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撤収して、部室に楽器を片付け終わると、有沢が部室まで来て待っていた。自然と付いて来たであろう取り巻きも一緒だ。有沢は片付け終わった春輝を見つけると、あ、さっきの子だ、と近付いて来る。
近くで見た有沢は、やはり背が高かった。一八〇センチはありそうな長身に、春輝は彼を見上げる。
「ねぇキミ、良かったら俺と一緒に見て回らない?」
ニッコリ笑って言う姿は、やはりモデルか俳優と言われてもおかしくないくらい魅力的で、周りが一気にザワつく。しかし春輝は、こうも自分にこだわって来るということは、多分貴之のルームメイトだと分かっているのだろう、と思った。
「どうしてオレなんですか?」
春輝は苦笑しながら言うと、有沢は笑顔のまま、キミの事が気に入ったんだ、と言う。こんな目立つやり方で接触するとは予想外だったので、春輝は戸惑っていると、吹奏楽部員たちから行ってこいよと言われた。
「有沢先輩、俺たちも一緒に見たいです」
取り巻きから声が上がる。すると有沢はごめんね、と苦笑した。
「俺もみんなと見て回りたいところだけど、今日は俺の好きなようにさせてくれないかな?」
あ、だからって、この子に嫉妬して意地悪するのはなしだよ? と有沢は続けた。
「大丈夫、明日はちゃんと埋め合わせするからね」
取り巻き一人ひとりの目を見て話す有沢は、それだけで彼らを大人しくさせてしまった。一体どれだけ有沢の事を心酔しているんだ、と春輝は思う。
「さあ、行こう。……キミ、名前は何ていうの?」
不思議なことにあれだけいた取り巻きは、有沢と春輝が歩き出したら付いては来なかった。
「……一之瀬です」
「違うよ」
下の名前、と微笑まれ、春輝は渋々答える。裏の顔を知らない人なら、その紳士的な微笑みに惹かれてしまいそうだけれど、春輝は薄ら寒いと感じてしまった。
二人は敷地内の出店が並ぶ通りをゆっくり歩き、注目を浴びながら歩みを進めていく。いつもより賑やかな通りは元気がいい運動部が多く、春輝は居心地が悪くて視線を落とすけれど、有沢は笑顔で手を振りながら歩いていた。
(貴之……勝手に行動してごめん)
きっと後で怒られるだろう。けれど、貴之を追い詰める有沢を、春輝の手で止めてやろうと思った。春輝はそれとなくズボンのポケットに手を突っ込み、ボイスレコーダーのスイッチを入れる。
「春輝、俺のお気に入りの場所、行っても良いかな?」
まさか体育館裏じゃないだろうな、と思いながら春輝は頷くと、有沢はニッコリ笑った。
「春輝は可愛いね。恋人はいるの?」
「ノーコメントで。有沢先輩に言い寄られたとか、みんなに知られたら、オレ嫉妬されて殺されます」
春輝は真面目な顔をして言う。すると、有沢は声を上げて笑った。キミは面白いね、と出店が並ぶメインの通りを外れて、寮の方へ向かっていく。
「え、どこに行くんですか?」
人けの無い方へ行こうとするので、春輝は警戒した。どういうつもりなのか読めず立ち止まると、有沢は寮も久しぶりに見たいし、その中にお気に入りの場所があると言う。
(すぐに助けを呼べる場所なら、何とかなると思ったけど……)
寮に行けば周りに人はいないので、助けを呼べないかもしれない。
すると有沢は、春輝の手を取り、歩き出した。
「ちょっと……っ」
「そんなに警戒しなくても大丈夫。春輝、俺と話をしよう」
そんなことを言われてドキリとした。それはどういう意味だ? と考えながら、春輝は手探りでジャケットのポケットに入っているスマホを操作する。通話履歴からワンタッチで電話を掛けられないか試してみるけれど、上手くいかない。
そのまま寮の中に入り、階段を上がっていく。最上階に着くと、そこからは屋上へ続く階段があった。けれど、そこは鉄格子の柵があり、鍵が掛けられている。
