上 下
7 / 40

7 ひよっ子、恐縮する

しおりを挟む
 それからヤンは、仲間たちに色んなことを教えてもらった。騎士はハリア様に仕えているから城にいて、この寄宿舎にいるのは騎士見習いや従騎士だとか、アンセルの家族は大人数で、一個旅団並の人数が城やその周辺で働いているらしい。従騎士は、黄色い刺繍の騎士服を着ているからすぐに分かるそうだ。確かに、ヤンと同じ揃いの紺の服を着ている。

「この辺で真雁と聞けば、まずアンセル様の親戚だからな」
「へぇ」

 元々真雁は家族単位で群れる種だ。アンセルも家族想いな節を見せていたし、大切な存在があるっていいな、とヤンは胸が温かくなる。

「そうそう、アンセル様の親戚が作った服とかアクセサリーは、女性に贈ると上手くいくって話だ」

 そういえば、家族経営で王室お抱えとも聞いた。それだけ質がよいものをプレゼントされたら、女性はさぞかし嬉しいだろう。

「ヤンはどんな服が欲しい?」
「え? 僕ですか?」
「あ、ずるいぞ。俺だってヤンに贈りたい!」
「俺も!」

 どうやらヤンに荷物がないことに気付いて、気を遣ってくれたらしい。優しくていいひとたちだなぁ、とヤンは笑う。
 すると、肩を組んでいた仲間がヤンの太ももに手を置いた。

「レックス様は厳しいけど、めげずに俺たちと一緒に頑張ろうな」
「はいっ」

 ヤンは素直に返事をすると、仲間たちの目尻が下がった。中には鼻の下が伸びた者もいたが、ヤンは気付かない。

「レックス様は実質、この国二番手の実力者だからな」

 ちなみに一番はハリア様な、と皆が言う。

「そんなひとに認められたヤンは本当に凄いんだ、自信持てよ?」

 そう言って、仲間たちはぞろぞろと部屋を出ていく。話すだけ話して、気が済んだので帰るらしい。別れ際に頬を合わせてきたので、挨拶かと思ってヤンは同じように応じた。
 しんとなった部屋で、ヤンはしばらく言われた言葉を噛み締めていた。死に物狂いで動いたら、結果的に蛇をやっつけることができたという事実はもう変わらない。ここでようやく、自分が役に立てたこと、ひとに感謝されたことの大きさを自覚できた。

 じわりと視界が滲む。

 初めて、生きている意味が見いだせた。それがこんなにも嬉しいなんて。

「……頑張ります……っ」

 袖で涙を拭き、ヤンは決意を言葉にする。この優しいひとたちと、釣り合う自分になりたい。そう思ったら、部屋で休むことなんてできなかった。何かしなきゃ、と焦りにも似た気持ちで立ち上がる。

 ヤンは部屋を出ると、食堂へ向かった。レックスに案内された時にもひとがいたから、まだいるかもしれない、と覗いてみる。

「あ、噂の英雄ちゃんだ」
「ホントだ。うわ、マジでかわいいっ」

 少し覗いただけだったのに、目ざとく気付いた従騎士たちは、わらわらと集まってくる。どうやら彼らの間ではヤンはもう有名人で、みなヤンがどんな人柄なのか知りたいらしい。

「食事に来たの?」
「い、いえ、何もすることがなくて……。ここなら、誰かいるかなって」
「何だ、ハリア様に休めって言われたなら休むんだよ」

 どうやらここにいたひとたちは、先程のひとたちよりも少し穏やかな性格のようだ。ニコニコと笑っているのは同じだけれど、押しの強さや豪快さはあまり感じられない。

「いいかい? きみは騎士と馴染みがなかったみたいだから言うけど、休むのも大事な任務だよ」
「は、はい……」

 注意されてしまった、とヤンは視線を落とすと、肩を抱かれる。背中をそっと押されて席に案内されると、別のひとが飲み物を持ってきてくれた。

「これを飲んだら部屋に戻ろう」
「あ、ありがとう、ございます……」

 そう言って、ヤンは飲み物を口にする。その様子を周りが微笑ましそうに見ていて、何だか落ち着かない。

「……きみは従騎士になる前、どこに仕えていたんだ?」
「えっ?」

 いきなりされた質問に、ヤンはドキリとする。しかし皆は気にしていないのか、それぞれの主人の名前を挙げていた。

「騎士と貴族はイコールだよ? 実績を出してハリア様に認めてもらうんだ、知らなかった?」
「す、すみません、不勉強で……」

 まさか従騎士になるためにも、相応の身分が必要だとは思わなかったヤンは、身体を縮こまらせる。すると皆は慌てた。

「い、いやっ! そんなことないっ。誰もが初めは知らないんだし」
「そうそう! 俺たちは座学が得意だから、戦略とか地理の話はできるよ! 一緒に勉強しよう!」

 慌てる周りにヤンは、レックスが言った言葉を思い出す。お前は下積みなしに騎士候補になったと。それはこういうことも指していたのか、と納得した。騎士になるという道は、ヤンが想像するより難しいものらしい。

「立場が上なのにヤンは威張ることもしないね。俺、ヤンが好きだ」
「俺も!」
「えっ、あっ、……恐縮です……っ」

 どうやらヤンの態度を謙虚と受け取ったらしい仲間たちは、仲良くしよう、と握手を求められた。両手でしっかり、熱がこもった握手をされて、ヤンはますます恐縮する。

「あ、あの、……皆さんは相部屋ですか? 僕、今まで雑魚寝の生活だったので、ひとり部屋が落ち着かなくて……」

 勉強するついでに落ち着く方法はないかとヤンが聞いてみると、皆歓迎してくれた。みんなで勉強しながらそのまま寝たらいいよ、と言ってくれたので、言葉に甘えることにする。

 ヤンが飲み物を飲み終わると、コップを洗って片付ける場所も教えてくれた。基本この寄宿舎は、自分のことは自分でやるらしい。当番制で食事を作ることはあるけれど、お腹が空いたら自由に使っていいようだ。随分と大盤振る舞いだな、とヤンは思う。
 するとすぐに、その理由を周りが教えてくれる。

「俺たちは市民の税金で生かされてるからね。いざと言う時に腹が減って動けないじゃ、市民を守れないだろ?」

 なるほど、とヤンは思う。いつ何時なんどきも、動けるように備えておく。その心構えも騎士道だよ、と教えてもらった。
しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!

天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。 なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____ 過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定 要所要所シリアスが入ります。

不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました

織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

生まれ変わったら知ってるモブだった

マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。 貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。 毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。 この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。 その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。 その瞬間に思い出したんだ。 僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。 僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。 けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。 どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。 「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」 神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。 これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。 本編は三人称です。 R−18に該当するページには※を付けます。 毎日20時更新 登場人物 ラファエル・ローデン 金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。 ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。 首筋で脈を取るのがクセ。 アルフレッド 茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。 剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。 神様 ガラが悪い大男。  

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

ひとりぼっちの嫌われ獣人のもとに現れたのは運命の番でした

angel
BL
目に留めていただき有難うございます! 姿を見るだけで失禁するほどに恐ろしい真っ黒な獣人。 人々に嫌われ恐れられ山奥にただ一人住んでいた獣人のもとに突然現れた真っ白な小さな獣人の子供。 最初は警戒しながらも、次第に寄り添いあい幸せに暮らはじめた。 後悔しかなかった人生に次々と幸せをもたらしてくれる小さな獣人との平和な暮らしが、様々な事件に巻き込まれていき……。 最後はハッピーエンドです!

処理中です...