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10 ひよっ子、食事をする
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「ところで、今日はどちらでどなたと朝食なんですか?」
再び歩き出したレックスにヤンは付いていくと、彼は真っ直ぐ前を見ながら答える。
「ハリア様とアンセルの予定だ」
いきなり国王との食事に付き合うことになるとは、とヤンは気合いを入れる。今のところ仕事に関してはきちんとできていないので、早く信頼を取り戻さないと。
レックスはある部屋の前で立ち止まると、ドアをノックした。内側から開けられた部屋の中は、長机にカトラリーが並んでいる。ここで食事をするのだろう。
「お前は俺の後ろの壁際で控えていなさい」
レックスにそう言われ、ヤンは返事をして言う通り壁際に立つ。華美な装飾が目立つ内装や家具は、ハリアが使うためだとすぐに分かったが、肝心の城の主はまだ来ないようだ。
「おはよー……」
すると、アンセルが目を擦りながら入ってきた。身だしなみはきちんとしているものの、起きたばかりなのが分かる。
ヤンが挨拶をすると、アンセルはヤンを見て、「ん?」と声を上げ、もう一度目を擦ってヤンを見た。
「え、ひな鳥ちゃんも連れてきたの?」
「ハリア様のご命令だ」
驚いた様子のアンセルに、レックスは冷静に返す。そっか、それなら、と席に着いたアンセルは納得したようだ。アンセルの付き人がいないのを見ると、もしかしたら今日の朝食はハリア、レックス、アンセルの三人の予定だったのかもしれない。
「おはよう」
すると、別のドアからハリアが入ってきた。さすが国王と言うべきか、朝から隙のない身だしなみと所作で、華麗に席に着く。ヤンが見惚れて見ていると、視線に気付いたハリアがヤンを見た。
途端に射抜かれたように心臓が跳ね、ヤンは背筋を伸ばす。おはようございます、と挨拶をすると、男でも惚れ惚れするほど綺麗な笑みを、ハリアは浮かべる。
そして計ったように食事が運ばれてきた。見た目だけでも上質だと分かる食事にヤンのお腹が鳴り、朝食を食いっぱぐれたことを思い出す。あとで何か口にできたらいいけれど。
「あ、俺はサラダだけで……」
「おや、果物も食べないのか?」
ベジタリアンなアンセルの前にはサラダと果物が置かれていたが、アンセルは野菜だけ欲しいと言うと、ハリアは片眉だけ上げて問う。そういうハリアの前には並ぶ皿全てに肉が載っており、さすが肉食、とヤンはこっそり思った。
「実は人使い荒いどっかの誰かさんが、徹夜の仕事を押し付けてきまして」
そう言ってアンセルは隣のレックスを睨む。
「夜食を食べながらだったので、今はあまり食べられないんです」
「……なるほど」
口を尖らせて言うアンセルに、ハリアはレックスを眺めて笑った。ヤンからはレックスの表情は見えないけれど、多分いつもと変わらない顔をしているのだろう。
「ヤン」
そんなことを思っていたらハリアに呼ばれた。まさか呼ばれるとは思っていなかったヤンは、声をひっくり返しながら返事をする。
「こちらに来なさい」
「え……」
またどうして、とハリアを見ると、彼は笑っているものの、目の奥に冷えたものを湛えてこちらを見ていた。これは、絶対的強者がもつ瞳だ、と本能で感じ、逆らうことなくヤンはそばに行く。
「いい子だ」
ハリアはそばに来たヤンの左肩をポン、と叩くと、足から力が抜けてその場に膝をつく。不思議なことに、逆らおうとする気持ちも沸かず、ヤンは、その微笑んでいるのに冷たく鋭い視線から、目を離せずにいた。
「ハリア様」
咎めるような声がレックスからする。ハリアは一瞬そちらへ視線を移したが、またヤンを捉えると金の瞳が細められた。