「ここから先はね、代々寮長しか入れない、憩いの場だったんだ」
有沢は当然のように鍵を取り出し、開けた。
「何で有沢先輩がその鍵をまだ持ってるんですか?」
「何でだろうねー? 何かに使えそうだったからじゃないかな」
あくまでも穏やかに話す有沢。春輝は背筋に冷たい物を感じる。しかしすぐにまた手を引かれ、抵抗する春輝を無視してしっかり鍵をかけ直し、階段を上がって行った。
「そういえば、同室の貴之とは仲良くやってる?」
「……っ」
階段を上りきったところで有沢に聞かれ、春輝は息を詰まらせた。そこでやはり、有沢は春輝の事を知っていて声を掛けたのだと分かる。彼はドアを開けると、高い空と、緑に囲まれた運動場、そして遠くには街並みが見え、有沢はいつ来てもいい景色、と満足そうに笑った。
春輝は唇を噛む。やっぱり有沢の方がうわ手だった、と。
すると有沢は振り返った。そしてさらに手を引かれて有沢に抱きしめられる。
「ちょ、っと?」
「春輝、俺のセフレにならない?」
「はぁっ!?」
耳元で囁かれ、春輝は思わず有沢の胸を押した。意外とすんなり離れた有沢は、その手に見覚えのある機械を持っている。
「……っ、あっ!」
春輝は制服のズボンを探る。やはりボイスレコーダーが抜き取られていた。
「こんな事して……貴之の入れ知恵?」
「違う! 返せ!」
春輝はボイスレコーダーを取り返そうと手を伸ばしたが、それは虚しく空を掻いただけだ。
「そう。好きな人を守ってやりたかったか? その程度の浅い考えで」
春輝はゾッとした。一体どこまで自分たちの事を知られているのだろう?
その疑問を、有沢は解決してくれる。
「俺が聞けば話してくれる人なんて、いくらでもいるんだよ。なぁ、先生?」
有沢は誰もいないはずの空間に話しかけた。すると屋上の出入口の陰から、吹奏楽部の顧問が出てくる。しかもその手には小刀を持って。
「一之瀬……悪い」
まさか、と思いつつも、春輝は顧問の追い詰められた瞳に首を振る。
「そんな……」
「俺はコイツの言うことを聞かなきゃいけない。じゃないと教職人生終わるんだ……」
ギュッと小刀を握りしめた顧問にハッとして、春輝は声を上げる。
「何で!? そこまで貴之を追い詰める理由は何!?」
しかも本人ではなく、貴之の大切な人を狙うのは、意味が分からない。
「知らないの? ってか、知らされてないのか。アイツは俺の叔父さんを……」
「そのおじさんは、もう退院して元気だって聞きましたけど?」
春輝は氷上から聞いた情報を言う。すると有沢は今まで穏やかに笑っていた顔を止め、ニヤリと笑った。これが裏の顔なのか、と春輝は鳥肌が立つ。
「ああなるほど、氷上か。アイツ生きてたんだなぁ」
「お前……っ!」
良かった良かったと笑う有沢に、春輝は一気に頭に血が上った。彼は叔父さんが入院した病院が、氷上の実家だと知っていたのだ。有沢が原因で、元に戻らない身体にされた氷上が微笑んでいたのを思い出し、目頭が熱くなる。
「どうしてそこまで貴之を追い詰める!? 人の事、何とも思ってないのかよっ!?」
「どうしてかって?」
有沢はわざとらしく空を仰いだ。雲ひとつ無い晴天と、有沢のニヤニヤとした顔とのギャップがまた、ゾッとする。
「……ゲームかなぁ? 貴之、何しても顔色変えないから」
叔父さんは、いいネタだったから利用しただけだよ、と微笑まれ、本当にこの人は人の事を何とも思っていないのだ、と春輝は震えた。
「さすがに恋人を傷付けられたら怒るだろ、アイツも」
有沢はそう言って、顧問を見る。やれよ、と短く命令し、笑った。
「部費の横領、生徒の盗撮……先生がそんな事してちゃダメでしょ。あ、でも間宮とかいうヤツは喜んで買ってたって言ったな」
