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15 ひよっ子、気合いを入れる
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その後、レックスは来客があると言って、別の部屋に移動する。ヤンにとっては今日が初仕事な訳だが、こんなにも部屋を移動するとは思わなかった。
「お前は部屋の外、出入口付近で控えていろ」
そう言われて、今度はそばに控えることもできない仕事なのか、とヤンは驚く。確かに実質国のナンバー2とただの従騎士では、扱える情報も違うだろう。
ヤンは指示通りドア付近で待機しておく。すると間もなく、女従者を連れた女性がやって来て、その部屋に入ろうとした。
「おい」
従者の女性が鋭い視線でこちらを見る。
「クリスタ様がおいでになったというのに、敬礼もしないのか。一体どこのどいつだ」
「ひぇっ、す、すみませんっ」
ヤンは慌てて背筋を伸ばすと、従者の主人らしき女性は手を挙げ止めた。
その女性は深緑の波打った、長い髪を揺らしてヤンの前に来る。白い肌と落ち着いた青色のドレスも相まって、美しいとはこういうひとのことを言うのかな、とヤンは思う。
視線を上げると、長いまつ毛に縁取られた目は透き通った青色で、彼女が動く度に髪が青色や金色に見えて、不思議だ、と惚けてしまった。
「貴方が噂の英雄ね。かわいらしい」
「えっ、あ、あの……」
ヤンは驚いた。自分のことがもう知られていることもだけれど、クリスタと呼ばれた女性からは従者とは違い、敵意を感じなかったからだ。
桃色の綺麗な唇が笑みの形を作ると、クリスタはヤンの手を握った。柔らかな指にドキリとすると、彼女はますます笑みを深くする。
「ハリア様とレックス様の心を射止めただけあるわね。本当にかわいらしい!」
「あ、ああああのっ?」
ぎゅっと手を握られ、ヤンは慌てた。ここにレックスがいたら、騎士たるもの、女性の前では紳士であれとか言いそうだけれど、高貴な身分の女性と接点がなかったヤンは、どうするのが紳士なのか分からない。
「ああ、怖がらないで。わたくしは孔雀のクリスタ。レックス様の婚約者です」
「は……」
ヤンは驚いた。しかしすぐに納得する。レックスも立派な成鳥だ、そして騎士団長という身分であり、外見も男のヤンからしても申し分ないほどかっこいい。むしろ結婚していない方がおかしいひとなのだと思う。
「す、すみませんっ。僕はヤンと言いますっ」
婚約者なんていて当たり前だ、とヤンは改めて背筋を伸ばして自己紹介をした。するとクリスタは頬を上気させ、はあ、とため息をつく。
「何て素直ないい子なの? いいわ、妄想がはかど……」
「涎が出ていますよクリスタ様」
ヤンは心の中で前言撤回した。美しいけれど、このひとには近寄ってはいけないと、本能が警告している。従者に咎められたクリスタは、口を袖で拭いてニッコリと笑った。本当に涎が出ていたらしい。
「ほぼ毎日レックス様と会うことになってるけれど、安心なさって。わたくしは決められた結婚より、真実の愛……それも試練や葛藤を乗り越えた愛が欲しいの」
いくぶんか熱の篭った瞳で真っ直ぐ見つめられ、ヤンは訳が分からないまま頷く。満足したらしいクリスタは、ヤンの手を離すと来た時のように品のある笑顔を貼り付け、部屋へと入っていった。
その際に、従者に小さな声で「今後はクリスタ様に気を付けられよ」と言われたのが気になるけれど。
はあ、とヤンはため息をつく。婚約者と会うなら、自分が席を外せと言われるのは当然だ。二人の邪魔はしたくないし、彼らがいずれ結婚するなら、喜んで祝福したい。
「……クリスタ様はもちろん綺麗だろうし、レックス様もかっこいいんだろうな」
ヤンは純白の衣装を着た二人を想像した。しかし、レックスはあの鋭い視線で歩く姿しか想像できず、あれ、とヤンは思った。
レックスの笑った顔が想像できないのだ。
それが、自分に笑顔を向けたことがないせいだと分かると、悲しい気持ちになる。どうして彼は、あんなにも鋭い視線で自分を見てくるのだろう、と。
(いや、でも……)
先程、レックスの剣を受け止めた時は違った。真っ直ぐヤンを見つめていて、きちんと自分を見てくれた、と思ったのだ。強いけれど、それは相手を射竦める目的ではなく、存在そのものを認めるような、そんな眼差し。
ヤンは胸に手を当てる。なぜだろう、胸が少し温かくてドキドキする。例えば、『家族』に優しくされて、嬉しくなった時のような。
でも、レックスは『家族』ではない。そしてヤンは、『家族』以外と接する機会は今までにほぼなかった。だからこの不思議な気持ちは何だろう、と思う。
ここにいてもいいんだ、という感覚かな、とも思った。もちろん『家族』はヤンに優しくしてくれたけれど、どこか気持ちに穴が空いたような、そんな感覚がずっとしていた。そしてレックスは、そんな隙間を埋めてくれる存在なのかもしれない、と感じる。
なるほど、みんなに慕われる訳だ、とヤンはひとりで笑った。レックスは貴賤関係なく、他人を認めることができるひとなのだと。心が広くて強い、心身ともに騎士に相応しいひとなのだ。
