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第33話
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そのあと、二人で再び風呂に入った。駿太郎は正直膝が笑ってまともに歩けず、身体を拭くだけでと申し出る。けれどそれはダメだと友嗣がかいがいしく世話をしてくれて、無事に身体を清めることができた。温まった身体はすぐに睡魔に襲われ、船を漕ぎ始めた駿太郎に、友嗣は着替えまでさせてくれる。
「ゆーじ……さんきゅー……」
うつらうつらとベッドに座りながら礼を言うと、そのまま優しく押し倒された。額に唇が吸いついた感触がしたけれど、もう目も開けていられないほど眠い。
友嗣がいつも通りベッドに入ってきて、抱きついてくる。
「……何をするにも、許可が必要だったんだ」
脈絡なく話し始めた友嗣に、駿太郎は目を閉じたまま、そうか、と応えた。
「留守中も勝手に食べ物を食べたり、エアコンをつけたりすると叱られて」
でも帰ってこないからどうしようもできなくて、と彼は言う。
「父親の顔を、俺は知らない。母親は、出かけてはたまに男の人を連れて帰って来てた。……相手はころころ変わってたけど」
正直眠くて、返事もままならないけれど、友嗣は駿太郎の反応を求めていないようだ。だから無言で友嗣に擦り寄り、大丈夫、と背中を軽く叩く。
「……年末年始にシュンが家を空けたとき、思い出しちゃった」
だから電池が切れたのか、と駿太郎は納得する。当時と同じ状況に置かれて、自分ではどうすることもできなかったのだろう。あのとき、友嗣に連絡が取れないと、将吾に話したことも幸いだった。
いま、友嗣は将吾にすら明かさない、柔らかくて繊細な部分を露わにしている。だから駿太郎も、それに応えて話したい。
「友嗣……俺はお前が思うほどしっかりしてないし、すぐ泣くしすぐ心が折れる」
長男として、兄として、本家の恥にならないよう、頼れる、自律した人間として振舞おうとした。
「でも、友嗣を見てて、……お前ののんびりとした振る舞いにホッとした自分がいた」
お互い今のままじゃダメだと思っていれば、焦らない限り大丈夫。駿太郎はそう言って身体を伸ばし、友嗣にキスをした。
「変わりたいと思わない限り、人は変われない。自分の思い出したくない過去とも、向き合わないと前を向けない」
それが、自分を認めるということだ。ゆっくりいこう、と言うと、友嗣はうん、とキスを返してくれた。
◇◇
遠くで、何か音がする。
駿太郎は覚醒しない頭で、ぼんやりそう思った。
スマホのアラームでもなく、着信音でもないその音は、確かに電子音だとわかるのに、なんの音だかわからない。けれどひっきりなしに鳴っていて、駿太郎は顔を上げた。
部屋に響くのはインターホンの音だ。宅配は頼んだ覚えがないし、近所との人付き合いは挨拶程度。誰だよ、と思っていると、今度はスマホも鳴り出した。
駿太郎は画面を見てうんざりする。どうりでうるさいわけだ、と友嗣から離れ、ベッドを降りようとすると腕を掴まれた。
「いかないで……」
「客が来た友嗣。出ないとめんどくさい」
「……えー……?」
お前も来い、と言うと、彼は目を開けないまま駿太郎に抱きついてくる。正直歩きにくいけれど、仕方がない。
友嗣を背後にまとわりつかせながら、駿太郎は玄関に向かった。その間もインターホンとスマホは鳴り止むことはなく、解錠してドアを開くなり訪問者を睨み上げる。
「しつこい」
「兄さん誰だそいつは?」
ドアの向こうにいたのは光次郎だ。まったくどうしていつもいきなりなんだ、と思いながら、駿太郎はとりあえず中へ入るよう促す。
大人しく入ってきた光次郎をリビングに案内すると、彼は思い切り友嗣を睨んでいた。友嗣も友嗣で、その視線を無視するかのように、黙って駿太郎に抱きついている。
「俺の恋人、友嗣」
「うそだろ……」
