上 下
15 / 40

15 ひよっ子、気合いを入れる

しおりを挟む
 その後、レックスは来客があると言って、別の部屋に移動する。ヤンにとっては今日が初仕事な訳だが、こんなにも部屋を移動するとは思わなかった。

「お前は部屋の外、出入口付近で控えていろ」

 そう言われて、今度はそばに控えることもできない仕事なのか、とヤンは驚く。確かに実質国のナンバー2とただの従騎士では、扱える情報も違うだろう。

 ヤンは指示通りドア付近で待機しておく。すると間もなく、女従者を連れた女性がやって来て、その部屋に入ろうとした。

「おい」

 従者の女性が鋭い視線でこちらを見る。

「クリスタ様がおいでになったというのに、敬礼もしないのか。一体どこのどいつだ」
「ひぇっ、す、すみませんっ」

 ヤンは慌てて背筋を伸ばすと、従者の主人らしき女性は手を挙げ止めた。
 その女性は深緑の波打った、長い髪を揺らしてヤンの前に来る。白い肌と落ち着いた青色のドレスも相まって、美しいとはこういうひとのことを言うのかな、とヤンは思う。
 視線を上げると、長いまつ毛に縁取られた目は透き通った青色で、彼女が動く度に髪が青色や金色に見えて、不思議だ、と惚けてしまった。

「貴方が噂の英雄ね。かわいらしい」
「えっ、あ、あの……」

 ヤンは驚いた。自分のことがもう知られていることもだけれど、クリスタと呼ばれた女性からは従者とは違い、敵意を感じなかったからだ。
 桃色の綺麗な唇が笑みの形を作ると、クリスタはヤンの手を握った。柔らかな指にドキリとすると、彼女はますます笑みを深くする。

「ハリア様とレックス様の心を射止めただけあるわね。本当にかわいらしい!」
「あ、ああああのっ?」

 ぎゅっと手を握られ、ヤンは慌てた。ここにレックスがいたら、騎士たるもの、女性の前では紳士であれとか言いそうだけれど、高貴な身分の女性と接点がなかったヤンは、どうするのが紳士なのか分からない。

「ああ、怖がらないで。わたくしは孔雀くじゃくのクリスタ。レックス様の婚約者です」
「は……」

 ヤンは驚いた。しかしすぐに納得する。レックスも立派な成鳥だ、そして騎士団長という身分であり、外見も男のヤンからしても申し分ないほどかっこいい。むしろ結婚していない方がおかしいひとなのだと思う。

「す、すみませんっ。僕はヤンと言いますっ」

 婚約者なんていて当たり前だ、とヤンは改めて背筋を伸ばして自己紹介をした。するとクリスタは頬を上気させ、はあ、とため息をつく。

「何て素直ないい子なの? いいわ、妄想がはかど……」
よだれが出ていますよクリスタ様」

 ヤンは心の中で前言撤回した。美しいけれど、このひとには近寄ってはいけないと、本能が警告している。従者に咎められたクリスタは、口を袖で拭いてニッコリと笑った。本当に涎が出ていたらしい。

「ほぼ毎日レックス様と会うことになってるけれど、安心なさって。わたくしは決められた結婚より、真実の愛……それも試練や葛藤を乗り越えた愛が欲しいの」

 いくぶんか熱の篭った瞳で真っ直ぐ見つめられ、ヤンは訳が分からないまま頷く。満足したらしいクリスタは、ヤンの手を離すと来た時のように品のある笑顔を貼り付け、部屋へと入っていった。

 その際に、従者に小さな声で「今後はクリスタ様に気を付けられよ」と言われたのが気になるけれど。

 はあ、とヤンはため息をつく。婚約者と会うなら、自分が席を外せと言われるのは当然だ。二人の邪魔はしたくないし、彼らがいずれ結婚するなら、喜んで祝福したい。

「……クリスタ様はもちろん綺麗だろうし、レックス様もかっこいいんだろうな」

 ヤンは純白の衣装を着た二人を想像した。しかし、レックスはあの鋭い視線で歩く姿しか想像できず、あれ、とヤンは思った。

 レックスの笑った顔が想像できないのだ。
 それが、自分に笑顔を向けたことがないせいだと分かると、悲しい気持ちになる。どうして彼は、あんなにも鋭い視線で自分を見てくるのだろう、と。

(いや、でも……)

 先程、レックスの剣を受け止めた時は違った。真っ直ぐヤンを見つめていて、きちんと自分を見てくれた、と思ったのだ。強いけれど、それは相手を射竦める目的ではなく、存在そのものを認めるような、そんな眼差し。

 ヤンは胸に手を当てる。なぜだろう、胸が少し温かくてドキドキする。例えば、『家族』に優しくされて、嬉しくなった時のような。

 でも、レックスは『家族』ではない。そしてヤンは、『家族』以外と接する機会は今までにほぼなかった。だからこの不思議な気持ちは何だろう、と思う。

 ここにいてもいいんだ、という感覚かな、とも思った。もちろん『家族』はヤンに優しくしてくれたけれど、どこか気持ちに穴が空いたような、そんな感覚がずっとしていた。そしてレックスは、そんな隙間を埋めてくれる存在なのかもしれない、と感じる。

