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「どういうつもりだよ、光!」

社長室で誓約書と解雇書類を書かされ、今後手出し無用となった真洋は、社長がいなくなった後で光を問いただした。

「どうもこうも、お前がウザイからだろ? 自分の胸に手を当てて聞いてみろ」

光は椅子にふんぞり返っている。できれば誓約書を書く前に、1発殴っておけばよかったと真洋は思う。

「俺たち、付き合ってたんじゃないのか!? どうして急に……」

すると、光は大声で笑い出す。

「まさか、本気でそう思ってたのか? そういや、さっきも俺の事好きだって言ってたな。いやー、俺の演技そんなに上手かったかぁ」

光はツボにハマったらしく、自分の膝を叩いてまだ笑っている。

「そんなに素直だと、芸能界ではやっていけないぜ? やっとこの日が来たなんて感無量だわー。何せお前を引きずり下ろすのに7年もかかったからなー」

「……は?」

言葉の意味が理解できずに、真洋は聞き返す。すると光の瞳が鈍く光った。その強さに、真洋は本能的に恐怖を感じる。

「まだ分かんねぇの? デビュー前から、俺はお前の事大嫌いなの。いつも比較されるし、お前と組まされたのだって、『光だけじゃ弱いから』だぞ?」

真洋は、身体が震えていることに気付いた。かろうじて「嘘だ」と言うと、光はここぞとばかりに話し始める。

「俺ね、昔から歌には自信あったし、1番じゃなきゃ気が済まないの。でもお前が来てから俺は2番手だ」

「そんな、俺、お前の歌好きだったよ? ほとんどの曲、メインボーカルはお前で、俺がハモってたじゃないか」

その真洋の言葉に、光は眉間に皺を寄せた。

「ほとんどな。だけど俺がハモる曲はない。どういう意味だか分かるよな?」

「いや、だって、光の方が……」

「俺だとピッチが合わせられないからだよ! なのにお前は『光がやりたい事をやればいい』だ。俺がやりたいのは歌! そしてお前がいる限りずっとコンプレックスを抱える羽目になるんだ!」

光のどうしようもない苦しみをぶつけられて、真洋はこの人には勝てない、と思った。誰よりも貪欲で、努力家で、常に上を目指している。楽しくやりたい、と言う生ぬるい真洋の考えでは、この世界では生きていけない。

好きな人の1番嫌いな人が、自分だったなんて。今までの楽しかった思い出は、嘘だったというのか。

はた、と何かがこぼれた。

それが自分の涙だと気付くのに数秒かかり、服でそれを拭うと、光はため息をついた。

「ごめん、光……」

「今頃被害者ヅラかよ。シラケるわー」

そう言って椅子から立ち上がる。そして去ろうとして、何かを思い出したように立ち止まった。

「さっきの熱愛報道、あれは本当だから。俺の彼女に手ぇ出すなよ、淫乱真洋。あ、お前ネコだから抱けねぇか」

高笑いして社長室を出ていく光を、真洋は見ることができなかった。

静かになった部屋に、真洋の鼻水をすする音が響く。

「真洋さん」

まだいたらしい菅野が、ティッシュ箱をよこした。
無言で受け取ると、電気、消しておいて下さいね、と言われ、どこまでも事務的な男だと思う。

「ごめんなさい」

意外な言葉が続いて、真洋は顔を上げた。しかし菅野はもう社長室を出るところで、顔を見ることはできなかった。

どうして? どこで間違えたのだろう? 純粋に、光は真洋の憧れだったのに。

そんな考えばかりが頭を巡る。

裏切られた、全部嘘だった。真洋の好きだった光はどこにもいなかった。

「……っ!」

真洋は口元を抑えた。そうしないと嗚咽が漏れてしまいそうだった。

会社ぐるみで解雇させられた今、もう誰も信じることはできない。



もう誰も、信じない。
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