【完結】好きな人には気をつけろ!

大竹あやめ

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「起きろ」

「……ん?」

しばらくして、貴之の声で起こされた。やはり全然寝た気がしないけれど、仕方がないかと立ち上がる。

「……さむっ」

ここのところ朝晩は気温が下がっているけれど、今日はいつもより冷え込んでいた。秋だなぁ、なんて呑気に思って、着替えて貴之と食堂へ向かう。

ザワザワする食堂で、二人とも無言で朝食を食べ終え、教室に向かい、一年の教室の前で貴之と別れた。

何故か貴之は間宮の件が落ち着いても、変わらず送り迎えをしてくれるのだ。

しかし以前と違うのは、朝礼後いつも話しかけてきた間宮がいない。

春輝は机の上に突っ伏し、寝て過ごそうとするけれど、昨日夢を見て以来、寝ることが少し怖くなってしまった。クラスには春輝をからかう人はいないけれど、若干腫れ物に触るように接しているのを肌で感じる。

間宮はいないのに、どうしていつまでも自分が苦しめられなきゃいけないのだ。そんな考えが出てきて、悔しくて涙が浮かぶ。そしたらどうしようもなく落ち着かなくなって、人がいない所に逃げたくなった。

「一之瀬? 気分悪いのか?」

顔を上げると、一限目の教科担当の先生がいた。授業が終わった直後で、授業中の春輝の様子が気になったらしい。保健室に行こうと言われ、春輝は素直に立ち上がる。

保健室に行くと誰もおらず、とりあえず寝てな、とベッドを進められる。春輝はベッドは嫌だと思いながらも寝るふりをして、先生が出て行ったところで起き上がり、保健室の先生の机を借りて突っ伏した。

しかし、それで身体が休まるわけもなく、すぐに保健室の先生に起こされた。ベッドで寝ないなら授業に出なさいと言われ、保健室を追い出される。

一体、どのくらいの人数の先生が、間宮が起こした事件を知っているのだろう? そう思いながらフラフラと休める場所を探した。

(……寮に戻っていいかな……)

それくらいしか落ち着きそうな所がない。春輝は早足で寮に向かった。後で叱られるのは目に見えているけれど、とにかく今は自分のテリトリーに戻りたかった。

「あれ? 一年坊主が何でここにいるんだ?」

しかし、途中で何故か寮の近くにいた二年生の三人に絡まれる。彼らはニヤニヤと笑って春輝の進路を妨害した。

「先輩たちこそ……今は授業中じゃないんですか?」

春輝は先輩たちを睨んだ。二人はいかにも運動部らしい角刈りで、残る一人は二人とはタイプが違う、長めの茶髪をした生徒だった。挑発的な角刈りの二人に比べて、茶髪の生徒はゆったりと二人の後を付いて歩いている。

「だから? ってか、お前、寮長のお気に入りのルームメイトだよな?」

「は……?」

そういえばそうだ、と言いながら先輩たちは春輝を囲む。春輝は混乱した。オレが水野のお気に入り? まさか。

先輩たちはジリジリと春輝に近付くと、春輝を上から下まで舐めるように見る。その視線に気持ち悪さを感じて後ずさりすると、なに逃げてんだよ、と顎を掴まれた。

「お前知らないの? 寮長は前、氷上先輩と付き合ってたし、寮長はその権限でルームメイトも決められるって噂だぞ?」

そんな話、聞いた事もない。氷上の名前は聞いた事があるけれど、付き合っていたなんて知らなかった。だから以前貴之は、氷上の話を避けたのだろうか。

春輝の反応に、先輩たちはますます笑みを深くした。

「何だ、聞かされてないのか。そりゃ、寮長が男と付き合ってたなんて、外聞悪いもんなぁ」

「俺たちは前寮長のような、人望も厚くて人気者な人が良かったんだよね。なのに根暗で陰険な奴を推薦した。だから寮長を困らせる為に、今サボってるわけ」

「で、ちょうどいい所に、お前が通りかかった訳だ」

先輩たちはそう言うと、茶髪は春輝の身体を羽交い締めにし、寮の横の茂みへと連れていく。

「ちょ、何するつもりだっ」

そう言いながら、春輝は思い出した。貴之が点呼で部屋を空けたとき、ドア越しに春輝をバカにした、アイツらの声だ。

「はいはい、大人しくしようねー」

建物の陰と茂みで、外からは注意しないと見えない位置に引きずられて、春輝は危険を感じて暴れる。しかし羽交い締めにしている生徒はビクともせず、残り二人は春輝の顔をマジマジと見つめた。

「……うん。よく見たら可愛い顔してんな」

「氷上先輩とはまた違ったタイプだ。アイツ可愛いの好きだもんな」

クスクスと笑う二人。春輝は彼らを睨んだ。

貴之が寮長として、どれだけ努力しているか知らないくせに。春輝はそう思う。

毎朝生徒たちを観察して異変が無いか確認して、生徒のプロフィールは全員頭に入れてるし、前寮長から引き継いだ事は忠実に守ってる。確かに無愛想で小姑みたいにうるさいけれど、少しでも前寮長のようになろうと頑張っている貴之を笑う権利は、誰にも無い。

「それにお前、同級生にヤラセた変態ビッチなんだろ?」

そう言いながら、角刈りの二人は春輝のジャケットのボタンを外した。

「まさかここで剥いちゃうの?」

茶髪がクスクス笑いながら言う。

「い、嫌だっ、止めろ!」

春輝が叫ぶのと同時に、グッと胃が大きく動いた。羽交い締めにされているので口を押さえることもできず、そのまま吐いてしまう。

「うわっ、汚ぇなっ」

「……っ」

春輝の吐瀉物が制服を汚し、地面に落ちていった。先輩はあーあ、と汚れた手を振る。

「止めだ止めだ、こんな汚ぇの触れるかよ」

「いいの?」

前の二人がそう言うと、羽交い締めにしていた茶髪は春輝を解放する。春輝はそのまま地面に座り込んだ。

ラッキーだったな、と先輩たちは言い捨てて去っていく。春輝は雑草の青い香りに何故かホッとして、そのまま意識を失った。
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