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第29話
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それから将吾と二人で【ピーノ】に行き、相変わらず誰もいない店内で笑った。それでも友嗣は「来てくれて嬉しい」なんて言うから、駿太郎は照れ隠しに飲み足りないから、と呟く。
さすがに友嗣は怠いと言った時の弱々しさは見せず、家に帰った時もいつも通りベッドに潜り込んできた。駿太郎と、駿太郎が買ったルームウェアを抱きしめ、一緒に眠ろうとするのだ。
「友嗣、いい加減それ着てくれよ」
邪魔だ、とそれを離そうとすると「やだ」と彼は笑った。
「シュンが俺にくれたものだから、俺がどうしようと勝手でしょ?」
そう言われたら返せる言葉はなくなる。けれど、駿太郎はさらに聞いてみた。
「……そんなに嬉しかったのか?」
「うん」
ちゅ、と軽く唇を吸われる。駿太郎は友嗣の頭を撫でて、目を細めた。素直に喜ぶ友嗣がかわいい。
「俺は着てくれたらもっと嬉しいんだけど。それに間にこれがあると、ちゃんとハグできない」
「……っ、着る!」
そう言うやいなや、友嗣は起き上がってそのルームウェアに着替え始める。案外単純なのかもな、と駿太郎は笑った。これでいい? と再び布団に入ってきた友嗣は、また駿太郎に抱きついてくる。
「えへへ、あったかい……」
嬉しそうに擦り寄る友嗣がかわいくて、駿太郎も笑う。
「友嗣、……好きだよ」
「……ふふ」
くすぐったそうに笑った友嗣は、その笑顔のまま、すうっと寝入ってしまったようだ。次第に力が抜けていく表情に、駿太郎はなぜか切なくなって自らも友嗣に擦り寄る。
「いつか……そのうち全部話してくれよ? 俺も強くなるから」
並大抵な気持ちで友嗣と向き合うのは、彼を傷付けるだけだと将吾は言った。しかも将吾は友嗣を生活ごと支えられる財力がある。駿太郎にはそんな財力は持てないから、彼とは違う方法で友嗣と生きていく方法を見つけたい。
そのためには、自分もある程度一人で立てる精神的強さを手に入れなければ。
――変わりたい。友嗣を支えるために。
「でも、今だけ……」
そう駿太郎は呟いて、彼の腕の中で彼の香りを思い切り吸い込む。肺と心が満たされると、駿太郎もそのまま眠ってしまった。
◇◇
それから週末、金曜日。
約束通り、同僚をオススメの店に連れてきた駿太郎は、中にいた友嗣と将吾に驚かれた。
「珍しい……シュンが人を連れてくるなんて」
「あ、どうもー。上藤さんの同僚ですー」
口々に軽く挨拶をする同僚たちは、意外そうに店内を見回す。
「へぇ、やっぱり落ち着いた雰囲気の店が好きなんですか?」
「まあ……」
駿太郎が【ピーノ】を気に入った理由は、友嗣の料理が美味いことと、ゲイを隠さずに将吾と相談ができるからだった。それを同僚に明かすわけにもいかず曖昧に答えると、それぞれ席に座る。カウンター席しかない上、これで店の半分が埋まった珍しい光景に、将吾は笑った。
「初めてこんなに席が埋まったなぁ」
「……実は先日倒れまして……。そのあと、なぜか話しかけてくれるようになったんです。そしたら飲みに行こうって流れに……」
正直、駿太郎もどうしてこうなったのか、わからないくらいだ。すると将吾は何かを考えたように間を置き、優しい笑みを見せる。
「弱みを見せて仲良くなれる人なら、上手くいくんじゃないか? シュンは、もう少し周りを頼っても良いと思う」
「……」
将吾の意外な返答に、駿太郎は目を丸くした。しっかりしなきゃとギリギリで立っているより、情けなく人に迷惑をかけた方が好かれるとはどういうことだろう?