「……っ!」
春輝はまた震え上がる。間宮の部屋に貼られていた写真は、顧問が撮ったものだと言うのか。
「ぁああああああ!!」
顧問は小刀を手に向かってくる。しかしそれは春輝の方向ではなく、有沢の方だった。
有沢は慌てず小刀を持った顧問の手首を掴み、上に挙げた。しかし顧問も負けじと有沢に殺意を向けている。
「こんなのもう嫌だ! 終わりにしてやる!」
春輝は二人が揉み合っているのを少し眺めてハッとし、警察に通報した。
「もしもし!? 今目の前で二人が刃物を持って揉み合ってるんです!」
すると有沢がその小刀を取り上げた。あっと思った瞬間、有沢は表情も変えずに顧問のみぞおちに突き刺す。短く呻いた顧問は崩れ落ち、口から大量の血を吐いた。
「先生!」
「電話を切れよ、春輝」
小刀を抜いた有沢は、血で汚れた手も気にせずこちらに歩いてくる。その表情は昏い瞳に笑みをたたえていて、恐怖で足の力が抜けた。
「い、嫌だ! ……助けて!」
ズルズルと足を滑らせて後ずさると、ガチャ、と屋上の出入口が開いた。
そこから大人数の大人が入ってきて、警察だ! と叫び、刃物を持った有沢があっという間に押さえ付けられる。
そのあまりに鮮やかな動きに、春輝は呆然としていると、春輝、と知った声がして反射的にその人に抱き着いた。その人のしっかりした腕が、春輝の背中に回って、安心してボロボロ涙が出てくる。
「貴之……っ!」
「無茶をするなと言っただろう。遅くなって悪かった……」
貴之はそう言うけれど、春輝が通報したにしては早すぎる。首を振ってどうして警察とここに? と聞くと、彼は春輝の涙を指で拭って答えてくれた。
「有沢が行きそうな場所は見当がついてた。俺もここの鍵を持っているからと思っていたら、鍵が変わっていて……」
どうやら管理人も有沢とグルだったらしい、と言われて春輝は怖くなってさらに貴之に抱きつく。
「こじ開けるのに苦労した。……巻き込んで悪かったな。無事で良かった」
後は理事長に協力してもらって、私服警官を配置してもらってた、と言う。学校の問題だから理事長が関わるのは分かるけれど、どうやって理事長に話をしたのかと聞くと、繋がりがある人物がいるだろう、と言われた。
「……冬哉……」
「さすがに一生徒の話を、警察が聞くかと言うとそうじゃない」
とりあえず先生も怪我をしているし、移動するぞと言われて、現場は警察に任せてそこを離れた。
近くで見た有沢は、やはり背が高かった。一八〇センチはありそうな長身に、春輝は彼を見上げる。
「ねぇキミ、良かったら俺と一緒に見て回らない?」
ニッコリ笑って言う姿は、やはりモデルか俳優と言われてもおかしくないくらい魅力的で、周りが一気にザワつく。しかし春輝は、こうも自分にこだわって来るということは、多分貴之のルームメイトだと分かっているのだろう、と思った。
「どうしてオレなんですか?」
春輝は苦笑しながら言うと、有沢は笑顔のまま、キミの事が気に入ったんだ、と言う。こんな目立つやり方で接触するとは予想外だったので、春輝は戸惑っていると、吹奏楽部員たちから行ってこいよと言われた。
「有沢先輩、俺たちも一緒に見たいです」
取り巻きから声が上がる。すると有沢はごめんね、と苦笑した。
「俺もみんなと見て回りたいところだけど、今日は俺の好きなようにさせてくれないかな?」
あ、だからって、この子に嫉妬して意地悪するのはなしだよ? と有沢は続けた。
「大丈夫、明日はちゃんと埋め合わせするからね」
取り巻き一人ひとりの目を見て話す有沢は、それだけで彼らを大人しくさせてしまった。一体どれだけ有沢の事を心酔しているんだ、と春輝は思う。
「さあ、行こう。……キミ、名前は何ていうの?」
不思議なことにあれだけいた取り巻きは、有沢と春輝が歩き出したら付いては来なかった。