 なるほど、みんなに慕われる訳だ、とヤンはひとりで笑った。レックスは貴賤関係なく、他人を認めることができるひとなのだと。心が広くて強い、心身ともに騎士に相応しいひとなのだ。

 そう思ったら、やっぱりレックスの役に立てるよう、早く仕事を覚えて強くなりたい。そして『家族』に、もう安心だよ、と伝えてあげたい。

 俄然やる気が出てきた、とヤンは拳を握った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】子供が欲しい俺と、心配するアイツの攻防

愛早さくら
BL
生まれ変わったと自覚した瞬間、俺は思いっきりガッツポーズをした。 なぜならこの世界、男でも妊娠・出産が可能だったからだ。 から始まる、毎度おなじみ前世思い出した系。 見た目が幼い、押せ押せな受けと、たじたじになっていながら結局押し切られる大柄な攻めのごくごく短い話、になる予定です。 突発、出オチ短編見た目ショタエロ話!のはず! ・いつもの。(他の異世界話と同じ世界観) ・つまり、男女関係なく子供が産める魔法とかある異世界が舞台。 ・数日で完結、させれればいいなぁ! ・R18描写があるお話にはタイトルの頭に*を付けます。

恋人に捨てられた僕を拾ってくれたのは、憧れの騎士様でした

水瀬かずか
BL
仕事をクビになった。住んでいるところも追い出された。そしたら恋人に捨てられた。最後のお給料も全部奪われた。「役立たず」と蹴られて。 好きって言ってくれたのに。かわいいって言ってくれたのに。やっぱり、僕は駄目な子なんだ。 行き場をなくした僕を見つけてくれたのは、優しい騎士様だった。 強面騎士×不憫美青年

推し様の幼少期が天使過ぎて、意地悪な義兄をやらずに可愛がってたら…彼に愛されました。

櫻坂 真紀
BL
死んでしまった俺は、大好きなBLゲームの悪役令息に転生を果たした。 でもこのキャラ、大好きな推し様を虐め、嫌われる意地悪な義兄じゃ……!? そして俺の前に現れた、幼少期の推し様。 その子が余りに可愛くて、天使過ぎて……俺、とても意地悪なんか出来ない! なので、全力で可愛がる事にします! すると、推し様……弟も、俺を大好きになってくれて──? 【全28話で完結しました。R18のお話には※が付けてあります。】

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。 僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。 けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。 どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。 「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」 神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。 これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。 本編は三人称です。 R−18に該当するページには※を付けます。 毎日20時更新 登場人物 ラファエル・ローデン 金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。 ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。 首筋で脈を取るのがクセ。 アルフレッド 茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。 剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。 神様 ガラが悪い大男。  

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

僕の策略は婚約者に通じるか

BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。 フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン ※他サイト投稿済です ※攻視点があります

【完結】売れ残りのΩですが隠していた××をαの上司に見られてから妙に優しくされててつらい。

天城
BL
ディランは売れ残りのΩだ。貴族のΩは十代には嫁入り先が決まるが、儚さの欠片もない逞しい身体のせいか完全に婚期を逃していた。 しかもディランの身体には秘密がある。陥没乳首なのである。恥ずかしくて大浴場にもいけないディランは、結婚は諦めていた。 しかしαの上司である騎士団長のエリオットに事故で陥没乳首を見られてから、彼はとても優しく接してくれる。始めは気まずかったものの、穏やかで壮年の色気たっぷりのエリオットの声を聞いていると、落ち着かないようなむずがゆいような、不思議な感じがするのだった。 【攻】騎士団長のα・巨体でマッチョの美形(黒髪黒目の40代)×【受】売れ残りΩ副団長・細マッチョ(陥没乳首の30代・銀髪紫目・無自覚美形)色事に慣れない陥没乳首Ωを、あの手この手で囲い込み、執拗な乳首フェラで籠絡させる独占欲つよつよαによる捕獲作戦。全3話+番外2話

全ての悪評を押し付けられた僕は人が怖くなった。それなのに、僕を嫌っているはずの王子が迫ってくる。溺愛ってなんですか?! 僕には無理です!

迷路を跳ぶ狐
BL
 森の中の小さな領地の弱小貴族の僕は、領主の息子として生まれた。だけど両親は可愛い兄弟たちに夢中で、いつも邪魔者扱いされていた。  なんとか認められたくて、魔法や剣技、領地経営なんかも学んだけど、何が起これば全て僕が悪いと言われて、激しい折檻を受けた。  そんな家族は領地で好き放題に搾取して、領民を襲う魔物は放置。そんなことをしているうちに、悪事がバレそうになって、全ての悪評を僕に押し付けて逃げた。  それどころか、家族を逃す交換条件として領主の代わりになった男たちに、僕は毎日奴隷として働かされる日々……  暗い地下に閉じ込められては鞭で打たれ、拷問され、仕事を押し付けられる毎日を送っていたある日、僕の前に、竜が現れる。それはかつて僕が、悪事を働く竜と間違えて、背後から襲いかかった竜の王子だった。  あの時のことを思い出して、跪いて謝る僕の手を、王子は握って立たせる。そして、僕にずっと会いたかったと言い出した。え…………? なんで? 二話目まで胸糞注意。R18は保険です。

処理中です...