すると話を聞いていたらしい同僚たちが、乗ってきた。
「そうですよ。なんか、普段は手伝っちゃまずいのかな? って思ってましたから」
「うんうん。実際それで回ってたし、上藤さんも淡々とこなしてたから」
「俺だったら発狂するレベルです、あれは」
そう言われて、いや前職に比べたら、と駿太郎は言いかけた。しかし彼らはそれを止める。
「上藤さんがシゴデキなのは分かりました。けど、いなくなった途端回らなくなるのは会社としてどうなのかなって」
「それな。仕事もできて、モテて、嫌味な奴かと思いましたもん」
「ちょ、それは……」
モテる、というのは終業直後にご飯に誘われそうになっていたことを言っているのだろう。友嗣の前でその話題はやめて欲しいと思っていると、友嗣は彼らの前に小ぶりのシーザーサラダを出す。
「あれ? 頼んでないけど……」
「あ、ここ、メニューがないんです。店長の気まぐれが出てくるので。でも味は保証しますよ」
「へー! 面白い」
いいタイミングで話の腰を折ってくれた、と駿太郎は友嗣を見ると、彼はあの、感情を読ませない笑顔でニッコリとしていた。その笑顔が怖くて、駿太郎は彼の顔をまともに見ることができない。
「シュンはかわいい顔してるもんね。モテるのもわかるよ。あ、ドリンクはオーダーできますよ」
その笑顔のまま友嗣はそう言うので、駿太郎は肩を竦めることしかできない。カミングアウトなんてする気はないからな、という視線を友嗣に送ると、「シュンは何にする?」と聞かれた。
「……ビールで」
「いつものね」
さりげなく常連アピールをする友嗣。同僚たちは「ホントに常連なんですねー」なんて楽しそうに笑っていた。そんな一言から、友嗣と付き合っているとバレやしないか、なんてヒヤヒヤして、そのあとに出てきたサーモンとほうれん草のキッシュも、食べた気がしない。
しかし駿太郎が危惧したことは起こらず、和やかに飲み会は終わった。二次会に誘われたけれど、友嗣がニコニコと笑っているのが気になって辞すると、同僚たちは元気に【ピーノ】を出ていく。
「……じゃ、今日は店じまいしようかな」
「え?」
「そうだな。シュン、明日明後日、友嗣に休みを取らせるからゆっくりしな」
「は?」
なんでそんな流れに、と戸惑っていると、将吾までもが店を出ていく。待ってて、という友嗣はいつも通り、食洗機に食器を入れつつ、片付けを始めていた。
「友嗣、土日休みってどういうことだよ?」
「将吾がゆっくりしろって言ったから、そのまんまの意味じゃないかなぁ?」
それでいいのか? と駿太郎は思ったけれど、内心喜んだのは内緒だ。
しばらくして店内の片付けが終わると、友嗣と共に外へ出た。店の鍵を閉める友嗣を見て、いつか見た光景だな、と懐かしむ。
本当に、一ヶ月程度でこんなに気持ちが変わるとは思っていなかった。駿太郎が耐えきれず友嗣を追い出すか、友嗣を泊まらせてくれる人ができるか、そのどちらかだと思っていたのに。
そんなことを思っていると、友嗣の顔が近付く。
ちゅ、と小さい音を立てて離れた友嗣は、優しい目をしていた。
「……だから、外でこういうことするなって……」
「じゃあ、どこならいい?」
友嗣もわざとなのだろう、笑いながらあの時と同じことを聞いてくる。けれど今は、本当に心からの笑みだと、表情と声でわかるのだ。
駿太郎は少し考えたのち、友嗣を真っ直ぐ見上げた。
「……帰るぞ」
「……うん」
――俺を、捕まえてて。
そんな友嗣のセリフを思い出し、駿太郎は手を伸ばす。