「……一之瀬です」
「違うよ」
下の名前、と微笑まれ、春輝は渋々答える。裏の顔を知らない人なら、その紳士的な微笑みに惹かれてしまいそうだけれど、春輝は薄ら寒いと感じてしまった。
二人は敷地内の出店が並ぶ通りをゆっくり歩き、注目を浴びながら歩みを進めていく。いつもより賑やかな通りは元気がいい運動部が多く、春輝は居心地が悪くて視線を落とすけれど、有沢は笑顔で手を振りながら歩いていた。
(貴之……勝手に行動してごめん)
きっと後で怒られるだろう。けれど、貴之を追い詰める有沢を、春輝の手で止めてやろうと思った。春輝はそれとなくズボンのポケットに手を突っ込み、ボイスレコーダーのスイッチを入れる。
「春輝、俺のお気に入りの場所、行っても良いかな?」
まさか体育館裏じゃないだろうな、と思いながら春輝は頷くと、有沢はニッコリ笑った。
「春輝は可愛いね。恋人はいるの?」
「ノーコメントで。有沢先輩に言い寄られたとか、みんなに知られたら、オレ嫉妬されて殺されます」
春輝は真面目な顔をして言う。すると、有沢は声を上げて笑った。キミは面白いね、と出店が並ぶメインの通りを外れて、寮の方へ向かっていく。
「え、どこに行くんですか?」
人けの無い方へ行こうとするので、春輝は警戒した。どういうつもりなのか読めず立ち止まると、有沢は寮も久しぶりに見たいし、その中にお気に入りの場所があると言う。
(すぐに助けを呼べる場所なら、何とかなると思ったけど……)
寮に行けば周りに人はいないので、助けを呼べないかもしれない。
すると有沢は、春輝の手を取り、歩き出した。
「ちょっと……っ」
「そんなに警戒しなくても大丈夫。春輝、俺と話をしよう」
そんなことを言われてドキリとした。それはどういう意味だ? と考えながら、春輝は手探りでジャケットのポケットに入っているスマホを操作する。通話履歴からワンタッチで電話を掛けられないか試してみるけれど、上手くいかない。
そのまま寮の中に入り、階段を上がっていく。最上階に着くと、そこからは屋上へ続く階段があった。けれど、そこは鉄格子の柵があり、鍵が掛けられている。
「ここから先はね、代々寮長しか入れない、憩いの場だったんだ」
有沢は当然のように鍵を取り出し、開けた。
「何で有沢先輩がその鍵をまだ持ってるんですか?」
「何でだろうねー? 何かに使えそうだったからじゃないかな」
あくまでも穏やかに話す有沢。春輝は背筋に冷たい物を感じる。しかしすぐにまた手を引かれ、抵抗する春輝を無視してしっかり鍵をかけ直し、階段を上がって行った。
「そういえば、同室の貴之とは仲良くやってる?」
「……っ」
階段を上りきったところで有沢に聞かれ、春輝は息を詰まらせた。そこでやはり、有沢は春輝の事を知っていて声を掛けたのだと分かる。彼はドアを開けると、高い空と、緑に囲まれた運動場、そして遠くには街並みが見え、有沢はいつ来てもいい景色、と満足そうに笑った。
春輝は唇を噛む。やっぱり有沢の方がうわ手だった、と。
すると有沢は振り返った。そしてさらに手を引かれて有沢に抱きしめられる。
「ちょ、っと?」
「春輝、俺のセフレにならない?」
「はぁっ!?」
耳元で囁かれ、春輝は思わず有沢の胸を押した。意外とすんなり離れた有沢は、その手に見覚えのある機械を持っている。
「……っ、あっ!」
春輝は制服のズボンを探る。やはりボイスレコーダーが抜き取られていた。
「こんな事して……貴之の入れ知恵?」
「違う! 返せ!」
春輝はボイスレコーダーを取り返そうと手を伸ばしたが、それは虚しく空を掻いただけだ。
「そう。好きな人を守ってやりたかったか? その程度の浅い考えで」
春輝はゾッとした。一体どこまで自分たちの事を知られているのだろう?