これだけ親密そうにくっついていて、恋人じゃないとすればなんなのだろう、と駿太郎は思うけれど、黙っておく。誤魔化すこともできたけれど、友嗣を心配させるような発言はしたくない。
「……っ」
すると光次郎は近付いてきて、友嗣を駿太郎から引き離そうとした。何をするんだ、と駿太郎がその手を払うと、光次郎はなぜか傷付いたような顔をする。
「……っ、兄さんから離れろっ」
「光次郎」
「離れろよ! 俺の兄さんなのに!」
「……は?」
駿太郎は思わず口を開けて光次郎を見つめる。けれど彼は友嗣を完全に敵認識したらしく、友嗣を睨みつけていて動かない。
(待て。俺は光次郎のものになった覚えはないし、そもそも嫌われているはずじゃあ……)
そうか、あれか、と駿太郎は遠い目をする。光次郎は駿太郎を自分の所有物扱いして、今まで言うことを聞かせようとしていたのか。
「そうかわかったぞ。兄さん、コイツに言い寄られてるんだな? 優しいのはいいことだけど、そういう曖昧な態度はつけあがらせるだけで……」
「落ち着け」
駿太郎は手のひらを光次郎に向け、彼を黙らせる。なんかいま、若干褒められたような気がしたのは気のせいだろうか。
「正真正銘、俺たちは恋人同士……」
「嘘だ! 俺の兄さんがこんな優男と付き合うはずがない!」
一体、何が起きたというのだろうか。一方的に友嗣に噛み付く光次郎と、それを駿太郎に抱きつきながら、完全に無視している友嗣。一緒にいるところを咎められるのは自分かなと思っていたら、光次郎は友嗣にばかり叫んでいる。
「なんなんだよ俺の兄さんって……散々嫌ってたくせに……」
「俺が? そんなわけない。兄さんはいつだって俺のヒーローなんだから!」
そう言われて、駿太郎はようやく何かがおかしいと感じ始めた。嫌われているから、おかしなことをしないように監視されているのかと思っていたが、どうやら違うようだ。ではなぜ、今まで駿太郎にきつく当たっていたのだろう?
「お前な……俺を勝手に神格化するな」
「そんなんじゃないっ、兄さんはこう……みんなが憧れる人なんだよ!」
「……とりあえず座るか」
どうしても駿太郎を人格者にしたいらしい光次郎。駿太郎は彼を落ち着かせようと、ソファーに促した。さすがにこれだけ言われると、ただ単に嫌われているわけじゃない、と思えてくる。
「ゆーじ……さんきゅー……」
うつらうつらとベッドに座りながら礼を言うと、そのまま優しく押し倒された。額に唇が吸いついた感触がしたけれど、もう目も開けていられないほど眠い。
友嗣がいつも通りベッドに入ってきて、抱きついてくる。
「……何をするにも、許可が必要だったんだ」
脈絡なく話し始めた友嗣に、駿太郎は目を閉じたまま、そうか、と応えた。
「留守中も勝手に食べ物を食べたり、エアコンをつけたりすると叱られて」
でも帰ってこないからどうしようもできなくて、と彼は言う。
「父親の顔を、俺は知らない。母親は、出かけてはたまに男の人を連れて帰って来てた。……相手はころころ変わってたけど」
正直眠くて、返事もままならないけれど、友嗣は駿太郎の反応を求めていないようだ。だから無言で友嗣に擦り寄り、大丈夫、と背中を軽く叩く。
「……年末年始にシュンが家を空けたとき、思い出しちゃった」
だから電池が切れたのか、と駿太郎は納得する。当時と同じ状況に置かれて、自分ではどうすることもできなかったのだろう。あのとき、友嗣に連絡が取れないと、将吾に話したことも幸いだった。
いま、友嗣は将吾にすら明かさない、柔らかくて繊細な部分を露わにしている。だから駿太郎も、それに応えて話したい。
「友嗣……俺はお前が思うほどしっかりしてないし、すぐ泣くしすぐ心が折れる」
長男として、兄として、本家の恥にならないよう、頼れる、自律した人間として振舞おうとした。
「でも、友嗣を見てて、……お前ののんびりとした振る舞いにホッとした自分がいた」
お互い今のままじゃダメだと思っていれば、焦らない限り大丈夫。駿太郎はそう言って身体を伸ばし、友嗣にキスをした。
「変わりたいと思わない限り、人は変われない。自分の思い出したくない過去とも、向き合わないと前を向けない」