大丈夫、離さないから。
彼の大きな手を握ると、友嗣はまた笑った。けれどそれが泣きそうな顔に歪められ、その前に駿太郎は手を引いて歩き出す。
帰ろう、俺たちの家に。
そう言うと、友嗣は握った手に力を込め、うん、と小さな声で返事をした。
さすがに友嗣は怠いと言った時の弱々しさは見せず、家に帰った時もいつも通りベッドに潜り込んできた。駿太郎と、駿太郎が買ったルームウェアを抱きしめ、一緒に眠ろうとするのだ。
「友嗣、いい加減それ着てくれよ」
邪魔だ、とそれを離そうとすると「やだ」と彼は笑った。
「シュンが俺にくれたものだから、俺がどうしようと勝手でしょ?」
そう言われたら返せる言葉はなくなる。けれど、駿太郎はさらに聞いてみた。
「……そんなに嬉しかったのか?」
「うん」
ちゅ、と軽く唇を吸われる。駿太郎は友嗣の頭を撫でて、目を細めた。素直に喜ぶ友嗣がかわいい。
「俺は着てくれたらもっと嬉しいんだけど。それに間にこれがあると、ちゃんとハグできない」
「……っ、着る!」
そう言うやいなや、友嗣は起き上がってそのルームウェアに着替え始める。案外単純なのかもな、と駿太郎は笑った。これでいい? と再び布団に入ってきた友嗣は、また駿太郎に抱きついてくる。
「えへへ、あったかい……」
嬉しそうに擦り寄る友嗣がかわいくて、駿太郎も笑う。
「友嗣、……好きだよ」
「……ふふ」
くすぐったそうに笑った友嗣は、その笑顔のまま、すうっと寝入ってしまったようだ。次第に力が抜けていく表情に、駿太郎はなぜか切なくなって自らも友嗣に擦り寄る。
「いつか……そのうち全部話してくれよ? 俺も強くなるから」
並大抵な気持ちで友嗣と向き合うのは、彼を傷付けるだけだと将吾は言った。しかも将吾は友嗣を生活ごと支えられる財力がある。駿太郎にはそんな財力は持てないから、彼とは違う方法で友嗣と生きていく方法を見つけたい。
そのためには、自分もある程度一人で立てる精神的強さを手に入れなければ。
――変わりたい。友嗣を支えるために。
「でも、今だけ……」
そう駿太郎は呟いて、彼の腕の中で彼の香りを思い切り吸い込む。肺と心が満たされると、駿太郎もそのまま眠ってしまった。
◇◇
それから週末、金曜日。
約束通り、同僚をオススメの店に連れてきた駿太郎は、中にいた友嗣と将吾に驚かれた。
「珍しい……シュンが人を連れてくるなんて」
「あ、どうもー。上藤さんの同僚ですー」
口々に軽く挨拶をする同僚たちは、意外そうに店内を見回す。
「へぇ、やっぱり落ち着いた雰囲気の店が好きなんですか?」
「まあ……」
駿太郎が【ピーノ】を気に入った理由は、友嗣の料理が美味いことと、ゲイを隠さずに将吾と相談ができるからだった。それを同僚に明かすわけにもいかず曖昧に答えると、それぞれ席に座る。カウンター席しかない上、これで店の半分が埋まった珍しい光景に、将吾は笑った。
「初めてこんなに席が埋まったなぁ」
「……実は先日倒れまして……。そのあと、なぜか話しかけてくれるようになったんです。そしたら飲みに行こうって流れに……」
正直、駿太郎もどうしてこうなったのか、わからないくらいだ。すると将吾は何かを考えたように間を置き、優しい笑みを見せる。
「弱みを見せて仲良くなれる人なら、上手くいくんじゃないか? シュンは、もう少し周りを頼っても良いと思う」
「……」
将吾の意外な返答に、駿太郎は目を丸くした。しっかりしなきゃとギリギリで立っているより、情けなく人に迷惑をかけた方が好かれるとはどういうことだろう?