その疑問を、有沢は解決してくれる。
「俺が聞けば話してくれる人なんて、いくらでもいるんだよ。なぁ、先生?」
有沢は誰もいないはずの空間に話しかけた。すると屋上の出入口の陰から、吹奏楽部の顧問が出てくる。しかもその手には小刀を持って。
「一之瀬……悪い」
まさか、と思いつつも、春輝は顧問の追い詰められた瞳に首を振る。
「そんな……」
「俺はコイツの言うことを聞かなきゃいけない。じゃないと教職人生終わるんだ……」
ギュッと小刀を握りしめた顧問にハッとして、春輝は声を上げる。
「何で!? そこまで貴之を追い詰める理由は何!?」
しかも本人ではなく、貴之の大切な人を狙うのは、意味が分からない。
「知らないの? ってか、知らされてないのか。アイツは俺の叔父さんを……」
「そのおじさんは、もう退院して元気だって聞きましたけど?」
春輝は氷上から聞いた情報を言う。すると有沢は今まで穏やかに笑っていた顔を止め、ニヤリと笑った。これが裏の顔なのか、と春輝は鳥肌が立つ。
「ああなるほど、氷上か。アイツ生きてたんだなぁ」
「お前……っ!」
良かった良かったと笑う有沢に、春輝は一気に頭に血が上った。彼は叔父さんが入院した病院が、氷上の実家だと知っていたのだ。有沢が原因で、元に戻らない身体にされた氷上が微笑んでいたのを思い出し、目頭が熱くなる。
「どうしてそこまで貴之を追い詰める!? 人の事、何とも思ってないのかよっ!?」
「どうしてかって?」
有沢はわざとらしく空を仰いだ。雲ひとつ無い晴天と、有沢のニヤニヤとした顔とのギャップがまた、ゾッとする。
「……ゲームかなぁ? 貴之、何しても顔色変えないから」
叔父さんは、いいネタだったから利用しただけだよ、と微笑まれ、本当にこの人は人の事を何とも思っていないのだ、と春輝は震えた。
「さすがに恋人を傷付けられたら怒るだろ、アイツも」
有沢はそう言って、顧問を見る。やれよ、と短く命令し、笑った。
「部費の横領、生徒の盗撮……先生がそんな事してちゃダメでしょ。あ、でも間宮とかいうヤツは喜んで買ってたって言ったな」
「……っ!」
春輝はまた震え上がる。間宮の部屋に貼られていた写真は、顧問が撮ったものだと言うのか。
「ぁああああああ!!」
顧問は小刀を手に向かってくる。しかしそれは春輝の方向ではなく、有沢の方だった。
有沢は慌てず小刀を持った顧問の手首を掴み、上に挙げた。しかし顧問も負けじと有沢に殺意を向けている。
「こんなのもう嫌だ! 終わりにしてやる!」
春輝は二人が揉み合っているのを少し眺めてハッとし、警察に通報した。
「もしもし!? 今目の前で二人が刃物を持って揉み合ってるんです!」
すると有沢がその小刀を取り上げた。あっと思った瞬間、有沢は表情も変えずに顧問のみぞおちに突き刺す。短く呻いた顧問は崩れ落ち、口から大量の血を吐いた。
「先生!」
「電話を切れよ、春輝」
小刀を抜いた有沢は、血で汚れた手も気にせずこちらに歩いてくる。その表情は昏い瞳に笑みをたたえていて、恐怖で足の力が抜けた。
「い、嫌だ! ……助けて!」
ズルズルと足を滑らせて後ずさると、ガチャ、と屋上の出入口が開いた。
そこから大人数の大人が入ってきて、警察だ! と叫び、刃物を持った有沢があっという間に押さえ付けられる。
そのあまりに鮮やかな動きに、春輝は呆然としていると、春輝、と知った声がして反射的にその人に抱き着いた。その人のしっかりした腕が、春輝の背中に回って、安心してボロボロ涙が出てくる。
「貴之……っ!」
「無茶をするなと言っただろう。遅くなって悪かった……」
貴之はそう言うけれど、春輝が通報したにしては早すぎる。首を振ってどうして警察とここに? と聞くと、彼は春輝の涙を指で拭って答えてくれた。
「有沢が行きそうな場所は見当がついてた。俺もここの鍵を持っているからと思っていたら、鍵が変わっていて……」
どうやら管理人も有沢とグルだったらしい、と言われて春輝は怖くなってさらに貴之に抱きつく。
「こじ開けるのに苦労した。……巻き込んで悪かったな。無事で良かった」
後は理事長に協力してもらって、私服警官を配置してもらってた、と言う。学校の問題だから理事長が関わるのは分かるけれど、どうやって理事長に話をしたのかと聞くと、繋がりがある人物がいるだろう、と言われた。
「……冬哉……」
「さすがに一生徒の話を、警察が聞くかと言うとそうじゃない」
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