1 / 42
プロローグ
しおりを挟む
「和馬、佑平、お雑煮ができましたよ」
元日の昼、竜之介はお盆に乗せた雑煮を持って、居間に入った。
「ありがとう」
振り返った和馬が口元を緩ませた。しかしその表情には疲れの色が見える。
「年末から徹夜で仕事とは、厄介でしたね」
お疲れ様でした、とねぎらいの言葉をかけると、和馬と佑平は席に着く。
「竜之介の助けがあったから、僕は集中できたんだ。佑平もお疲れ様」
和馬に笑顔を向けられた佑平は、無言でうなずく。
竜之介たちは四家からなる祓い屋だ。お互いが親戚同士であり、仕事仲間でもある。過去には政にも携わっていた時期もあったが、今はそれを知る人はごく一部だ。
今回はとある人から、自分では祓えないほどの邪気が墓から出てきている、と依頼を受けて行ったのだが、まさか徹夜作業になるとは思わなかった。
雑煮を食べ始めた和馬を見届けて、竜之介は話しかける。
「和馬、体は何ともないですか?」
餅を咀嚼していた和馬は飲み込むと、どうして? と聞き返してくる。
「いえ……すさまじい邪気だった割には、支離滅裂な感情が感じられたので」
「……」
和馬は言葉を考えているかのように黙った。そしてお椀と箸を置くと、そうだね、と同意する。
祓い屋と言っても、メインで動くのはこの中で桁外れに強い力を持つ和馬だ。竜之介と佑平は、周りを傷付けないように結界を張って守るだけとなっている。昨日の和馬の仕事ぶりを見ていても、言いようのない違和感があるだけだった。
「あれはきっと、いろいろな邪気を集めてできたものだと思う」
「……やはりそうでしたか」
ということは、意図的に邪気を集めていた原因があるということだ。それが人なのか、それ以外のモノなのかは分からないが。
「竜之介」
佑平が珍しく口を開く。
「今は食事にしよう」
その言葉に、まだ聞きたいことがある、と竜之介は口を開きかける。しかし、視界の端で和馬が再びお椀を持ったことで、この話は終わりという合図になった。和馬は一族の長、長の言うことは絶対だ。
(邪魔しましたね)
竜之介は佑平を密かに睨む。その視線に気付いているはずなのに、佑平はしれっとしていた。
『俺は和馬が話してくれるまで待つ』
いつか彼が言っていた台詞を思い出す。自分とは真逆の性格に、時々イライラさせられるけれど、結局は和馬のことが心配なのだ。
(関係ないのならいいんですけど)
竜之介は心配の原因になった出来事を思い出した。
和馬はその身体に、凶悪なモノを封じている。それまでに犠牲になった人数を思うと、和馬の力も底知れない。
しかし、あれほど凶悪だった『奴』が、大人しくしているはずもないのだ。現に、本人は隠しているつもりだろうが、時折『気』が乱れる時がある。何とか策を講じたいが、本人にその気がないのか、いつもはぐらかされてばかりだ。
「竜之介」
考え事をしていたことがばれたらしい、和馬はお雑煮が冷めるよ、と言ってくる。それでも食い下がろうとした瞬間、場の空気が一気に重くなった。
「……っ」
この重苦しい空気は、和馬が操っているものだ。こころなしか、暗くなったような気もする。
彼は無意識なのかもしれないが、こうなってしまえば無理に聞き出そうなんて考えも萎える。
観念してお雑煮の汁をすすると、重い空気はぱっとはじけてなくなった。
「……今年も、平穏無事に過ごせると良いですね」
竜之介はそれだけ言うと、あとは何も言うまい、と食事を続ける。
「そうだね……」
「そうだな」
和馬と佑平も同意してくれた。皆、願うのは人々の安全と平穏、それだけだ。
しかしその年の秋、事態は急に動き出した。そして年始早々のこの出来事が、単なる『奴』の実験にすぎなかったことも、今の彼らには知るよしもない。
(今年も、無事に……どうか無事に過ごせますように)
竜之介は心の底で強く、願った。
元日の昼、竜之介はお盆に乗せた雑煮を持って、居間に入った。
「ありがとう」
振り返った和馬が口元を緩ませた。しかしその表情には疲れの色が見える。
「年末から徹夜で仕事とは、厄介でしたね」
お疲れ様でした、とねぎらいの言葉をかけると、和馬と佑平は席に着く。
「竜之介の助けがあったから、僕は集中できたんだ。佑平もお疲れ様」
和馬に笑顔を向けられた佑平は、無言でうなずく。
竜之介たちは四家からなる祓い屋だ。お互いが親戚同士であり、仕事仲間でもある。過去には政にも携わっていた時期もあったが、今はそれを知る人はごく一部だ。
今回はとある人から、自分では祓えないほどの邪気が墓から出てきている、と依頼を受けて行ったのだが、まさか徹夜作業になるとは思わなかった。
雑煮を食べ始めた和馬を見届けて、竜之介は話しかける。
「和馬、体は何ともないですか?」
餅を咀嚼していた和馬は飲み込むと、どうして? と聞き返してくる。
「いえ……すさまじい邪気だった割には、支離滅裂な感情が感じられたので」
「……」
和馬は言葉を考えているかのように黙った。そしてお椀と箸を置くと、そうだね、と同意する。
祓い屋と言っても、メインで動くのはこの中で桁外れに強い力を持つ和馬だ。竜之介と佑平は、周りを傷付けないように結界を張って守るだけとなっている。昨日の和馬の仕事ぶりを見ていても、言いようのない違和感があるだけだった。
「あれはきっと、いろいろな邪気を集めてできたものだと思う」
「……やはりそうでしたか」
ということは、意図的に邪気を集めていた原因があるということだ。それが人なのか、それ以外のモノなのかは分からないが。