すると話を聞いていたらしい同僚たちが、乗ってきた。
「そうですよ。なんか、普段は手伝っちゃまずいのかな? って思ってましたから」
「うんうん。実際それで回ってたし、上藤さんも淡々とこなしてたから」
「俺だったら発狂するレベルです、あれは」
そう言われて、いや前職に比べたら、と駿太郎は言いかけた。しかし彼らはそれを止める。
「上藤さんがシゴデキなのは分かりました。けど、いなくなった途端回らなくなるのは会社としてどうなのかなって」
「それな。仕事もできて、モテて、嫌味な奴かと思いましたもん」
「ちょ、それは……」
モテる、というのは終業直後にご飯に誘われそうになっていたことを言っているのだろう。友嗣の前でその話題はやめて欲しいと思っていると、友嗣は彼らの前に小ぶりのシーザーサラダを出す。
「あれ? 頼んでないけど……」
「あ、ここ、メニューがないんです。店長の気まぐれが出てくるので。でも味は保証しますよ」
「へー! 面白い」
いいタイミングで話の腰を折ってくれた、と駿太郎は友嗣を見ると、彼はあの、感情を読ませない笑顔でニッコリとしていた。その笑顔が怖くて、駿太郎は彼の顔をまともに見ることができない。
「シュンはかわいい顔してるもんね。モテるのもわかるよ。あ、ドリンクはオーダーできますよ」
その笑顔のまま友嗣はそう言うので、駿太郎は肩を竦めることしかできない。カミングアウトなんてする気はないからな、という視線を友嗣に送ると、「シュンは何にする?」と聞かれた。
「……ビールで」
「いつものね」
さりげなく常連アピールをする友嗣。同僚たちは「ホントに常連なんですねー」なんて楽しそうに笑っていた。そんな一言から、友嗣と付き合っているとバレやしないか、なんてヒヤヒヤして、そのあとに出てきたサーモンとほうれん草のキッシュも、食べた気がしない。
しかし駿太郎が危惧したことは起こらず、和やかに飲み会は終わった。二次会に誘われたけれど、友嗣がニコニコと笑っているのが気になって辞すると、同僚たちは元気に【ピーノ】を出ていく。
「……じゃ、今日は店じまいしようかな」
「え?」
「そうだな。シュン、明日明後日、友嗣に休みを取らせるからゆっくりしな」
「は?」
なんでそんな流れに、と戸惑っていると、将吾までもが店を出ていく。待ってて、という友嗣はいつも通り、食洗機に食器を入れつつ、片付けを始めていた。
「友嗣、土日休みってどういうことだよ?」
「将吾がゆっくりしろって言ったから、そのまんまの意味じゃないかなぁ?」
それでいいのか? と駿太郎は思ったけれど、内心喜んだのは内緒だ。
しばらくして店内の片付けが終わると、友嗣と共に外へ出た。店の鍵を閉める友嗣を見て、いつか見た光景だな、と懐かしむ。
本当に、一ヶ月程度でこんなに気持ちが変わるとは思っていなかった。駿太郎が耐えきれず友嗣を追い出すか、友嗣を泊まらせてくれる人ができるか、そのどちらかだと思っていたのに。
そんなことを思っていると、友嗣の顔が近付く。
ちゅ、と小さい音を立てて離れた友嗣は、優しい目をしていた。
「……だから、外でこういうことするなって……」
「じゃあ、どこならいい?」
友嗣もわざとなのだろう、笑いながらあの時と同じことを聞いてくる。けれど今は、本当に心からの笑みだと、表情と声でわかるのだ。
駿太郎は少し考えたのち、友嗣を真っ直ぐ見上げた。
「……帰るぞ」
「……うん」
――俺を、捕まえてて。
そんな友嗣のセリフを思い出し、駿太郎は手を伸ばす。
大丈夫、離さないから。
彼の大きな手を握ると、友嗣はまた笑った。けれどそれが泣きそうな顔に歪められ、その前に駿太郎は手を引いて歩き出す。
帰ろう、俺たちの家に。
そう言うと、友嗣は握った手に力を込め、うん、と小さな声で返事をした。
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