その動きひとつひとつが優雅で美しい。けれど獰猛な加虐心が見え隠れする視線は、まさしくこのひとが王者だと思わせるものだ。
――猫や蛇とは、圧倒的に違う。
ざわ、とヤンの肌が粟立った。ハリアの長い指がヤンの頬を撫で、顎の下で止まる。ゆっくりと顎を上げさせられ、それでも視線を逸らせずにいると、ハリアはクツクツと笑った。
「お食べ」
口の中にそっと放り込まれたのは、ひとくち大にカットされたリンゴだ。じっとハリアの金の瞳を見つめながら咀嚼すると、さらにその目は細められる。
「ハリア様、私の弟子で遊ばないでください」
先程よりも強めの声がして、ヤンはハッとした。声の主、レックスを見ると、声とは裏腹に冷静な顔の彼がいる。
すると、やっとハリアはヤンから視線を外した。周りの空気をも凍らすような雰囲気はそこで霧散し、ハリアも声を出して笑う。
「やはり私の目に狂いはなかったな。ヤン、きみは強い」
「ぅへぁっ? そ、そ、そんなことはっ」
思ってもみなかったハリアの言葉に、ヤンは素っ頓狂な声を上げると、座りなさい、と言われてさらに恐縮する。どうしよう、と助けを求めるつもりでレックスを見ると、ため息をついた彼は「ほどほどにしてください」とハリアに釘を刺した。
国王の指示に従うように言われたヤンは、大人しくハリアの隣に用意された椅子に腰を下ろす。そのまま給仕係がヤンの前に食事を持ってくるので、どういうことかと辺りを見渡した。
「ひな鳥ちゃんも一緒に?」
「ああ。もう一度、ヤンをちゃんと見たかったんだ。レックスにあてがって正解だな」
そう言って、ハリアはカトラリーを持った。それをきっかけに食事が始まり、ヤンはオロオロと彼らを見る。
どうしよう。テーブルマナーとは無縁の生活をしてきたので、どれをどう使うのかも分からない。ここで正直に言うのはどうかと思うし、なにより主人のレックスに恥をかかせてしまうのは言語道断だ。
「……猫の動向はどうだ?」
そんなヤンをよそに、ハリアは会話を始めてしまう。すると、レックスがこちらを睨んでいることに気付いた。縮み上がりそうな身体をグッと堪える。
「今のところ動きはないです。ただ、こちらを窺っている感じはすごくしますけどね」
アンセルが答える。猫というワードにヤンの肩が震えた。どうしよう、と縋るようにレックスを見ると、彼の口が音を出さずに動き出した。
(お、れ、の、ま、ね、を、……俺の真似をしろ?)
「ヤン、食べないのか?」
直後にハリアに問われ、ヤンはビクッと身体を硬直させる。彼を見るとまた、あの冷えた目で面白がるようにこちらを見ている。
「い、いえっ! いただきます!」
ヤンはレックスを盗み見ながら、使うナイフとフォークを手に取った。とりあえず、形だけできれば上出来だ、と思いながら魚を口にする。
「油断ならないな……アイツらは笑いながら私たちの生活を強奪しに来る」
「ええ。それに……」
ハリアの憂事をレックスが継ぐ。しかもヤンが真似できるように、気を配りながら。
「手加減ができない奴らですからね。こちらも遠慮は無用かと」
ヤンは会話を聞くどころではなく、レックスの真似をしてマナー通りに食べることで精一杯だった。美味しいことは確実なのに、緊張で食べた気がしない。
「ヤンは、今後猫にはどう対処したらいいと思う?」
「ぅえっ?」
いきなり話題を振られ、ヤンは慌てる。そして一介の従騎士の意見など、何の役に立つのだろう、と不思議に思った。
(そばにはレックス様も、アンセル様もいるのに……)
そう思って、もしやと気付く。ハリアは、剣や戦術に長けた二人の意見ではなく、ヤンの率直な意見を聞きたいのではないのか、と。
ヤンの肌が再びザワついた。猫という言葉を聞くだけで、ヤンは神経を尖らせてしまう。カトラリーを持つ手が震えるのでそっと置くと、レックスが訝しげにこちらを見る気配がした。
