【完結】贄の翼

大竹あやめ

文字の大きさ
上 下
26 / 42

25 紘一視点

しおりを挟む
紘一は、広い屋敷の真ん中で立っていた。
どうして自分はここにいるんだろう、と考えて、和馬に連れて来られたんだ、と思い出す。
しかし様子が変だ。蝉が鳴いている。確か今の季節は冬ではなかったか。

そう思って、これが夢であることに思いつく。誰かいないかと思って足を踏み出すと、床の冷たさにドキリとした。氷の上を歩いているかのようで、思わずつま先立ちで歩いて行く。

(違う、床だけじゃない)

床を這うような冷気が漂っている。それも夏の湿気が凍りつくほどに。そして辺りは恐ろしいほど静かで、蝉のこえしか聞こえない。

ただならぬ雰囲気を感じ取った紘一は、冷や汗を拭った。

(……あっちだ)

勘で人が居そうな場所へ向かう。床はどんどん冷たくなり、進むのも怖いほど空気が重く、暗くなっていく。

『行きたくないと思うところは無理に通らないでください』

ふと、和馬の言葉を思い出し、足が止まる。思い直して安全な「おばあさまの部屋」へ行こうとするが、この先にあることに気付いた。

(何で……)

何かがおかしい、そう思うのに、何がおかしいのか分からない。

試しに近くの襖を開けると、そこに見えた光景に、紘一は口を塞いだ。

開けた瞬間漂ってきた生臭い臭気。宴会場ほどの広さの和室は、血の海だった。
そしてそこに転がる多くの人間――いや、多分天使族だ。

もしかして、和馬たちの家族が殺されたという、十年前の夢を見ているのだろうか、と紘一は素早く襖を閉めた。込み上げる不快感を、唾を飲んで抑え込むと、暗い廊下の向こうから声がした。

「……っ」

正直あの暗い方へは行きたくないが、紘一は決心する。
息を吸うと肺まで凍ってしまいそうな冷気の中を、一気に走り抜けた。

「レイ、これ以上の殺生はおよし。あなたの何の得にもならない」

おばあさまの部屋に着くと、やはりそこに和馬たちはいた。やはり十年前の夢のようだ、和馬は部屋の隅で、気絶している竜之介と、怪我をした佑平を庇うように前に立っていた。

和馬の前にはおばあさまらしき人物が横たわっている。ということは、命を懸けて張った結界があるのだろう。

「お父さん、お母さん、結界に入って、お願い!」

和馬はおばあさんの少し前に立つ二人に、必死に声を掛けている。
その二人とレイが対峙しており、こちらからは和馬の両親だという二人の顔は見えない。

(……レイだ)

大学で見た時と変わらない彼が、口の端だけを上げて笑っている。

「得? 俺にはあるさ。お前ら全員殺して、俺の力にしてやる。人間もこの世界も、俺が動かすんだ」

レイの瞳が金色に光る。すると和馬の両親は短く呻いた。レイが歩み寄っても体が動かないらしく、その場で立ち尽くしている。

「さあ、力を獲られるのはどちらからがいい?」

「……やめて……」

和馬のか細い声がする。

「最期の一言だけは許してやる。あの結界の中じゃ、届くかどうかも分からんけどな」

父親らしき人が顔だけ振り向いた。その顔は、和馬によく似て中性的だが、凛とした雰囲気が良く似ている。

「……愛している、和馬。佑平、和馬を頼んだぞ」

その瞬間、父親の顔が歪んだ。何が起きたかと思ったら、レイは笑いながら、両親の腹部に腕を刺していた。

「ああ、最期だというのに、よくもそんな信用できない言葉を吐けるねぇ! ふふ、傑作だ」

レイはずるりとその腕を抜く。今の一瞬で力を奪われたのか、両親は倒れ、そのまま動かなくなってしまった。

レイは赤く染まった自分の腕を舐める。その顔は恍惚としていて、満足げだ。
紘一はその表情にゾッと寒気がして、瞬間的に怒りで顔が熱くなるのを感じる。

「さあ、遊ぼうか和馬。その結界から出ておいで」

キィン! と甲高い金属音がした。紘一は何が起きたのか分からず、頭を竦める。和馬を見ると、彼は佑平に声を掛けられているが、反応せずに俯いているだけだ。

「出てこないならこいつらの身体、少しずつ切っちゃおうかな」

そう言って、レイは和馬の両親を踏んだ。

「やめろ!」

佑平が叫ぶ。紘一も叫んだが、和馬たちには届かない。

すると和馬が立ち上がった。ゆっくりと前に歩き、おばあさんと両親の間に立つと、場の空気が軽くなったような感じがする。

「……対象が結界から出ると、効力が半減する結界……さすが「元」魔術師だな」

レイは感心したように呟くと、ニヤリと笑う。

「だが今の俺では半減した結界なら何とでもない!」

レイが腕を振り上げた。それが振り下ろされる。危ない、と叫んでも届かない。どうすれば、と思った瞬間だった。

ガンッと音がして佑平が何かに吹き飛ばされる。しかしすぐに起き上った彼は、「和馬!」と叫んだ。

いくらこの先が分かっているとはいえ、こんなものを見せられてしまったら、和馬を心配せざるを得ない。彼を見ると、細い足でふらふらとレイに近づいていた。

「……和馬?」

ここからは表情が見えないが、ただならぬ雰囲気を感じて紘一は思わず呟く。それに気付いたのかは知らないが、和馬はゆっくりとこちらを見た。

「……っ」

あの、金色の目だった。レイと同じ、憎悪を滲ませた視線は、紘一の呼吸を一瞬止める。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ
BL
運命のつがいを探しながら、相手を渡り歩くような夜を繰り返している実業家、阿賀野(α)は野菜を食べない主義。 そんななか、彼が見つけた運命のつがいは人里離れた山奥でひっそりと野菜農家を営む真柴(Ω)だった。 オメガなのだからすぐにアルファに屈すると思うも、人嫌いで会話にすら応じてくれない真柴を落とすべく山奥に通い詰めるが、やがて阿賀野は彼が人嫌いになった理由を知るようになる。 ※一話目のみ、攻めと女性の関係をにおわせる描写があります。 ※2019年に前後編が完結した創作同人誌からの再録です。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

琥珀に眠る記憶

餡玉
BL
父親のいる京都で新たな生活を始めることになった、引っ込み思案で大人しい男子高校生・沖野珠生。しかしその学園生活は、決して穏やかなものではなかった。前世の記憶を思い出すよう迫る胡散臭い生徒会長、黒いスーツに身を包んだ日本政府の男たち。そして、胸騒ぐある男との再会……。不可思議な人物が次々と現れる中、珠生はついに、前世の夢を見始める。こんなの、信じられない。前世の自分が、人間ではなく鬼だったなんてこと……。 *拙作『異聞白鬼譚』(ただ今こちらに転載中です)の登場人物たちが、現代に転生するお話です。引くぐらい長いのでご注意ください。 第1幕『ー十六夜の邂逅ー』全108部。 第2幕『Don't leave me alone』全24部。 第3幕『ー天孫降臨の地ー』全44部。 第4幕『恋煩いと、清く正しい高校生活』全29部。 番外編『たとえばこんな、穏やかな日』全5部。 第5幕『ー夜顔の記憶、祓い人の足跡ー』全87部。 第6幕『スキルアップと親睦を深めるための研修旅行』全37部。 第7幕『ー断つべきもの、守るべきものー』全47部。 ◇ムーンライトノベルズから転載中です。fujossyにも掲載しております。

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

処理中です...