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幼い頃、真洋が中学生になった年に、True Lightsは超大手のアイドル事務所からデビューした。

「光! 俺たちのCD、オリコン1位だったよ!」

真洋は楽屋で本番を待っている光に、今しがた聞いたニュースを話す。

「マジか、やったな!」

光は喜び、真洋とハイタッチした。

黒髪で線の細いイメージの真洋は、メディアでは『白馬の王子様』として、対して長めの茶髪を無造作にかきあげ、顔のパーツがハッキリしている光は『俺様系王子様』として、でこぼこコンビとして売り出していた。

「でも、俺たちはまだまだヒヨっ子だ。真洋、一緒に頑張ろうな」

真洋は力強くうなずく。

デビュー前から注目されていた2人は、CDが売れた理由は、ダンスもさることながら、歌が評価されていたからだ。

見た目通り力強く甘い光の声は低音を、ファルセットが得意な真洋は高音を。2人とも音感は良く、アカペラで歌っても音がズレないという実力もあった。

母親が勝手に応募してから始まったこの生活。真洋自身も楽しいと思ったし、光もそうだと思っていた。

それから目まぐるしい日々を、真洋たちは過ごしていく。

デビューCD『そのままの君でいて』はファン層のみならず、あらゆる世代でもウケたらしく、True Lightsの最大のヒット曲になった。

コンサートでこの曲を歌うと、ファンは泣くほど喜んでくれるし、それが真洋のやる気にも繋がった。

もっと、色んな人を喜ばせたい。そんな真洋の気持ちとは反対に、次第に光の表情が無くなっていく。

そんな光を心の中で心配しつつも、日々の生活に追われて何も聞けないまま、時が過ぎていった。

「なぁ、キスってどんな感じ?」

「え?」

ある日、仕事が終わって楽屋で片付けをしていたら、光にそんな事を言われた。

「何だよ突然。俺もした事ないから分からないよ」

光はどこか遠くを見つめていて、心ここにあらずだ。

最近、本番以外の光は何だかだるそうで、仕事の疲れかな、と思ったが、原因は他にあるらしい。

「そっか……じゃあ、してみる?」

「は?」

どうしてそうなるのか。真洋は表情を無くした光を見て、怖くなった。

これが、あの芥川光か? と真洋は思う。本番中はデビュー当時から変わらない、俺様系王子様でいるが、今は人形のようだ。

「どうしたんだ?」

「……」

近付いてきた光は無言で真洋の唇にキスをする。

そっと触れるだけのキスなのに、真洋の心臓は高鳴った。

「真洋……」

光は真洋を抱きしめる。こんなに近くに人肌を感じた事がない真洋は、どうしていいか分からなかった。

「お前らしくないぞ?」

デビュー前後の光はもっと明るかった。一体何があったのだろう?

「俺らしいって何だ? 俺のやりたい事と、周りの俺に対するイメージが、どんどん離れていって、どうしたらいいか分からねぇんだよ」

耳元で聞こえる光の声は、普段からは想像もできないほど、弱々しい。

真洋は光の背中を軽く叩いた。

「やりたい事やればいいよ。その方が光らしくいられるなら」

「……ありがとな」

それから、光は水を得た魚のようにイキイキと仕事をこなすようになった。

光がやりたかった事とは、歌ではなく演技の方だったようだ。主演だったドラマが大ヒットし、ピンでの仕事も増えた。 

ファンや周りも、楽しそうに仕事をこなす光は魅力的だったようで、認知度と人気度も次第に上がっていった。

その代わり、2人で出演する機会が激減し、会うのはコンサートの当日のみ、というのも珍しくなくなった頃、光の言動はまた別人のように変わってしまっていた。

「真洋、久しぶりだな」

少し見ない間に、光は随分背が高くなっていた。声もさらに低くなっていて、成長期は来ているのかも分からない真洋とは、正反対だ。

「会ってないからそっちの様子が分からないよな。最近仕事はどうだ?」

「相変わらず歌番組とかライブが中心かなぁ? あ、今度トランペットでとあるバンドとコラボする事になってさぁ」

それを聞いた光は軽く笑った。

「お前、そんな仕事まだやってんのか」

「え?」

「困った時は言えよ? お前があの時ああ言ってくれたお陰で、今俺は仕事に困ってねぇんだし。仕事の斡旋くらい、してやるから」

そう言って別々に用意されてる控え室に入って行った。

(俺は別に、今のままでも楽しいんだけどな)

光が俳優の方へ方向転換したのは、真洋の言葉だったという。けれど、今の言葉は前の光からは想像できないものだ。

天狗になってしまったのだろうか?

そんな考えがよぎった。

それから、光は事あるごとに真洋を見下したような発言をするようになる。

真洋はその度に、胸を抉られるような苦しさを覚える。でも、自分なりに精一杯仕事はしているし、楽しんでいたから我慢していた。

しかし、あまりにも目に余る言動に、その我慢も限界を迎えてしまう。

「何でそんな事言うんだ? 俺は、光のそういう所、嫌いだ」

帰り際、光はお前は相変わらずチビのままだな、と背格好や容姿の事を嫌味っぽく言ってきた。

自分でも多少コンプレックスだった所を突かれ、さすがに注意する。

真洋が初めて反論すると、光は驚いた顔をし、その後酷くうろたえた顔をした。

何故そんな顔をするのだろうと真洋は思った。散々嫌な事を言ってきた癖に、嫌われないとでも思ったのだろうか。

「ごめん、真洋。……ごめん」

光は顔を両手で覆い、泣きそうな声を出す。

さっきまで偉そうにしていたのにこの変わりよう。彼の不安定さが気になって、真洋は尋ねてみた。

「何かあったのか?」

デビューする前の光に戻って欲しい。今は疲れて余裕が無いのかな、と真洋は光の背中をさする。

「好きなんだ」

光は顔を覆ったまま、ハッキリと言ったが、意味が理解できなくてもう一度聞く。

「……好きなんだよ、お前の事が」

傷付けるつもりじゃなかった、と光はこちらを見ないまま、続ける。

「好きになっちゃいけないと思って、嫌われるような事してた。今お前に言われるまで気付かなかったの、本当にバカだな」

うなだれる光に、真洋はそっと肩に手をあてた。

「いいよ、気付いたんだから」

真洋はホッとした。デビュー前の光は、こんな風に殊勝な面もあったからだ。そんな光の事を真洋は好きだったし、また前みたいに楽しく仕事をしたいと思った。

「真洋は心が広いな」

恥ずかしいのか、さっきからずっと目が合わないが、声のトーンからも照れているのが分かる。

「そうか? これでも俺、光の事は尊敬してるんだぜ? やっぱりマルチに活躍できるしさ、敵わないなって思ってる」

光は照れたように笑った。デビュー当時の、素直な表情だった。すごく素敵だと思う。

「真洋、俺と付き合ってくれる?」

「ん、いいよ」

不安定な状態だった頃の光は、ただただ心配だったけれど、自分と付き合う事で少しは安定するなら。

少なからず真洋は話した通り、光のことを仕事面では尊敬していたし、そんな彼が自分の事を好きだと言ってくれて、内心舞い上がっていたのだ。

「改めてよろしく、真洋」

それでも目は、合わなかった。
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