「……僕は、平和に暮らせたら……、それだけで十分です」
「……うむ。それは私たちも同じ願いだ」
ただ、待っているだけでは後手に回る。そう言って、ハリアは近々討伐隊を出すと宣言した。
再び歩き出したレックスにヤンは付いていくと、彼は真っ直ぐ前を見ながら答える。
「ハリア様とアンセルの予定だ」
いきなり国王との食事に付き合うことになるとは、とヤンは気合いを入れる。今のところ仕事に関してはきちんとできていないので、早く信頼を取り戻さないと。
レックスはある部屋の前で立ち止まると、ドアをノックした。内側から開けられた部屋の中は、長机にカトラリーが並んでいる。ここで食事をするのだろう。
「お前は俺の後ろの壁際で控えていなさい」
レックスにそう言われ、ヤンは返事をして言う通り壁際に立つ。華美な装飾が目立つ内装や家具は、ハリアが使うためだとすぐに分かったが、肝心の城の主はまだ来ないようだ。
「おはよー……」
すると、アンセルが目を擦りながら入ってきた。身だしなみはきちんとしているものの、起きたばかりなのが分かる。
ヤンが挨拶をすると、アンセルはヤンを見て、「ん?」と声を上げ、もう一度目を擦ってヤンを見た。
「え、ひな鳥ちゃんも連れてきたの?」
「ハリア様のご命令だ」
驚いた様子のアンセルに、レックスは冷静に返す。そっか、それなら、と席に着いたアンセルは納得したようだ。アンセルの付き人がいないのを見ると、もしかしたら今日の朝食はハリア、レックス、アンセルの三人の予定だったのかもしれない。
「おはよう」
すると、別のドアからハリアが入ってきた。さすが国王と言うべきか、朝から隙のない身だしなみと所作で、華麗に席に着く。ヤンが見惚れて見ていると、視線に気付いたハリアがヤンを見た。
途端に射抜かれたように心臓が跳ね、ヤンは背筋を伸ばす。おはようございます、と挨拶をすると、男でも惚れ惚れするほど綺麗な笑みを、ハリアは浮かべる。
そして計ったように食事が運ばれてきた。見た目だけでも上質だと分かる食事にヤンのお腹が鳴り、朝食を食いっぱぐれたことを思い出す。あとで何か口にできたらいいけれど。
「あ、俺はサラダだけで……」
「おや、果物も食べないのか?」
ベジタリアンなアンセルの前にはサラダと果物が置かれていたが、アンセルは野菜だけ欲しいと言うと、ハリアは片眉だけ上げて問う。そういうハリアの前には並ぶ皿全てに肉が載っており、さすが肉食、とヤンはこっそり思った。
「実は人使い荒いどっかの誰かさんが、徹夜の仕事を押し付けてきまして」
そう言ってアンセルは隣のレックスを睨む。
「夜食を食べながらだったので、今はあまり食べられないんです」
「……なるほど」
口を尖らせて言うアンセルに、ハリアはレックスを眺めて笑った。ヤンからはレックスの表情は見えないけれど、多分いつもと変わらない顔をしているのだろう。
「ヤン」
そんなことを思っていたらハリアに呼ばれた。まさか呼ばれるとは思っていなかったヤンは、声をひっくり返しながら返事をする。
「こちらに来なさい」
「え……」
またどうして、とハリアを見ると、彼は笑っているものの、目の奥に冷えたものを湛えてこちらを見ていた。これは、絶対的強者がもつ瞳だ、と本能で感じ、逆らうことなくヤンはそばに行く。
「いい子だ」
ハリアはそばに来たヤンの左肩をポン、と叩くと、足から力が抜けてその場に膝をつく。不思議なことに、逆らおうとする気持ちも沸かず、ヤンは、その微笑んでいるのに冷たく鋭い視線から、目を離せずにいた。
「ハリア様」
咎めるような声がレックスからする。ハリアは一瞬そちらへ視線を移したが、またヤンを捉えると金の瞳が細められた。
その動きひとつひとつが優雅で美しい。けれど獰猛な加虐心が見え隠れする視線は、まさしくこのひとが王者だと思わせるものだ。
――猫や蛇とは、圧倒的に違う。