そう思ったら、やっぱりレックスの役に立てるよう、早く仕事を覚えて強くなりたい。そして『家族』に、もう安心だよ、と伝えてあげたい。
俄然やる気が出てきた、とヤンは拳を握った。
「お前は部屋の外、出入口付近で控えていろ」
そう言われて、今度はそばに控えることもできない仕事なのか、とヤンは驚く。確かに実質国のナンバー2とただの従騎士では、扱える情報も違うだろう。
ヤンは指示通りドア付近で待機しておく。すると間もなく、女従者を連れた女性がやって来て、その部屋に入ろうとした。
「おい」
従者の女性が鋭い視線でこちらを見る。
「クリスタ様がおいでになったというのに、敬礼もしないのか。一体どこのどいつだ」
「ひぇっ、す、すみませんっ」
ヤンは慌てて背筋を伸ばすと、従者の主人らしき女性は手を挙げ止めた。
その女性は深緑の波打った、長い髪を揺らしてヤンの前に来る。白い肌と落ち着いた青色のドレスも相まって、美しいとはこういうひとのことを言うのかな、とヤンは思う。
視線を上げると、長いまつ毛に縁取られた目は透き通った青色で、彼女が動く度に髪が青色や金色に見えて、不思議だ、と惚けてしまった。
「貴方が噂の英雄ね。かわいらしい」
「えっ、あ、あの……」
ヤンは驚いた。自分のことがもう知られていることもだけれど、クリスタと呼ばれた女性からは従者とは違い、敵意を感じなかったからだ。
桃色の綺麗な唇が笑みの形を作ると、クリスタはヤンの手を握った。柔らかな指にドキリとすると、彼女はますます笑みを深くする。
「ハリア様とレックス様の心を射止めただけあるわね。本当にかわいらしい!」
「あ、ああああのっ?」
ぎゅっと手を握られ、ヤンは慌てた。ここにレックスがいたら、騎士たるもの、女性の前では紳士であれとか言いそうだけれど、高貴な身分の女性と接点がなかったヤンは、どうするのが紳士なのか分からない。
「ああ、怖がらないで。わたくしは孔雀のクリスタ。レックス様の婚約者です」
「は……」
ヤンは驚いた。しかしすぐに納得する。レックスも立派な成鳥だ、そして騎士団長という身分であり、外見も男のヤンからしても申し分ないほどかっこいい。むしろ結婚していない方がおかしいひとなのだと思う。
「す、すみませんっ。僕はヤンと言いますっ」
婚約者なんていて当たり前だ、とヤンは改めて背筋を伸ばして自己紹介をした。するとクリスタは頬を上気させ、はあ、とため息をつく。
「何て素直ないい子なの? いいわ、妄想がはかど……」
「涎が出ていますよクリスタ様」
ヤンは心の中で前言撤回した。美しいけれど、このひとには近寄ってはいけないと、本能が警告している。従者に咎められたクリスタは、口を袖で拭いてニッコリと笑った。本当に涎が出ていたらしい。
「ほぼ毎日レックス様と会うことになってるけれど、安心なさって。わたくしは決められた結婚より、真実の愛……それも試練や葛藤を乗り越えた愛が欲しいの」
いくぶんか熱の篭った瞳で真っ直ぐ見つめられ、ヤンは訳が分からないまま頷く。満足したらしいクリスタは、ヤンの手を離すと来た時のように品のある笑顔を貼り付け、部屋へと入っていった。
その際に、従者に小さな声で「今後はクリスタ様に気を付けられよ」と言われたのが気になるけれど。
はあ、とヤンはため息をつく。婚約者と会うなら、自分が席を外せと言われるのは当然だ。二人の邪魔はしたくないし、彼らがいずれ結婚するなら、喜んで祝福したい。
「……クリスタ様はもちろん綺麗だろうし、レックス様もかっこいいんだろうな」
ヤンは純白の衣装を着た二人を想像した。しかし、レックスはあの鋭い視線で歩く姿しか想像できず、あれ、とヤンは思った。
レックスの笑った顔が想像できないのだ。
それが、自分に笑顔を向けたことがないせいだと分かると、悲しい気持ちになる。どうして彼は、あんなにも鋭い視線で自分を見てくるのだろう、と。
(いや、でも……)
先程、レックスの剣を受け止めた時は違った。真っ直ぐヤンを見つめていて、きちんと自分を見てくれた、と思ったのだ。強いけれど、それは相手を射竦める目的ではなく、存在そのものを認めるような、そんな眼差し。
ヤンは胸に手を当てる。なぜだろう、胸が少し温かくてドキドキする。例えば、『家族』に優しくされて、嬉しくなった時のような。
でも、レックスは『家族』ではない。そしてヤンは、『家族』以外と接する機会は今までにほぼなかった。だからこの不思議な気持ちは何だろう、と思う。
ここにいてもいいんだ、という感覚かな、とも思った。もちろん『家族』はヤンに優しくしてくれたけれど、どこか気持ちに穴が空いたような、そんな感覚がずっとしていた。そしてレックスは、そんな隙間を埋めてくれる存在なのかもしれない、と感じる。
なるほど、みんなに慕われる訳だ、とヤンはひとりで笑った。レックスは貴賤関係なく、他人を認めることができるひとなのだと。心が広くて強い、心身ともに騎士に相応しいひとなのだ。
そう思ったら、やっぱりレックスの役に立てるよう、早く仕事を覚えて強くなりたい。そして『家族』に、もう安心だよ、と伝えてあげたい。
俄然やる気が出てきた、とヤンは拳を握った。
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