【完結】ハシビロコウの強面騎士団長が僕を睨みながらお辞儀をしてくるんですが。〜まさか求愛行動だったなんて知らなかったんです!〜

大竹あやめ

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8 ひよっ子、運ばれる

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 案内されて入った部屋は、ヤンのひとり部屋がいかに優遇されているか、分かる程のものだった。そして皆が早くここから抜け出して、城のいい部屋で生活したいと思うのも無理はない、と思ったのだ。

 ヤンの部屋と変わらない広さに、平均四人が暮らしているらしい。当然ベッド代わりの石段もなく、藁を敷いたスペースが、自分のテリトリーとなっている。けれど、これこそヤンが過ごしていた部屋とそっくりで、懐かしいとさえ思ってしまった。

「あなたが蛇を倒したっていうヤン? 小さいのにすごいな!」

 部屋にはさらに数人いて、ヤンを見るなりそう言ってくる。なんだか定番になりつつある「小さいのにすごい」と「かわいいのにすごい」が、恥ずかしくなってきた、とヤンは身を小さくした。

「蛇はしつこかったろ? どうやって倒したんだ?」
「それ俺も聞きたかった!」
「アンセル様もその場にいたんでしょ? 戦ってるところ見たのか?」

 口々に質問され、勉強するのでは? とヤンは言うと「そんなのあと!」と口を揃えて言われる。そして期待に満ちた目で見られて、ヤンは隠れたくなった。

「む、無我夢中で、よく覚えてないんです……とにかく必死で、気が付いたらアンセル様がそばにいました」

 ヤンは当時を思い返す。そのあとまた記憶が飛んでいて、気付いたら荷馬車に寝かされていたのだ。アンセルはヤンが蛇を倒すところを見たと言うし、偶然が重なって、自分は無事だったと思うことにした。

 すると周りが固まって自分を見ていることに気付いた。ハッとしてレックスから英雄らしくしろと言われていたのに、正直に話し過ぎたかなとヤンは冷や汗をかく。

「どこまで謙虚なんだ! すごい、俺も見習いたい!」
「武勲をたてても驕らず威張らず……まさに騎士の鑑ですね」
「どういう訓練をしたら、そうなれる!?」
「ええ……?」

 迫りながら聞いてくる従騎士たちに、ヤンは身を引いた。どうしてか、ここのひとたちはヤンを歓迎しているようだ。それが、自分が思ったのとは違う方向へ尊敬されているようで、居心地が悪くなる。

「い、いえっ。僕はほんとに……剣を握ったこともなくて……っ」
「それなのにハリア様に認められるなんて、やっぱりすごいじゃないか!」

 わぁ、と皆が沸いた。ヤンは遠い目をしながら、抱きついたり頭を撫でてくる手を、そのまま受け入れる。これはもしかして自分ではなく、ハリアへの絶対的な信頼と尊敬があるからでは、とヤンは思い始める。そうでなければ、こんなポッと出の田舎者を、崇めるように見るわけがない。

 その後、結局勉強などそっちのけで、ハリアやレックス、アンセルの話で盛り上がり、ヤンは話し疲れて寝てしまった。特にヤンのことについては色々聞かれ、どんなひとが好みだとか、この中で誰がカッコイイと思うかとか、なぜか色恋の話にまで発展していた。恋人どころか、恋もしたことがないヤンは顔を真っ赤にして誤魔化したが、そんなヤンを見ていた視線が、微笑ましいものばかりではなかったことに、ヤンは気付かなかった。

「……ん」

 皆が寝静まった頃、ヤンは何かの気配を感じて、意識が浮上する。しかし身体を動かすことができず、何の気配だろう、と夢うつつの中を行き来する。

「……部屋にいないと思ったら……探したぞ」

 頬に何かが触れた。……温かい。低い声は心地よく、昼間とは大違いだ、と思って気付く。
 ──これは、レックスの声だ。
 ヤンの意識は再び沈みそうになって、ダメだダメだ、と起きようとする。しかし頬に触れる体温が優しく、とろとろと意識を溶かしてしまう。

「……起きないか。仕方がない」

 そんな声がしたかと思ったら、身体の上に乗っていたものが退かされた。抱きつかれながら寝るとは、と聞こえたので、雑魚寝しているうちに誰かに抱きつかれていたらしい。
 それから何かを身体に掛けられる。柔らかな肌触りがするそれは、ヤンの身体をすっぽり包んだ。もしかして、自分がレックスにお願いした布だろうか?
 だとしたらレックスはこれをヤンに渡しに来たのだろう。しかしヤンは疲れていたのか起きることができず、そのままふわりと身体が浮く。

 ヤンは混乱した。あれだけヤンに厳しい視線と声音を向けていたにも関わらず、今のレックスにその片鱗は一切ない。むしろ、これ以上ない優しい声をしている。どうして、と思うものの起きることができない。

 ふっ、と微かに笑う声がした。今のは、レックスが笑ったのだろうか? 

(僕が情けなくて失笑してる、とか?)

 失望されるのは分かるけれど、喜ばれる原因は見当たらない。確かに、主人に寝てしまった自分を運ばせるなど言語道断。今すぐ起きて、謝らなきゃ。
 なのになぜか瞼が開かないし、意識はすぐに落ちようとするのだ。

「ちょっと! ひな鳥ちゃん連れて来ちゃったの!?」
「大きな声を出すな、アンセル」

 しばらくすると、慌てたようなアンセルの声がする。連れて来た、というからには寄宿舎とは違う場所にいるのだろう。けれど、瞼が重くて開かない。
 しかも、寝ているだろう、とレックスは言うのだ。それがヤンを起こさないための気遣いだと分かり、本当に昼間とは違いすぎる態度に、ヤンは訳が分からなくなる。

「でも、従騎士は……でしょ?」
「…………だ。いずれ……い」
「そんなに……なら、……」

 レックスがヤンを抱きかかえたまま、アンセルと話をしているのに、ウトウトしているせいで聞き取れない。いずれにせよ、起きたら真っ先にすることは謝罪だ、とヤンは今度こそ意識を落とした。
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