ざわ、とヤンの肌が粟立った。ハリアの長い指がヤンの頬を撫で、顎の下で止まる。ゆっくりと顎を上げさせられ、それでも視線を逸らせずにいると、ハリアはクツクツと笑った。
「お食べ」
口の中にそっと放り込まれたのは、ひとくち大にカットされたリンゴだ。じっとハリアの金の瞳を見つめながら咀嚼すると、さらにその目は細められる。
「ハリア様、私の弟子で遊ばないでください」
先程よりも強めの声がして、ヤンはハッとした。声の主、レックスを見ると、声とは裏腹に冷静な顔の彼がいる。
すると、やっとハリアはヤンから視線を外した。周りの空気をも凍らすような雰囲気はそこで霧散し、ハリアも声を出して笑う。
「やはり私の目に狂いはなかったな。ヤン、きみは強い」
「ぅへぁっ? そ、そ、そんなことはっ」
思ってもみなかったハリアの言葉に、ヤンは素っ頓狂な声を上げると、座りなさい、と言われてさらに恐縮する。どうしよう、と助けを求めるつもりでレックスを見ると、ため息をついた彼は「ほどほどにしてください」とハリアに釘を刺した。
国王の指示に従うように言われたヤンは、大人しくハリアの隣に用意された椅子に腰を下ろす。そのまま給仕係がヤンの前に食事を持ってくるので、どういうことかと辺りを見渡した。
「ひな鳥ちゃんも一緒に?」
「ああ。もう一度、ヤンをちゃんと見たかったんだ。レックスにあてがって正解だな」
そう言って、ハリアはカトラリーを持った。それをきっかけに食事が始まり、ヤンはオロオロと彼らを見る。
どうしよう。テーブルマナーとは無縁の生活をしてきたので、どれをどう使うのかも分からない。ここで正直に言うのはどうかと思うし、なにより主人のレックスに恥をかかせてしまうのは言語道断だ。
「……猫の動向はどうだ?」
そんなヤンをよそに、ハリアは会話を始めてしまう。すると、レックスがこちらを睨んでいることに気付いた。縮み上がりそうな身体をグッと堪える。
「今のところ動きはないです。ただ、こちらを窺っている感じはすごくしますけどね」
アンセルが答える。猫というワードにヤンの肩が震えた。どうしよう、と縋るようにレックスを見ると、彼の口が音を出さずに動き出した。
(お、れ、の、ま、ね、を、……俺の真似をしろ?)
「ヤン、食べないのか?」
直後にハリアに問われ、ヤンはビクッと身体を硬直させる。彼を見るとまた、あの冷えた目で面白がるようにこちらを見ている。
「い、いえっ! いただきます!」
ヤンはレックスを盗み見ながら、使うナイフとフォークを手に取った。とりあえず、形だけできれば上出来だ、と思いながら魚を口にする。
「油断ならないな……アイツらは笑いながら私たちの生活を強奪しに来る」
「ええ。それに……」
ハリアの憂事をレックスが継ぐ。しかもヤンが真似できるように、気を配りながら。
「手加減ができない奴らですからね。こちらも遠慮は無用かと」
ヤンは会話を聞くどころではなく、レックスの真似をしてマナー通りに食べることで精一杯だった。美味しいことは確実なのに、緊張で食べた気がしない。
「ヤンは、今後猫にはどう対処したらいいと思う?」
「ぅえっ?」
いきなり話題を振られ、ヤンは慌てる。そして一介の従騎士の意見など、何の役に立つのだろう、と不思議に思った。
(そばにはレックス様も、アンセル様もいるのに……)
そう思って、もしやと気付く。ハリアは、剣や戦術に長けた二人の意見ではなく、ヤンの率直な意見を聞きたいのではないのか、と。
ヤンの肌が再びザワついた。猫という言葉を聞くだけで、ヤンは神経を尖らせてしまう。カトラリーを持つ手が震えるのでそっと置くと、レックスが訝しげにこちらを見る気配がした。
「……僕は、平和に暮らせたら……、それだけで十分です」
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