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9 ひよっ子、指導を受ける

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 ヤンが目を覚ますと、目の前にレックスがいた。

「ひ……っ」
「目を覚ましたか。主人を見るなり悲鳴を上げるとはいい度胸だな」

 金の瞳に睨まれて思わず声を上げると、レックスはますます不機嫌そうに視線を鋭くする。

「日の出はとうに過ぎたぞ。いつまで寝ているつもりだ」
「へ!? す、すみませぇん!」

 勢いよく起き上がると、そこはレックスの部屋だと気付く。自分はソファーに寝かされていて、主人の休憩場所を占領したあげく、主人の世話そっちのけで眠りこけていたのだ。
 ヤンの血の気が引く。初仕事から大失態だ、とレックスを見上げると、レックスの頭が下がっていった。

 ヤンは例のお辞儀の癖か、と慌てて姿勢を正し、おはようございます、と挨拶をした。無言でお辞儀をするよりも、挨拶にしてしまった方がレックスは気にならないかもと思ったのだ。けれど、なぜこのタイミングで? と思う。

「……」

 顔を上げたレックスは、感情が分からない顔をしていた。ヤンは笑う。

「癖なら仕方ないですよね……挨拶にしてしまえば、気にならなくなると思ったのですが……」
「……おはよう」

 そう言って、レックスはまた頭を下げた。まさか彼が素直にヤンの言葉を聞き入れるとは思わず、胸が温かくなる。厳しいだけのひとじゃないんだ、と思ったが、レックスの次の言葉でまたヒヤリとする。

「……あてがわれた部屋は使わなかったようだな」
「えっと、それは……!」
「言い訳無用。お前は俺の監視が必要なようだ。今後はここで寝るように」

 やっぱり、とヤンは肩を落とす。初日から信頼をなくしてちゃ、そうなるよな、とヤンは謝罪した。

「寝る場所が変わろうが、お前のやることは変わらない」

 行くぞ、と言われてヤンは慌ててソファーを降り、レックスの後を追いかける。小走りで追いついたヤンを確認したレックスは、一日の流れを説明してくれた。

「従騎士は日の出と共に起床し、食事、身支度をして主人の身支度の準備をする」

 今日お前は寝過ごした訳だがな、とでも言いそうな目で、レックスは見下ろしてくる。うっ、とヤンは息を詰めた。

「俺は寝室に入るのを許可していないから、俺の身支度の準備、手伝いは不要だ」
「はい」
「次は主人の朝食。日によって食べる場所と相手が違う。前日に伝えるから給仕係に指示しておくこと」
「はいっ」

 レックスの長い足は、止まることなく速く動いている。背が低く、体力もないヤンはついていくのに必死だ。でもレックスに認めてもらうには、こんなところで脱落する訳にはいかない。これも訓練のひとつだ、と思うことにする。

「朝食のあとは執務や訓練。武器の手入れやハリア様のお相手……それらのサポートが仕事だ」
「は、はいっ」

 一気に伝えられて混乱しそうだったけれど、要はレックスについてサポートをすればいいようだ。そこでヤンは起きてすぐに言うことがあったんだった、と思い出し声を上げる。

「あのっ、布を持ってきて頂いてありがとうございます」
「ああ。散々探したがな」

 冷たい声の嫌味にヤンは一瞬怯んだけれど、ヤンを運んでくれた時の優しい声音は、嘘じゃないと感じた。だからきちんと伝えなければ。

「その……」

 ヤンが口を開こうとした時、レックスも口を開く。当然こういう場合は主人の話が優先なので、ヤンは「はい」と先を促す。

「ひとり寝に慣れていないというのはどういうことだ?」
「あ、はい……。僕は隠れていないと落ち着かない習性でして。今までも雑魚寝でしたのでくるまる布があれば、と……」
「そうか……」

 思案げに呟いたレックスは、少し足の速度を落とした。ヤンはレックスを見上げる。

「あの、昨晩は運んでくださりありがとうございました。しかもレックス様の休憩場所を占領してしまって、すみません」

 今後は気を付けます、と言うとギロ、と睨まれた。ヤンは危うく声を上げそうになったけれど、そう何度も怖がる素振りを見せたら失礼だ、となんとか耐える。

「……お前はやはり騎士としての立ち振る舞いから、鍛えた方がよさそうだな。昨晩、どんな状態で自分が寝ていたか、自覚はあるのか?」
「……えっと?」

 確か、雑魚寝をしているうちに、誰かに抱きつかれていたようだった。でもそれはここに来る前もない訳ではなかったし、いつものことだと流していたけれど。

「……寝首をかかれるという発想は、なかったようだな」
「……あ」

 そう言われて初めて、その可能性に気付く。そして、自分の考えの甘さに顔が熱くなった。本当に、自分は騎士としてまだまだひよっ子だ。

「仲間の中に、お前を狙っている奴がいるかもしれない。自分の身を守るのは自分だぞ」
「……はい」

 そうか、それを教えるためにレックスは自分を自室まで運んだのか、と納得する。アンセルが連れてきちゃったと言っていたのは、レックスがわざわざ手間をかけたからに違いない。

「レックス様のお手を煩わせてしまい、すみませんでした……」

 情けない、と肩を落として言うと、レックスはピタリと足を止めた。そしてヤンを強い視線で見下ろすと、また彼の頭が下がっていく。

「え、レックス様?」

 レックスの灰色の髪を眺めながら、ヤンは顔を覗き込むと、彼は「挨拶だ」と言って身体を起こす。挨拶はさっきしたし、そんな場面でもなかったのに、と不思議に思いつつも、癖とはいつ出るか分からないものだな、とヤンは一礼した。
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