それが、自分を認めるということだ。ゆっくりいこう、と言うと、友嗣はうん、とキスを返してくれた。
◇◇
遠くで、何か音がする。
駿太郎は覚醒しない頭で、ぼんやりそう思った。
スマホのアラームでもなく、着信音でもないその音は、確かに電子音だとわかるのに、なんの音だかわからない。けれどひっきりなしに鳴っていて、駿太郎は顔を上げた。
部屋に響くのはインターホンの音だ。宅配は頼んだ覚えがないし、近所との人付き合いは挨拶程度。誰だよ、と思っていると、今度はスマホも鳴り出した。
駿太郎は画面を見てうんざりする。どうりでうるさいわけだ、と友嗣から離れ、ベッドを降りようとすると腕を掴まれた。
「いかないで……」
「客が来た友嗣。出ないとめんどくさい」
「……えー……?」
お前も来い、と言うと、彼は目を開けないまま駿太郎に抱きついてくる。正直歩きにくいけれど、仕方がない。
友嗣を背後にまとわりつかせながら、駿太郎は玄関に向かった。その間もインターホンとスマホは鳴り止むことはなく、解錠してドアを開くなり訪問者を睨み上げる。
「しつこい」
「兄さん誰だそいつは?」
ドアの向こうにいたのは光次郎だ。まったくどうしていつもいきなりなんだ、と思いながら、駿太郎はとりあえず中へ入るよう促す。
大人しく入ってきた光次郎をリビングに案内すると、彼は思い切り友嗣を睨んでいた。友嗣も友嗣で、その視線を無視するかのように、黙って駿太郎に抱きついている。
「俺の恋人、友嗣」
「うそだろ……」
これだけ親密そうにくっついていて、恋人じゃないとすればなんなのだろう、と駿太郎は思うけれど、黙っておく。誤魔化すこともできたけれど、友嗣を心配させるような発言はしたくない。
「……っ」
すると光次郎は近付いてきて、友嗣を駿太郎から引き離そうとした。何をするんだ、と駿太郎がその手を払うと、光次郎はなぜか傷付いたような顔をする。
「……っ、兄さんから離れろっ」
「光次郎」
「離れろよ! 俺の兄さんなのに!」
「……は?」
駿太郎は思わず口を開けて光次郎を見つめる。けれど彼は友嗣を完全に敵認識したらしく、友嗣を睨みつけていて動かない。
(待て。俺は光次郎のものになった覚えはないし、そもそも嫌われているはずじゃあ……)
そうか、あれか、と駿太郎は遠い目をする。光次郎は駿太郎を自分の所有物扱いして、今まで言うことを聞かせようとしていたのか。
「そうかわかったぞ。兄さん、コイツに言い寄られてるんだな? 優しいのはいいことだけど、そういう曖昧な態度はつけあがらせるだけで……」
「落ち着け」
駿太郎は手のひらを光次郎に向け、彼を黙らせる。なんかいま、若干褒められたような気がしたのは気のせいだろうか。
「正真正銘、俺たちは恋人同士……」
「嘘だ! 俺の兄さんがこんな優男と付き合うはずがない!」
一体、何が起きたというのだろうか。一方的に友嗣に噛み付く光次郎と、それを駿太郎に抱きつきながら、完全に無視している友嗣。一緒にいるところを咎められるのは自分かなと思っていたら、光次郎は友嗣にばかり叫んでいる。
「なんなんだよ俺の兄さんって……散々嫌ってたくせに……」
「俺が? そんなわけない。兄さんはいつだって俺のヒーローなんだから!」
そう言われて、駿太郎はようやく何かがおかしいと感じ始めた。嫌われているから、おかしなことをしないように監視されているのかと思っていたが、どうやら違うようだ。ではなぜ、今まで駿太郎にきつく当たっていたのだろう?
「お前な……俺を勝手に神格化するな」
「そんなんじゃないっ、兄さんはこう……みんなが憧れる人なんだよ!」
「……とりあえず座るか」
どうしても駿太郎を人格者にしたいらしい光次郎。駿太郎は彼を落ち着かせようと、ソファーに促した。さすがにこれだけ言われると、ただ単に嫌われているわけじゃない、と思えてくる。
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