのシュラフといい、ここんところ注文多いじゃないか」
一体どれだけ作らせるつもりなの、とアンセルが言っているので、今回も彼が作った何かを持ってきたようだ。小さな袋に入った物をレックスに渡すと、アンセルはヤンに向かってニコリと笑う。
「あ、そのうちひな鳥ちゃんにも作ってあげるからね~」
「え、いえっ、僕は代金を支払えませんのでっ」
従騎士になったとはいえ、まだ二日目だ。衣食住は手に入ったが、物を買うには相応の金銭が必要なことは、ヤンだって知っている。もちろん、そんなお金は持ち合わせていない。
するとアンセルは笑みを深くしてこう答える。
「お代はいいよ。俺の気持ちだから」
「必要ない」
恐縮するヤンの代わりに答えたのは、レックスだった。アンセルは頬を膨らませる。
「ちょっとぉ、保護者の意見は聞いてないんだけど?」
「必要ない」
それでも真顔でそう言うレックスに、アンセルは折れた。しかし、どこか楽しげだ。
ヤンは視線を落とす。先日見せてもらったチャームは素敵だったし、シュラフといい、きっとアンセルの手芸の腕もいいのだろう。好意でくれるならありがたいと思ったけれど、どうやらレックスは、ヤンには相応しくないと思っているようだ。
「あ、……あー……、ひな鳥ちゃん? そんなに落ち込まないで?」
「すみません……僕はまだ、アンセル様の作る作品に相応しい騎士ではないようです……」
まだまだ、自分は従騎士としてひよっ子なのだ。主人に必要ないと言われるのは、きっと自分の器が足りないから。そう解釈してヤンは苦笑すると、なぜかアンセルは肘でレックスの脇腹を突いた。さすがに少し呻いたレックスだったが、やはり真顔で何も言わず、ヤンの解釈は正しいのだと、余計に落ち込む。
「……まぁいいや。レックスとひな鳥ちゃんは、もう少しお互いを知った方がいい。主従関係には信頼も必要だからね」
「……」
「……っ、ありがとうございますっ」
アンセルの言葉にレックスはやはり無言を貫いていたが、ヤンはアンセルの気遣いにホッとした。レックスといると、自分はここにいてはいけないように感じるので、やっぱりレックスに認めてもらえるよう、頑張ろうという気になる。
アンセルはそんなヤンに気付いているのか、こちらを見て苦笑した。不器用な主人を持つと大変だね、と言い残して部屋を去っていく。
「……不器用?」
ヤンはレックスを見上げた。しかし彼は何もなかったかのように席に着き、仕事を再開してしまう。
「……」
この、何もかも完璧に見えるレックスが、不器用? ヤンは疑問に思う。冷静沈着で、ハリアやアンセルはもちろん、ほかの騎士からの信頼も厚い。婚約者のクリスタからも慕われていて、ヤンからすれば騎士の中の騎士なのに。
「……おい」
「……っ、はいっ」
鋭い視線で睨まれて、ヤンはレックスのそばに寄った。すると先程と同じように、レックスはヤンを膝の上に乗せる。……どうしてまた膝の上に乗せるのだろう?
ヤンは頭の上に、はてなマークを浮かべながら、レックスの執務が終わるのを待った。
そして食事のあとすぐに、クリスタとの面会があると聞かされて、ヤンはチャンスとばかりに抜け出す。彼がクリスタと会っている間になら、やることもないし、訓練場で訓練をしてもいいかと思ったのだ。
ところが、抜け出してもヤンは訓練どころではなかった。重いものを運ぼうとすれば「持つよ」と言われ、ダガーを抜けば、持ち方がなってないと後ろから抱きすくめられ、熱心に指導してもらう。梯子にぶら下がったら、下で誰が支えるか喧嘩が始まり、手合わせをしてくれと集まったひとたちに、囲まれてもみくちゃにされた。
そして、ヤンはものすごい形相をしたレックスに見つかる。彼は一番タイミングが悪い時にやって来た。任務を放り出して何をしている、と今までにない鋭い視線を寄越しながら。
これにはヤンだけでなく、周りも凍りついた。レックスはヤンの手を取り引っ張ると、執務室に押し込められる。
「あ、あああああのっ? レックス様っ?」
しかもレックスは執務室に入るなり席に着き、膝の上にヤンを乗せたのだ。ものすごく怖い顔をしながら。
「なぜ持ち場を離れた?」
前回と同じように横向きに座らされた。彼は机の上の書類に目を通しながら、仕事を始めてしまう。どうやらここから降りるには、レックスへの説明が必要なようだ。
「えええっと、クリスタ様がいらっしゃる間なら、訓練できるかなって……」
「訓練場にひとがいる時は、使用を禁止したはずだ」
ヤンの肩が震える。確かにそう言われて、禁を破ったのはヤンだ。でも、そしたらいつ、ヤンは訓練ができるのだろう?
「それに、まともに訓練はできていなかったように見えたが?」
レックスの声は冷静だ。だからこそ、自分がしたことが間違いだと思い知らされ、項垂れる。
「み、みなさん親切で……。僕が至らないから、熱心に指導してくれようとしてたんです。その好意が嬉しくてつい……」
バン! と机が叩かれた。ヤンは膝の上で身体を縮こまらせると、視界の端で書類が握り潰される。レックスは本気で怒っているようだ。
「す、すみませんっ! 僕、こんなだから強くなりたくて! レックス様のお役に立てるようにと……!」
「……自覚がないにも程がある」
低く、唸るように言った声が聞き取れなくて、ヤンはそろそろと彼を見た。途端に牙を剥く猛獣のような顔が見えて、慌てて視線を下ろす。
「いいか、今後金輪際――……」
レックスがそう言いかけた時、ドアがノックされた。このままでは主人の膝に乗る失礼な従者になると思って、ヤンは降りようとしたが、腰に手を回され、降りることができない。
慌てるヤンをよそにレックスはいつも通り誰何する。相手はアンセルのようだ。
「レックス~、注文の品できたよ~」
相変わらず朗らかに笑いながら入ってきたアンセルは、膝の上に乗るヤンを見て素っ頓狂な声を上げる。
「レックス!? ま、まままさか、ついに告白したの!?」
「何の話だ」
アンセルの問いにレックスが冷静に答えると、彼は「なーんだ」と言って笑った。告白って何のことだろう、と思っていると、レックスに膝から降りるように言われる。ヤンはホッとして膝から降りると、立ち上がったレックスはアンセルのそばに行った。
「俺も仕事があるんだから、程々にしてくれよ?」
「……程々にしているが?」
「ああ? これで? ひな鳥ちゃんのシュラフといい、ここんところ注文多いじゃないか」
一体どれだけ作らせるつもりなの、とアンセルが言っているので、今回も彼が作った何かを持ってきたようだ。小さな袋に入った物をレックスに渡すと、アンセルはヤンに向かってニコリと笑う。
「あ、そのうちひな鳥ちゃんにも作ってあげるからね~」
「え、いえっ、僕は代金を支払えませんのでっ」
従騎士になったとはいえ、まだ二日目だ。衣食住は手に入ったが、物を買うには相応の金銭が必要なことは、ヤンだって知っている。もちろん、そんなお金は持ち合わせていない。
するとアンセルは笑みを深くしてこう答える。
「お代はいいよ。俺の気持ちだから」
「必要ない」
恐縮するヤンの代わりに答えたのは、レックスだった。アンセルは頬を膨らませる。
「ちょっとぉ、保護者の意見は聞いてないんだけど?」
「必要ない」
それでも真顔でそう言うレックスに、アンセルは折れた。しかし、どこか楽しげだ。
ヤンは視線を落とす。先日見せてもらったチャームは素敵だったし、シュラフといい、きっとアンセルの手芸の腕もいいのだろう。好意でくれるならありがたいと思ったけれど、どうやらレックスは、ヤンには相応しくないと思っているようだ。
「あ、……あー……、ひな鳥ちゃん? そんなに落ち込まないで?」
「すみません……僕はまだ、アンセル様の作る作品に相応しい騎士ではないようです……」
まだまだ、自分は従騎士としてひよっ子なのだ。主人に必要ないと言われるのは、きっと自分の器が足りないから。そう解釈してヤンは苦笑すると、なぜかアンセルは肘でレックスの脇腹を突いた。さすがに少し呻いたレックスだったが、やはり真顔で何も言わず、ヤンの解釈は正しいのだと、余計に落ち込む。
「……まぁいいや。レックスとひな鳥ちゃんは、もう少しお互いを知った方がいい。主従関係には信頼も必要だからね」
「……」
「……っ、ありがとうございますっ」
アンセルの言葉にレックスはやはり無言を貫いていたが、ヤンはアンセルの気遣いにホッとした。レックスといると、自分はここにいてはいけないように感じるので、やっぱりレックスに認めてもらえるよう、頑張ろうという気になる。
アンセルはそんなヤンに気付いているのか、こちらを見て苦笑した。不器用な主人を持つと大変だね、と言い残して部屋を去っていく。
「……不器用?」
ヤンはレックスを見上げた。しかし彼は何もなかったかのように席に着き、仕事を再開してしまう。
「……」
この、何もかも完璧に見えるレックスが、不器用? ヤンは疑問に思う。冷静沈着で、ハリアやアンセルはもちろん、ほかの騎士からの信頼も厚い。婚約者のクリスタからも慕われていて、ヤンからすれば騎士の中の騎士なのに。
「……おい」
「……っ、はいっ」
鋭い視線で睨まれて、ヤンはレックスのそばに寄った。すると先程と同じように、レックスはヤンを膝の上に乗せる。……どうしてまた膝の上に乗せるのだろう?
ヤンは頭の上に、はてなマークを浮かべながら、レックスの執務が終わるのを待った。
36
お気に入りに追加
685
あなたにおすすめの小説
【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!
白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。
現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、
ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。
クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。
正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。
そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。
どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??
BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です)
《完結しました》
【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます
天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。
広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。
「は?」
「嫁に行って来い」
そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。
現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる!
……って、言ったら大袈裟かな?
※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。
侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます
muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。
仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。
成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。
何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。
汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。
平民男子と騎士団長の行く末
きわ
BL
平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。
ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。
好きだという気持ちを隠したまま。
過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。
第十一回BL大賞参加作品です。
宰相閣下の絢爛たる日常
猫宮乾
BL
クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。
大魔法使いに生まれ変わったので森に引きこもります
かとらり。
BL
前世でやっていたRPGの中ボスの大魔法使いに生まれ変わった僕。
勇者に倒されるのは嫌なので、大人しくアイテムを渡して帰ってもらい、塔に引きこもってセカンドライフを楽しむことにした。
風の噂で勇者が魔王を倒したことを聞いて安心していたら、森の中に小さな男の子が転がり込んでくる。
どうやらその子どもは勇者の子供らしく…
天涯孤独な天才科学者、憧れの異世界ゲートを開発して騎士団長に溺愛される。
竜鳴躍
BL
年下イケメン騎士団長×自力で異世界に行く系天然不遇美人天才科学者のはわはわラブ。
天涯孤独な天才科学者・須藤嵐は子どもの頃から憧れた異世界に行くため、別次元を開くゲートを開発した。
チートなし、チート級の頭脳はあり!?実は美人らしい主人公は保護した騎士団長に溺愛される。
勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました
雪
BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」
え?勇者って誰のこと?
突如勇者として召喚された俺。
いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう?
俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる