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プロローグ
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「和馬、佑平、お雑煮ができましたよ」
元日の昼、竜之介はお盆に乗せた雑煮を持って、居間に入った。
「ありがとう」
振り返った和馬が口元を緩ませた。しかしその表情には疲れの色が見える。
「年末から徹夜で仕事とは、厄介でしたね」
お疲れ様でした、とねぎらいの言葉をかけると、和馬と佑平は席に着く。
「竜之介の助けがあったから、僕は集中できたんだ。佑平もお疲れ様」
和馬に笑顔を向けられた佑平は、無言でうなずく。
竜之介たちは四家からなる祓い屋だ。お互いが親戚同士であり、仕事仲間でもある。過去には政にも携わっていた時期もあったが、今はそれを知る人はごく一部だ。
今回はとある人から、自分では祓えないほどの邪気が墓から出てきている、と依頼を受けて行ったのだが、まさか徹夜作業になるとは思わなかった。
雑煮を食べ始めた和馬を見届けて、竜之介は話しかける。
「和馬、体は何ともないですか?」
餅を咀嚼していた和馬は飲み込むと、どうして? と聞き返してくる。
「いえ……すさまじい邪気だった割には、支離滅裂な感情が感じられたので」
「……」
和馬は言葉を考えているかのように黙った。そしてお椀と箸を置くと、そうだね、と同意する。
祓い屋と言っても、メインで動くのはこの中で桁外れに強い力を持つ和馬だ。竜之介と佑平は、周りを傷付けないように結界を張って守るだけとなっている。昨日の和馬の仕事ぶりを見ていても、言いようのない違和感があるだけだった。
「あれはきっと、いろいろな邪気を集めてできたものだと思う」
「……やはりそうでしたか」
ということは、意図的に邪気を集めていた原因があるということだ。それが人なのか、それ以外のモノなのかは分からないが。
「竜之介」
佑平が珍しく口を開く。
「今は食事にしよう」
その言葉に、まだ聞きたいことがある、と竜之介は口を開きかける。しかし、視界の端で和馬が再びお椀を持ったことで、この話は終わりという合図になった。和馬は一族の長、長の言うことは絶対だ。
(邪魔しましたね)
竜之介は佑平を密かに睨む。その視線に気付いているはずなのに、佑平はしれっとしていた。
『俺は和馬が話してくれるまで待つ』
いつか彼が言っていた台詞を思い出す。自分とは真逆の性格に、時々イライラさせられるけれど、結局は和馬のことが心配なのだ。
(関係ないのならいいんですけど)
竜之介は心配の原因になった出来事を思い出した。
和馬はその身体に、凶悪なモノを封じている。それまでに犠牲になった人数を思うと、和馬の力も底知れない。
しかし、あれほど凶悪だった『奴』が、大人しくしているはずもないのだ。現に、本人は隠しているつもりだろうが、時折『気』が乱れる時がある。何とか策を講じたいが、本人にその気がないのか、いつもはぐらかされてばかりだ。
「竜之介」
考え事をしていたことがばれたらしい、和馬はお雑煮が冷めるよ、と言ってくる。それでも食い下がろうとした瞬間、場の空気が一気に重くなった。
「……っ」
この重苦しい空気は、和馬が操っているものだ。こころなしか、暗くなったような気もする。
彼は無意識なのかもしれないが、こうなってしまえば無理に聞き出そうなんて考えも萎える。
観念してお雑煮の汁をすすると、重い空気はぱっとはじけてなくなった。
「……今年も、平穏無事に過ごせると良いですね」
竜之介はそれだけ言うと、あとは何も言うまい、と食事を続ける。
「そうだね……」
「そうだな」
和馬と佑平も同意してくれた。皆、願うのは人々の安全と平穏、それだけだ。
しかしその年の秋、事態は急に動き出した。そして年始早々のこの出来事が、単なる『奴』の実験にすぎなかったことも、今の彼らには知るよしもない。
(今年も、無事に……どうか無事に過ごせますように)
竜之介は心の底で強く、願った。
元日の昼、竜之介はお盆に乗せた雑煮を持って、居間に入った。
「ありがとう」
振り返った和馬が口元を緩ませた。しかしその表情には疲れの色が見える。
「年末から徹夜で仕事とは、厄介でしたね」
お疲れ様でした、とねぎらいの言葉をかけると、和馬と佑平は席に着く。
「竜之介の助けがあったから、僕は集中できたんだ。佑平もお疲れ様」
和馬に笑顔を向けられた佑平は、無言でうなずく。
竜之介たちは四家からなる祓い屋だ。お互いが親戚同士であり、仕事仲間でもある。過去には政にも携わっていた時期もあったが、今はそれを知る人はごく一部だ。
今回はとある人から、自分では祓えないほどの邪気が墓から出てきている、と依頼を受けて行ったのだが、まさか徹夜作業になるとは思わなかった。
雑煮を食べ始めた和馬を見届けて、竜之介は話しかける。
「和馬、体は何ともないですか?」
餅を咀嚼していた和馬は飲み込むと、どうして? と聞き返してくる。
「いえ……すさまじい邪気だった割には、支離滅裂な感情が感じられたので」
「……」
和馬は言葉を考えているかのように黙った。そしてお椀と箸を置くと、そうだね、と同意する。
祓い屋と言っても、メインで動くのはこの中で桁外れに強い力を持つ和馬だ。竜之介と佑平は、周りを傷付けないように結界を張って守るだけとなっている。昨日の和馬の仕事ぶりを見ていても、言いようのない違和感があるだけだった。
「あれはきっと、いろいろな邪気を集めてできたものだと思う」
「……やはりそうでしたか」
ということは、意図的に邪気を集めていた原因があるということだ。それが人なのか、それ以外のモノなのかは分からないが。
「竜之介」
佑平が珍しく口を開く。
「今は食事にしよう」
その言葉に、まだ聞きたいことがある、と竜之介は口を開きかける。しかし、視界の端で和馬が再びお椀を持ったことで、この話は終わりという合図になった。和馬は一族の長、長の言うことは絶対だ。
(邪魔しましたね)
竜之介は佑平を密かに睨む。その視線に気付いているはずなのに、佑平はしれっとしていた。
『俺は和馬が話してくれるまで待つ』
いつか彼が言っていた台詞を思い出す。自分とは真逆の性格に、時々イライラさせられるけれど、結局は和馬のことが心配なのだ。
(関係ないのならいいんですけど)
竜之介は心配の原因になった出来事を思い出した。
和馬はその身体に、凶悪なモノを封じている。それまでに犠牲になった人数を思うと、和馬の力も底知れない。
しかし、あれほど凶悪だった『奴』が、大人しくしているはずもないのだ。現に、本人は隠しているつもりだろうが、時折『気』が乱れる時がある。何とか策を講じたいが、本人にその気がないのか、いつもはぐらかされてばかりだ。
「竜之介」
考え事をしていたことがばれたらしい、和馬はお雑煮が冷めるよ、と言ってくる。それでも食い下がろうとした瞬間、場の空気が一気に重くなった。
「……っ」
この重苦しい空気は、和馬が操っているものだ。こころなしか、暗くなったような気もする。
彼は無意識なのかもしれないが、こうなってしまえば無理に聞き出そうなんて考えも萎える。
観念してお雑煮の汁をすすると、重い空気はぱっとはじけてなくなった。
「……今年も、平穏無事に過ごせると良いですね」
竜之介はそれだけ言うと、あとは何も言うまい、と食事を続ける。
「そうだね……」
「そうだな」
和馬と佑平も同意してくれた。皆、願うのは人々の安全と平穏、それだけだ。
しかしその年の秋、事態は急に動き出した。そして年始早々のこの出来事が、単なる『奴』の実験にすぎなかったことも、今の彼らには知るよしもない。
(今年も、無事に……どうか無事に過ごせますように)
竜之介は心の底で強く、願った。
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