「竜之介」
佑平が珍しく口を開く。
「今は食事にしよう」
その言葉に、まだ聞きたいことがある、と竜之介は口を開きかける。しかし、視界の端で和馬が再びお椀を持ったことで、この話は終わりという合図になった。和馬は一族の長、長の言うことは絶対だ。
(邪魔しましたね)
竜之介は佑平を密かに睨む。その視線に気付いているはずなのに、佑平はしれっとしていた。
『俺は和馬が話してくれるまで待つ』
いつか彼が言っていた台詞を思い出す。自分とは真逆の性格に、時々イライラさせられるけれど、結局は和馬のことが心配なのだ。
(関係ないのならいいんですけど)
竜之介は心配の原因になった出来事を思い出した。
和馬はその身体に、凶悪なモノを封じている。それまでに犠牲になった人数を思うと、和馬の力も底知れない。
しかし、あれほど凶悪だった『奴』が、大人しくしているはずもないのだ。現に、本人は隠しているつもりだろうが、時折『気』が乱れる時がある。何とか策を講じたいが、本人にその気がないのか、いつもはぐらかされてばかりだ。
「竜之介」
考え事をしていたことがばれたらしい、和馬はお雑煮が冷めるよ、と言ってくる。それでも食い下がろうとした瞬間、場の空気が一気に重くなった。
「……っ」
この重苦しい空気は、和馬が操っているものだ。こころなしか、暗くなったような気もする。
彼は無意識なのかもしれないが、こうなってしまえば無理に聞き出そうなんて考えも萎える。
観念してお雑煮の汁をすすると、重い空気はぱっとはじけてなくなった。
「……今年も、平穏無事に過ごせると良いですね」
竜之介はそれだけ言うと、あとは何も言うまい、と食事を続ける。
「そうだね……」
「そうだな」
和馬と佑平も同意してくれた。皆、願うのは人々の安全と平穏、それだけだ。
しかしその年の秋、事態は急に動き出した。そして年始早々のこの出来事が、単なる『奴』の実験にすぎなかったことも、今の彼らには知るよしもない。
(今年も、無事に……どうか無事に過ごせますように)
竜之介は心の底で強く、願った。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説

天使のローブ
茉莉花 香乃
BL
アルシャント国には幼少期に読み聴かせる誰もが知っている物語がある。
それは勇者の物語。
昔々、闇黒がこの国を支配していた。太陽の光は届かず大地は荒れ果て、人々は飢えと寒さに耐えていた。その時五人の勇者が立ち上がった。
闇黒に立ち向かい封印に成功した勇者たちはこの国を治めた。闇黒から解き放たれた人々は歓喜した。
その話は悠遠の昔のこと…しかし、今も続く勇者の物語。
ファンタジーです
他サイトにも公開しています
そして悲しみは夜を穿つ
夜野綾
BL
炎の海で踊れ、心臓の鼓動を槌音に変え、夜の底さえ打ち砕け。近未来、戦争で荒廃した東京。熾烈な権力抗争の中で、男たちの愛と復讐が始まる。
---------------
壊滅した都心の周辺で、行き場をなくした男たちは蠢いている。復興事業やフィルターマスク専売権、支援物資の分配を巡り、武装組織が権力抗争を繰り広げる東京。鎌田で食堂と周辺コミュニティを細々と仕切っていた怜(れん)の元へ、ひとりの男が現れる。彼は、かつて怜が愛した男の匂いをまとっていた。得体の知れないその男は、怜にある取引をもちかける──
むにゃむにゃがある章は★。
ハードボイルド・サスペンスBL。ハッピーエンド。
必然ラヴァーズ
須藤慎弥
BL
ダンスアイドルグループ「CROWN」のリーダー・セナから熱烈求愛され、付き合う事になった卑屈ネガティブ男子高校生・葉璃(ハル)。
トップアイドルと新人アイドルの恋は前途多難…!?
※♡=葉璃目線 ❥=聖南目線 ★=恭也目線
※いやんなシーンにはタイトルに「※」
※表紙について。前半は町田様より頂きましたファンアート、後半より眠様(@nemu_chan1110)作のものに変更予定です♡ありがとうございます!

ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
one night
雲乃みい
BL
失恋したばかりの千裕はある夜、バーで爽やかな青年実業家の智紀と出会う。
お互い失恋したばかりということを知り、ふたりで飲むことになるが。
ーー傷の舐め合いでもする?
爽やかSでバイな社会人がノンケ大学生を誘惑?
一夜だけのはずだった、なのにーーー。
早く惚れてよ、怖がりナツ
ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。
このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。
そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。
一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて…
那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。
ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩
《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる