【完結】贄の翼

大竹あやめ

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29 紘一視点

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紘一は捕らえられたまま、連れて来られたのは大学の近くにある山だった。

彼は付いてきた和馬を振り返り、止まる。どうやら目的の場所に着いたようだ。

「……っ」

すると途端に体の力が抜ける。これは竜之介が自分にしたことと同じだ、と感じながら和馬を見ると、彼はそんな紘一を見て、レイを無言で睨んでいた。

しかし和馬も同じことをされていると感じたのは、強い力で握っている両手が見えたからだ。

紘一は立っていられず地面に倒れ込むと、レイは感心したように声を上げた。

「ほう、人間にしてはなかなか強い力を持ってるじゃないか。和馬も、結構強い術をかけてんだけどな。まだ立っていられるとはさすがだよ」

「和馬……」

自由がきかない体を捻って和馬を見ると、和馬は無言で目を伏せた。

そして、静かに開けて見えた瞳の色に、ドキリとする。

(金色……さらに光ってる……)

ゆらゆらと揺れるその光は静かで、それが不気味でもある。

ゆっくりと握っていた手を解き、ふわりと紘一の側を温かい風が通り抜けた。
次の瞬間、その温度が急激に落ち、ガン、ガンッと鈍い音がする。レイのすぐ側で音がするけども、その正体は一切見えない。ただ身を切りそうな冷たい風が吹いてくるだけだ。

「……和馬……」

紘一はぶるりと身震いしたのは、寒さのせいだけではなく、和馬の顔に何の感情も乗っていなかったからだ。

「やっと本気になったか。そうでなくちゃ、な!」

レイはそう言って笑うと、一瞬のうちに翼を出し、空へ飛びあがった。同時に和馬も本来の姿に戻り、右手をレイに向けて掲げる。

すると、今まで見えなかった二人の攻防が、紘一でも見えるようになった。
レイは無数の風の矢を和馬に向かって放ち、和馬は掲げた右手を中心に結界を張ってそれ
を塞ぐ。金属のような音を上げて矢は弾かれ、消えていく。その衝撃が、紘一のところに冷
たい風となって流れてくるのだ。

「なあ和馬、守るのがやっとか!?」

レイは休む間もなく攻撃を仕掛け、和馬の反撃の隙を与えない。ついに和馬の結界が消
え、彼は後ろに飛び退いた。

レイはそれを見て、空中から和馬に向かって突進する。右手には空気を圧縮した刃を纏わ
せていて、和馬の顔めがけて振り払った。

「……っ」

和馬はそれを間一髪で避け、レイを風で吹き飛ばす。

「うわっ」

十メートルほど飛ばされたレイは体勢を整えて何とか地面に降り立ったが、対する和馬はその場で膝を付いていた。

「和馬!」

どうやら思った以上に消耗が激しいらしい。自分が力を与えることができたら、と思うけれど、今の状態では無理だ。

叫ぶのがやっと。十年前の佑平も、こんな気持ちだったのだろうか。

嫌だ。和馬が死ぬのは嫌だ。紘一は動かない手を懸命に動かし、拳を握る。

今までずっと仲間を守ってきた彼に、穏やかな日が来ないなんてあまりにも酷だ。あの綺麗な少年が、心から笑える日が来るなら、自分は何だってしたい。

レイが歩いて和馬に近づく。和馬はそれに気づいて立ち上がった。だが、相当疲れているのか、足元がふらついている。

紘一のいるところからでは、二人が遠くて細かい様子までは分からない。しかし、和馬がピンチなのは確かだ。

「和馬、逃げろ!」

カンッ! と自分の側で音がした。何が起きたのかすぐには分からなかったが、レイが自分を睨んでいるところを見ると、こちらを攻撃してきたらしい。

よく見ると薄い透明の壁のようなものが、半球型に自分を覆っていた。温かい春の風――和馬が防御結界を張ってくれたのだ。

自分だってギリギリのくせに、どうしてこういうことをするのだろうか。紘一は地面を這いながら、少しでも近づこうとする。

「和馬!」

はっと息を飲んだのは、レイが和馬の首を掴んで持ち上げていたからだ。レイの風が和馬の身体を持ち上げる。和馬は首を掴んだレイの腕を掴み、何とか剥がそうとしている。

途端に紘一の脳裏に十年前の景色が蘇り、身震いした。このままでは本当に和馬が死んでしまう。

「和馬ー!!」

渾身の力を込めて叫ぶと、和馬の身体が一瞬金色に光り、爆発的な竜巻が起こる。その衝撃でレイはまた吹き飛ばされ、地面に落ちた。遅れて爆風が通り過ぎ、紘一の身体が引きずられていく。
その場に留まるため地面に爪を立てると、風はあっという間に止んだ。

風で人を動かすことができるとは。改めて彼らの力の強さを思い知らされ、息を飲んで見守る。

和馬も反動で少し飛ばされたようだが、ダメージは少ないようだ。すぐに起き上り、地面に倒れたレイに視線を戻している。ただ、立ち上がれないほど消耗しているらしく、その場でじっとレイを警戒している。

「……あぁくそ……っ」

むくりと起き上ったレイは、真っ先にこちらを見た。その視線に気付いた和馬は、レイに向けて風の矢を放つ。

「きみの相手は僕だ」

しかしレイは、和馬の挑発に乗らず、じっとこちらを見ている。それに気付いた時にはもう遅かった。

「……っ」

急に呼吸ができなくなり、ひゅう、と器官が音を立てる。吸うことも吐くこともできなくなって、本能的に咳き込んでみるけれど、空気は入って来ない。

「柳さん!」

「ああもう、あの人間余計な真似をしやがって……おかげで右手切り落とされただろーが」

レイが呟いた。やはりさっきは何かしら和馬に力を与えたらしい。しかし今の状態では、和馬の名前すら呼べない。

手足が痺れてきて視界がかすむ。もう一度和馬の顔を見たくて首を捻ると、泣きそうな顔をした彼がこちらを見ていた。かすんだ視界でもその美しさは変わらず、このままでは死ねないな、と思う。

(嫌だ。死にたくない。死ねない……)

和馬に伝えていないことがまだあるのだ。もっと和馬のことを知りたい。そばにいたい。

しかし、思っていることとは裏腹に、意識までもがかすんでいく。耳に届く声は音としかとらえられず、それすらもどんどん遠くなっていく。

そしてついに、すべてがブラックアウトした。
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